第32話 抜け穴

 レノックス家の屋敷を出たミハイル達は、少数の護衛を連れて王宮へと向かっていた。

 敵にとって、第二王子はまだ行方不明のままのはずだ。




 皆の領地の兵たちが集まってきている事も、バレていない。

 国王夫妻と王太子夫妻が捕まっている間は、いたずらに敵を刺激することはできない。



「こちらの道です。」

 先に王宮までのあらゆる道を下調べしてくれていた護衛に先導されて、三人は薄暗くなってきた道を急ぐ。

 民衆が集まり興奮したようにさわぐ広場の一本裏に入っただけのような道も通った。




 ・・・こういう道の方が、逆に見張りがいないとのことだった。



「次はこちらの・・。」

「いや、こっちだよ。」

 王宮に程近くになってきたとき、ミハイルが護衛の先に出て歩きだした。

 慌てて前に出る護衛達。




「・・・・ここの塀なんだけどね。」



 鬱蒼としている林に面している塀に近づいていくミハイル。

 この林も、優秀な兵たちはすでに下調べをしていた。


 敵の潜伏はない。


 この辺りの塀には扉もないし、頑強な塀は相当本格的な道具がなければ壊せないだろう。



「ここの木に面している塀。」



 低木が覆っている塀。

 低木は常緑樹だ。

 葉が生い茂っているが、中に入り込むと空洞になっている。

 よく子ども達が中に入り込んで秘密基地にしたりもする木だった。



「ここを押すと、塀の一部がはずれる。」

「はあ???」


 思わず声を上げたのは、平時は王宮の警護をしている騎士だった。




「ミハイル様・・・・困りますこのような抜け穴・・・・王家に代々伝わる抜け道ですか?」

「・・・・いや。僕が小さいころ発見したただの欠陥。」

「・・・・いやいやいや。」


 困ったように呻く護衛だが、さすがにその声はとても小さく押し殺されている。



 護衛がミハイルに代わって、慎重に塀を押していく。

 向こう側に誰かが待ち構えている可能性もある。慎重の上に慎重を期し、ゆっくりと押し出した。



 塀の内側、城の敷地側も、鬱蒼とした木々が茂っていた。

 方角的には、ここは西側の林の辺りか。



 出た先にも同じように、低木が塀の抜け穴を覆っていた。


「よくこのような条件のところに・・・・本当に偶然ですか。」

「・・・・塀のブロックが動きそうな気配を感じて、外れるまで何度も押したことは否定しない。」

「・・・・シンジラレナイ。」


 護衛は本気で怒りを押し殺しているようだ。

 ジャックとアレンも、彼を気の毒そうに見ている。


 まあ子供の力で外れるようなら。しかも外れた後何年も気が付かなかったのなら、警備のほうの手落ちともいえるだろう。




 護衛が何人か先に穴をくぐり抜け、周囲の様子を探る。

 穴周辺の守りを十分に固めてから、ミハイル達が通り抜けた。




 最後に後ろを守っていた護衛達も入り込み、塀を戻して念入りに穴が隠れているかのチェックをする。


「事が終わったら必ず修復しますからね。こういう事は、報告していただかないと困ります。」

「はい・・・・すみません。」







「ミハイル様、よくご無事で。ファルコ様がお待ちです。」


 その時、突如かけられた静かな声に、護衛達含め全員が警戒する。

 見慣れたファルコの腹心の部下が、そこにいた。



「君はファルコの!?なんでここに・・・・?」


ミハイルが、全員の疑問に思っている事を聞いた。


「ファルコ様がお小さいころ、ここの塀が外れそうな事を発見して、外れるまで何度も押したそうです。ミハイル様がたまに通っておられるのも知っていたご様子で、ここで待っていれば必ず現れるだろうと。」


「そんな・・・・ファルコ様まで・・・・。」


 王宮の警備の嘆きに、誰もが心底同情した。







*****







 その頃レノックスの屋敷には、アレンの父ウィズダム侯爵、ユーグの父ルクセン侯爵、ジャックロードの父、ベリー伯爵が密かに集まっていた。

 レノックス家を拠点と決めたのだ。




 国王たちを救出し次第、王都を占拠する民衆を、兵力をもって一掃するためだ。



「ここに来るまでに少し偵察してきたが、まあただの烏合の衆だな。国王たちが人質でなければ一瞬で鎮圧できる。」


 そう言ったのはベリー伯爵だ。

 ベリー伯爵は平和な世でも、訓練を欠かさぬ武の名門だ。

 全く動揺することなく、落ち着いていた。



「リーダーらしき男もただのケンカ自慢レベル。・・・・ただそいつにくっついていた女が、見覚えがあってだな・・・・。」


 珍しく言いにくそうに言いよどむベリー伯。

 その視線はチラチラと、アレクセイの方をみていた。


「レノックス侯爵。・・・・あなたが離縁した、元妻のようにみえた。」


「・・・・へ?」

「はあああああああぁあぁ!?」


 間の抜けた声はアレクセイのもので、叫び声はイヴァンのものだ。


 一緒に話を聞いていたナタリーも複雑な心境だった。


 ナタリーをイジメ倒した元義母が、また王都に来ている。


 でもそれほど動揺しない自分に驚く。

 そんな存在、忘れていたようだ。


 心配げな視線を送ってくれるユーグに、「大丈夫です」と微笑んだ。



「地方の修道院に送られたのではなかったか・・・・。」

「地方から出てきた革命軍のリーダーの女ねぇ。やっぱりすげぇなアイツ。」


 ルクセン侯爵とウィズダム侯爵も、呆れて良いやら感心してよいやらといった表情だ。

 侯爵家に入り込んで好き放題していたかと思いきや、お次は革命軍のリーダーに取り入るとは恐れ入る。



 平民に生まれてこれなら、貴族にでも生まれついていれば傾国の毒婦として名を馳せたかもしれない。




「・・・・お前、絶対に会うなよ。」

 そう言ったのは誰だったか。



 アレクセイ以外全員の心からの声だったかもしれない。






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