第19話 ジャックの活躍
かささぎ亭を出た後、午後も街の散策を続けた。
美味しいというお菓子屋さんでは、ミハイル様が大量の焼き菓子を購入していた。
ちなみに食後だが、ナタリーも焼き菓子を食べた。
貴族の好む砂糖たっぷりで見た目も凝った焼き菓子と違い、シンプルな素材で作られた焼き色のついたお菓子は、とても美味しかった。
「ナタリー、ちょっとあそこに見える教会に、寄って行って良い?」
「はい。もちろん!」
ミハイル様が指さす先にあるのは、こぢんまりとした、石造りの教会だった。
小さいけれど、建物はとても古そうで、門や柱がとても凝った造りをしている。
詳しくは分からいが、芸術的な価値があるかもしれない。
礼拝堂でお祈りをした後は、教会で暮らしている子供たちに焼き菓子を渡して、いくばくかの寄付をした。
「ありがとうございます、ミハイル様。この教会は王都の中心にあって、ありがたいことに裕福な方々から、たくさんのご寄付をいただけますが、最近地方の教会への寄付金が減ってきているそうなのです。このお金は、国中の教会で等しく使わせていただきます。」
シスターは、ミハイルが何者かをしっているようだ。
子ども達は焼き菓子に大喜びで、シスターには寄付金をとても喜ばれた。
地方の教会への寄付金が減ってきている・・・・・。寄付金を受け取ったシスターの安堵した表情から、本当に困っていたのだと感じたナタリーだった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。
初夏と言えども、陽が陰ってくると、少し肌寒くなってくる。
誰に言われたわけでもないが、ナタリーは今日の散策がもうすぐ終わりな事が感じられた。
「ミハイル様。今日は楽しかった。生まれてきてから一番楽しかったかもしれない。」
お礼を言うと今日のこの日が終わってしまいそうで嫌だったが、どうしても今伝えたい気分だった。
最後にと歩いているのは、街を流れる川沿いの道。土手の上は散歩がしやすく、ならされている。
他にこの道を歩いている人はいなかった。
行く手の先には、小さいが頑強な王家のお忍び用の馬車が停まっているのが見える。
お迎えの馬車だ。あの馬車まで歩いたら、今日のお出かけは終わるのだろう。
母親の生きていた頃、幼少時の記憶はあまりないし、イジメられていた時期は思い出したくもない。
その後も、あの父親と一緒にお出かけする訳もなく・・・・思い返せばナタリーはあまり出歩いたことがなかった。
今日のミハイルとのデートが、本当に、心の底から楽しかった。
「うん、私もだよ、ナタリー。ずっと君をこの街に連れて来たかった。」
出来るだけゆっくりと歩みながら、ミハイル様が言った。
どちらからともなく、自然と手を繋いで、ゆっくりと歩く。
――――ゆっくり歩いたら、この時間が長く続くのだといいのに。
「また来ようね。」
「はい、きっとですよ。」
この人とこうやって、ずっと手を繋いで歩んでいきたい。
そう思った。
その時だった。
すぐ前方にある橋桁の下、川沿いの土手から、何かが急に飛び出してくるのが見えたのは。
え!え!?何!???
とっさの事に、最初はそれがなんなのか、よく分からなかった。
「キャッ」
「動くなぁあ!!!!」
人だ!!
薄汚れた服装の、淀んだ眼をした男が走り寄ってくる。
その信じられない、現実感のない光景に、硬直する。
まだその男との距離はあるのに、威嚇するような叫び声で、ナタリーは足が動かなくなってしまう。
早く逃げなければ!!
イヤ、私よりも、ミハイル様を何としてでも守って・・・・・・・。
自分が動けもしないのにそんな事を考えていた時、気を遣ってかしばらく前から姿の見かけなかったジャックが、魔法のように目の前に現れた。
さらにミハイル様が、ナタリーを抱き寄せて不審人物から遮ってくれる。
ジャックは野生動物のような速さとしなやかさで、自ら不審者へ近づいていくと、フッと身体を屈めた・・・・ようにナタリーには見えた。
「・・ォエッ」
もうその次の瞬間には、不審者はくぐもったうめき声をあげて、頼りなく紙のようにヘナヘナと地面に倒れこむ。
正に一瞬の出来事だった。
「ミハイル様、ナタリー、大丈夫?」
何事もなかったかのように、いつもの顔をしたジャックが近づいてくる。
その背後では、庶民の格好で離れて見守ってくれていた護衛が2~3人、集まって不審人物を確保している。
「ありがとう、ジャック。」
声が出ない私と違い、ミハイル様は穏やかな声で応える。
「早くあちらへ。お急ぎください。」
ジャックが最近では珍しくなった敬語で、馬車の方向へと誘導してくれる。
学園に入ってアレン様とも行動するうちに、段々と敬語がなくなってきていたのだ。
それがナタリーには嬉しかった。
だから平気な顔をしているジャックが、今はまだ緊張を解いていないのだと気が付いた。
ミハイル様とジャックに両側を守られ小走りで馬車へ向かう。
ナタリーは途中で思いついて、ミハイル様を中心にしようと少し体をよじりかけたが、両側から力強く押さえられる。
もう立ち位置など関係なく、さっさと馬車に乗った方が早い。
「・・・・・・・・怖かった。」
3人が乗り込むと同時に走り出した馬車。
最後に乗り込んだジャックが扉を閉めた時には、もう走り始めていた。
まだ警戒は解けないだろうが、馬車の中に入ったことで少しだけ安心感を得られる。
「・・・・なんだったのでしょう。」
ミハイル様やジャックにだってまだ分かる訳もないだろうが、つい気になって聞いてしまう。
「ただのド素人でした。全く心得がないような。」
返事を期待していなかったのに、意外にもジャックが答えてくれた。
「素人?・・・・私たちの事を知っていて襲ってきたのではないのか。」
王族・・・いやただの貴族だとしても、護衛の事を考えて素人が手を出してくることはないだろう。
だとすると、あの男は、ミハイルとナタリーのことを貴族とは知らず、ただの子どもだと思って襲ってきた??
ということは。
「追いはぎということですか。」
怖さを会話で紛らわすかのように、ナタリーは声に出してみる。
「治安の良い王都の中心で、あまり聞かないけど。たまにはいるだろうね。」
ミハイル様が答えてくれた。
「これからあの男を取り調べることになるでしょうが。気になりますね。」
のぞき窓から外を見ながら、ジャックも答える。
三人の中で一番冷静だ。
いつも男の子らしく騒いだりバカをやっているジャックが、こんなに頼りになるなんて、ナタリーは知らなかった。
馬車が王宮の敷地内に入り、城門が閉じられるまで、ジャックはずっと、警戒するように外を眺め続けていた。
*****
後日、男の取り調べの結果が伝えられた。
農業の不作で土地を売ってしまい、王都まで出てきた男だということだ。
そのうちお金も尽きて、宿に泊まることもできなくなり、橋の下で過ごし、夜になったらごみなどを漁る生活をしていたそうだ。
あの日は裕福そうな子供たちが目に入って、思わず襲ってしまったと。
ただの追いはぎ・・・・。
このリラリナ王国で。
どんなに裕福な時代でも、完全になくすことがないだろう。
とにかく、皆が無事で本当に良かった。
ナタリーはそう思うことにした。
ほんの小さな違和感を、胸に覚えながら。
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