【番外編】ド平民の私が悪役公爵令息のライバルになってしまった話
ごきげんよう。
私はアンネと申します。
これからド平民の私が、黒天使と呼ばれる悪役公爵令息のライバルとなってしまったお話をしますね。
私はリラリナ王国の端の端、広いだけが売りの辺境の農家で生まれ育ちました。
リラリナ王国は教育に力を入れているので、領地の端っこにも小さな学校があり、国中の子ども達が、必ず基礎知識を学ぶことができるようになっています。
大体の子どもは8歳頃に入学して、簡単な読み書き計算ができるようになったら辞めていく。
地方の小さな学校はそんなもんです。
もっと大きな都市に生まれていれば、いきなり大きな学校で高度な教育を学べるのでしょうけどね。
まあ農家で生きていくには、この近所の小さな学校で十分なんです。
・・・・・なぁんて思っておりましたが、どうせ大した勉強も教えてくれないだろうと、期待しないで学校に入学した8歳の私は、すぐに屈辱を味わいます。
同い年のトムに、成績で負けたのです。
くっそ。
小さいころからガキ大将で遊びまわっているだけのトムに負けるとは。
アンネちゃんはかしこいね。
もう文字が読めるんだね。
きっと学校に入ったら一番だよ。
そう言われ続けていた私がまさかのトムに負ける。
許せません。
3歳の頃スカートめくってきたことも「バーカ。ブース。」と言ってきたこともまだ許してません。
私は俄然やる気を出しました。
畑の手伝いそっちのけで死ぬほど勉強しまくりました。
勉強なんかより畑の手伝いしろとか親はうるさく言っていましたが、昼間に手伝った分徹夜で勉強しまくって死にそうになってからは、軽い手伝いで許されるようになりました。
(ありがとう。おとう、おかん)
そして次のテストで私はトムに・・・・・・・
まさかの!まさかの敗北。
マジか。
ウソでしょ。
こんなに勉強したのに。
(ちなみにこの時点で地方の小さな学校レベルの勉強の域はとっくに超えていたらしい)
トム・・・あいつ普通に畑の手伝いとかしてたのに。
信じられん。
天才か。
でも私は負けない。
次のテストこそ絶対に絶対に勝ってやる!!!
私はそれこそ死ぬ気で勉強し続けました。
嘘か本当か。王宮に役人として勤めていたことがあるエリートだけど、出世争いに疲れて地方に来たとかいう先生を捕まえては質問しまくり。
先生はイヤイヤながらもどんどんレベルの高い問題を個人的に作ってくれた・・・・・。
しかし先生、その問題をトムにも渡しておった。
いや良いですけどねー、それは。
私だけ教わって勝っても嬉しくもなんともないですからね。
そして次のテストでも・・・その次のテストでも私はトムに負け続けた。
トム天才かよ。
・・・・・・公爵令息なかなか出てこないわね。ごめんなさいね。誰だよトムって話よね。
そして入学から2年後のある日、やっと、やっと私はトムに勝つことが出来たのだ。
そのテストを最後に、トムは家の手伝いを本格的にするからと言って学校を卒業していった。
地方の子供たちが学校に通うのが大体2年くらいなので、2年間だけは通っていいというのが親との約束だったらしい。
本当は読み書き計算が出来た時点で辞めろと言われていたけれど、私があまりにもトムに勝つことを生きがいに頑張っていたから、約束していた2年間は通おうと思ったのだそうだ。
トム。
あなた実は良いヤツだったのね。
スカートめくりの件は許したわ。
一方の私は、勉強を止めようとは思わなかった。
「やっと解放される~」と泣いて喜ぶ先生に紹介状を書いてもらい、いきなり侯爵領にあるでっかい学校への入学を許された。
しかも奨学金でだ。
「俺、待ってるから。」
と何を待っているのかよく分からない事を言うトムに別れを告げ、私は侯爵直轄領へと旅立った。
この国には、成績優秀者が無料で通える学校がいっぱいある。
平民でも試験を突破さえできれば、国立リラリナ学園に6年間通い、王宮で役人になる事も夢ではないのだ。
まあ実際には平民で入学できるのは、1年間で20人だけ。
夢のまた夢なんですけどね。
と、思いきや。
私は侯爵領の学校で、ぶっちぎりの成績をたたき出してしまいました。
テストも競争相手も、ぬるいぬるい。
トムを目指して勉強しまくっていたら、いつの間にかものすごく高度な勉強をしていたらしい。
トムもだけど、あの先生も何者?
