【番外編】元いじわるな義姉の末路

私の母親は女王様だった。

ただの平民だけど。


凄まじいまでの美しさと苛烈さに誰もが逆らえない。

近づくと死ぬと分かっていても引き寄せられる毒の花のような人だった。



子どもの頃から母に引き寄せられて人生を破滅していく人たちを何人も何人も見てきた。

ついには国に8人しかいない侯爵を誑かして結婚までした時期があるのだから恐れ入る。

まあたった3年間で追い出されたけど。

どうせ長くは保たないと思っていたわ。



そんな母親の一番近くにいた私がどうして無事でいられると思う??

もちろん物心ついた時から生き残るために必死だった。


母は、自分以外はどうでも良いという人だった。

例え自分の子どもでも。

自分だけが世界の中心だった。


そんな母に置いて行かれないように、捨てられないように、彼女が機嫌よくいられるように。

必死で振る舞ったわ。

気まぐれの八つ当たりをされるので服の下は怪我だらけ。


でも母が、母そっくりの私の顔は好きだと気づいてから。

自信満々にニコニコ微笑んでいたら大体機嫌よくて、不満は別の人に向かうのでかなり楽になった。


侯爵家に潜り込んでいた時は、侯爵譲りの儚げで妖精みたいなお嬢ちゃんが気に入らないみたいなので、彼女よりも先にその子を虐めることで私への八つ当たりはほぼなかった。

そのお嬢ちゃんも、母からの壮絶な虐めを直接受けるよりいくらかマシだったんじゃない?



可愛い可愛いお姫様みたいなその子は、ある日王子様に見初められて助けられて幸せに暮らしましたとさ。


冗談抜きに本当にこの国の王子様に見初められてるんだから笑っちゃう。

物語の主人公ね。




私は物語の主人公になんかなれないし。

悪役ですらない。

ただの小心者の一市民。


それがどうしたの?

それで良いじゃない。


誰が聞いてもつまらないお話だとしても、私にとっては一回しかない大切な私の人生。

私は私で、幸せになってやるわ。









王家によって侯爵家から追放された母と私は、別々の修道院に送られた。


王宮の兵たちは、最初は冷たく厳しく当たってきたが、医師が健康診断で体の古傷を見て絶句してからは壊れ物を扱うような対応に代わった。

そして国の真反対、一番端と端にある修道院に引き離されたってわけ。



修道院でまず最初にした事は、誰がここでの一番の権力者か見抜く事だった。

どうやら国で一番評判の良い修道院らしい。

反吐が出るほどのお人よしばかり。

その修道院の修道院長がそのまま尊敬を集めている権力者のようだった。


つまらないの。

チョロそうね。



修道院長の前で、気に入られるようなことをしていればオッケー、楽勝。




「院長様。今日の掃除終わりました。」

「まあありがとう、アナ。いつもとても手際が良いわね。」

「ありがとうございます。あの・・・私、院長様のような方初めてで。とても優しくしていただいて嬉しいです。私の母親は酷い人でしたから。勝手に院長様のような方が母だったらな、なんて思っているんですよ。」

