第24話 2日目 迷子

 まずは落ち着きましょう。




 ナタリーは自分に言い聞かせた。

 ノビルを採っていてここまで来たのだから、ノビルが抜けて土が掘り返されている跡を辿って行けば良い。



「・・・ダメだわ。」



 見渡すとそこら中にノビルが生えている。

 球根が膨らんでいそうなものを選びながら抜いていたせいか、あっちにもこっちにも抜いた跡がある。


 これではどっちの方向から来たのかが分からない。




「ファルコ様――――――――――――――!!!!」




 大声で呼んでみるが、返事はない。

 そんなに遠くに離れてはいないと思うのだが・・・。森のざわめきに声が吸い込まれていくような感覚がする。




「ファルコ様!!どこですか!!!!」


 恥も外聞もなく大声で叫ぶが、すぐに疲れてきてしまう。

 これはまずいかもしれない。


 先ほど山に入って10メートルで迷子になった人の話を聞いた時、そんなに近かったのなら、大声で叫べば良かったのに思ったけど、そんなに簡単な話ではないのかもしれない。





 落ち着いて、落ち着いて。

 ノビルの抜き跡がある限り、絶対に今より遠くへ離れて行くことはないのだから、抜き跡を慎重に辿って歩いてみて・・・・。




 その時、一緒に山を歩きながらファルコ様が言っていた事を思い出した。




 もし万が一はぐれた事に気がついても、その時点ではそれほど離れていないはずだ。

 絶対に絶対に、その場から動かないで待っているんだよ。

 必ず見つけるから。





 その言葉を思い出したナタリーは、急にフッと落ち着いた。



「はーい。信じて待っています。」





 自分でも思いのほか能天気な声が出た。



 そうと決めたら近くの木に寄りかかって座り、持ってきていた水を飲む。体力を温存して、長時間でも待てる体制を整えた。


 おやつにはヤマボウシがいっぱいある。


 まだお昼ごはんからそんなに時間も経っていないのでお腹もすいていないし、寒くも暑くもない。体力も余裕だ。




 絶対に大丈夫。





「今年の捜索される迷子になってしまったわ・・・・。」


 ちょっと恥ずかしいけど、それだけよ。











「ナタリー嬢!!!返事をしろ!!!」


 一方ファルコの方も、ナタリーがいなくなったことに、しばらくしてから気が付いた。

 ファルコもヤマボウシを採る事に夢中になりすぎていたようだ。



「おーい!!!ナタリー!!!!」

 返事がない。




 どうするか?



 一緒に過ごした時間はまだ1日程度だが、ファルコはナタリーの性格が、少し分かってきていた。



 きっと迷った場所から動かず、待っていてくれているはずだ。




 自分で探すか?




 迷ったのは、一瞬で、ファルコは助けを呼びに、すぐにキャンプ地へ走って行った。



2人でゆっくりと歩いた道のりは、ファルコが1人で走るとあっという間の距離だった。




 ヤマボウシの木を中心に、数人で放射状に探せば絶対に見つかる。

 すぐに見つかる。





「ライリー先生!すみません。ナタリー・レノックス嬢を見失いました。一緒に探してください。」

「ファルコ!?ナタリー・レノックスが?どのような状況で??」



緊急事態に備えて、実習用の建物に待機していた先生に、到着すると同時に助けを求める。


「はい。一緒にヤマボウシの実を採っている途中で見失いました。何か他に気になるものがあったのかもしれません。でも、はぐれたら必ずその場を動かないよう約束しているので、絶対にそれほど離れていないはずです。」





「よし、分かった。ヤマボウシまでは案内してくれるね?人を呼んでこよう。よく報告してくれた・・・今年の1人目だな。」




 ファルコの緊張を和らげようとしてくれているのだろう。

 ライリー先生は真剣な顔ながらも、少し冗談めかして言った。



「ナタリーを見失った!?」


 その時だ。

 焦ったような怒ったような、鋭い声があがる。



 ミハイルだ。

 いつも穏やかで笑っている従兄の、今まで聞いたことがないような声にファルコは驚いた。



「・・・ああ、すまない。だが今から」

「すまないだって!どういうことなんだファルコ。何ではぐれるような山中まで行ったんだ。山奥へ行くのは慣れている者だけ、山に入ったことがないような貴族はキャンプ地近くで食材を探すのが常識だろう。」


