第22話 課外授業1日目

 待ちに待った課外授業の日がきた。

 幸いなことに、お天気は快晴だ。





 学年全員が乗れるような馬車は存在しないので、貴族はキャンプ地のある郊外の王家直轄領まで、自家用馬車で直接集合する。


 平民と、一部希望する貴族だけは学園に集合して学園の馬車とその日の為に雇われた辻馬車で向かうそうだ。




 ちなみに貴族も、出来るだけ乗り合わせての集合が推奨されている。

 何十台もの馬車が、一斉に集まっては混みますからね・・・・。



 そういう訳で、恐れ多くも私はまた、ミハイル様の馬車に乗せていただいて、課外授業の場所に行くことになった。

 護衛のお墨付きを得たジャックも、今回は堂々大手を振って、同乗している。




「晴れて良かったね。ナタリーやジャックと班が分かれてしまうのは残念だけど。」

「そうですね、私も残念です。でも普段あまり話さないような者同士で協力することも、この授業の目的の一つだそうですね。」



 おしゃべりをしながらの移動はあっという間だった。








「2班集合してくれ。」

 リーダーである3年生のファルコ様の掛け声に、班員が集まる。

 ファルコ様は何事もそつなくこなされる方だし、狩りに慣れているというレオもいる。

 ナタリーも自分で言うのはなんだけど、貴族令嬢にしては料理など出来る方だろう。


 ヒューゴという3年生とリリィは何が得意か分からないけれど、中々良い班じゃない?


 ナタリーは思った。




「まずは自己紹介をしようか。名前と得意な事を紹介してくれ。それによって仕事の割り振りを決めていこう。」


 

 初日はキャンプ場までの移動もあったので、軽く自炊をする程度らしい。

 材料も学園側が用意してくれている。


 2班は、ファルコ様が優しく分かりやすく話を進めてくれて、サクサクと行動を開始した。


 自己紹介の結果、やはりレオが、野営も釣りも狩りも一通りすべての事が出来るとのことだ。

 そしてファルコ様も一通りは出来るらしい。



「家庭教師に教わっただけで、レオ君のように、日常的にやっていたわけではないけどね。」

控えめに微笑みながら謙遜なさっているが、全く何もやったことがないような貴族が多い中では、とてもありがたい。



 ヒューゴ先輩は子爵令息だそうで、この学園に入るまでは全くキャンプなどした経験がない、都会派貴族だったそうだ。

 1年生の時に課外授業で全くなんの役にも立たなかった経験から、それ以来長期休暇などで、何度かキャンプの練習をしているらしい。


 そして私は料理全般が出来ると言うと、皆喜んでくれた。




 キャンプにある程度慣れている男性陣も、料理が出来るにはできるが、切って焼く程度。

 それだけでも外で食べたら美味しそうですね!と、ナタリーが言うと、美味しいのは最初の1、2回までだよとレオが返した。




 さすが実感がこもっている。





 リリィは野営も料理も全くしたことがないということで、ナタリーの料理の手伝いをしてくれることになった。

 リリィは自分一人がなにもできないと気にしているが、「普通の貴族はそんなもんだよ」とヒューゴ先輩が慰めている。


「この班はかなりラッキーなメンバーだよ。経験者が一人もいない班は悲惨なんだ」と。






 男子が手分けをして枝を集めたり、竈を作っている間、ナタリーとリリィでご飯の準備をする。



 配られたのは人数分のパンと干し肉、チーズ。

 そして自由に選んで持っていって良いと置いてある野菜と調味料。初日は大盤振る舞いだ。


 これだけあれば夕飯は十分だろう。


 

野菜を見ると、お!ジャガイモがある。

 皮の薄さから見て新じゃがだろう。






 竈の準備が出来るまで、まずは野菜を選んで洗うところから始める。

 男性陣は何でも食べると言っていたので、ナタリーとリリィで好きな野菜を選んでしまう。

 カブのような野菜と葉物野菜。

 トマトは味見したところ、酸味が少なく生で食べられそうだ。



 洗ったらナイフで切っていく。

 授業で野菜の切り方も習ったが、リリィの手元が危ない。

 最初はつきっきりで指導する。

 貴族令嬢の手に傷がついては大変だ。


「なぜナタリー様はそんなにお上手なのですか?私には才能がないようです。」

「リリィ様、こんなものは慣れです。ゆっくりでも丁寧に切っているうちに、少しずつ速く綺麗に切れるようになっていくんですよ。」





 しばらくしたら、リリィもすぐに、ゆっくりだが一人で切れるようになってきた。


 そのためナタリーは自分の持ち分の野菜をてきぱきと切っていく。





「すごいなナタリー嬢。とても手際が良い。意外だ。」

 木の枝の束を運んできたファルコ様が、ナタリーの様子を見て声をかけてくれる。



「ありがとうございます。幼い頃に、毎日やっていたら慣れました。」

「毎日?侯爵令嬢の君が?」


 あら、もしかしてご存じないのかしら。



 侯爵令嬢が料理を毎日していたことに、疑問を抱いているファルコ様。ナタリーが義母や義姉に召使扱いされてこき使われていたことを知らないようだ。



「幼いころ、義理の母親にやるように言われて、毎日料理を作っていたのです。」

 まあ料理だけではないけれど。



 貴族社会では皆に知られていると思っていたので、ファルコ様が知らないことが意外だった。




 ファルコ様はあっ!と何かに気が付いた様子。

 どうやら話を聞いたことはあるようだ。

 王弟の子息にまで、俗物な噂話をする人は、あまりいなかったのかもしれない。

 お忙しい方で社交界に参加される事も少ないようだし。





「その話、聞いたことがある。・・・・君だったのか。」

「はい。もう気にしておりません。最近はそんな事もあったかなと、普段は忘れているくらいですから。今日なんて、料理が出来て良かったなーと思っています。」




 そう言うと、ファルコ様は少し驚いた顔した後、フワリと微笑んだ。


「ナタリー嬢は強いんだな。羨ましいよ。」



 その微笑みが暖かくて、綺麗で、ナタリーは、この人は本当に優しい人なんだなと思った。










 レオとヒューゴ先輩が、汗をかきながら二人がかりで水を運んできてくれた。

 水は意外と重いし、揺らすと動くのでとても運びにくいらしい。


運んできてくれた水に、干し肉と切った野菜、塩にハーブを入れて煮込む。

 新じゃがを紙に包んで、たき火の近くの石に埋める。




 そしてパンとチーズも火のそばで炙ると、とんでもなく美味しそうな香りが辺りに広がった。



「おおおおおお!!」

 男性陣から歓声が上がる。



 干し肉の出汁の染み出るポトフに、こんがりと焼けたパン。そしてなんと・・・・オルチさん特製、とろーりチーズとバターのかかったホクホクの新じゃが!!!



「う、美味い!!!!」




 ふっふっふーそうでしょそうでしょ。

 


 


 


 できた料理は大好評で、レオやヒューゴ先輩はもちろん、リリィもファルコ様もかぶりつくように食べていた。





 勝ったわ・・・(何に?)。




ナタリーは内心密かに思った。皆が夢中で食べている様子を見て、ニヤニヤと笑わないようにするのに苦労した。

自分が作ったものを、誰かが喜んで食べてくれる嬉しさ。なんだかとっても懐かしいような気がする。



 課外授業の一日目は、そうして楽しく始まった。








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