第28話 王都へ

「詳しく話を聞く。カントリー・ハウスに移動しよう。」



 最初に口を開いたのはミハイルだった。

 全員が黙っていたのは本当にわずかな時間だったが、今まで感じた事がないような、長い長い時間だった気がする。



 ミハイルが相談場所に提案したのは、今日宿泊予定だった、レノックス家のカントリー・ハウスだ。

 領館とは別に何か所かある、地方の屋敷のうちの1つだ。



「すぐに出発できる準備を進めておくように。」

「はい!」

 ユーグが移動をしながら、護衛達に指示をだす。話している間にも、出立の準備を進めるようにと。


 ミハイル王子の側近であるユーグ様は、王宮の護衛にもある程度指示ができる。


 

「レノックス領の兵も、出立の準備をお願いします。レノックス領に残す守備は、最低限でかまいません。」

「はい!」

 ユーグの指示に思い立ったナタリーも自領の護衛に指示を出す。

 父親がいない今、すぐにレノックス領にいる人員を動かせるのは、ナタリーしかいない。



 暴動の相手が民衆であるならば、レノックス領の守備は最低限でよいだろう。

 “貴族”の手引きと言うのが少し不安だが。

 しかし王都が占領されている事態で、他に選択肢などない。




「・・・・ありがとう。ユーグ、ナタリー。」


 さすがのミハイルも、この事態に予め兵の準備の指示をしておくまでは気が回らなかったようだ。

 両親と兄夫婦が捕らわれていると聞いては無理もない。




「民衆の暴動か・・・・うちの屋敷はどうなっているんだろうな。」

 アレンが呟いた。

 王都にある屋敷にいる家族達がどうなっているのか。

 今ここに、それを知る者はいない。



「暴動は計画的なもののようです。・・・最初は中央広場に民衆が集まり出しました。すぐに王宮から兵が様子を見に行きましたが、最初は集まるだけ。徐々に数が膨れ上がり、大声で王族と貴族への不満を騒ぎ立てるようになりました。不作による貧困と、栄養不足からくる疫病での死者数への不満。・・・それを抑えるために兵をどんどん投入しましたが、その時点で、暴力行為はないため手は出せませんでした。」



 カントリー・ハウスへと移動したナタリー達は、ホールで話すこととした。

 王宮の護衛もレノックス領の兵も何人かを入れて、一度で報告を済ますためだ。

 結構な大人数がいるのに、伝令の騎士の声以外は、全くの無音だった。



「そして次第にあちこちの広場で、同様の事が起こりはじめました。その時点で王宮への警備は強化していましたが、兵力を分散することは避けられず。」



 休みなしでここまで来たであろう騎士は、苦し気に汗をダラダラと流していた。

 しかし、休むようにいう者は誰もいない。

 報告が終わるまでは頑張ってもらわなくてはならない。




「気が付いた時には、どこから入り込んだのかどこから湧き出てきたのか・・・・・・王宮の敷地内部にも民衆が溢れ、抑えても抑えても溢れ続けました。その時点ではさすがに武力による制圧を行いましたが・・・・・気が付いた時には国王夫妻と王太子夫妻は捕らわれておりました。」



「国王夫妻と王太子夫妻の護衛を破るのは、素人の民衆に出来る事ではありません。訓練された兵によるものでしょう。すでに王宮内に協力者が紛れ込んでいたとしか考えられません。」


「そうか・・・・・。他に情報は?」

「すみません。私の持っている情報は以上になります。」

「分かった。ゆっくり休んでこい。」




 とにかく誰よりも早くミハイルの元に駆け付けようとしたのだろう。その後の状況が分からない。

 敵の方が先にミハイルの元へ着いては大変だ。


 話し終えた騎士たちは、ほんのつかの間の休息をしに、移動していった。




「おそらく、敵は私がレノックス領に来ている事は知らないようだね。」

 知っていたなら、ミハイルも同時に捕まえようとしたことだろう。

 