「嬉しいわ。私もアナの事を、自分の子どものように可愛く思っているわ。」



修道院では毎日規則正しい生活が続いて行く。

朝起きて祈って掃除して祈って食べて祈って働いて祈って・・・・・・って感じ。

個人の持ち物は最低限。

外での奉仕活動で稼いだお金も修道院の活動費に使われるので貰うことはできない。

刺激のない生活。



「院長様。今日の奉仕活動終わりました。ご覧ください。お世話を気に入っていただけて、こんなに多くお礼をいただいてしまいました。」


今日の奉仕活動は、村で一人で生活している老人の家の手伝いだった。

修道院では家庭菜園から、パンやクッキーを焼いて売り歩いたりや、今日のように村の便利屋係のようなものまでやっている。

器用貧乏な私は便利屋としてそれなりに重宝されていた。


母が何もできない女王様だったので、一通りの事は出来るようになっていたのだ。

特に人の世話を焼くのが得意だったりする。



「すばらしいわアナ。あなたはとても頭が良いし、相手の気持ちを細やかに考えてお世話をしてくれると、とても評判が良いの。私からもお礼を言わせてね。ありがとうアナ。」



「院長様、ご覧ください。ダファディルがこんなにも見事に咲いておりました。ぜひ院長様に見ていただきたいと思って、持ってまいりましたの。」

「ありがとうアナ、とても綺麗ですね。春らしくてとても明るい気持ちになる。嬉しいわ。」




そうして気が付けば、修道院での生活もあっという間に1年が過ぎていた。

院長には順調に気に入られている。

ほかの修道女もお人よしばかりで、うるさいくらいに話しかけてくる。



でも私は知っている。


人の醜さを。

何かキッカケがあれば、人間なんてすぐに手のひらを反すものだ。


本当の悪者なんて逆に珍しいくらいで、大抵は普通の人間

その普通の人が、ほんのちょっとしたきっかけがあればすぐに裏切ったり、自分を守るために他の人を攻撃したりするものだ。


私自身がそうだったのだから分かる。


まあ院長にさえ気に入られていたら大丈夫そうだから、やっぱりここでの生活は楽勝だ。



「院長様、私院長様の事が大好きです!!」

「私も大好きよ。アナ。」


いつものようにおべんちゃらを言っていたら、なんと調子に乗った院長がハグしてきた。


うげっ。キッツイわおばさん。

こっちの気も知らないで。


「ねえアナ。私ね、あなたの事を、自分の子どものように大切に愛しく思っているのよ。」

「嬉しいです!」

「だからね。そんなに必死にならなくて良いの。」



「私の機嫌は私がとるからあなたがとらなくても大丈夫だし。あなたがちょっとくらいサボったり機嫌が悪くても、嫌いになんてならない。イヤな事はイヤと言って欲しいし、喧嘩だってしていいの。どんな事があっても、私はずっとあなたの事が大切で、あなたの事が大好きよ。」


「ありがとう、ございます。」



おばさん調子乗りすぎ。

・・・・・・何を言っているんだか意味が良く分からないわ。





そうやって、代わり映えのない生活が8年も続いて20歳になったある日、私は修道院を出ていくことにした。

私の身分は最初から、修道女ではなく修道院で保護されている子供扱いだったそうだ。

18歳になった時に出て行っても良いし、残っても良いと言われた。

私が稼いだ奉仕活動の謝礼金は、すべて貯めておいてくれていた。

その金額はかなりのものになっていた。


だから私の奉仕活動は、村での便利屋のようなものが多かったのかもしれない。

院の畑を耕していたのではこれほどのお金は貯まっていなかっただろう。





「アナー。ホントに出ていくの?」

私の後に入ってきた、少し年下の修道女エマが寂しそうに聞いてきた。


「まあね。私修道女じゃなかったみたいだし。こんなところ暇すぎてもう死にそう。」

「アナみたいに美人さんなら、俗世でモテモテだろうね。」

「知らないわ。」


人懐っこいこの子は、何を言ってもめげずに気にせず付いてくるのでとても気が楽だった。

まるで友人のようにやり取りをしている。


「でも意外。アナって院長様のこと大好きじゃない。18歳ですぐ出て行かなかったのも、あの時院長様が体調を崩されていたからでしょう?院長様がいるうちは、絶対に出て行かないと思って安心していたのにぃー。」


まあそう見えるように演技してたからね。


出来れば誰よりも特別扱いされるまでになりたかったけど、院長様はまあ清廉潔白で誰に対しても平等だった。

たまに裏で「内緒よ」って言って、甘いものをくれるくらい。



とにかく危険はなかったし、勉強をさせてもらえた。

色んな技能も身につけられて、お金も貯まった。

しかも就職先まで紹介してもらえた。


ここでの生活、悪くは無かったわ。





コンコンコン


院長室をノックする。

最後の挨拶だ。


「どうぞ、入って。」


8年前に比べ大分小さくなって皺の増えた院長様がいつも通りニコニコと出迎えてくれる。


「もう出るのね。寂しくなるわ。」


院長はあの日以来隙あらば私をハグしてくるようになっていた。

最初は驚いていたけどもう慣れたわ。


「私も寂しいです。院長様の事、本当の母親のように思っていましたから。」


いつものようにそう言うと、院長はとても優しい笑顔で微笑んだ。


「ああ・・・・嬉しい。分かるわ、あなた本当に本心からそう思ってくれているわね?」


全く。おばちゃん・・・もうおばあちゃんかしら。

調子に乗っちゃって。



「いつでも帰ってきて良いのよ。ここはあなたの家だから。あなたの幸せを祈っている。」

「たまに様子を見に来ます。院長様ももういい年なんだから、あんまり働いてばかりいないで若い人にどんどん仕事を任せて下さいよ。」

「・・・まあ!言うようになったわね。ふふふ。」


「年を考えて下さいよ年を。流行り病の看病なんて若い人がするものです。こんな年で感染したら、ポックリいっちゃうかもしれないじゃないですか。」

「・・・本当にあの時はアナに心配を掛けてしまったわね。でも若い人には将来があるから。」


「この修道院の人たちも!村の人たちも!皆あなたの事を慕って頼りにしているんですよ!!あなたが倒れたら大変なの!!気を付けて下さい全く。」


全く、このおばあちゃんはどうしようもないんだから!