王宮に勤めていたことがあるって本当だったのかしら。
まあ競争相手はいないものの、そこでも私は先生達をとっ捕まえては勉強をしまくった。
勉強して勉強して、勉強しまくった。
そうして気が付けば、私は国で20人しか入れないリラリナ学園の門をくぐり抜けていたのである。
首席でね!!
ここでも私は敵なしだった。
リラリナ学園は1~2年生の頃は平民は平民、貴族は貴族でクラスが分かれている。
あまりにも違う文化で生まれ育った貴族の子と平民の子を、いきなりごちゃ混ぜにしては大変な事になるらしい。
なのでまあ平民クラスの首席ってことでね。
貴族の子は各自家庭教師などに教わっているので、ごく簡単な試験だけでほぼ100%入学できるという話だ。
国中の猛者の中を勝ち抜いてきた、平民クラス首席の私の敵はいないだろう。
3年生に上がってすぐの、貴族と平民入り乱れての初めてのクラス分けテスト。
私はやっぱり一位でしたよ。
・・・・・・・・・・・・なんと1点差で。
これまでトムに勝って以来ぶっちぎりの敵なしだったのに。
あっぶなかったーーーー。
2位の相手は。
え?なんと国に3家しかない公爵家の令息?
王弟の子息??
え?私まずい相手に勝っちゃいました?
内心ガクガク震えながら、横目で隣に立って成績表を見ている、その公爵令息の様子を窺う。
公爵令息は、黒天使とか呼ばれている有名人らしい。
天使と呼ばれるだけあって、プラチナブロンドに透き通るような白い肌。
美しい相貌をしていた。
しかし成績表を見ている彼は、元々白い肌を更に蒼白にさせて、壊れそうに固まっていた。
ひえ~何か文句を言われるだろうか。
そう恐れおののいていたが、その令息は意外にも何も言わずに、その場を歩き去って行った。
代わりに可愛らしい貴族のお嬢さん方がピーチクパーチク文句を言ってきたが、まあ全然関係ない人たちなので気にしない。
本人が何も言ってこないという事は、全力を出して問題ないと判断した!
私の心は、久しぶりのライバル出現にだかなんなのか、踊り出す勢いで高鳴っていた。
公爵令息はいつ見ても勉強していた。
勉強していない時は、剣術や馬術などの実技の練習をしていた。
いつも必死で、いつも何かに追いたてられているように見えた。
いえ人の事言えないんですけどね。
私の方が勉強してますから。
でも何というか、ちょっと違うんですよ。
私は勉強するのが楽しくて楽しくて、競争相手がいたらもっともっと楽しくて、次々と色んな問題を解いて色んな知識を吸収したくて、勉強しているんですよ。
最近はいずれはこの知識を、生まれ育ったこの国の為に役立てたいとも思うようになってきていた。
リラリナ学園に奨学金で入学するというのは、そういうことだ。
でもその公爵令息が勉強している様子は、全く楽しそうには見えなかった。
負けることを恐れて、負けないためだけに勉強しているように見えた。
それからしばらくして、公爵令息がちょっとした問題を起こしたという噂が伝わってきた。1年生にいるこの国の第二王子と揉めたらしい。
第二王子と公爵令息は従弟同士にあたる。
なんでも第二王子は婚約者候補の令嬢とお茶したり、デートしたりしながら余裕の学年一位らしい。
あーなるほど。第二王子って、トム(天才)タイプかー。
そして公爵令息が「黒天使」と言われるのに対して第二王子は「天使」と呼ばれている。
・・・・・・・・・何やら色々と、思うところがあるのかもしれない。
王子と公爵令息の不仲説が伝わってきた辺りから、公爵令息が勉強する姿を見かけることが、少し減った。
勉強してはいるのだけど。
それまでとは違って悲壮感がないというか、ちょっと適当になってしまったというか。勉強ばかりじゃなくなってしまった。
温室に通ってお花を育てたりしちゃって。
ゆっくりお茶を飲んだりしていて。
花、似合うな。
私はホッとしたような、ガッカリしたような複雑な心境だった。
競争相手がいなくなってしまうな。
でもその方が、あの公爵令息様にはきっと良かったんだろう。前の壊れそうになっていた時よりも。
なーーーーーーーーーーーーーーーーーんて思っていましたよ!!!!
