第35話 証人

 陰謀は、何年も前から始まっていたのかもしれない。




 粗悪肥料がもしもあのままリラリナ王国を席巻していたら――――もしレノックス領をはじめとして回復に努める領がなければ――――今頃国家は崩壊寸前だっただろう。




 その肥料の出どころの国と、ブルクハルトを唆していたという国が同じであることは、偶然ではないはずだ。



 リラリナ王国が崩壊せずに持ち直してしまいそうだったので、完全に立ち直る前に慌てて革命を扇動したというところだろうか。





 しかしミハイル達が王宮に乗り込んだ時点で、証拠も、隣国の使者とやらも、影も形もなくなっていた。




 ブルクハルトや革命軍の一部が、会ったと主張しているだけ。

 これでは追及することはできない。


 罪を犯した者は、後日正式な裁判で裁かれることだろう。

 きちんと、公開された裁判の場で。





*****







 問題なのはファルコの処遇だった。

 彼には罪状という罪状はない。

 そもそも裁判にかけるかどうかで、会議は揉めていた。






「知らなかった、関わりがなかったといっても通りません!完全に関わりがない証明など不可能なのですから。それよりも、王族として、自分の親がクーデターを企てているのを止められなかったことこそが、彼の罪ではないですかな。」




 議場では恰幅の良い大臣の一人が待っていましたとばかりに糾弾を始めた。

 毅然とした態度はまるでヒーローのようだ。





 この男はクーデターの最中はどこにいたのだろうか?と王太子フェルディとミハイルは思った。



 問題が解決した後の議場で誰かを糾弾する事が彼の活躍の仕方らしい。

 ここぞとばかりに張り切っている。



「第一、ファルコ様を生かしておいては後々の火種になりかねませんぞ。次は彼を唆して担ぎ出そうとする者が接触してくるかもしれない。世論も、クーデターを起こした王弟の息子を許しはしないでしょう。」

「世論?」

「は、はい。貴族からも、そして平民達からも。ファルコ様を処刑するようにとの声が上がっています。」


 ミハイルの誰何に少しだけたじろぐ大臣。


「そう。で?あなた本人も、ファルコの処刑を希望しているんだね?」

「む・・・ま、まあ、そうですな。普通に考えて処刑が妥当でしょう。」

「普通に考えて・・ねえ。」



 世論が。普通に考えて。

 この大臣は、自分の考えがないのだろうか。




「私はファルコの処刑を望んでいない。さすがにリヴォフ家の公爵位の返上は免れないだろうが。」



 フェルディ王子の発言に、ミハイルは嬉しくなった。

「私もです。ファルコは信頼できる友人です。そしてこの国の今後の為になくてはならない人物だ。」




「信頼などという不確かなものの為に、国に憂いを残すおつもりですか!?それでは王家への不信も免れませんぞ。」


 先ほどの大臣が、主張を続ける。



「王家への不信だって?」

「い、いや。そういう声が、貴族からも平民からも上がっているということで・・・。」

「だから君は?君もファルコを処刑しないと王家への不信を感じるの?」

「い・・・いえ。私は決してそのようなことは・・・。」



 世間が、世論が、そういう声が。


 一体誰の声だというのだ。この大臣は、ファルコの処刑を望んでいるのか望んでいないのか、どっちなのだろう。



「ではそのファルコを処刑しないと王家へ不信を持つと言っている人物を証人としてここに連れてきてよ。直接話を聞くから。」

「い、いえ・・・今すぐにはちょっと・・・・。」




 ガンガンガン!!

