【番外編】リリィ・ミリューチの本音
リリィ・ミリューチ18歳。私には誰にも言えない本音がある。
それはこのリラリナ王国で大人気の第二王子とその婚約者が、ちょっとばかり・・・まあ結構、嫌いだったりすること。
第二王子は子どもの頃から老若男女問わず大人気。プラチナブロンドの天使のような王子様。
ちょっと空気読めないところもあるけれど、天真爛漫でいいとか。
第二王子なんだからそのくらいのびのびしてればいいんだとか言われ、王国中の人々に見守られて育ってきた。
最近では、平和な王国に突如として起こったクーデター(噂では隣国の陰謀だとかなんだとか)で国王夫妻と王太子夫妻を救い出して、もう正真正銘のヒーロー、英雄だ。
貴族人気はもちろんのこと、大衆からの支持も王族一かもしれない。
そんなに人気なのだったら、いっそのこと第二王子が王位を継いだら・・・なんて話も出てきそうなものだけれど、その空気読めなさと自由闊達さから、真面目な第一王子と王座を巡って争う事もない。
真面目に職務に取り組む第一王子と、国中から可愛がられる弟王子。
リラリナ王国の未来は明るく、安泰だ。
そして第二王子の婚約者のナタリー・レノックス。
国に8家しかない侯爵家の一つ、名門レノックス家の唯一の跡取り。
小さい頃はとんでもない義理母と義理姉にいびられて、ガリガリの身体に、ボサボサの髪、汚らしい服を着て虐められていた。
それなのに、ある日突然ミハイル王子に助け出されて、婚約者候補に指名されて、特別扱いをされだして。
見るたびにキラキラに輝いて、あっと言う間に手の届かない存在になった子。
私よりもずっと大変そうだったのに。下だったのに。ちょっと可哀そうだなと思ってあげていたのに。
粗悪な肥料のせいで、国中の農地で不作が広がる中、広大な穀倉地帯を領地に持つレノックス領で、いち早く粗悪肥料の使用停止を呼びかけた。
威圧的に命令するのではなく、時には自らが農地に出向いて、一人ひとり説得して回る姿は正に救国の乙女のよう・・・・なのだそう。
この国中で大人気の2人のことを嫌いだなんて、言えるわけがない。
王族の愚痴を言ったからって逮捕されるような封建的な国ではないけれど、熱狂的な支持を集めている人たちの悪口なんて怖くて誰にも言えるわけない。
子どもの頃から、丁寧に磨かれていくように綺麗になっていくナタリーを見かけるたびに、胸にモヤモヤしたものが広がっていたけれど。
そのモヤモヤした気持ちに決定的に『嫌い』という名前がついたのは、リラリナ学園に入学してすぐ、1学年でのことだった。
その頃の私は、外面の良い姉に逆らえなかった。
いずれお婿さんを迎えてミリューチ家を継ぐ予定の姉は、明らかに私よりも両親から優遇されていた。
子爵家に、最高峰の教育を2人分受けさせる余裕がないことは、小さい頃から分かっていた。
何事も優先される姉。
その命令には逆らえない。
ちょっとでも揉めたら両親に大げさに言いつけられて、怒られるのはいつも私。
事を荒立てないように、うまいこと機嫌をとって。
子どもなりに上手くやれていると思っていた。
それなのに、あの惨めに虐められていたナタリー・レノックスが。
どんどん綺麗になって王子の学友になって、婚約者候補になったナタリー・レノックスが、私を優しく食事に誘ってきたり、私の代わりに先生に抗議なんてするものだから。
私があなたより可哀そうな子だって言いたいの?
事を荒立てないように上手くやっているのよ。邪魔をしないでちょうだい!!
大体、今ちょっと一緒にお昼ご飯を食べたしたからって何がどうなるの。これからずっと何年も、助け続けてくれるの?責任とれるの?無理でしょ!?侯爵令嬢の偽善のために私を使わないでちょうだい!!