そうしたら!なんと!なんと!!
次のテストでは一位を奪われたではありませんか!!
なんでだよ!!
もう一度いう。
なんでだよ!!!!
勉強時間減ってんじゃん。
お花育てたり、お茶飲んだりしてるんじゃないの。
なんなのよ。
第二王子といい、お茶したら成績良くなるの??
訳が分からない。
もう本当、あの公爵令息が気になって気になってしょうがないわ!
謎すぎるのよ。
貴族社会には色々あるらしくて、貴族にも国民にも大人気の第二王子と揉めた公爵令息の周りは、潮が引くかのように人がいなくなっていた。
まるで物語にでてくる悪役令息のような扱いだ。
普段人気のない温室。
そこでいつも、黒い天使は一人で静かにお茶を飲むようになっていた。
この学園では平民も貴族も身分は関係ない!と、いう建前。
本来ならば平民の私が公爵令息に話しかけるなど、その場で叩き切られてもおかしくないくらいの不敬行為だろう。
でもこの学園に通う間だけは、身分は同等。
そのはずだ。
私はある日、周囲に誰もいないことをしっかりと確認して、一生分の勇気を振り絞って、話しかけてみることにした。
お茶の秘密が知りたかったからね!
「こんにちは殿下。学年首席おめでとうございます。」
「・・・・ああ、君か。こんにちは。」
返事したーーーー!
実は平民に話しかけられて返事をしてくれるとは全然思っていなかった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・何か用か?」
しまった。
本当に返事をしてくれると思わなかったので、何も考えていなかった。
「あの!」
「・・・・・・・・・。」
「勉強の、時間が。減っていますよね。でも一位の座を奪われたので・・・。」
「何か不正でもしていると思ったのか?」
「いいえ!!それは違います。この学園のテストで不正などできない事は、私が一番良く分かっています。」
1点でも多く点を取ろうと日々努力しているこの私がね!
「以前より、勉強時間が減っていて、よく植物のお世話やお茶などされているのに、成績が上がる秘訣が知りたくて・・・ですね。」
「ああ、じゃあとりあえず座るか?・・・・お茶を用意してくれ。」
公爵令息が、近くに控えている侍女さんに指示する。
いえそんな!
公爵令息様とお茶なんて!
学科でマナー習っただけの私が恐れおおすぎる!
