第16話 小さな傷

 リリィと一緒にカフェテリアへ移動したナタリー達。

 リリィは時々何かを言いたそうにしているが、何も言わないので気のせいだろう。

 と、いう事にしておきましょう。





 お気に入りの緑の植物のパーテーションで区切られたテーブルに皆で座る。




 今日は新進気鋭の音楽家、ゾフィア・シャルロの話を聞きたいという者が私も私もと膨れ上がり、結局1学年Aクラスの大半でゾロゾロと一緒に移動することとなった。




 ちなみに、ナタリー達がこのテーブルを気に入って使うようになった辺りから、先に終わった学年がある日でも、このテーブルは誰も座らず空けられているようになっている。






 ・・・・うん。いくら平等を謳う学園でも、王子様御一行のお気に入りの席を先に取ろうという生徒はいないということだ。





「すごいなー。俺もゾフィアの作曲・プロデュースした演奏を聞いたことあるけど、あんな曲どうやって思いつくんだろうな。まるで別世界から急に現れた夢のような曲だった。」


 ゾフィアを聞いたことがあるという者たちは皆、興奮した様子で大絶賛している。



「リリィはゾフィアの演奏を、どこの音楽ホールで聴いていたのですか?」




「・・・・・私の家のすぐ近くにある、スミナホールという、小さなホールなのですが。」

「あ、知ってる!あんな小さなホールで、ゾフィアが演奏していたのか。良いなぁ。」

「え、知らないどこどこ?」



 いつも一人でいて、あまりクラスメイトと話した事がないリリィが輪に入れるかと少し心配していたが、杞憂だったようだ。

 クラスメイトに囲まれて質問攻めにされているリリィは、自分の好きなことに興味を持ってもらえて嬉しそうだ。





 私だってゾフィアの話を聞きたいのにー。

 皆がこれほど夢中になるくらい素晴らしい音楽家の演奏会なら、是非一度聞いてみたいものだ。







――――あ、来たわね。






 皆で楽しくお話していると、授業が終わったらしい3年生がカフェテリアに到着し始めた。

 マリ達のグループはリリィが席を取っていると思っているのか、いつもゆっくりと現れる。


 その様子を、ナタリーはパーテーションの葉の陰から、何気ないフリでうかがった。

 葉っぱのカーテンは、こちらからは向こう側が見えやすいが、遠くからこちらを見ても内側は見えにくいように守ってくれている。







 リリィの姿を探すように、キョロキョロとカフェテリア内を見渡していたマリ達だが、ようやくこちらのテーブルでクラスメイトに囲まれているのを見つけたようだ。驚いている。


 マリの射殺すような鋭い視線がリリィに向いていることに、リリィは気が付いているだろうか。





 ・・・幸か不幸か、慣れないクラスメイト達の質問に答える方に必死で、気が付いていないようだ。



 しばらくの間睨みつけていたマリだが、お友達に促されて移動し、隅の方の空いているテーブルに落ち着いた。

 とりあえず、今すぐどうこう言ってくる気はないようだった。





「スミナホールは貴族の支援で運営されているので、平民でも無料で借りることができるのです。もちろん、しっかりと身元を審査したうえで、ですが。その為、あらゆる演奏家が集まって、いつも誰かが何かを演奏しています。」

「へえ。そうなんだ。」

「でも本当に、全くの無名の人たちが集まるので、観客は私一人の時もあるんです。時々本当に素晴らしい演奏をする人もいたり、最初は下手でも徐々に上手になっていく人などもいて・・・・・。」

「素敵!私も音楽が好きなので、是非そのホールに行ってみたいです。一人で行くのは勇気がいるので、リリィ様、今度ご一緒してもよろしいでしょうか。」

「え!?・・・・・は、はい。」





 リリィの方は本当に心配なさそうだ。

 本当に音楽が好きなのだろう。

 いつも自信なさげにしていたリリィが、楽しそうに活き活きと、饒舌に話している。





「俺も音楽は結構好きなんだ。そんなホールだったら、俺も演奏してみようかな。」


特に音楽に興味がありそうなのが、伯爵家のベンジャミン。音楽の授業でも歌や楽器の演奏で目立っているので覚えている。嬉しそうに熱心にリリィに話しかけている。


「あ、はい。申請をして予約をすれば、演奏できると思います。」



「おーやった!!音楽サロンで演奏する練習になるな。ホールの方が音響が良いだろうし。」

「あ、あの・・・・・実は・・私もたまにえんそ・・・・・」









「これはどういうことだ!ミハイル・リラドヴィア。」



 どうせマリもこの昼休みには手出しできないだろう。

 ナタリーがそう安心していた時だった。

 神経質そうな声が鋭くカフェテリアに響いたのは。





「どういうこと・・・とは?ファルコ。」


 一瞬驚いた様子だったが、すぐに落ち着いた声で応じたミハイル様。






 声の主は王弟であるリヴォフ公爵の嫡子、ファルコ・リヴォフだ。

 従弟同士、つい先日まで同じ王宮で暮らしていたとあって、お互いに敬称がない。


 怒っている様子のファルコにナタリーは驚いた。

 普段はとても落ち着いていて、冷静で、こんなに感情を露わにされる方ではないのに。



「マリ・ミリューチ嬢に話を聞いた。妹のリリィ嬢はマリ嬢と一緒に昼食をとる約束をしていたと。まあそれはどうでも良いが。・・・・嫌がるリリィ嬢を、ミハイルが有無を言わさず強引に連れて行ったと。」



 ま、間違っていないわ!



