第30話 目の前にいる友人

「ただ者ではないと思っていたけど、まさか第二王子様だったとはね・・・・。」




 オルチさんが、頭をガリガリと搔きながらやってきた。

 らしくなく、落ち着きなく、キョロキョロと視線を動かしている。

 いつも清潔に短く切られていた黒髪が、少しのびてくたびれていた。



 一人で来るか心配だったオルチさんは、ハイレさんだけを連れてやってきた。

 いつも気の良い頼れる兄貴であるハイレさんも、今日は所在なさげにしている。


 店周辺を囲んで見張っている兵たちは、当然だが気を緩めず、退路を確保し警戒し続けていた。




「どうして革命なんて起こしたんですか?オルチさんならご存じのはずです。粗悪肥料を排除して、農地の回復に努めている領が沢山ある事を。」


「・・・・ああ、レノックス領とかな。」


「たしかにオルチさんなら食材の買い付けにかこつけて国中を巡っていても、おかしくはない。逆に国中からオルチさんの店に人が集まっていても誰も不思議に思わない。・・・・条件的にはそうだけど、だからって革命を先導するような強い理由があるとは思えません。」





「・・・・最初は本当にただの食材の仕入れだったんだよ。そのうち段々地方の農家が貧しく廃れていくようになっていった。国王が、知恵を付けて力を持ちすぎた国民を恐れて、締め上げているんだって噂も聞くようになってな。」



 そんな噂、聞いたことがない。一体どの領で。誰が。

 レノックス領でもそんな噂があったのだろうか。


「地方で疫病が流行っても、国王は助けてくれない。国民の力を削ぐためにワザと病気を流行らせたんじゃないかって話まででてきた。・・・・・最初は信じちゃいなかったんだが、だったらなんで国王は助けてくれないんだ、おかしいじゃないかってな。」



 オルチさんは、説明しながらも、自分にその理由を言い聞かせているようだった。


「栄養不足の小さな子供や、老人なんかが真っ先に倒れていった。助けてくれ、皆で纏まって国王を打倒しよう。リラリナ王国の平民にはその知識と勇気がある。・・・・そう言って頼られて、気が付けばいつのまにかリーダーになってた。」



 オルチさんは苦し気に、テーブルにうなだれながら告白した。

 まだ何かを迷っているように見えるのは気のせいだろうか。




「オルチさん。ナンシーは私の婚約者です。本名はナタリー。ナタリー・レノックス。この5年間、レノックス領の農地の回復のために頑張ってくれた。父上と母上、兄上たちも、皆協力してくれた。王族は国民を締め上げようだなんて考えていません。必死で国を救おうとしてきました。」



「ナタリー・レノックス!?お嬢ちゃんが・・・・・。」

 ここ数年でナタリーの評判は上がっていた。

 人気の第二王子の婚約者が、国民の為に農地までやってきて、一緒に働いてくれている。

 救国の乙女扱いだ。



 そのナタリー・レノックスがナンシーちゃん。

 いつも店に来て美味しい美味しいと言ってくれていたナンシーちゃんがナタリー・レノックス。

 そして店員にも常連客にも大人気の、優しい、ナンシーに粉かける男だけには厳しいミケルが、第二王子。



 噂で聞く王族は、酷いやつらだった。国民が知恵を付ける事を恐れ、畑に毒を撒き、飢えた民衆を見殺しにして、貴族の権威をたもつ悪魔だった。



 だけど実際に目の前にいる二人が、その王族と婚約者だと聞いて、国民を締め上げようと疫病を流行らせた者の一味だなんて、とてもじゃないが思えない。




 国王を殺そうと扇動していた男と、目の前にいる友人の二人。

 どちらが信じられるかなど比べるまでもない。

 

 だけどそうは分かっても、もうどうしようもできない。

 既に暴動は起こって、国王夫妻と王太子夫妻は、囚われてしまっているのだ。



「国民の暴動を止めて下さい。」

「・・・・今更止まれるかよ。」


 ミハイルの言葉に、オルチは顔を歪めて、無理やりに、苦しそうに、ニヤリと笑った。


「国王夫妻と王太子夫妻を捕まえて、ここまでのことしちまって。誤解でしたゴメンなさいってか?今更止めても、どうせ協力しちまった奴らも全員縛り首だ・・・・もう引き返せないところまできてるんだよ!!」








「なんで引き返せないんですか?」


 その時だ。ミケルことミハイルが、この場にそぐわないあっけらかんとした声を発したのは。

 ホントに意味が分からないと言う表情をしている。




「・・・・いや、引き返せないだろ、ここまできたら。空気読めよ。」


「いや引き返しましょうよ。」


 引き返せないと苦しそうに言うオルチさんに、あっさりと。



「ゴメンなさい、誤解でした、すみません皆引き返そうって。革命の人たち皆のことろに今すぐ行って、頭下げてきてくださいオルチさん。」

「・・・・・・できるか。」


「じゃあオルチさんは謝るのが恥ずかしいから、誤解が分かったのにこのまま突き進んで、僕の父上と兄上を殺すんですね??」


「え!?イヤそんな事する訳ないだろ。」

「革命ってそういう事なんですよ。僕の父親なんですよ国王。殺さないで下さい。」


 鋭く射貫くミハイルの瞳。オルチが視線を泳がせることは許されなかった。


「国民が立ち上がって革命するぞ!って盛り上がって。国王倒すぞってなっているけど。国王も一人の人間で人の親なんです。親バカで仕事が忙しくて奥さんや子供との時間がとれなくて悩んでいるただのオジサンです。」