「いえそんな。恐れ多いです。」
「まあいいから座れ。暇つぶしだ。」
そう言われてしまっては、今度は公爵令息様の誘いを断ることの方が不敬だ。
私は震えながら席についた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ
カップに添えた手が小刻みに震えている事に、気が付かれているだろうか。
「実は一位をとれて驚いている。今までより随分手を抜いたし、勉強時間も減ったんだがな。」
「・・・そうですよね。」
「まあでも一応試験の範囲は一通り勉強して。好きな科目だけ見直して、あとは気になった本などを読んでいたら、その教科に大量に加点が入ってね。」
先生によっては記述テストなど、素晴らしいものは100点を越えて、加点を入れてくれる人もいる。
もちろん私もいつもその加点を狙って惜しみない努力をしている。
「まあ、その加点分だろ。一位になれたのは。」
「そうなのですか。」
そう言う殿下のテーブルの上には、植物学や薬学などの本が積まれている。
これがこの人の好きな事なのだろうか。
少し意外だ。
私はちょっとだけ、植物学が苦手だった。
「もしよろしければ、植物学の試験でどんな事を書いたのか、お話を聞かせていただけませんか。」
「ん?ああ。その後で君の経済学の、記述試験のテーマを教えてくれるならいいぞ。」
そうして私はその日、珍しくガリガリと一人で勉強する以外の放課後を過ごしたのだった。
まあやっていることは勉強ですがね。
その後もたまに、ちょっと聞きたいこと、気になることができると、温室へ訪ねることがあったり、なかったり。
知らない植物や、この辺りで咲くのは珍しい花などを見るとつい、殿下の顔が思い浮かんで、あの温室でお茶を飲みたくなるのだ。
他にも数学などは殿下が得意なので教えてもらい、政治・経済は私の方が得意なので聞かれる事もあった。
勉強漬けの私の生活がちょっとだけ変化した。
イヤ勉強なんですけどね。
そして次のテストでは、なんとなんと、また私が一位に返り咲いた。
ふっふっふ。
殿下は以前私が勝った時の能面顔とは違い、普通に悔しそうな顔をしていた。
もう楽しくて楽しくて仕方がない!
天にも昇る心地とはこのことか。
でもその次のテストではまた一位を奪われた。
悔しいーーーーーーーー!!!
そうやって、殿下と私は卒業するその日まで、順位で抜いたり抜き返されたりしながら、切磋琢磨していったのだ。
*****
卒業の日、首席として呼ばれたのは公爵令息の方だった。
悔しいは悔しいけれど、でも潔く、殿下の一位を称えることができた。
楽しかったのだ。
この四年間、本当に本当に楽しかった。
ずっと永遠に続けばよいのにと思った。
でも卒業した瞬間、私たちはただのド平民と公爵令息に戻る。
私は王宮への出仕が決まっていたが、王宮は広い。
言葉を交わすこともなくなるだろう。
長い人生のうちのほんの四年間のモラトリアム。
私たちは、最高のライバルだった。
*****
「こんにちは。学年首席おめでとうございます。」
卒業式の後、私たちの温室を訪ねると、やっぱり殿下はそこでお茶を飲んでいた。
この四年の間に、殿下の周りにはまた少しずつ人が集まりだしていた。
以前のように高位貴族だけでなく、下位貴族も、平民も、身分関係なく色んな友人が出来ていた。
でも不思議と、この温室を訪れるのはずっと、私だけだった。
「・・・・ああ、君か。こんにちは。」
その言葉を聞いた瞬間、私の涙腺はぶっ壊れた。
体中の水分がなくなるんじゃないかと思うくらい、涙が次々と溢れ続けた。
殿下は気づいているのだろうか。
その言葉が、私たちが初めて交わした会話と同じだという事を。
「楽しかったです。本当に。ありがとうございました。私、一生忘れません。」
「まあ座りなよ。お茶でも飲もう。暇つぶしだ。」
「もう一生、お会いすることもないでしょうが。殿下のことをこれからずっと応援しています。」
「・・・・・・・・・それはありがとう。」
「殿下のおかげで、すごく、すごく楽しかったんです。」
「うん、私も。君のおかげで楽しい学園生活だったよ。」
この人は、私を殺したいのだろうか。
死因は涙の流しすぎ。
こんなに人体から液体が出てはだめだろう。
死にたくないので私は、なんとかしてお茶を飲みこんだ。
これが殿下と飲む最後のお茶となるのだと思いながら。
王宮へ出仕した初日、黒天使と呼ばれていた公爵令息付きの辞令が出ることを、この時の私はまだ知らない。
殿下!!!!!あの時もう知ってましたよね絶対!!!!???
教えてくださいよもうーーーーーーーーーーー!!!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます