第23話 2日目 山歩き

 課外授業二日目。



 この日は朝食だけは学校側が準備した材料があるが、昼食と夕食は、材料から班で用意しなければならない。


 課外授業に選ばれている場所の周辺には、すぐそばに山もあって木の実もあるし、少し歩けば川に出て魚もいる。


 山には小動物や鳥もいて、猛獣はいないとのことだ。




「さて、指定範囲から出なければどこで何を採っても良いらしい。どうする?」


 2班で集まった朝食の場で、ミーティングを行う。

 もちろんファルコ様が取り仕切る。



「はい!やっぱり川で魚釣りが良いんじゃないかな。山では危険を避けるために、武器禁止だし、魚のほうがいっぱい捕れそうだ。もし俺以外に山に詳しい人がいれば、川と山、二手に分かれて木の実なんか採ってきてもいいですね。」


 やはりというか、予想通り。1番に提案をしたのはレオだった。


「そうか。山でも罠の使用は許可されているが・・・・。」

「うーん、罠も危険だからなー。俺は止めておきたい。うちの領地でならいくらでも獲物を捕ってみせるんだけどね。」



 班のミーティングといっても、ほぼレオとファルコ様の相談になっている。


「なるほど、賢明だ。他に誰か意見はあるか?」

「・・・・・ありません。狩りも釣りもやったことがありませんし、山の地図は高低差が分かりにくくて自信がありませんから。すみませんが指示にしたがいます。」

 

見栄をはってもしょうがないので、ナタリーは正直に申告した。


「あー・・・、俺もです。」

「わっ私も。」



 ヒューゴ先輩とリリィも、ナタリーに続く。グループ行動をする時、知らないことを知らないということは大事なことだ。


「うん。正直に言ってくれて助かるよ。それではレオは釣りの方を頼めるか?私は山で木の実や食べられそうな物を採取するよ。あとの三人は、好きな方を手伝ってくれ。」




 ヒューゴ先輩とリリィはレオに教わりながら釣りに挑戦したいとのことだ。

 山歩きに自信がないらしい。


 ナタリーも釣りもやってみたいなと少し迷ったが、ファルコ様と山に木の実採集に行くことにした。






「本当に山で大丈夫かい?結構あるくけど。君も釣りで良いんだよ。」

「はい!私、山歩きが好きなんです。」


「・・・・・・侯爵令嬢が?」

「あ・・・・えっと。えへへ。」


 反射的に山が好きだと口から出ていたが、よく考えてみれば「ナタリー」は山歩きなどしたことはなかった。きっとここではない別の世界で、山歩きが好きだったのだろう。




「そっ、それにしても、私本当にこの班で良かったです。ファルコ様やレオがいて心強いですし。それになんというか、お二人が、お二人だけで進めてしまうのではなくて、できることを皆で協力できるようにしていただいて楽しいです。」

「ふふっ、そうか。僕が1、2年生の時は大半の班が経験者なしだったな。3年生になってクラスに平民出身の者が増えたけど、平民も意外と町育ちが多い。野外活動に詳しい者がいない班は、キャンプ地のすぐ近くの木の実や野草を採るだけなので、量が足りなくて、課外授業の後半はお腹を空かせているんだ。本当は良く探せば、建物の近くでも、色んな食べ物が見つかるらしんだけどね。」

「そうなんですね。」



 2人になって、山へ向かう途中、ファルコ様が意外と気さくに話してくれる。社交界や学園での姿と違って、少し柔らかくて、楽しそうに見える。


 もしかしたら、ファルコ様も山がお好きなのかもしれない。


「最初はそれこそがこの課外授業の狙いだったんだそうだよ。他学年との交流と、班ごとでの協力。植物学の知識、最低限の火起こしと、料理の実践。知識を活かして食べ物を見つけ出す注意力。」




