第39話 私の王子様の話

 私の王子様のお話をしますね。


 私の王子様というのは、いわゆる乙女のあこがれの象徴としての「私の王子様♡」ではなくて、本当に正真正銘、この国の第二王子様ミハイル様の事です。



 このミハイル様と私の出会いは、今から9年前。

9歳の時まで遡ります。当時継母と義姉と、そして父親に苛め抜かれていて、大げさでなく死にかけていた私は、ある日の舞踏会で、当時天使のような愛らしい王子様に助けられます。



 いつかは屋敷から抜け出して、平民として一人で生きていくつもりだった。

 でも心のどこかで、もしかしたらこのまま永遠に、私の世界は変わらないんじゃないかって、何をしても無駄なんじゃないかって思い始めていたのかもしれない。

 誰もが敵に見えて、誰も信じられなくなっていた。



 そんな弱気な私の心を、暗い敵だらけの世界を、彼はあざ笑うかのように吹き飛ばしてしまった。

 誰もが呑まれる義姉の毒の影響を、微塵も受けない空気読まなさで。




 ―――それからずっと、私の世界は光で溢れている―――




 その日に気まぐれで声を掛けて手を差し伸べてくれただけでも良かった。

 それだけでも、私は一生感謝したと思う。

 死にかけていた私の心を救ってくれた。


 例えその後、屋敷に帰って父や継母や義姉に虐め殺されても。

 私は私のままでいられた事に、感謝をしていたと思う。



 それなのにミハイル様は、その後も私を王宮で保護してくれて、更に継母や義姉を社交界から追放してくれて。


 父から守るために使用人の派遣までしてくれて、学友として傍で見張ってずっとずっと面倒を見て下さった。

 領地の為にイヴァン様を派遣していただいたおかげで、今、ぎこちないながらも父と少しずつ歩み寄れている。



 拾った捨て猫を最後までお世話するように。




 クールだけど実はお茶目な、ツッコミ役のユーグ様。

 裏表なく、どこまでも明るいジャックロード。


 アレン様やマーシャにフランツ、イヴァン様。他にも数えきれないくらい大切な人が出来ていった。

 私の周りは光でいっぱいになっていった。

 そしてその光の中心にはいつもミハイル様。


 敵だらけだったあの世界と、この光溢れる世界が同じ世界の事とは思えない。




 ・・・・だから私はもう大丈夫。



 ミハイル様はあまり恋愛事に興味がないようで、学園に入学する前に婚約者候補を一応決めておくという慣習に従い誰かを婚約者を・・・・という時に、私にと頼まれた。



 これだけの恩があるのだから、ミハイル様が大切な人を見つけるその日まで、とりあえずの婚約者候補になることに否やはない。

 やっと今までの恩をほんの少し返せる。

 私は嬉しかった。


 ・・・・嬉しかったはず。

 でも心のどこかはズキズキと痛んだ。


 だって、私はその時にはもう、ミハイル様の事を大好きだったから。



 誰が好きにならずにいられます?

 暗闇から光の中に連れ出してくれて、その後もずっと優しく面倒をみてくれて。


 こんなの無理。

 好き。大好き。


 ミハイル様にとっては拾った猫を最後まで世話しているだけ。

 何度そう自分に言い聞かせても、好きなものは仕方ない。

 自分の心にウソは付けない。



――――ずっと好きでいよう。



 例えミハイル様に本当に好きな方ができて、ある日「今までありがとうナタリー。助かったよ」って言われても良い。


 その後もきっと、ずっと一生私は好きだろうけど。

 それまででも一緒にいられればそれで良い。




 いつまで一緒にいられるんだろう。

 1年1年が驚くほど幸せで、そしてちょっとだけの恐怖がいつも付きまとっていた。


 ああ、まだミハイル様の運命の相手は現れていない。


 そう安心して、そしていつ現れるのかと不安になる。




 でもね。私はもう気が付いている。

 ミハイル王子が本当に空気が読めないのではないという事を。


 私を助けてくれた時もそう。

 リリィを助けた時も。

 オルチさんを諫めた時も。


 空気読めないふりして、『読まないで』、空気なんて吹き飛ばして運命をつかみ取っているんだ。


 もうその事に、私は気が付いていた。



 本当に好きな方が現れたら、きっと「ありがとうナタリー」って、あっさり言って振られるって、婚約者候補になった12歳の時には思った。




 でももう知っている。

 そんな事できるような方じゃないって、もう知ってます。

 本当に優しい方だから。



 空気なんて読めませんって、フリしているだけで。

 きっと私の心なんて、きっとずっと前からバレバレで。


 優しい王子様はきっと、本当に好きな人が現れても、ずっと婚約者候補だった幼馴染を振るなんて出来っこない。




 でもね、ミハイル様。

 それこそ、空気読めてないってんですよ。



 そんな理由で結婚してもらっても嬉しくもなんともないんです。

 拾った猫を見捨てられないからって。そんなの。




 逆に失礼なのよ!!



 胸を張ろう。

 私にもプライドがある。



 だったらこっちから振ってやるわ!!!






 さようなら、私の王子様。

 ずっとずっと大好きです。

 どうぞ幸せになってください。


 私はあなたに大切な方が出来たら友達が幸せになって嬉しいって顔して。

 心から嬉しいって顔して祝ってみせます。

 それが私のプライド。あなたの為にできる唯一の事。



 ――――――さようなら、大好きな私の王子様。

 今までありがとう。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る