第18話 かささぎ亭
ついに街へ行く当日になった。
護衛の人が迎えに来てくれて、ミハイル様との待ち合わせ場所へ連れて行ってくれる。
「ナタリー!おはよう。」
「おはようございます!」
ナタリーもミハイルも、2人とも街のどこにでもいる庶民と、同じような格好をしている。
しかしまあ、ミハイルがどんな服装をしていて、天使は天使である。
目立つに決まっている。
ところでミハイル様は予想通り何を着ても似合うが、意外なのは庶民の服を着たジャックだった。
むしろお上品な貴族の服を着ている時よりも、体を鍛えていることが良く分かり、ラフな格好が良く似合う。貴族だけあって、やっぱり隠し切れない気品はあるが、年相応の少年らしい。
わー、ジャックって格好良かったのね。
ナタリーは思った。
「今日行きたいところはあるかい?」
「・・・・・・私、あまり街に来たことがなくて。よく分からないのです。」
「分かった。では私がまずおすすめのところへ連れていくよ。途中で気になったところがあったら言ってくれ。」
慣れた様子でミハイル様が手を引いてくれた。
「朝市には少し遅いけど、まずは市場へ行ってみよう。この時間なら少し落ち着いてきて、見やすいはずだ。」
王都の中心にある市場には、大通りを中心にあらゆる店が立ち並んでいた。
花に果物、野菜、布。
素敵な雑貨なんかもある。
中には貴族の屋敷にも置けるのではないかというような、精緻な小物細工まである。
職人が一つ一つ手作りしているのだろう。
高級店に並べられている物よりも、お買い得かもしれない。
「おやジャックとミケル。可愛らしい女の子連れてどうしたの。」
「おはようおばさん。友達なんだ。」
歩いていると、新鮮そうな果物が並んでいるお店の女性から声が掛かる。
ジャック!おばさんて、そんな呼び方・・・。
生粋のお嬢さま育ちであるナタリーは内心ハラハラした。
「おはようお姉さん。今日は何かおすすめの果物ある?」
「あらミケル。相変わらずうまいんだから。これ昨日残った果物を果実水にしたやつ。あげるから飲んでいきなさい。」
すかさずミハイルがお姉さんと呼び直す。
果物の屋台の女性は、途端に機嫌良さそうな笑顔になった。
「えー、ミケルにだけ?」
「ハイハイ、ジャックにも。もちろん、そっちのお嬢さんにもね。」
「やったね!」
おばさんと呼ばれた店員さんは、気にする様子もなく果実水をくれた。
特にためらうことなくすぐに口を付けるミハイル様とジャック。
――――本当に慣れているんだわ。
ナタリーは一瞬ためらったが、甘く美味しそうな匂いに釣られて、一口飲んでみる。ミハイルやジャックが飲むものが、危険はもののはずはない。
「!!!!?美味しい!!!」
何種類か混ざっているのか、何の果実が混ざっているのかよく分からないジュースだが、もの凄く美味しい。
「そうでしょ?うちは季節によって、旬の果物をわざわざ色んな地域から仕入れているんだから。今日はこのブドウがおすすめだよ。」
女性がすかさず、屋台に山盛りになっているブドウを売り込む。そのブドウは一粒一粒が大きくて、瑞々しくて、いい匂いがした。
「買います!!!」
「はははー、ありがとう。毎度あり。」
・・・・気が付けば買っていた。
女性が小袋に分けて入れてくれた実を、三人で食べながら進む。
歩きながら食べるような経験は、ナタリーには初めてだった。
市場を進んでいくうちに、しているうちに、色んな人がジャックとミハイル様に声を掛けてくる。
「お!おはよう。寄ってけよ。」
「ミケルくーん。」
「・・・ミケル、と呼ばれているのですね。」
声をひそめて、ナタリーはミハイルに確認した。
先ほどから気になっていたが、よくお忍びで来るといのは本当のようで、ミハイルやジャックに話しかける人は多いが、ミハイルの事は誰もが「ミケル」と呼んでいる。
「うん。街ではナタリーもそう呼んで。ナタリーも一応他の名前にしておこうか。」
「王子の名前ならともかく、侯爵令嬢の名前までわざわざ知っている人がいるとも思えませんが・・・。」
「一応だよ。うーん、ナンシーっていうのはどう?」
「はい。それで大丈夫です。」
それからも買い食いをしたり、小物を見たり。
楽しいとあっという間に時間が過ぎていく。
ナタリーは初めての経験に、ついつい買い物をしすぎてしまった。
最初のうちはジャックとミハイル様が持ってくれていた荷物は、気が付いたら消えてなくなっている。
あまりに増えすぎたので、その辺の護衛の一人に預けてきたそうだ。
ううっ、すみません。
夢中で色んな店を見て回ってるうちに、歩きやすいように何度か履いておいた靴でも、足が疲れてくる。
「休憩がてらお昼にしようか。」
ちょうどよく、ミハイル様が提案してくれた。
「やっぱり一番のおすすめはあそこかな。」
「かささぎ亭ですよね。」
なにやら相談をするミハイルとジャックの二人に、店はお任せだ。連れて行ってくれるところ、全てが最高に楽しいので、ナタリーはただひたすら楽しむだけで良かった。
「かささぎ亭?」
「ものすごく料理が美味しいんだ。店長をウチに引き抜きたいくらいだよ。」
待ちきれないといった様子のジャックが答えてくれた。
「市場にも国中から食材が集まるけど、かささぎ亭は、店が直接取引をしている農家もいるんだって。店長自ら仕入れにいくこともあるらしくて、とにかく新鮮。素材も最高。そして料理の腕も超一流。引き抜くとしたら王宮にだな。でもお店の料理を嬉しそうに食べているお客さんたちの顔を見ていると、引き抜けないんだ。」
話しているうちに、その店に着いたらしい。
まだ少し早めの時間だったのが良かったのか、なんとか待たずに座ることができた。
「おうジャック、ミケル。彼女連れか?」
「うん、彼女。僕のね。」
「ええ!私!?か、彼女・・ですか。」
注文を聞きにきてくれた青年にミハイル様がサラリと言ったことに驚く。
か、彼女・・・・・婚約者候補って、彼女ですか?