「王子のお前が強引に連れて行けば断れる者などいないに決まっているだろう!卑劣な行為だ。」


 ファルコ様の後ろでマリがニヤニヤと笑っている。


 ああ、一度この顔をご自分で鏡で見てみれば良いのに。


 ナタリーは思った。





 元の顔の作りは綺麗と言えるものなのに、その笑みは下品さが滲み出ていて、せっかくの気合の入ったお化粧でも隠し切れていない。

 可愛く笑えば可愛いだろうに。

 もったいないものだ。



「お前の行動には、王族の自覚があるとは思えない。」



 それは、さすがに言い過ぎではないだろうか。

 その言い方では、今リリィを強引に連れて行った事だけではなく、ミハイル様の普段からの行動への抗議になってしまう。





 いつも王族として一分の隙も無い完璧な行動をとられているファルコ様。

 対して王族のマナーから少しはみ出して、自由に行動していても許されるところのあるミハイル様。





 王位継承権は引き続きあるが、フェルディ殿下が立太子したのを機に王宮を去ることになったファルコ様には思うところがあるのかもしれない。



「あー、まあ、そうなんだけど。」




 リリィが嫌がるそぶりであるのを、強引に連れて行ったことには違いない。

 さすがのミハイル様も、ファルコ様が言っている事に間違いがないだけに、何と答えるか迷っている様子だった。





「・・・・・・・・・・ちがいます。」


 ほんの小さな声が聞こえた。

 王族二人の会話に、カフェテリア中が水を打ったように静まり返る中、その小さな小さな声は意外な力強さを持って響いた。


「ファルコ殿下、違うのです。ミハイル様は悪くありません。」





 リリィだった。

 緊張からだろう。

 強張った体は震えていたが、それでも何とかして言葉を紡ごうとしている。



「私、本当は嬉しかったのです。ナタリー様に何度も声を掛けていただけて。ミハイル様にも誘っていただいて。こんな私などのことを。」


「ミハイルを庇わなくても良い、リリィ・ミリューチ。君がマリ嬢ととても仲が良い姉妹な事は誰もが知っている。」


「違うんです!本当に私、嬉しくて。クラスの方と、音楽の話が出来て。こんなこと初めてで。本当に嬉しいのです。」


「私、本当はずっとクラスのお友達と過ごしたかった!!!」



 最後はほとんど叫びだった。

 今までずっとずっと我慢していたのだろう。

 溢れだした言葉には加減が利いていなかった。








 ファルコ殿下は傷ついたような表情をして、何かを言おうと口を開き、閉じて、また開いて閉じて・・・・・。





「・・・・・・・・。」

「すまない、ファルコ。リリィ嬢が皆と話す勇気がでないようだったので、少々強引に連れだしたんだ。君が怒るのも無理はない。」


 ミハイル様がフォローしたがこれでは・・・・・・。



「・・・・・・・・そうか。こちらこそ悪かったな。」


 ファルコ殿下は少し強張った顔ではあるものの、何とかそう言って和解の体裁をとって下さった。

「失礼する。」


 そう言って、ファルコ殿下は去って行った。

 悔しそうに一睨みをしたマリが、慌ててその後を追っていく。




「すごいなリリィ。良く言った!!」

「正直あなたのお姉さまって、いつもあなたの事をバカにしていて良くないと思うわ。」


 高位貴族が殆どのAクラスの生徒たちは、子爵家のマリなど怖くないのだろう。

 盛り上がって強気でリリィを褒めている。


「あなたのお姉さまが何か言ってきたら私に言ってちょうだい。私の友達に何の文句があるの?って言って差し上げるわ。」

「それよりさ、さっき音楽ホールで君も、演奏してるって言いかけた?」








 さすがに声を潜めてはいるが、興奮して楽しそうな様子のクラスメイト達。


「ファルコ殿下に言い返すなんて、度胸あるなー。」


 ・・・・・権力者に対する反抗は、時に結束を生むことがある。

 確かルサンチマンというのだったか。



 リリィが勇気を出せた事は素晴らしい。

 クラスメイトに友達ができたことも。

 音楽という共通の趣味で盛り上がれることも。


 良かった。

 それは素直に。




 でもこれでは・・・・・。

 これではファルコ殿下がまるで悪役のようではないか。





 王族に言い返した爽快さに湧くクラスメイト達。




 ただの姉妹のいざこざが、王族の関係にほんの小さな傷を付けた。







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