 いつもニコニコ笑っているだけのミケルではない。

 一国の王子としての威厳を持つ者がそこにいた。


「今までは誰かに唆されて、誤解していたようですけど。これからは誤解ではないですからね。今から貴方は何の罪もない国王を殺そうとする、ただの殺人者だ。革命軍のリーダーなんてカッコいい肩書き、名乗らないで下さい。俺は今まで騙されていたことを認められないから、罪もない国王と王太子をそのまま殺しとく事にした殺人者だ!!!って名乗ってください。」





「・・・・そりゃ無理だ。」


「で?なんで引き返せないんでしたっけ?」


「・・・・悪い。俺がどうかしていたようだ。ちょっと行ってくる。誤解でしたゴメンなさいって謝ってくるわ。」



「全く。さっさとそうして下さいよ。」



「ミハイル様のこの感じ。・・・なんだか懐かしいです。」


 そんな場合ではないのだけれど、ほんの少しだけ笑えたナタリーだった。






*****






 皆で今後の相談をしながらオルチさんが戻ってくることを待つこと数時間。


 ハイレさん一人が店に戻ってきた。

 ちなみに食べないともたないので、無理やりでも皆でかささぎ亭のご飯を食べていた。

 いつも通りの優しい味がした。



「オルチが動けないんで、すまないがミケル・・・・いや、ミハイル様達がこっちへ来て・・・こちらへおいで・・・・あーーーーー、来てくれないか。」



「・・・どこに?」

「俺たちの仲間が集まっているとこだ。・・・・・・・すまない。革命を降りることにしたのは、俺たちの仲間だけ。ほんの数十人だけだ。」





 ハイレの案内に、警戒しながら付いて行くと、辿り着いたのは意外な場所だった。




「スミナホール・・・・・。」

「平民も使えて貸し切りにも出来る。音は外に漏れないし、百人以上が入れる。相談には打ってつけの場所だったんだ。」



 ハイレが見張りに何やら合図をすると、防音仕様の重い扉が開かれた。

 ミハイル達が中に入った後は、連れてきた護衛の騎士たちが扉の前に居座って、閉じさせない。



「ミケル!!」

「ジャック!ミケル!」

「ナンシーちゃん・・・・・・・」



 中にいたのは皆、見慣れた王都の人たちだった。

 ホールの舞台には、何か所も腫れて顔も分からなくなったような状態の、怪我を負ったオルチさんが、仰向けになって転がっている。


 かささぎ亭の女将さんに、手当を受けているところのようだ。



「オルチさん!!」



 慌ててナタリーが駆け寄る。

 ミハイルも達もその後を追った。



「オルチさん・・・・この怪我、一体誰に?」

「ミケル・・・・すまない。俺は本当に、騙されてただ良いように使われただけだった。国王を解放するどころか、王宮に入る事すらできない。ほとんどの人を止められない。すまない・・・・お前のオヤジさん・・・・。」


 その目には涙が滲んでいた。




「ゴメン、ミケル。」

「ナタリーちゃん・・・聞いたよ。レノックス領の事。私たちのために一生懸命やってくれていたのに・・・。」


 口々に謝ってくる人たち。

 オルチの仲間たちは完全に誤解が解けたようだ。



「地方から出てきたやつらはそのまま革命を続けるそうだ。よく俺の店にも出入りしていたやつが、そいつらのリーダーらしい。・・・・国王たちを明日処刑するって言ってた。止められなくて、本当にすまない。」




「・・・・オルチさんと、その仲間の人たちが、降りてくれて良かったよ。」


 それ以外に、ミハイルに言える言葉は見つからなかった。







「ミハイル様、よろしいでしょうか。」

 外からやってきた兵がミハイルに近づいてくる。



「なんだい。」

「レノックス領、ルクセン領、ウィズダム領、ベリー領からそれぞれ兵が集まってきています。現在分散して潜伏していますが、その数は一万を越えました。今もまだ増え続けています。」


「一万か。民衆相手には十分だな。問題は裏で手を引いているかもしれない貴族の兵・・・・。誰が裏切り者かまだ分からないからな。」


「この国の貴族の兵くらいなら、あとの全員が纏めて掛かってきたとしても倒せるよ。父上が、皆の兵の総指揮をさせてもらえればだけど。」

「ジャック・・・・そうだな。問題は父上たちの救出だけか・・・・・。」




 ふと気が付くと、さっきまで泣いていたオルチさんが青い顔してこちらを見ている。


「い・・・一万。」

「降りておいて良かったね?革命。」

「・・・・はい。」








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