第8話 カラキナ爆裂スーパービーム

 フォン──。


 新たな階層に着いた。

 と同時に、緑の匂いが鼻を突く。

 ただし、それは清々しいものではない。

 重苦しく、粘度の高い、なんだか中毒性の高そうな、そんな危険な匂い。


「むおっほっほぉ~! やはり暗黒大森林の空気は最っ高でぇすっ!」


「あぁん……! 主様の魔力に満たされながら、みずみずしい二酸化ん素を浴びるなんて、はぁぁ~……! 千年ぶりの極楽ですわぁ~~~!」


 どうやら二人にとっては、これがおいしい空気らしい。

 っていうか……なんだ? その──。


「二酸化……魔ん素?」


「えぇ、千年前に主様が名付けられた、この空気の匂いのことですわぁ!」


「え、その言葉の意味とかってわかって言ってるのか?」


「主様。私たち如き愚者に主様のやんごとなきお考えの全てなどわかりうるはずもございません。ただ、主様が二酸化魔ん素と名付けられたのであれば、これは二酸化魔ん素なのです。それ以上でも以下でもございませんわぁ」


「お、おう……そうか」


 オレのいた世界でも二酸化炭素なんて概念が発見されたのはここ三百年程度だったはず。

 それを千年前から?

 一体、千年前の主様ってどんなやつなんだ?

 しかも二酸化「まん」素って……。

 とりあえず相当なアホであることは間違いなさそうだ。

 隣では気持ちよさそうにマンゲがまんそを吸っている。

 ふざけたネーミングのせいでなんだかあまり気分のよろしくない字面だ。

 オレは気分を変えるために、本物の主様についてさぐりを入れてみることにする。


「なぁ、千年前の主様……あぁ、つまりオレのことなんだが……」


 と、マンゲに声をかけた瞬間。


「あ……主様……」


 ズモモモモっ!


 巨大なムカデの上にちょこんと座った緑の小さなかわいい女の子──キナが現れた。


(うぉっ! クソでかムカデ……!?)


 口を大きく開けて、思わず出そうになった悲鳴をどうにか飲み込む。


「……はっ! し、しつれいしましたぁ!」


 そのオレの様子を見て怒ってると勘違いしたのか、キナは慌ててムカデから下りようとする。

 が……。


 ずって~ん! 


「いってて……」


 案の定、ドジっ子よろしく見事に足を滑らせたキナ。

 パンツ丸見えM字開脚状態でイテテと頭をさすっている。


(魔物でもパンツ履いてるんだな……)


 そんなことを思ってると、キナは緑色の顔をパッと赤らめて慌てて足を閉じた。


(魔物でもパンツ見られたら恥ずかしいんだ……)


「その、あの、主様が来られるなんて、その、はぅ……思ってなくて……」


 ぺたんと座り込んだまま、顔の前で人差し指をくるくると回すキナ。


(うひょ~、かわい~! ドジっ子ロリロリ萌えキャラ! 全身緑色なのがちょっとあれだけどたまんねぇ~! メイド系のコスチュームのコンカフェにいたら絶対人気出るタイプでしょ!)


 主様としての威厳を崩さぬよう、オレが真顔を保ったまま内心高まっていると。


「チッ、きしょくのわるい……! いい加減、その気味の悪いぶりっ子はやめたらどうだい?」


 突然、九尾の狐のカラがキナに食ってかかった。


(おいおい……年増が若い子に嫉妬か? いくらなんでもこんな純朴そうな子にそんなこと言うなんてひど……)


「あ?」


 一瞬、森の木々がざわめき、ザワワと逆立ったような気がした。


(え……? 今、キナちゃんが「あ?」って言った?)


 が、森はすぐに元の様相を取り戻し、キナもさっきまでの通り「ふにゃ~ん」「はわ~ん」とした雰囲気でモジモジしている。

 ただ一つ。

 さっきまでと違う点をあげるとすれば。

 さっきまでは持っていなかっためちゃめちゃ禍々しいオーラを放ちまくっている「毒毒毒&毒!」みたいな弓矢がキナの手に握られていることくらいだ。


(……は? いつの間にあんなもの……?)


 サッ。


 キナはその弓矢を背中に隠し「はぅ……あの、主様……ここへはなんのご用で……?」と眉をハの字にした上目遣いで尋ねてくる。


(いや、もう遅い! もう見ちゃったからね、その弓矢! もう今までとは同じような純粋な気持ちで萌えられないから!)