 その時、会議場の扉が力強くノックされた。

 これは珍しいが、稀にあることでもある。


 緊急の情報が入った時に、会議中だからと国の重鎮に連絡が届かなければ困るし、会議の内容が左右される情報が新たに届けられる場合もある。





 扉を守っている護衛が国王の方を窺うと、国王は重々しく頷いて、扉を開く許可をした。


「はいれ。」

「はい、失礼いたします。この会議についての証言を希望している者がおります。アンネという名の高級文官で、信頼のできる人物です。」




 そう言って会議場に入ってきたのは、誰もがよく見る高級文官のトップだ。


 扉を叩いた強さから、証人を会議場に届けたいという強い意志が伝わってきた。




「許可する。」



 国王の即断の一声で、入室してきたのは艶やかな黒髪を高く結い上げ、背筋をスッと伸ばし凛とした雰囲気の女性だった。

 高級文官ということは王宮に勤めているのだろう。

 見覚えがあると思った出席者も少なくなかった。



「・・・アンネ先輩。お久しぶりです。」



 ミハイルの嬉しそうな、労わるような声が掛けられる。

 これで少なくとも、第二王子のミハイルが、この女性の味方であることが議会中に伝わった。



 アンネと言う人物は、家名がないということは平民出だろう。

 ここ何十年かで整備された、国の教育によって登用された人物ということだ。


 年かさの議員の中には、そういう平民出の官吏をバカにする者もまだいるが、仕事の現役世代で彼らをバカに出来る者はもういない。

 彼らの知識・経験は、今やリラリナ王国の根幹を支えているといっても過言ではない。





 アンネはさすがに緊張した様子で顔が強張っているが、その瞳は何かを決意し、力強くきらめいていた。




「恐れながら申し上げます。私はファルコ様付きの事務官を二年間ほど勤めております。」





 何だ、身内か。

 それでは信用できないな。





 そんな声が、女性の勇気を挫こうとするかのように囁かれた。

 注意されないほどの小さな声で。しかし本人にかろうじて聞こえるほどの大きさで。





「私が一緒に働いている間、ファルコ様はリラリナ王国の為に、そして王家の方々を支えるために必死に働いておられました。その事は、一緒に働いている多くの者たちが証明してくれるでしょう。そしてここにいる皆さんの中にも同意していただける方がいらっしゃるのではないでしょうか。」



 そう言ってアンネが議場を見渡すと、数人だが力強く頷いてくれた者がいた。

 その反応を見て、ファルコを糾弾していた側の者たちは、悔しそうに表情を歪めた。




「ファルコ様は身を粉にして働いておられました。また、父君のブルクハルト様とは6年ほど前から連絡を取っておられません。こう言っては何ですが、ご意見をなされたファルコ様に、言う事を聞かなければ親子の縁を切ると仰られたのは、父君の方だと聞き及んでおります。」




「裏でいくらでも連絡を取れるだろう!!」



先ほどの議員が、アンネを威嚇するように叫ぶ。

「ではその連絡を取っていたという証拠をお示しください!!!!」


その議員の声に負けない大声で、アンネが叫び返した。


 


 老獪な大臣が、女性の一官吏に気おされる。





「・・・・ふん。ではその一緒に働いていた証明してくれる者たちとやらを、今すぐこの場に連れてきてはどうかな。」



 つい先ほど自分がミハイル王子に言われて出来なかったことを、飄々と言って見せる大臣。

 このくらいの柔軟性がないと大臣など務まらないのかもしれにあ。



「はい、こちらに。」



 ずっと持っていた鞄から何かの書類を取り出すアンネ。

「ファルコ殿下の助命を嘆願する者たちの署名があります、とりあえず1052名分。時間がなかったので今はこれだけですが、こうしている今にもどんどん署名活動は広がっています。」





「なっ、この短時間で!?・・・いやしかし、たがたかが1000名分では・・・・。それにただの署名では・・・。」


「お許しいただけるのでしたら、その1000名を、今すぐにここに連れてまいります。それぞれ近くに待機していて、連絡がいけばすぐに駆け付ける手はずになっています。皆、証言をしたいと希望しております。・・・私はその者たちの代表として、今ここにいるのです。」




 その言葉を裏付けるように、先ほどの先触れをした高級文官が、証言席のアンネの後ろへと立った。

 彼も証言を希望する一人という訳だ。




 この短時間で、すぐに。

 こちら側の証人は用意できる。




「し、しかし、クーデターの主犯の嫡子がのうのうと生きていては、国民に不安が広がるのは防げないでしょう。」


 先ほどまで主張していた大臣とは別の大臣が、いくらか落ち着いた声で発言した。



「王子と仲が良いからという理由で生かしておいては、民の不信を買っても仕方ないかと。」



「民の不信を買うかもしれないから、念のため信頼する友人を処刑しとくかって?するわけないだろ。そんなこと。」

「・・・・・・・・・・!?」


 会議場中に動揺が走る。

 それは誰もが見たことがない、いつもニコニコと場を和ませるミハイル王子の、静かに激怒する姿だった。



「民の不信を買うかもしれない???買ってから考えるよ。どうしても収まらなければ責任取って私が王子を辞める。」

「ミ・・・ミハイル様!!??」


「別に王子でなくとも私は幸せに生きていける。私の王子でいるメリットって何かある?友人を殺してまで王子でいる意味が。」








「賛成だ、ミハイル。」

 静かに同意をしたのは、なんと少し気弱だ、真面目だと言われている王太子の、フェルディだった。





「ファルコにはこれまでずっと、情けない私を支えてもらってきた。これほど信頼する友人を処刑してまで、国の為に働く気はないよ。寝る間も惜しんで必死に働いているのに、不信だの何だのと言われるなら私も王太子を辞そう。」




 信頼する従兄を。ずっと今まで自分を支えてきてくれた弟の信頼する友人を殺してまで、なんだって王になる必要があるものか。




「そんな無責任な事を!」

「じゃあ君がやるかい?王太子。・・・・・国の運営を選挙制の議会に移行しても良い。リラリナ王国にはその素養がもう十分にある。」


「い・・・今話しているのはファルコ様の処分に関してであって、議会制だのなんだのでは・・・。」






「父上。・・・・・いえ、国王。ご決断をお願いします。」

 いつになく強気なフェルディが、まだ何かを言おうとしている大臣の言葉を遮った。




「ふむ、そうだな。」

 それまで双方の意見を黙って見守っていた国王が、口を開いた。







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