「ありがとう。愛しているわ。私のアナ。」

「・・・・・・・・長生きしてよね。お母さん。」






*****







紹介された就職先は、この地域一番の大農園との事だった。

不作が続いた農家が多い中、奇跡の大収穫量を誇る一農家が、使い物にならなくなった農地をどんどん買い取ってあげて、元の持ち主をそのまま雇って・・・を繰り返すうちにものすごい規模になってしまったという。

言ってみればただの農家の集まりなのだけれど、流石に取りまとめるのが大変になってきたので誰か補佐できる者を探していたと言う。



「こんにちはー、修道院から紹介されて参りました。アナと申します。」

「あ、こんにちは。そこで座ってて。この計算やっちゃうから。・・・もう困っちゃうよ。俺は畑耕していたいだけなのにどんどんいらない仕事が増えていく。」


顔も上げずに座れと言われたであろう小さなソファーテーブル。

年季が入っている。

しばらくは大人しく座っていたが、計算しているという男の手元に少し違和感がある。

何か・・書類に書き込むのが速いと言うか速すぎると言うか・・・本当に計算して書き込んでるの??


気になって近づいて手元を見てみると、その男は計算式も何もなく、適当な数字をどんどん書き込んでいるだけだった。


「ちょっと何やっているの。適当に数字入れないでちゃんと計算しないさいよ。」


思わずそんな声を掛けてしまった。

雇い主相手にやってしまったわ。


・・・でもまあいっか。何かあったら修道院に逃げ帰れば良いだけの話だし。

この大農園がこの地域の生命線。

修道院の命運も村の命運も掛かっているようなもの。

適当にやられちゃ困るのよ。



「いやちゃんと計算してる・・・・・って何だ君!!!?ものすごい美人だな!!!」


やっと顔を上げた男が驚愕している。

初対面の人間には大体こんな反応をされるので慣れている。

傾国の美女の母に似た私はもの凄く美しいらしい。

知ってるわ。



「あー、あー、なるほど。こんな美人、危なくて街へは行かせられないわな。それでうちに来たのかー。俺なら安心だもんな。」


そんな事を呟いている。


「・・・俺なら安心って?」

「ああ、俺将来を誓い合った相手がいるから。他の誰にも靡かないので有名なんだよ。」


ふーん。


「俺の名前はトム。これからよろしくな、アナ。」

「あらちゃんと名前聞いていたのね。よろしく。」



計算はやり直してみたらどれも合っていた。

計算式も書いていないのにどうして?

トム曰く、見れば答えが思い浮かぶだろ?とのこと。


天才かよ!!






*****





そうやって、大農園を経営するトムの補佐をする生活は始まった。

とにかくトムは畑に出て実際に体を動かして農作業をしたいらしい。

私の仕事はその為にトムの畑以外の仕事量を何とか減らしてくれとかいう、なんともあやふやな業務内容だった。


しかし計算などはどう考えてもトムがやった方が速いし正確だ。

地域(というか修道院・・というか院長様!)のためにもこれはトムにやらしておいた方が良いだろう。

要はトムの自由時間が増えれば良いのだ。


検討した結果、私はトムにご飯の差し入れをすることにした。

更に事務所兼自宅の掃除も請け負う。

洗濯はさすがに自分でしたがったのでやらせる。

農園の仕事と言うよりも家政婦の仕事といった感じだ。

・・・良いのよとにかく。目的を達成できれば。


トムは家事をしなくて良くなった分、畑仕事が出来て満足しているようだ。

初めて会った時よりも日に日に生き生きとしてきている。


作るついでに私も一緒にご飯を食べるようになった。

どうせ片付けも私がやるのだから、一緒に食べてそのまま片付けるのが効率的だ。

食費も浮いて一石二鳥。


たまにお客さんが来ては「お、トム。ついに嫁さん貰ったのか。」と勘違いされるが、その度にトムはしっかりと、「俺には心に決めた人がいる。」と言って訂正している。


その相手は一度も見たこともないし、手紙の一つもよこさないようだけれど。

一体どんな人なんだろうか。







そんなある日の事。

倉庫の整理でもしようかと思った私は、そこでとんでもない物を見つけた。


今では禁止されている粗悪肥料の山・山・山。

背中にイヤな汗が流れ落ち、心臓がバクバクと嫌な音を立てている。






―――――――やっぱりね。


人間なんて。一皮むけば誰でもこんなもの。


こんな粗悪肥料を集めて一体何を企んでいることやら。

もしかして、近隣の農家の収穫量を落として安く買いたたいていたの?