でも庶民の方に婚約者候補と言っても変ですし・・・・簡単に関係を説明するとなるとそうなるのでしょうか。
「おいミケル。こっちのお嬢ちゃんは彼女って言われて驚いてるぞ。」
「・・・・違うの?」
ミハイル様が子犬のような目で見つめてくる。
「う~・・・違いません。」
だからこの目に逆らえる人はいませんって。
「なんだなんだ付き合いたてかぁ?よし!お祝いに俺が何か一品おごってやるよ。」
「ありがとうハイレ!それと今日のおススメ定食を三人前よろしく!」
まずはハイレというお兄さんが、奢りだと言って一品、新じゃがのチーズ乗せを運んできてくれた。
熱々ホクホクで湯気がでているジャガイモの皮に切れ目が入っていて、とろーりチーズとバターがのせてある。
これ絶対美味しいヤツーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!
テーブルの中央のお更に乗せられてジャガイモを、フォークで突き刺して、はふはふ言いながら夢中で頬張る。
冷めたら魅力半減なのだから、マナーなど言っている場合ではない。
それはミハイル様もジャックも同じようだった。
「・・・・うちの屋敷に引き抜きまふ(はふはふ)。」
「はははは。美味しいでしょー。ナンシーは好き嫌いなかったよね?このお店のおススメ定食はすごいぞー。」
まだまだこれからだよというようにミハイル様がニヤリと笑った。
ただのジャガイモだけでこれだけ美味しいのだ。もう定食が楽しみすぎる。
ここの店の子になりたい。
「はいよ!お待たせ。」
「店長!!!」
「オルチさん!?」
なんとおススメ定食は、先ほどの店員さんに代わって、店長自らが運んできてくれたらしい。
「おー、この子がミケルの彼女かよ。お目にかかったことがないくらいの別嬪さんだ。こりゃミアに勝ち目はねーか。」
「ミ、ミアとは?」
店長が言った女性の名前に、ナタリーは一瞬ドキリとして聞き返してしまう。
「もうすぐ8歳になるうちの子だ。ミケルに彼女ができたと聞いたら、荒れるぞー。」
8歳!
ちょっとホッとしたものの。8歳かー、こちらは12歳。数年で差など関係なくなりそうな、微妙なお年頃である。
「今日のおススメは魚なんだね。」
ジャックが店長の話に興味なさげに、運ばれてきた料理に前のめりになっている。
店長のオルチさんが運んできてくれた料理を見ると、大きなお皿のど真ん中に、皮がパリッパリに焼けた魚がドーンと置いてある。
焦げた皮が少しだけ破れて、ふわふわの白身がのぞいている。
何かのハーブと粗めの塩がふってあるようだ。
その周りには付け合わせの野菜、テーブルの真ん中にはこの世の物とは思えない美味しそうな匂いをさせた三人分のパン。
スープまでついている。
食べる前から分かる。
絶対旨い。
「ああ。何だか今年は家畜が不作らしくてな。全部じゃねーけど、野菜も不作な地域があって。・・・大人しくボリス製のを使ってりゃいいものを、ちょっとの金ケチって安い隣国製の飼料とか肥料とか使ってる農家があってよー。」
あそこの農家はもう使わん!というオルチさんとやら。
まずはこの人に言いたいことがある。
「あの!オルチさん!今日初めていただきましたが、こんなに美味しい料理は生まれて初めてです!!本当に美味しいです!!!ありがとうございます!!」
「おう!ありがとよ。」
ナタリーの勢いに、オルチさんは少し驚いたようだったが、すぐにその強面の顔くしゃりと笑顔にした。
「はー、こりゃダメだわーミア。可愛いわこのお嬢ちゃん。・・・・あれ?まだジャガイモしか食ってなくね?」
ニカリと笑ったオルチさん。ナタリーはこの店に通うことに決めた。
「オルチー!!!何やってんだお前この昼時に。戻ってこいや!」
厨房から悲痛な叫び声が聞こえてくる。
「おーう。ちょっと待ってろー・・・・じゃあな。お嬢ちゃん達。ゆっくり食べてってくれ。」
そういうとオルチさんは戻って行った。
戻って行きながらも、各テーブルからオルチを引き留めるような声が掛かる。
「オルチ!魚も最高だな!」
「こないだの野菜スープ、またおススメに出しておくれよ。」
分かったわかったと言いながら、厨房に戻っていく。
街の人たちに、とても人望がある様子がうかがえた。
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