説明をしようとするが、途中で遮られてしまう。本当に、ミハイルらしくない。

 しかし大切な婚約者候補が、山で迷子になったとあれば、仕方ないことだろう。




「・・・そうだな。だけどナタリー嬢は賢明な人だ。きっとその場を動いていないと思うので、探せばすぐに・・・。」

「そんな呑気な事を言っている場合じゃないだろう!!!」



 こんなに怒っているミハイルは初めて見た。

 少しでも落ち着くように、冷静に、なんてことないんだと説明しようとするが、それが軽く考えていると思われて、逆効果になってしまっている。



「・・・すまない、必ずすぐに見つける。待っていてくれ。」


 ファルコは説明を諦めて、謝罪をした。



「私も行く。」

「王子の君を連れては行けない。」

「だったら君だって同じだ。」

「私は近くまでの道を知っているから、そこまで案内するだけだよ。」

「ではそこまで一緒に行く。」

「・・・・・・・ミハイル。山に慣れていない君は、行っても役には立たない。」



 山が好きなファルコと違って、ミハイルは街へお忍びに行くとはよく聞くが、山へ行った話などは聞いたことがない。



 ヤマボウシまで一緒に行けば、絶対に自分で探したくなることだろう。

 ここで待っていてもらわなければいけない。



「本当に、たいした・・・・・いや。すぐに見つかるから。すまない、待っていてくれ。」



 大したことはない、毎年ある事で・・・・と言いかけて止める。

 それはさすがに不謹慎だろう。



「ファルコ君!準備ができた。案内してくれ。」

「はい。・・・・ではミハイル、行ってくる。必ずすぐに連れて帰ってくるから。」




 会話をしているうちに、少し冷静になったのだろう。

 ミハイルはもう、付いていくとは言わなかった。








 なになに、どうしたの?

 ナタリー嬢が山中で行方不明だって。ファルコ様とはぐれて。

 え!?なんだって公爵令息と侯爵令嬢で、山奥になんか行っているんだ。

 だよな。あのミハイル様が怒るのも、当然だ。

 まさかワザと置いて帰ってきたんだったりして。そういえばこの前食堂で揉めていたし。

 えー、まさかそんな。

 でもファルコ様って完璧すぎて、何考えているか分からない時あるよね。








 興奮した学生たちは好き勝手憶測で話し、ナタリーが迷子になった話は、あっという間にキャンプ中を駆け巡った。




「1年生は知らないだろうけど、これも授業の一環だよ。しっかり対策を考えてあるから大丈夫。」


 そんな風に冷静に説明するごく一部の3年生の声は、かき消されていった。






*****







「ナタリー嬢、見つけた。ちゃんと動かず待っていてくれたんだね。」


 ナタリーを最初に見つけたのは、結局ファルコだった。




「ファルコ様!はい、すみません。勝手に動いてしまって。ノビルに夢中になってしまって。」

「うん。ノビルが生えている事に気が付いてね。抜いた跡があったから、こっちかなと思ったよ。・・・・ヤマボウシの木はすぐそこだ。先生たちも君を探すのを手伝ってくれている。歩けるかい?」




「先生方を呼んで来てくださったのですか。お恥ずかしいです・・・・・でも、万が一の事があっては大変ですものね。呼んでいただいてありがとうございます。今後は気を付けます。申し訳ありませんでした。」




 ファルコの差し出してくれる手をとって、ナタリーは立ち上がる。

 怪我もない。ほんの数十分座って待っていただけだ。

 元気いっぱいである。




 本当にヤマボウシの木はすぐそこにあった。

 これではもう、10メートルの話を笑えない。



「おお、ナタリー君。見つかったね。」


ライリー先生が、笑顔で出迎えてくれた。



「はい。ご心配をおかけして申し訳ございません。ファルコ様にも申し訳ないです。」

「これからは気を付けるんだよ。・・・・・オーイ!!見つかったぞ!!!!」


「ああ、もう見つかったのか。迷子というほどでもないな。」

「おーい!!帰るぞー。」









「ファルコ君。結果的にはすぐに見つかったが、そうならなかった可能性もある。よく落ち着いて知らせてくれたね。君の判断は正しかったよ。」



 課外授業の責任者であるライリー先生が、ファルコの肩に手を置きながら声を掛けてきた。

 力強く励ますような手だった。


 彼はファルコがミスを恐れて、常に完璧でいようとしている事に気が付いていた。

 それなのに、ナタリー嬢の為にすぐに助けを呼ぶ決断をしたことにも。


「ありがとうございます。」


 ああ、確かにこんなミスは王族らしくない。完璧ではないな。


 ファルコはその時初めて気が付いた。

 そんなこと、王族らしいとかなんとかは、考えている余裕がなかった事に。





 自分が完璧な行動をしているかどうか。

 そんな事を考えて動くよりも、意外と悪くない気分だった。





 キャンプ地へ戻ると、そのまま夕飯の準備が始まった。




 特に課外授業が中止になる訳でもない。それほどの事件でも問題でもない。



 過ぎてみれば、ちょっと見当たらない生徒がいたから探したというだけの、それだけの出来事だった。









 ナタリーを連れて帰ったファルコに、冷静になったミハイルが謝ってきた。


「ファルコごめん、さっきはあのような言い方をして。先生方にも叱られたよ。君の判断は賢明で妥当なものだったと。ナタリーの為に先生を呼んでくれてありがとう。」

「いや。1年生が迷ってしまうのは3年生の責任だよ。こちらこそ悪かった。」




 もうすっかり、いつもの明るいミハイルだった。








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