 話しながら、どんどん歩いていく。

 ナタリーの足に合わせてくれているのか、歩みはゆっくりだ。



「最初は建物の近くだけで活動をしていたけれど、レオのように、領地での狩りをしているような経験者が山の奥まで行くので、これ以上は行くなと目立つように紐が張られるようになったそうだ。すると逆にそこまでは行っていいのかとなって、奥まで行く班が出始めたということらしい。・・・・だから別に経験者がいなくても、自分たちの出来る範囲で、出来ることをすればいいんだよ。僕たちも、そこまで奥に行かずに、必要な分が採れたらすぐに戻ろう。」

「はい!」

「火も起こせない班は本当に悲惨だが・・・。教師もそれは助けてくれない。」

「まあ。それは大変そうですね。」

「朝食だけは出るからね。死にはしないさ。・・・・・・着いた、今年も実をつけている。桑の実だ。」

「まあ、本当。」


 夢中になって話していると、いつの間にか赤黒い小さなブドウのような実が沢山生っている木が目の前にあった。

 手の届く範囲にもたくさん生っている。




「1・3年生が課外授業の最初だからね。まだいっぱい生っている。2年生だった去年は、殆ど採りつくされていた。」



 どうせ小さな木の実なので、全部採ってもお腹をいっぱいには出来ないだろうと、デザート分くらいを採ったら、後は次の人の為に残しておくことにする。



「次はこれだ。このドングリはアクが少なくて美味しい。」


 ファルコ様は大体どこに食べられる木の実があるか覚えているようだ。ドングリが食べられるなんて、初めて知った。



「・・・!本当。ナッツみたいで美味しいです。すごいファルコ様、お詳しいのですね。」

「そうだね。植物のことは嫌いじゃないんだ。」



 そう言って笑うファルコ様は、とても楽しそうに見えた。

 社交界で会った時の笑顔は、いつも人形のように完璧で、いつも決まった表情だった。それとは違った、温かい笑顔。


 この笑顔を見たら、誰も“黒”天使なんて言わないんじゃないかしら。

 ナタリーは思った。



 楽しい。

 レオやファルコ様が詳しいというだけではない。

 出来る者も出来ない者も、協力できる良い班だ。



「お、ノビルだ。そのままでも食べられるがクセがある。火を通せば食べやすくなるんだけど・・・料理をお願いできるかな?ナタリー嬢。」

「はい!もちろんです。」







*****







 山歩きを心から楽しんで、そこまで量はないけれど色んな収穫物を持って帰ると、既に釣り班の捕ってきた魚が大量に積み上げられていた。



「すごいわ!魚がこんなにいっぱい。」

「ファルコ様とナタリー様もすごいです。こんなに色んな種類の木の実が採れるのですね。」


 お互いの健闘をたたえ合うと、早速昼食の準備にとりかかる。


 

