第31話 忘れない記憶

 ミハイル達は、レノックス家の屋敷に拠点を移すことにした。


 兵たちが入念に入念に調べ、完全に見張りがいないと判断された、小門から素早く中に入る。

 かささぎ亭やスミナホールをミハイル達の本拠地にするには、無理があった。




 スミナホールに集まっている人たちには、見張りを残して、そのまま動かないように指示を出してきた。



「ミケル・・・・ミハイル様。最後に家族に会いに行ってはダメかい?こんなことしでかして、縛り首になる覚悟はしてる。絶対戻ってくるからさ、最後にちょっとだけ家族に挨拶させてくれ。」


「皆が騙されていた事、確かに途中で革命を降りたことは、私が証言します。無罪放免とはいきませんが、きっとまた家族と会えるようにします。信じて待っていてください。」



 誰かの懇願に、そう言い残して。






 ナタリーの父アレクセイは、ナタリーの無事を泣いて喜んだ。

「無事で良かった。」


 ナタリーを抱きしめそう言って、むせび泣く父親。


「・・・・お父様もご無事で良かったです。」



 まだ蟠りが完全に消えてなくなったわけではない。

 でもナタリーは、自分の中にある、父が無事で嬉しいと言う気持ちだけは、素直に認めた。



 イヴァンに、マーシャ。

 他にも、屋敷の者たちみんなが、ナタリー達の無事を喜んでくれた。








「今日中に城に、気が付かれないよう少人数で潜入するしかないな。王族にしか分からない抜け道がある。私が行くよ。」


 明日には国王夫妻と王太子夫妻が処刑されてしまう。動くなら今日しかない。


「ミハイル様。私も一緒に行きます」

 ナタリーがすかさず言った。



 レノックス家の屋敷の一室。

 

 こんな時だがマーシャが飲み慣れた美味しいお茶を淹れてくれて、ちょっとだけ安心した。



 恐ろしく長い一日だった。そしてそれはまだ続く。




「ナタリー、君に何かあったら、私は王子をしている意味なんかなくなってしまうよ。安全なところで待っていて、そして出迎えて欲しい。」

「そうですけど・・・・違うんです。私・・・私が一緒に行ったら、お役に立てるかもしれません。」




 ミハイルはとても優しい笑顔をナタリーに向けた。

「・・・・気持ちは嬉しいけれど。」




「私が一緒だと、“命の危機”に、何か対応できるかもしれません。」




 その言葉に、ミハイルは息をのむ。


「・・・・・忘れていなかったんだね、ナタリー。」




 “命の危機”の時に思い出す、文明が発達して高度な知識がある前世の記憶。

 危険なので忘れても良いと話して以来、お互いに一度も話に出さなかった。


 ミハイルは、ナタリーはもう忘れたのかもしれないと、何となく思っていた。

 そうならばその方が良いと。


「一緒に、行かせてください。」


「ダメだよ。」

「でも!!」


 もうほとんど忘れてしまっているし、前世の記憶と言っても、ただの一般人だ。

 革命なんかに、何の役にも立てないかもしれない。

 だけどほんのちょっとだけでもミハイルの役に立てる可能性があるのなら、付いていきたかった。



「ナタリーは待っていろ。俺が一緒に行けばいいだろ。」

 その時、アレンが話に割って入った。皆の注目がアレンに集まる。


 ミハイルとジャックとユーグ以外は、本当に意味が分からないと言う表情で、会話を見守っていた。



「俺が一緒にいれば、“命の危機”にも対応できる。な、ナタリーは待ってろ。」


 そう言って、アレンも笑った。

 彼もあれ以来、一度も前世の記憶の事を持ち出さなかった。


「アレンも、忘れていなかったのか・・・・・。」



「といっても、もちろん元々一緒に行くつもりだったけどな。ジャックも行くんだろ?」

「僕は護衛だからね。当然も当然。」


アレンの言葉に、ナタリーは引き下がった。

どう考えても、女性で体力のないナタリーは、足手まといだ。それでも付いていきたい気持ちを押し殺す。



「そういうわけで、ユーグはナタリーと一緒に待ってろ。命に替えても守れよ。」

「・・・・・ここで付いて行きますと言った方が感動的なんでしょうけど。頭脳派が付いて行っても、無駄死にになりそうなので待っています。」




 いや、無駄死にって・・・死なないでしょ。

 皆死なない。

 絶対無事に帰ってくる。




「絶対、絶対に!!皆、無事に帰ってきてくださいね。」

「もちろん、絶対に、無事にナタリーの元に戻るよ。」

「命に替えてもミハイル様は守るから。心配しないでナタリー。」

「・・・・ジャックも無事に帰ってこないとイヤです。」

「・・・・・もちろんだよ。」





 その時、ミハイルが立ち上がり、ナタリーの方へ近づいてくる。

 慌てて立ち上がって迎えるナタリー。


「ミハイル様・・・・!?」

 驚きに息をのむナタリー。

 ミハイルは強く、優しくナタリーを抱きしめていた。


「気がついてる?昨日が私の18歳の誕生日だったんだ。」

「・・・・・はい。」

「もう結婚できる。・・・してくれるね?ナタリー。」

「・・・・はい、必ず。」



 だから必ず、無事に帰ってきてください。ミハイル様。





「なんか良いなぁ。俺もナタリーを抱きしめて良い?ミハイル様。」

 そう言うアレンに。

「ユーグでも抱きしめておけ。」

 と返すミハイル。



「どうぞ?」

 おどけた仕草で腕を広げたユーグに、アレンとジャックが面白がって飛びつく。

 結局勢いでナタリーとミハイルも巻き込んで、5人で塊になってお互いの無事を祈りあった。







「あ、ミハイル様。確かに18歳で結婚はできますが、学園に在籍中は婚約までで、卒業してから結婚式を挙げるというのが王家の慣習ですね。」

「もちろん知っているよユーグ。・・・・・・・・その慣習、いらないと思わないか?」







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