第36話 ド平民の私が公爵令息と・・・・
「ファルコ様、疑いは晴れました。ご不便をお掛けして申し訳ございませんでした。」
「・・・・疑いが晴れた?」
部屋の前に待機していた護衛の声掛けに、驚くファルコ。
その護衛は見張りと言うよりも、ずっとファルコを守るかのような態度で接してくれていた。
上級貴族の取り調べ用の一室は豪奢でご不便などなにもない。
いつも過ごしている仕事場より居心地が良く、柔らかなソファに寄りかかってお茶を飲みながら本を読んだりしているところだ。
お茶を用意してくれているのはいつもの侍女。
普通は手引きとか共謀とか警戒するものではないのかなと、ファルコは思っているところだ。
仕事や研究ができないのは手持ち無沙汰だが、暇つぶし用の本も差し入れてもらっていた。
忙しくて読む時間がなく積んであったファルコの蔵書だった。
どうせならこれを機にゆっくりと全部読んでやろうと思った本。
まだ一冊目の途中までしか進んでいない。
父親がクーデターを企てたのだ。疑いも何もない。
自分が処刑されることを、ファルコはとっくに覚悟していた。
「殿下・・・・・。」
ファルコのいる部屋へ、ある女性が入ってくる。
「ああ、君か。」
入ってきたのは、処刑される前に、一目会いたいと思っていた人物だった。
「殿下の疑いは、晴れました。あの、フェルディ殿下とミハイル殿下も証言してくれて。民の不信を買うというなら王子の地位を辞して良いとまで・・・・。」
「・・・そうか。君も議場にいたのか。私のために、頑張ってくれたんだね。」
「私など何も・・・。あの、さすがに公爵位の返上は決まりました。」
「うん。それは避けられないだろう。」
処刑にならないだけで、驚きだ。
「あの、私!!!!!先日提出した経済政策案や、今までの功績が認められて、男爵位を叙爵されることが決定したのです。」
「それはおめでとう。」
「それで・・・あの。公爵位とは比べることもできませんが・・・・私も一応、これから貴族の端くれですし。あと私“結構高給取りです。これからもガンガン稼いで、絶対に苦労させません!!だから・・だから・・・・。」
「アンネ、私はね。趣味の研究で薬の特許をいくつも持っているんだ。」
「へ?・・・・あ、はい。存じております。」
何かを必死に伝えようとしていたアンネは、ファルコに途中で遮られて勢いをそがれたようだった。
「その功績のおかげで、個人的に子爵位を持っている。返上すると会議で決定したのは公爵位だけなんだろう?」
「・・・・・あ!」
「よく見ていないが特許使用料も貯まっていることだろう。これは公爵領とは関係ない個人の収入なので没収されないと思う。」
「はい。」
「だから結婚してくれないか。」
「はい。・・・・・・・・・・・・・はい!!!???」
「これからもガンガン稼いで君に苦労をさせないつもりだ。どうだろう?」
「!!!!!!!?!!??」
ファルコの言葉を、アンネはゆっくりと理解した。
理解すると同時に、いつかのように、目から尋常ではない量の液体が、流れ始めた。
「・・殿下はっ・・・私をッ、こっ殺すおつもりなんですか。」
「以前にも思ったことがあるけど、人はそんなに涙を流して大丈夫なのかな。」
「無理です~。」
号泣するアンネを、ファルコは優しく抱き寄せた。
「・・・・で、殿下!?」
「もう殿下ではないよ。ただの子爵だ。・・・・ずっと前から思っていたけど、君は私の名前を知らないのかな?」
「・・・・・・・。」
「呼んでみて?」
「・・・ファルコ様。」
「うん、アンネ。ずっと前から君のことが好きだった。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私もです。」
アンネと同じく、目から大量の液体を流して二人の様子を見守る者がいた。
学生時代から、ファルコを見守ってくれていた侍女だ。
この二人の学生時代、人気のない温室で密かにお茶をしながら議論を楽しんでいることは、当時の学生たちの公然の秘密だった。
そのあまりに楽しそうな様子に(あと議論のあまりの高度さに)、周りの学生は遠慮して温室には近づかないようにしていたことをこの二人は知らない。
楽しそうに白熱した議論を交わす二人の様子を間近で見る事が出来るのは、当時この侍女だけの密かな楽しみだった。
「それにしてもファルコ様。特許で子爵位ですか。私ももっともっと頑張らなければ。」
「アンネに負けるつもりはないよ。」
「ド平民の私が公爵令息と結婚することになったお話・・・。」
「・・・・何の話だって??」
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