そんな風に考えて、私は全力でナタリーから逃げ回った。
でもナタリーの抗議で先生が徐々に優しくなって、1学年の最後には生徒たちの人気者になっていたりとか。
空気読めない第二王子に無理やり一緒にご飯食べさせられたりしているうちに、私も気が付けばいつの間にか友達がたくさん出来ていた。
友達の中にはミリューチ家よりも家格が上の子もたくさんいた。
その友人達と一緒に楽器の練習をしたり、コンサートに一緒に出掛けるようになると、両親の私への態度が以前よりも優しくなった。
姉の態度は相変わらずだったけど、姉の友人たちは、家格が上位の友達が一睨みしただけでかまってこなくなった。
両親も「伯爵家とお付き合いするなら、リリィももう少し教養を身につけないとね」なんて言い出して、それまで何度やりたいと言ってもやらせてもらえなかった音楽の手習いをさせてくれるようになった。
嫌いだけど。嫌いなのに。
あの人たちをきっかけに何もかもうまく回り出して楽しかった学園生活。
それもあと少しで終わろうとしている。
卒業と同時にナタリーは王宮へ行き、少しの行儀見習い期間と準備期間を経て、半年後には国を挙げての結婚式をする予定だ。
すでに国家行事として発表されている。
結局3学年からは王子とナタリー、王子の学友たちは皆Aクラスいき。
私は試験を勝ち抜いてきた平民にかなうわけもなく、ずーっとCクラス。
あまり顔を合わす機会もなくなっていた。
―――ほーらね。一時的に助けたからって、ずっと一緒にいてくれるわけじゃないでしょ?
ナタリーは王子に助けられた後、ずっとミハイル王子達と一緒にいてもらえて、学友になったのにな。
胸にあるモヤモヤは、消えることなく、ずっとくすぶり続けている。
*****
「リリィ。ちょっと待っていてくれる?先生に用事があって。」
「ええ、ベンジャミン。だったらガゼボで待っているわ。」
音楽を通じて仲良くなった伯爵令息のベンジャミン。
お姉さんが3人いて、末っ子の嫡男。
そのせいかとても優しいし、少し長めのブラウンの髪に隠れがちな顔は意外と格好いい、と思う。
一緒にコンサートを聴きに行ったり、合奏をしているうちに親密になった彼に、数か月前に告白された。
もちろん答えはイエス。
私だって卒業したらすぐに、結婚する予定なんだから。
ベンジャミンや音楽好きの友人達と演奏していると本当に心から楽しい。
姉にチクチクと嫌味を言われたり、ナタリーやミハイル王子が活躍した話を聞いたりして胸にモヤモヤが湧いても、音楽に没頭している時はそんなもの吹き飛んでしまう。
もちろん王子と比べたら伯爵家なんて大したことないでしょうけど、子爵家でも下の方(子爵家の中にも家格の順序があるものなの)の家の次女が、伯爵家嫡男に嫁げるなんて、以前の私にしてみれば、夢のようなお話。
子爵家の跡取りの姉とは立場が大逆転!
両親も最近では私を下にも置かない扱いで笑っちゃう。
それなのに、救国の乙女とかヒーローとかを見かけると、胸に湧くモヤモヤ。
自分でも自分が嫌な奴だなって思う。
こんなに幸せなのに、手の届かない王子様と婚約者様を見てひがむなんて。
でもこんなこと誰にも話したことはないし、胸の中で思うだけなら自由でしょう?
*****
「げっ。」
しまった。思わず声が出てしまった。
よりによって、なんだか憂鬱でモヤモヤがグルグルしているこんな日に、ベンジャミンと約束をしたガゼボに一人、ナタリーがいたものだから。
「・・・・げ?」
「い、いえ。すみません、粗相を。お恥ずかしいです。」
聞き流してくれればいいものを、ナタリーに耳ざとく拾われてしまう。
姉とか威圧的な人には言いたいことが言えなくて従ってしまうのに、嫌いなはずのナタリーや王子には、なぜか気を付けないと本音がこぼれそうになる。
それがリリィには不思議だった。
「そうなんですか。」
ナタリーは、あっさりと納得したようすだった。
広大で見事な学園の庭には、何か所か休憩できる場所もあるけれど、一番大きくて中心にあるガゼボはどこからでも見えやすくて、生徒たちの待ち合わせによく使われている。
ナタリーも誰かと待ち合わせているのだろう。
しかしタイミングなのかなんなのか。今日はそのガゼボにナタリー以外の人影はない。
ベンジャミンにここで待っていると言ってしまっているので離れられない。
広いガゼボなのでテーブルを離すこともできるけれど、表面上は会えば挨拶をして、一言二言会話を交わす仲としては、わざわざ離れて座るのも不自然だろう。
「ご一緒してもよろしいでしょうか。」
「ええ、もちろん。」
断りをいれて、私は覚悟を決めてナタリーの正面に座った。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
話しかけてきても適当にやりすごしてやろうと思っていたのに、ナタリーは一向に話しかけてくる様子がない。
私が目の前にいることなんて気にも留めないようなその態度に、段々とイライラが募っていく。
「ナタリー様は、ミハイル王子をお待ちになっているんですか?」
「ええ、そうなの。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
普通、聞かれたら聞き返すものじゃない?