 お昼ご飯は、朝食の時にとっておいた少しの干し肉と、ノビルのスープ。火を通すとノビルは甘くなって美味しかった。


 桑の実はジャムにして、同じく残しておいたパンと食べる。火を通すと量がちょびっとになってしまったけれど、自然の味がした。


 そして何といっても釣りたての魚に塩を振って、たき火で焼いて食べるのが最高に美味しかった。

 おやつ代わりに、ポリポリとドングリをつまみながら。


 残った魚は内臓を除いて塩を振って干しておけば、夕飯にも食べられる。




「美味しーー!!!こんなに沢山釣れるなんてすごいですね。」

「ほぼレオ君の釣った魚だよ。あ、この小さい魚は僕が釣ったんだ。良かったらどうぞ。」

「はい!いただきます。」




 朝食の干し肉とパンを少し残しておくのは、代々生徒間に伝わるアドバイスによるもので、3年生にとっては常識らしい。

 周りをみると、殆ど食材が採れなかったような班も、なんとか干し肉とパンの昼食にありついているようだ。



 御馳走ともいえる食事をしている2班を、周囲の班が羨ましそうに見ていた。






「午後はどうしようか。」

 ファルコ様が聞くと。


「私、またもう少し釣りをしたいです!」

 少し興奮しているリリィが答えた。

 生れて初めて、小さな魚を釣れて、感動したらしい。



 実は班分けの名前を見た時、ナタリーはリリィとファルコ様がいる班に少し不安を覚えたのだが、杞憂だったようだ。

 そんな事が気にならないくらい、課外授業は楽しかった。



「私ももう少し山歩きがしたいです。」


 ナタリーも山での食料探しが気に入っていた。

 三日目は学園から指定されたコースを歩くらしいので、自由に山を満喫できるチャンスはあと今日の午後だけだ。

 もう少し、やってみたかった。


「ヒューゴもまた釣りか?では、午前中と同じメンバーだな。」

「はい!!」




 こうして午後も、山と川とに手分けしての作業が始まった。

 昼食の残りの木の実や魚があるので、気持ちには余裕がある。



「ファルコ様。私もっと色んな場所を歩いてみたいです。」


 例え木の実が採れなくても夕飯は大丈夫と言う安心感から、ナタリーは少し気が大きくなって、やりたいことを伝えてみた。

 こんなチャンスは1年後の課外授業までないかもしれない。




「・・・・そうか。ではもう少しだけ足を延ばそう。絶対に僕から離れないように。山に入ってからほんの10メートル程の場所でも、迷子になった者もいるんだよ。」

「ええ!そうなのですか。」


「道なんてないからね。目印を見つけたと思っていても、同じような他の木だったりして焦るらしい。まあ良くあることで、課外授業の前は何度も森に危険がないかチェックされているし、迷子探索用に多めの職員が付いてきている。毎年必ず1人か2人は、先生たちに探されてお世話になっているな。・・・・今年の探索される人になりたくなければ、気を付けるように。」

「はあい。」



 珍しくファルコ様が冗談めかして言った。

 とても機嫌が良いようだ。

 




 しばらくは2人で、山歩きを満喫する。

 変わった植物があると、ファルコ様は足を止めて解説してくれた。

 葉の音や、遠くで鳴く鳥の声を聴きながら、無言で歩く時間もあった。



 長い時間歩いているはずなのに、踏みしめる土の感触は石畳と違って柔らかくて、疲れを感じなかった。

 とても穏やかで優しい時間が流れていく。




「これは・・・・ヤマボウシだな。ここでは初めて見た。」



 ファルコ様が1本の木の前で立ち止まった。

 見ると小さいがトゲトゲとしていて可愛い実が、木にいっぱい生っている。




「まあ、可愛らしい。これが食べられるんですか。」

「ああ。シャリシャリとしていて甘くて美味しい。気にならないなら味見・・・」


 シャリ   シャリ   シャリ


 味見してみるか?

 とファルコ様は言いたかったのだろうが、既にしてましたすみません。

見た目と違って味はまるでマンゴーみたい。



「では、しばらくこの実を集めよう。」

 ファルコ様がふふふっと笑うと持参した袋に実を集め始めた。




 私も同じようにして実を採っていく。

 まだ生りたてのようで、熟している実が少ない。

 薄い黄色っぽい実はまだ残しておいて、赤く熟れている実を探していく。




「あ、またノビル!!」

 夢中でヤマボウシを採っていると、すぐそこの地面に午前中教えてもらった、ノビルが生えているのを見つけた。

 スープに入れると美味しかった。これも採っていこう。





 青い草の部分を引き抜くと、白い小さな球根がポンッと抜けるのが楽しい。

 丸くて大きめの球根が付いていたら嬉しいし、根が殆ど膨らんでいなかったらガッカリする。

 ナタリーは次々に、夢中で引き抜いていった。






「うん。これだけ採れれば十分だわ。」



 いつの間にかスープには十分すぎる量が採れていた。

 大収穫だ。

 さっそくファルコに見せようと、顔を上げて辺りを見渡したナタリーは、そこでやっと気が付いた。




「・・・・・・ヤマボウシの木は・・・・どこ???」




 いつの間にか自分が、ファルコとヤマボウシの木から、離れてしまっていたことに。







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