第25話 2日目 満天の星

ナタリーが第二王子の婚約者候補でなければ。

ファルコが黒天使と呼ばれる普段完璧な公爵令息でなければ。


迷子の件は、話題にすらならなかったことだろう。

だけども初めてと言っていい完璧殿下のミスに、面白おかしく噂は広まっていってしまった。



――――ファルコ様って、意外と性格悪いよな。なんか完璧すぎて周りを見下しているっていうか。一緒にいると息が詰まる。




ファルコ本人も、周囲のよそよそしい態度、ワザとらしく、ヒソヒソと少しだけ聞き取れるようなそれに、気が付いていた。





――――こんなものか。





14年間も必死に築いてきた評判。

常に完璧で1度のミスもしたくないと必死に努力していたが、その評判が崩れるのはほんの小さなきっかけで、ほんの一瞬、あっけないものだった。


――――こんなもんなんだな。











意外と、大したことないじゃないか。






*****






「ファルコ。一緒にいいかい?」





 暗闇の中、ミハイルの声が聞こえて驚いた。なぜこんな時間に、こんな場所に王子がいるのか。



皆が寝静まった夜、眠れず建物を抜け出したファルコは、平地の芝生で仰向けになって寝転がっていた。

ファルコが抜け出すことに気が付いた護衛は、咎めることなく、無言で距離を置いてついてきてくれていた。




「ミハイル?こんな時間にどうしたんだ。」

「すこし眠れなくて。・・・・それにこんな時間にどうしてというのは、こちらのセリフだよ。」


寝転がるファルコの隣に腰を下ろすミハイル。 

ちらりと目だけを動かして周囲を探ると、ミハイルの護衛も離れてついてきているようだ。

よくミハイルと一緒にいる、最近護衛になったという黒髪の学友も、会話が聞こえない距離で見張りをしていた。




「今日は本当にゴメン。自分でも驚いている。事情も聞かずに皆の前で君を責めてしまった。」

「それだけナタリー嬢の事を大切に思っているんだろう?君の婚約者候補を山奥に連れていくべきではなかった。反省しているよ。」

「いや、あの後ナタリーからも話を聞いたよ。ナタリーが行きたいといったのだし、場所もそれほど奥まってはなかったって。授業として適切な範囲だ。・・・・ファルコの完璧な評判に傷を付けてしまった。ゴメン。」






「・・・・ああ。」


その事か。

確かに王族の評判に傷がつくことは、今までのファルコが世の中で一番恐れていた事だった。

いや、ファルコではなく、ファルコの父親が??





でもいざその評判が崩れてみたら、自分が意外とホッとしていることに、ファルコは気が付いていた。



「ミハイルがあんなに怒るなんてな。そういえばいつもニコニコと笑っているところしか見たことがなかったから、驚いたよ。」

「あーーーーーーーーーーーーいや。僕そんなに能天気に見えるかな?まあ見えるようにしているんだけどさ。・・・今日は本当に失敗したよ。」

「失敗?」

「うん、ニコニコできなかった。」



 ニコニコできなかった。それは当然だろう。大切な人が山で迷子になっていて、ニコニコしていては、そちらのほうがおかしい。


「・・・・・・そんなにいつもニコニコする必要はないんじゃないのか?怒った時にニコニコしていてはおかしいだろう。私がいうのもなんだけどな。私こそ今日は全然完璧にできなかったから。」

「ファルコはいつも完璧だよ。いつも羨ましく思っている。実はちょっと憧れている。そっちこそ、そんな常に完璧じゃなくても良いんじゃない?」




ミハイルの言葉を聞いて、ファルコは心底驚いた。




「憧れる?ミハイルが、私に?いつも楽しそうに笑って、常に人に囲まれている君が?」

「いやそんなにいつもへらへらしてないって。ちょっと場を和ませようとする時はあるけど。・・・・ファルコはいつも堂々としていて、落ち着いて立派に振る舞っていてさ。父上からもよく見習いなさいって言われているよ。・・・ゴメン。君がいつも強くて完璧だから、私なんかが怒ってもビクともしないんだろうと、どこか甘えてしまった。」



そういうと、ミハイルもファルコの隣にゴロリと寝転がった。



仰向けになってみて、ミハイルは驚いて目を見開いた。

まさに満天の星々。

無数の煌めきがどこまでも広がっていて、しばらく息をするのを忘れてしまう。 





この星たちを眺めたら、誰だって小さな悩みなど、どうでもよくなってしまうだろう。



「強くなんてないさ。君からどう見えているかは知らないが。いつもイライラしていてグルグルと悩んで内心は酷いものだ。」

「まさか!ファルコがイライラ?」



 ファルコの言葉に、今度はミハイルが驚く番だった。




「ミハイルも、意外と色んなことを考えているんだな。」

「すっごい色々と考えてるよ。」

「そうなのか・・・知らなかった。何も考えてないものだと、実は君にはイライラとしていた。フェルディは何やらいつも頑張っている様子だから、憎めないんだけど。」


「え、そうなの?複雑だなー。私はファルコの事すごい好きなのに。・・・・兄上はあれだよね。憎めないよね。頼りないから何とかしてあげなくちゃって気分になる。」

「・・・・・6歳も年下のミハイルが、フェルディを何とかしなくちゃって考えているのか?」


そんなことを考えていただなんて。


「それはさすがに、もう気にしなくても良いんじゃないか。フェルディも最近はとても堂々とするようになってきているし。」

「うん、兄上にも言われたよ。もう気にせず自分の好きなようにして良いって。」







「・・・・意外とどうでも良いものなんだな、他人の評価なんて。」

「そうそう。ナタリーがいればどうでも良い。」

「いや、ミハイルはやっぱりもうちょっとは気にした方が・・・・・。」




話しているうちに、段々口調が崩れてきてしまっていることに気が付いたファルコは、王子であるミハイル相手にまずいかと一瞬考えが浮かぶ。

しかしすぐに、やっぱりどうでもいいかと思い返す。なんだか少し眠くなってきたし。




「でもあいつ、フェルディ。ああいうタイプが何だかんだ言って、色んな人に助けられて一番得するのかもな。」

「言えてる。」

「まあ王太子なんて大変なもの引き受けてくれているんだから、これから支えていってやらないと。」

「本当だね。僕には絶対無理だよ。兄上に感謝だね。」





一緒の王宮に何年も一緒に住んでいたのに気が付かなかった。

完璧に見えていた相手が、いつもニコニコしていた相手が、自分と同じように色々な事を考えて悩む、普通の人間だということに。



公爵令息でもない、第二王子でもない、ただの従兄弟同士となった2人は、とりとめのない話をしながら、一緒に星空を眺め続けていた。







気が付いたら朝で、それぞれ自分の部屋まで運ばれていた。


こんなにグッスリと、護衛が抱き運んでくれても起きないほど深く眠れたのは、生まれて初めてのことだったかもしれない。






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