第40話 物語の結末は

 本気で婚約者候補の破棄になるのが怖くて、ナタリーから逃げ回ること数日間。

 ついに執務室にまで訪ねてきたナタリーを見た私は、もう逃げられないことを悟った。



 ナタリーのその強い瞳の光。

 私の心を捕らえたその光を見て、ナタリーの決意の強さが分かった。



「少し散歩しないか。」



 もう婚約(者候補)破棄は避けられそうにない。

 儚げな外見とは違って、とても意志が強いナタリーだから。

 そんなナタリーが、誰よりも好きだから分かる。



 小さいころは「空気読めない王子」とか呼ばれていた私だけど、言っておくが実はメチャクチャ空気読める方だからな。分かる。




 もう、本当にダメなんだな――――――。




 散歩に誘ったのは、往生際悪く説得しようと思ったわけではない。

 ・・・いや実はちょっと思っているけど。


 そうじゃなくて、ほんの少しでも、数分でも婚約の破棄を遅らせたかった。

 そして最後に一緒に、ナタリーと散歩したかった。



「ちょっと抜けるね、ユーグ。」

「・・・・ミハイル様。」

「大丈夫。」


 今日も一緒に仕事をしていたユーグに声を掛けて、ナタリーと共に部屋をでる。

 ユーグの心配気な顔にこんな時だというのに笑ってしまった。

 子どもの心配をする母親のようだな。




 幼いころから、ずっと一緒に過ごした王宮の庭。

 あそこにもここにも思い出が溢れている。


 あまり遊んだ事がないというナタリーを連れまわして、もう9歳だと言うのに虫を追いかけたり、木の実をすり潰したり、石を蹴ったりして皆で遊んだ。


 ナタリーの為と言っていたけど、「もう9歳なのだからそんな子供みたいな遊びはお辞め下さい」などと言われて出来なくなっていた遊びが、大手を振って出来て楽しかったのは秘密だ。

 多分ユーグやジャックも楽しんでいたと思う。


 実は肝心のナタリーはお絵描きなどしながら、私たちが虫を捕まえるのを楽しそうに眺めていた。



 ああ、あのテーブルだ。

 綺麗な蝶を捕まえて、あのテーブルに座るナタリーに持って行った。

 ナタリーはすごく喜んでくれて、夢中で絵に描いて、見せてくれた。



 あちらの池には、何度も石を投げ込んだ。

 誰が一番石を跳ねさせるか競った。

 そのうち投げる石がなくなって、花壇の石を砕いて使って怒られた。


 母上が砕かれた花壇を何故だかすごく気に入って、しばらくはそのままだった。



 さすがにもう補修されているか。



「この花壇。さすがにもう補修されていますね。」

 私と同じことを思い出したのか、ナタリーが呟いた。

「そうだね。」



「ミハイル様。あちらへ座りませんか。」

 ナタリーが指さしたのは、さっきの思い出のテーブルだった。


 9歳からずっと、私の隣にはナタリーがいた。

 ナタリーとの思い出がない場所なんて、ここにはない。




 なんとか出来ないかな。

 お得意の空気読んでなんとか。

 何て言えば、婚約破棄を考え直してくれる?


 おかしいな。いつもならすぐに思いつくのに。


 何も考えられない。





 メイドに頼んでお茶だけ用意してもらい、離れていてもらった。



 ついに、くる。



「ミハイル様。婚約者候補、解消いたしましょう。」


























「イヤだ。」










 思わず口から出たのはそんな言葉だった。

 せめて格好よく、空気読んで、「分かったよ。今までありがとう」なんて言おうかなんてチラッと思ったけど、そんな事ウソでも無理だった。


 イヤなものはイヤだ。

 往生際悪くても何でも、1分1秒でもごねて引き延ばしてやる。


「え・・・・―と。イヤと言われましても。」

「絶対に嫌だ。婚約者候補解消したくない。」



 もう本当にみっともないけど。

 そんな事知るか。


 1%でも良い。

 ナタリーがごねる私を不憫に思って、結婚してくれる可能性がほんの1%でもあるなら、どんなにみっともなくても。




「ずっと好きなんだ。ナタリーの事が。今までも好きだしこれからもずっとずっと好きだ。結婚したい。ナタリー以外なんて考えられない。絶対に婚約破棄なんてしたくない!」



 どんなにみっともなくても足掻いてやる!!







「へ、へああああ!!!!!????」


 へあ?



 おかしな悲鳴に俯いていた顔を上げると、目の前に真っ赤になったナタリーがいた。


 ・・・なんだこの反応。

 これはまるで・・・・・。



「ナタリー好きだ!結婚してください!!!!」

「えええええええええ!!??」



 ええって。

 何を驚いているんだ?


「え・・・・えええ!?ミハイル様、わ、私の事好きなんですか!?」

「・・・・何を当たり前のことを。」

「えええ!?は・・・・初めて聞きました!!」

「初めてって。そんなわけ・・・・。」



 そこで、少し思い出してみる。

 そんな子供のころから、どれだけ私がナタリーの事を・・・・あれ?


 いやそんなはずは・・・・。






「・・・・・・・・・・・言ってないぞ。」

「聞いてません!!」





 そんなバカな。嘘だろう。

 これだけ外堀を埋めておいて、本人に告白していないなんてそんな間抜けな事・・・・。






「これは・・・・悪い。私が悪い。完全に悪い。こんなの婚約破棄されて当然だ・・・・。」

「あ、いえ・・・そんな・・・。」



「あーーーーー、格好悪いなぁ。」

 でも、今だ。

 今しかないだろう。





「本当はもっと素敵な眺めのところでとか、プレゼントを用意したりしたいところだけど。・・・・・改めて言うよ。」



 それに、子どもの頃から皆でずっと一緒に過ごしたこの庭で言うのも、私たちらしくて良いんじゃないか?




「ナタリー。君のことを愛している。ずっと、一生、傍にいて下さい。結婚してください。」





「・・・喜んで。」

 真っ赤になって照れているナタリーは、世界一可愛い花開くような笑顔で、そう答えてくれた。







*****





『おめでとうございます!!』


 結婚式当日。

 抜けるような雲一つない青空、多くの人が祝福してくれた。

 今は貴族しかいないが、これが終われば王都の大通りをパレードする予定だ。

 ナタリーのウェディングドレスを楽しみにしている街の皆にも会えるだろう。



 救国の乙女の姿を一目見ようと、王都の外からも人が詰めかけて、宿はどこも満杯らしい。

 オルチさんたちが教えてくれた。


 ウェディングドレスを着たナタリーは、妖精のような美しさだった。




「一時はどうなることと思いましたよ。」

 朝から忙しそうに動いているユーグが、ここまでくればもう安心とまでに、話しかけてきた。

 友人だが側近でもあるユーグには、結婚式当日まで働いてもらって本当に頭が上がらない。


「本当に良かったです。ミハイル様が振られたら、俺も当分結婚しにくくなっちゃうじゃないですか。」

 能天気そうに言うジャック。

 俺も一時期、君との友情がもう終わるかと思った。本当に良かった。



「ミハイル様が完全に振られたら、次は俺が立候補しようと思ってたんだけどな。」

 そういうアレンは、冗談風にしているが、ちょっと本気が入ってないか?以前からお前のナタリーへの態度は怪しいと思っていたんだ。



「ナタリー、幸せになるんだよ。」

 そう言ってナタリーを泣きながら抱きしめている父親のレノックス侯爵に、複雑な心境だ。


 以前までならナタリーに触るなボケと言えたんだが、ここ何年もレノックス領の為に馬車馬のように働き、目を見張るような成果を上げている。

 ナタリーとの関係修復の為にも、何年も何年も反省した態度を取り続けてついに最近、ナタリーも絆されかけている。

 優秀すぎる元高級官、イヴァンの入れ知恵だろう。

 これでは文句が言いづらい。

 けど早く花嫁を返して欲しい。




 ちなみに結婚後は、兄上の子どもが18歳になるまでは、王宮で暮らすことになる。

 その後いずれはレノックス侯爵領を継ぐ予定だ。


 今すぐ継ぐ案もあるにはあったが、現レノックス侯爵がまだまだ若い上に、現在ものすごく順調に領地を運営している。

 しかも人に任せっぱなしではなく本人もメチャクチャ優秀に働いているのだから何か問題でも?という訳だ。

 それはそうなんだけど・・・・まあ良いか。




 レノックス領を継ぐまでは、とりあえず元リヴォフ領を任されている。

 しかし将来的にレノックス領とリヴォフ領を運営するとなるとかなり大変だ。

 物理的に、距離も離れているしね。


 まあガンガン成果を上げて夫婦そろってすごい勢いで出世しているファルコ達に、いつかリヴォフ領を返せる日もくるかもしれない。





 会場ではゾフィア・シャルロがこの日の為に作ってくれた曲が演奏されている。


『結婚行進曲』―――予め聞かされた時は感動した。

 正に結婚の日にピッタリの曲だ。



「ミハイル様。私はあなたに会ったあの日から・・・一日も欠かさずずっと毎日が幸せなんです。毎日光が溢れているみたい。」

「私もだよ。そしてその光の中心にいつも君がいる。」

「でもやっぱり、ミハイル様はちょっと空気読めないと思います。」

「いやぁ・・・・それについてはもう何も言い返せないのだけど・・・。」




 でもね、誰だって。

 それこそナタリー以外の、国民全員が知っていたんだよ?

 私が君の事を、世界で一番大好きで、大切に大切に守っていたことを。


 それをまさかの、拾った子猫の世話してるだけだと思っていただって?






 やっぱり君は――――――






「幼馴染の侯爵令嬢が空気読まなすぎる。」




~~完~~





―――――――――――――――――――――――

あと番外編が3つほどありますが、本編はこれで完結です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


現在カクヨムコン9に挑戦中です。

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新作「最低最悪のクズ伯爵」の連載を始めました。

そちらのほうもよろしくお願いします。


まずは5話まで読んでほしいです!

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