それとも――――――――




「何してんだアナ?こんなところで。」

後ろから掛けられた声に死ぬほど驚く。


一つしかない扉に立たれた!


逃げられない。


終わりだ。

私の人生はこんなところで終わるのか。



「あんたがこんな人だったなんてね。すっかり騙されたわ。私も甘くなったものね・・・・・・。」

「は?何言ってんだ。」

「何言ってんだじゃないわよ!こんな秘密を見た私を、どうせ生かしておくつもりはないんでしょう?」



「いやいやいや物騒な事言ってんなよ。秘密って何の事だ?」

「ごまかさないで!!こんなに大量の粗悪肥料!!疚しい事がないわけないでしょう!!!どうせこれを見た私の口封じする気なんでしょ!!!」


「はあああああああああぁぁぁ????いやいやいや。粗悪肥料って・・・・・・・別に所持は禁止されてないからな?あと俺特別に領主様に許可とって使用しているから。使いようによっては収穫量増えるんだって!」

「ウソ言わないで。収穫量が増えて見えるのは最初だけ。すぐに畑自体が死ぬって今なら子どもだって知っているわ。第一こんなに買い込むなんて、疚しい事がないとは言わせない!」


「近隣の農家から買い取ってあげたんだよ。もう買っちゃったやつ。捨てるのもったいないから使うとかいうからさー。俺なら使いこなせるけど。何も考えずに使うと大変なことになるのは知ってる。」

「へ?あんた使いこなせんの?なんで??」



そういえばなんでコイツの畑の収穫量は飛び抜けて良いのかしら。同じ地域、同じ天候で育てているというのに、トムに買い取られた農地だけがたちまちのうちに収穫量が上がっていくのだ。


「いやだから要するに塩分が高いんだよなーこれ。塩大量に混ぜたみたいで。でも塩分て元々ちょっとなら必要なくらいだし。雨にも普通に含まれていて。まあこの肥料は濃度が高すぎるので、ダメになった畑は石灰を撒いて・・・使う量を様子見ながら調整していけばむしろ収穫量はあがる・・・・」

「はあああああああああぁぁぁ????ダメになった畑、回復できるの?」

「へ?ああ。原理はかんた・・・」



「さっさと!!届け出て!!!!!国救ってこい!!!!!!!!」








こんなことってある?

危うく国の崩壊の危機となった・・・クーデターの原因ともされている粗悪肥料の解決方法をこんなド田舎の一農民が一人で解決してるって・・・・・は??はあ??何それ???


天才かよ!!


ていうか何で早く届け出ないのよ!

やっぱアホだわ。






それから、なんか一番近くの男爵家に届け出ようとしているので、慌てて止めた。

そんな男爵なんかに伝えて男爵が子爵に伝えて・・・・とかやっていたら、国の中央に届くのに何年掛ると思っているのよ。

情報が届くかどうかすら怪しいわ。

無事届いたとしても、100%手柄を横取りされるわね。


何とか一気に中央まで情報を届けることはできないかしら。



「あ!そうだ。アンネなら。」

「アンネ?」

「うん。俺の将来を誓い合った相手なんだけどさ。なんとリラリナ学園を卒業して、今王宮に出仕しているんだ。アンネに手紙で知らせてみるよ。彼女なら悪いようにはしないはずだ。」



ふーん。彼女も超天才エリートって訳ね。

そう、それなら安心かもね。


今は中央で働いていて、しばらくしたら戻ってくるのかしら?