 見たくなかったアイドルの裏側を見せられたような気持ちで軽くハートブレイクしていると、マンゲがくるくると躍り出てきた。


「我々は、主様と魔眼城の各階層を確認して回っているのですよ、キナ。え? なぜ我々二人と同行しているかって? それはっ! 私たち、いえ、主に私がっ! 主様に絶対的な信頼を寄せていただいているからなのですっ!」


「は? なに? そのボクが信頼を寄せられてないみたいな言い方?」


 おいお~い!

 キレてる! キナちゃんキレてる!

 こめかみがビキッとなってる!

 キャラ変わってボクっ娘になっちゃってる!


「おい、雑魚悪魔。私よりお前の方が信頼されてるだぁ? 低俗な悪魔ごときがよくもそこまで勘違いできたものだ」


 九尾のカラもキレてきて、これはヤバい!

 三つ巴の争いになる前にオレが仲裁しないと!

 でないと、ただの一般人のオレは戦いに巻き込まれたら死んじゃうから!


「こほんっ……キナよ」


「ひゃ、ひゃいっ! なんでしょう、主様!?」

 

 キナの変わり身の早さに若干引きつつ、話を変えることにする。


「仲間とじゃれるのも構わんが、私はまだこの階層の案内をしてもらってないのだが?」


「こ、これはすみませんでしたっ……! えと、んと、あ、じゃあ……えいっ!」


 ズドドドドドドドドド!


 キナがあざといぶりっ子ポーズを取ると、オレたち四人の足元から巨大なつるがズゴゴゴとものすごいスピードで生えてきた。


「うぉぉぉぉぉぉお!」


 蔓から落ちないように必死に身をかがめる。


「えと……ここからなら、よく見えると思いますです……はい」


 キナの声に従い、視線を前にやると。


「おぉ……!」


 さっきとは違ったうめき声が出た。

 絶景。

 高層マンションの勝ち組しか見られないような景色が、今オレの前に広がっている。

 どこまでも一面に広がる針葉樹の森。

 そして気持ちのいい青空。

 遥か高く伸びた蔓の上で、オレは新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。

 はぁ~、生き返るぅ~!


(……って、あれ?)


 にしてもここ、城の中にしては広すぎないか?

 遠くに見える景色は、数十キロも離れてそうだ。

 ちょっと聞いてみよう。


「ふむ、ここはどれくらいの広さなのだ?」


「はい……およそ三十キロほどで……」


「三十キロ!?」


 おかしすぎるだろ。

 あの城の中に三十キロ?

 は? どうなってんの?

 っていうか「キロ」?

 異世界でも使うの、キロって?

 色々な意味不明さに驚いてると、マンゲが神妙な面持ちでしゃしゃり出てきた。


「キナよ……わかるか? 今の主様のお言葉の意味が……。まだたった三十キロしか魔力による空間拡張が出来てない貴様の無能さに……主様は呆れ果てていらっしゃるのだッ!」


 ええ……? 普通に驚いてたんだけど……。

 というか、魔力で空間を広げてるってわけね。

 いやはや、ほんとなんでもありだな、魔力って。


「ふぇぇ……! ごめんなさい、ごめんなさい! なんでもするから許してください!」


 ん? なんでもする……?


「足の指を舐めろと言われれば舐めます! 一年間主様の椅子となれと言われれば椅子になります! 足を切り落とせと言われれば切り落とします! 自分の内臓を食えと言われれば喜んで食います!」


 いやいやいや。

 ちょっと待って?

 この子ってさ……。


「いえ、むしろ舐めさせてください、主様の足の指を! 座ってください! 足を切り落として! 内蔵をえぐって食べてください! さぁ、早く! 主様! うへへへ……」


 超やべぇ~~~奴じゃねぇか!

 誘い受けからの超弩級ドMじゃね~か!

 ほのぼの萌え萌えロリっ子の面影消え失せてるじゃね~か!


「ちょっと、あんた……」


 シュッ!


 キィンッ──!


 九尾のカラの投げたクナイ的なものをキナが弓で弾く。


「いくらなんでも調子に乗りすぎじゃないのかい?」


「あ? 調子? 何言ってんだたかが千年程度しか生きてないケツの青いクソガキが」


 しかもキナちゃん、今度はこめかみに血管ビキビキさせてブチギレモードなんですけど!?

 二面性どころじゃねぇ!

 一体、何面性あるの、この子!?