リリィは誰を待っているの?って。
そんなに私に興味ないの?
目にも入らないの?
強引に助けておいて?
その時ふと、魔がさしてしまった。
他に誰もいない2人きりのガゼボ。
ナタリーは子爵令嬢ごときに嫌味を言われたからって、王子に泣きつかないだろうし、周りに言いふらすような性格でもない。
ちょっと本音で文句を言っても、いいんじゃない?
卒業したらそれこそ雲の上の人になるんだし、こんなチャンス、もう二度とないんじゃない???
「私あなたが嫌いなの。」
まだ言うと決めたわけでもないのに、気が付けばそんなセリフが口からこぼれ落ちていた。
「うん、知ってる。」
ナタリーの宝石の様な透き通った空色の瞳が、やっと私を見た。
そんなわけないのに、初めて目が合ったような気がした。
「1年の時、助けてなんて言ってないのに、余計な事をしてきましたよね。あなた高慢なのよ。」
「あら。余計な事されたくないなら、人前でメソメソと下向いてなければいいじゃない。誰だって気になるわ。」
「なっ!」
ナタリーの予想外の反撃に、頭にカーっと血が上る。
「メソメソなんてしてないわ!」
「してたわよ。お姉さんの前ではニコニコ作り笑顔をしてたのに、クラスにいる時はいつもメソメソと。私以外にも何人かが『大丈夫?』って声かけても、『大丈夫ですぅ』って言いながらメソメソメソメソ。」
「してない!」
「してた。」
「してない!!」
「してましたって。」
お人形さんのように可愛い口から、予想外の言葉が次々と飛び出してくる。
大人しくて可愛らしい救国の乙女じゃなかったの!?
「それに助けておいてあとは知らんぷりって酷くないですか!?私あの後も姉から嫌味を言われ続けてたのよ?あなたはミハイル王子に助けてもらってからも、ユーグ様やジャック様やアレン様にまで囲まれて守られていたのに、なんでよ。」
「えー、私と一緒にいたかったの?」
「絶対イヤ!」
「そうでしょう?それにリリィにはリリィの気の合う友達がたくさん出来て、いつも楽しそうにしていて、もうお姉さんにだって負けていないように見えたけど。」
「それは!・・・・・・・そう、ですけど。」
きっとあの時王子の学友仲間に入れてもらっても、私は気を遣って、王子達と自分を比べて、卑屈になって、イヤな思いをしていたことだろう。
自分の本当に好きなことをやって、趣味の友人ができたことで、強くなれた。
何年も胸にかかっていたモヤモヤがスーッと晴れていくのを感じる。
―――――そうよ。私別に、学友仲間に入りたいわけじゃなかった。
「まあ私も子どもだったから。大人になってから考えてみたら、助けてとも言われてないのに、勝手に私がなんとかしなきゃと思ってしまって。余計な手出しをしてしまったわね。申し訳ありませんでした。」
うっ。ナタリーに素直に謝られてしまったわ。
これじゃあ私だけがまだ子どもみたいじゃないの。
「とは言ってもお礼の一つくらい言ってくれても、バチはあたらないと思うの。」
「・・・・誰が大人になったんですって?」
なんだ。こんなに簡単なことだったのか。さっさと本音を言っちゃえば良かったわ。
本音をぶつけたところでナタリーはビクともしないし。
雲の上の人だと思っていたら、ただのちょっと図々しい普通の子じゃない。
―――いえ、普通じゃないか。令嬢でこんな本音をぶつけてくるような人いないもの。
「・・・・あの時はありがとう。助かったのは本当よ。頼んでませんけれど。・・・・助けてもらったのに文句ばかり言って、ごめんなさい。」
私が素直にお礼を言うと思っていなかったのか、ナタリーはポカンとした顔をしている。
実はこれも、胸に燻っていたモヤモヤの原因の一つだった。
――――――素直にお礼が言えなかったこと。
ああ、本当にこれでスッキリした。
ずっとずっと言いたかったこと。
子どもな私が言えなかったこと。
今の私なら、言えた。
「終わりかな?良かったねナタリー。仲直りできて。」
「ミハイル様。元から喧嘩などしてません。」
「な!ミハイル様!?」
言いたいことを言ってスッキリしたところで、ミハイル様に声を掛けられて驚く。
周りに人がいないことを確認してから話し始めたのに、途中から夢中になっていて気が付かなかった!