まあ国が(ひいてはこの地域が・・・村が・・・修道院が・・・ていうか院長様が!!)救われるなら何でも良いわ。







そして手紙を出して返事を待つこと数日後、アンネという女性から返事の手紙が届いた。

ちょうど一緒に夕食をとっている時だった。


・・・・実在したのね。将来を誓い合った彼女。


全然現れないから、もうトムの妄想なんじゃないかとすら思い始めていたわ。



「アンネから返事がきた!!!!」

見たこともないくらい嬉しそうなトムは、早速手紙を読み始める。

どうなったのか気になるので、トムが読み終わるのを大人しく待つことにする



すると最初は笑顔で読んでいたトムの顔から急に表情がなくなり、真っ白になる。


おおー血の気が引くってこういうことか。

初めて見た。

本当に色が変わるのね。



「・・・・どうしたの?」





「・・・・・・・・アンネが・・・・・・・・・・結婚したって。」



いや聞いてないわそれ。

肥料の件どうなったのよ。


「ふーん。」

「相手は子爵様だって。・・・ははっアンネも出世で叙爵してんだって。」

「・・・・・・・・聞いてないわよ。」



「あーあ・・・・・・・手の届かない人に・・・なっちまったな。」


聞いたことのないくらい、悲しそうに、そう、呟いた。




大体おかしいと思ったのよ。

いくら王都で働いているからって、私がこの農園に来てから1年間、1度も見かけなかったし。

手紙も今回のが初めて。


王都へ出て、出世して・・・・田舎の幼馴染との結婚の約束なんて、そりゃどうでもよくなるわよね。



やっぱり人間なんて、一皮むけばそんなもの。

ずっと前から知っているわ。



「・・・・・・・飲む?」

「・・・それ俺のだから。」


ちょっとは可哀そうだから、ちょろまかして隠しておいたとっておきのワインをとってきてあげたわ。


「ま、話くらいなら、聞いてやるわよ。」












「・・・・・・それから???」

「それでお終い。『待ってるから』って。っへへ、カッコいいだろ。このセリフ。」

「ん?だからその後どうやって結婚の約束したの?」

「いやだからこれでお終いだって。『待ってるから』って。」




・・・・・・・・・・・・・?



「あんたそれ、してないわよ。結婚の約束。」

「・・・・へ?」

「へ?じゃないわよ!怖!!!『待ってるから』で将来の約束って!!何それ!」

「いやだって断られなかったし。」

「断るもなにも言ってないじゃない結婚してくれって。」

「イヤ・・・それは・・・分かるだろ!雰囲気とか行間で!!詩だっていかに少ない言葉で意味を伝えるか究極まで削ってだな・・・。」

「けずるな!」

「計算式だってできるだけ少なく省いて・・・。」

「はぶくな!計算式と一緒にすんな!!!」





「・・・・・・・・・信じられない。」


やっと事実を飲み込めたのか、トムがガックリと項垂れる。


「こっちが信じられないわよ。あんたそれで何年待ってたの?・・・・アンネさん、一瞬でも酷い女と思ってすみませんでした。あなたは何も悪くないです・・・。」

「俺・・アンネの事ずっと待ってて・・・・あああああああああ!!!!エミリー辺りで手を打っておけばよかった!!!」

「うっわ!最悪。・・・・・次に機会あったらちゃんと思っている事!全て!!言葉に出すのよ!!!けずらない!はぶかない!!!」




「えー、いや逆にまずくないか?それ。」

「絶対そっちの方が良いから。つべこべ言わずに従いなさい。」

「・・・・・・・・・・じゃあさ。やってみるよ。」






「あのさ。アンネにも振られちゃったし。村にはもうめぼしい子も残っていないし。アナってすごい美人で一緒にいて楽だし助かるので一生一緒にいて欲しいです。結婚してください。」




「はああああああ???いやよそんなの。ふざけてんの?」

「だから言っただろ!!全部言ったらまずいって。」

「・・・じゃあ本当ならどう言いたかったよ。」





「俺には君しかいないみたいだ。結婚してくれ、アナ。」


「最初からそっち言いなさいよ!」

「だからそう言ってんだろ!!!」










私は物語の主人公になんかなれないし。

悪役ですらない。

ただの小心者の一市民。


それがどうしたの?

それで良いじゃない。


誰が聞いてもつまらないお話だとしても、私にとっては一回しかない大切な私の人生。

私は私で、幸せになってやるわ。




・・・・ま、旦那は国民栄誉賞とかもらった大天才だけどね。















「院長様――!!アナから手紙が届きました。」

「まあ本当?ありがとうエマ。」



「・・・・・・・・ニヤニヤしちゃって、どうしたんですか?院長様。」

「ふふふ。アナがトムさんと結婚するんですって。・・・・計算通りだわ。」

「え!トムさんと?あの大農園の!私同じ村出身だけど、誰にも靡かないことで有名なのに。」

「あら。あんなに可愛いアナと一緒に働いて、好きにならない人がいるはずがないでしょう?可愛い娘を、どこの誰だか分からない男にはやれませんからね。あの程度は有能な人じゃないと。」

「さすがっす院長様!一生付いて行きます!!」

「まあ!うふふ。うちの子達は本当に可愛いわ。」




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