「おやおや、本性が出てきたじゃないかい。何億年も生きてるクソババアが!」


「言ったな、貴様? 言っちゃいけないことを言ったな? 主様の前でそれだけは絶対に禁句だろうが、あ? 畜生風情にはそれすらわからんか? よかろう、ならば貴様は今ここでボクが屠殺とさつしてやろう! 死ねや、色ボケ畜生がァ!」


 もうボクっ娘なのか、ロリっ子なのか、ババアキャラなのか、まったくなにもわからないくらいめちゃくちゃにキャラの大渋滞を起こしまくってるキナが両手を差し出す。


 ギュンオッ──!


 すると、植物たちの絡み合って出来た巨大な二本の腕がカラとマンゲを捕まえた。


「なんで私までッ!?」


 真っ当な意見を述べるマンゲをよそに、カラは掴まれたまま巨大な九尾の狐へと姿を変えていく。

 それに負けじと、キナも色んな植物を鎧のように身にまとい、巨大ロボじみた形態へと変化していく。


(あぁ~、もうっ! 女同士の戦い勃発しすぎっ! ここは週末明け方の歌舞伎町かよっ!)


 マンゲも身動きが取れない今、オレが二人を止めるしかない……!

 なんせ巻き決まれたら絶対死ぬからな。

 っていうか、この蔓の上から落ちただけで死ぬ。


「おい、やめろ! カラ! キナ!」


 そう叫んだ瞬間。


 ピッカァ──!


 ウィン──!


 ドガガガガガガガァン……!


 二人の体からレーザービームが発射され、不規則な軌道を描きながら天井を、壁を削り取っていく。


 シュゥゥゥゥゥ……。


 そして、一瞬──あっという間にビームは収まっていった。


「主様! 今のはまさか……!」


「う、うむ……。マンゲエターナルよ……。貴様は今のをどう捉えた……?」


 なにもわからない。

 うん、ボク、ナニモ、ワカリマセン。

 突然発射された意味不明ビームに内心ドキドキしながら、マンゲに説明を全振りしてみる。


「ハッ! 僭越せんえつながらお答え申し上げます! 先程の悪魔的な破壊光線は、おそらく主様の呪言じゅごん……つまりは新たなるお力かとっ!」


 え、そうなん?

 思い当たるとしたら「カラ」と「キナ」を続けて言ったことくらいなんだが。

 不用意にMIXの言葉を口に出すと何かしら起こるからなぁ、この世界。


「あぁ……! 主様が千年前にお試しになって不発に終わった先程の四文字の呪言! それを主様は千年の時を経てっ! よりパワーアップされて舞い戻られ! こうして発現させてみせたのですねっ!」


 え、四文字の呪言?

 千年前の主様も「カラキナ」って言ってたってこと?

 そんで、その時は発動しなかったってこと?

 え、よくわらんけど……うん。

 とりあえず話に乗っておこう。


「そのとおりだ、マンゲエターナルよ。ただ一つだけ違うところがあるな。それは……呪言ではなくて、MIXだということだぁ!」


「ハッ……! それは失礼いたしました……! MIX……みっくす……。そういえば、千年前にも主様は一度そのような言葉を口にされていたような……」


「ん? そうなのか? あ、いや……そうだったか?」


「ハッ、第八層の禁書殿きんしょでんで確認すれば、はっきりとわかるかと」


 禁書殿?

 図書室みたいなものか?


「よし、ならば次はそこに向うぞ! キナ! いや……またビームが発動したら面倒だ。今後、お前のことはキナ子と呼ぶ! いいな? ではキナ子、我々を下に下ろせ!」


「は、はいっ!」


 キナ子は植物アーマーをしゅるしゅると解除しながら、蔓をゆっくりと降下させていく。


「そうだ、さっさと下ろしな! 気の利かないぶりっ子ロリババアが!」


「それから、カラよ。お前のことも今後はカラと呼ぶからな。あと、あんまり喧嘩を吹っ掛けるな。それから早く服を着ろ」


「は、はい……! 申し訳ありません、主様……!」


 カラ子は所在なさそうにうなだれるとシュルルと獣から人型へと戻っていき、はだけていた着物を羽織る。


「では、主様。お次は第八層。禁書殿へと向かうとしましょう」


「うむ。キナ子はここに残り壁と天井の修繕、それから空間のさらなる拡張につとめよ」


「は、はいっ!」


「では行くぞっ」


『ハッ!』


 地面に下りたオレたちは肩で風を切り、テレポートの場所へと颯爽さっそうと向う。

 第三階層暗黒大森林。

 ただ、そこの壁と天井をビームで壊したという結果だけを残して。

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