「リリィも良かったね。やっと素直にお礼が言えて。」
「ベンジャミン!?」
次に声を掛けてきたのはベンジャミンだった。
「いつからいたの!?」
「高慢なのよ、とかあたりから聞こえてたかな。」
「そんな・・・・。」
あの応酬を聞かれていただなんて。
リリィの顔が青くなる。
あんなところを見られて、婚約を破棄するなどと言われてしまったらどうしよう。
「ベンジャミン・・・・あ、あの・・・違うの。あれは。」
「リリィ青くなりすぎ。俺には3人も姉がいるんだよ?女性の本音なんて聞き飽きてるって。あの程度可愛いものだよ。結婚前に見れてむしろ安心した。」
えっ、そうなの?
気にした様子もないベンジャミンに少しだけホッとする。
そういえばナタリーだって相当なことを言っていたけれど、ミハイル王子に聞かれてしまって大丈夫なのかしら。
ナタリーの方を見てみたら、焦ることもなくミハイル王子と仲良さそうに寄り添いながら、こちらの様子をニコニコと見つめていた。
・・・・ナタリーは、ミハイル王子に聞かれても平気なのね。
きっと普段からいつも、本音で接しているのだろう。
ミハイル王子がナタリーを好きになった理由が、分かった気がした。
可愛いから。侯爵家の娘だから婚約者なんだと思っていた。
私だって侯爵家に生まれてればって。
「リリィ、ベンジャミン。お二人は卒業したら結婚するんですってね、おめでとうございます。」
「・・・・ご存じだったんですか。ありがとうございます。」
最近はあまり交流のなかったナタリーが、まだ正式に社交界に発表していない婚約のことを知っているのは意外だった。
噂では既に広がっているのだけど。
「リリィは卒業されたらどうされる予定なんですか?」
「・・・ナタリー様と同じです。ベンジャミンの家にお世話になって、しばらく行儀見習いをしてから結婚する予定です。」
どうしてそんなことを聞くのかしら。
ついさっきまで、私なんかに全く興味がなさそうだったのに。
「じゃあちょうどいいかも。ねえリリィ。結婚する前の行儀見習い期間だけで良いので、私の侍女として一緒に王宮についてきてくれませんか?王宮に住むなんてやっぱり緊張してしまって。慣れるまで友人がいてくれたら、心強いわ。」
「友人?」
さっきまで、あんなに文句を言い合っていたのに。
ここ何年かほとんど交流がなかったのに。
友人?いつ友人になったの?
「私たちいつ友人になったんですか?」
「今です今。」
「はははっ。リリィ言うなぁ。」
思わずこぼれた本音を、ベンジャミンに笑われてしまった。
「こんなメソメソうじうじしていて、素直にお礼も言えないような女と友人?ナタリー様、変わっていると言われませんか。」
「だって、こんなに気兼ねなくポンポン本音を言ってくる女友達、他にいないんですもの。メソメソうじうじして見せるのに、何も言ってこない人より、こっちの方が10倍好き!・・・・王子妃の侍女になった経歴があったら、社交界でも箔が付くと思いますけど。どうします?無理にとは言いませんが。」
メソメソうじうじしているのに何も言ってこない人。
さっきまでの私のことを言いたいのかしら?
何か引っかかるものを感じるけれど・・・・。
「悪い話ではないですね。」
あんなに嫌いだったはずのナタリーに友人と言われて、長年燻っていたモヤモヤの代わりに、暖かい何かが胸に満ち溢れていく。
―――――ナタリーは普通の女の子で、私たちはきっともっと仲良くなれる。
確信に近い予感を覚えながら、リリィは笑った。
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