 王族の旅程は最低限、ごく少人数以外には知らせない。

 少なくとも、ミハイルの視察の事を知っていた者たちの事は、信頼ができそうだ。


 ミハイルだけでも王都を離れていて良かった。




「ファルコ達はどうしているだろう。」

 王位継承権三位の王弟と、四位のファルコ。

 王都にいるだろう二人は、今無事だろうか。





「ナタリー、兵を貸してくれないか。おそらく父から伝令が行っているはずだが・・・・ルクセン領にも兵の準備をするように、急いで書状を書く。」

「は、はい!」

 どこまでも冷静なユーグが既に手紙を書き始めている。


 きっと王都にいる父侯爵から、ルクセン領に連絡が行っているはず。

 ・・・・連絡をする余裕が、あるはず。ユーグの父なら、きっと。



 アレンとジャックも、無言で手紙を書き始める。




 ルクセン領はレノックス領のお隣で仲が良い。

 すぐに手紙が届けられるだろう。


 アレンのウィズダム領はここから遠い。

 王都からの連絡の方がずっと早く到着するだろう。


 ―――――――王都から伝令が出ていればの話だ。

 きっと出ていると信じているが、アレンからも指示を出す。


 ジャックロードのベリー伯爵領は屈強で有名な騎士団がある。

 大きな戦力となることだろう。




「・・・・ありがとう、皆。」

「当然のことです。では、私たちは王都へと向かいましょう。」

「・・・・!?いや、ユーグたちは嬉しいが。ナタリーは・・・・。」


 ユーグが当然のように、ナタリーも一緒に行く様子なので、ミハイルは驚いた。

 ナタリーはレノックス領で、安全に待機しているものだと思っていたのだ。


「ナタリー、一緒に行く?」

「当然です。」

「だよね。言い争う時間が惜しい。もう向かいましょう。少ない護衛を分散するのも痛い。一緒にいて、守ってあげてください。」


 ユーグの提案が、嬉しかった。




 護衛達の意見も取り入れながら、王都へ向かう計画を練っていく。

 通る道や行く人員はどうするか。

 時間はない。

 しかし無計画で行くわけにもいかない。





「やはり二手に分かれるか・・・・。」

「そうですね。ミハイル様とナタリーは絶対一緒に行くとして、ジャックも護衛で付いて行くだろ?」

「おう。」

「じゃあ俺とユーグで目立つ道を行く。二手に分かれてどちらかが王都に着けば良い。危険があれば無理せず潜伏して機をうかがおう。」


皆の中心に広げた地図を見て、アレン様が提案をした。

ここから王都までの最速の道をつっきる。早く着くけれど、当然目立つ。



「・・・・うん。」

「大丈夫ですよミハイル様。目立つ道といっても、敵はまだここに私たちがいることに気づいてすらいないかもしれない。」

 少し不安そうなミハイルを安心させるかのように笑うユーグ。


 ユーグも、そしてアレンも、物心ついた時から知っている大切な友人だ。


「集合場所は・・・・誰かの屋敷が使える状況なのかすら分からないからな。」

 貴族の持つ施設が果たしてどうなっているのか。


 では公共の施設か民間人の家。

 商人の屋敷?

 信頼できるのは・・・・・・。


「あの!かささぎ亭はどうかしら。」



 かささぎ亭は王都にあるし、人気店で店の中も広い。

 兵全員は入れなくても、護衛を連れて集まるには良いかもしれない。

 庶民に扮する必要があるが、どちらにしろ貴族の格好で王都をウロウロするつもりはない。



「いいかもしれない。では明後日の朝、10時の開店と同時に少数の護衛を連れてかささぎ亭で集合しよう。待機場所は王都についてからそれぞれの判断で決める。もし早く着いたら情報を収集しておくこと。いいね?」



『はい!!』

 ミハイルの言葉に全員が一斉に行動を開始した。






 それにしても・・・・不作による貧困と、栄養不足からくる疫病での死者数への不満とは。



 頑張って、頑張って、収穫量が増えていたところなのに。

 他領への対策もこれからという時に。

 待てなかったのか・・・・・。


 ナタリーは悔しさに、手を固く握りしめた。







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