第13話 ファルコとアンネ
昨日は濃い一日だった。
入学式の翌日、新しい教室の席に座りながらナタリーは思った。
入学式の後、アレン様に前世の記憶のことがバレて、ミハイル様にもバレて、発明王ボリス様にまで会ってしまった。
今日普通に登校しているのが不思議な気持ちだ。
私入学したんだっけ、そういえば。
その後の出来事が衝撃的すぎて入学式の印象が薄まってしまった。
そして、今日は早速の学力テストがある。
1、2年生にはただの学力テストだが、3年生以上には重要なクラス分けテストとなっているらしい。
リラリナ学園は最初は身分によってクラスが分かれているが、1、2年生でお互いの文化を学んだあとは、身分関係なく成績順にクラス分けされるという訳だ。
そうなると、今度は国中から試験を勝ち抜いてきた平民がAクラスの大半を占めるようになるという。
1年生からごちゃ混ぜにしないのは、最初に学園に平民の入学を認めた時、あまりの文化の違いに混乱が生じたからだそうだ。
「それでは始めて下さい。」
先生の声を合図に、ナタリーは意識を切り替えてテスト用紙に集中した。
*****
次の日にはテスト結果が張り出されていた。
1、2年生の掲示されている場は和気あいあいとしている。どんな成績をとろうとどうせクラスは変わらないからだろう。
「あ、ミハイル様が1位ですね。すごいです。」
「ありがとう。ナタリーも2位おめでとう。」
うーむ。
ミハイル様が日々とても努力されていることは知っているが、負けたことは少し悔しい。
私もいつも一生懸命勉強しているし、前世の知識があって数学などは有利なはずなのだけど。
一応全部の問題の答えが分かったが、ケアレスミスもあった。
それに記述式の問題もあって、その点数が教科によってかなりバラつきがあったのが敗因だろう。
周囲から楽しそうな「まあすごい。さすがですわ」とか「去年より順位が上がったやったー」などの声が聞こえてくる。
しかし、3年生のテスト結果が掲示された瞬間、和気あいあいとした雰囲気が、瞬時にピシッと凍り付いたのを感じた。
凍り付いた空気が音よりも早く伝わるこの感じ。
なんだか覚えがあるわ・・・。
はしゃいでいた1、2年生も、黙り込む。
その空気の中心には、ミハイル様と同じプラチナブロンドがあった。
プラチナブロンドに白い肌。
透き通る人形のような高潔さを感じさせる人物がいた。
ナタリーも何度も見かけたことがある人物。
ファルコ・リヴォフ
王弟である公爵の令息だ。
ミハイル様の従兄。
ふんわりと優しい雰囲気のミハイル様が「天使」と呼ばれるのに対して、常に緊張感を纏って研ぎ澄まされた雰囲気のその人は、「黒天使」と呼ばれていた。
ファルコ様は白い肌を増々白くさせて、立ち尽くしていた。
蒼白ともいえる。まるで氷の柱の様に、美しく、気高く、だけど触ると壊れてしまいそうだ。
その隣には黒く長い髪を高い位置で結った女性が、力強く凛として立っている。
その2人を中心に空間が出来ていた。
何となく、髪型や立ち姿から女性は平民出身ではないかと、ナタリーは思った。
「ファルコ殿下が平民の女に負けるなんて・・・」
誰かの小さな囁きが届いてきた。
ほんの小さな囁きだったが、あまりに静かなので、ここまで届いてしまった。
囁いた本人は、それに気が付いて真っ青になって逃げていく。
その声が聞こえたのかどうなのか。
ファルコ殿下の硬直が解け、歩き出した。
3年生の教室に行くには私たちがいる廊下を通らなければならない。
ファルコ殿下はこちら側に向かってきた。
サーッと端により道を譲る1、2年生の生徒たち。
しかしそこで一つ問題があった。
王子とその婚約者候補が、公爵子息に道を譲る訳にはいかない。
身分など関係ないとされている学園の中でも、最低限の譲れない礼儀がある。
ミハイル様の目の前で歩みを止めたファルコ様は、今、ミハイル様の存在に気が付いたように顔を上げた。
キッと鋭く睨みつけた・・・気がする。
そんな事は許されるわけないので、気のせいということにしよう。
ただ「顔を見ただけ」。
ファルコ殿下はミハイル様に対して、一部の隙もない、完璧で優美なお辞儀を披露し、そしてそのまま通り過ぎて行った。
プラチナブロンドと白い肌のファルコ殿下が「黒天使」と呼ばれているのは理由がある。
父親である公爵が、いつも漆黒ともいえる装いをしており、その暗い雰囲気も相まって「黒公爵」と呼ばれている為だ。
一緒にいる事の多いファルコ殿下も普段、光を吸い込む深い闇のような服装な事が多かった。
でもブルーの制服に身を包んだファルコ様は、黒天使というよりも、触れたら消えてなくなる妖精のような儚さだった。
王弟一家はつい最近まで王宮内で暮らしていたが、ミハイル様のお兄上が18歳で立太子すると同時に公爵位と領地を得て独立したはずだ。
ファルコ殿下が去ってからしばらくして、ようやくざわめきが戻ってくる。
「あなた、よく先生方の研究室に通っていますよね。とても仲良くされていて、『色々なこと』を教えてもらっているようで羨ましいわ。」
残った黒髪女子に、遠くまで響く甲高い声が掛けられた。
あ。あの人はマリ・ミリューチ子爵令嬢。
ナタリーが義姉に虐められている時、義姉以外で一番絡んできたマリだ。
久しぶりに見た気がする。
「・・・・そうですか。」
「本当に。私などは試験の問題を見てはいけないからと、研究室に入るのを遠慮しているのですが。平民の方はおおらかで羨ましいです。ねえ、皆さん。」
「そうですわね。先生のお時間を割くのも申し訳ないですし。」
ああ、幼い時の記憶が蘇る。
言葉の表面上だけ受け取れば反論しにくい。
でも心を削るような、言葉の棘。
相手の方は平民だ。
反論は難しいだろう。
――――私はあの時の小さな子供ではない。今は信じられる友人がいて、父親に言い返す勇気もついた。
ナタリーは意を決して、マリ・ミリューチの方へ一歩、歩み出そうと・・・・したその時。
「あの。この学校の先生方は、皆さん質問をすると喜びますよ。成績上位の方は大体研究室に通っている方ばかりです。」
特に気負ったところのない、落ち着いた声が聞こえた。
反論でもない。普通の世間話のような声だった。
「試験前は入室禁止期間になってしまいますが、その前までは試験の秘訣など教えてくれます。あなたがたも是非、質問しに行かれてはどうでしょう。」
ニコッと、まるでお得情報を教えているかのように微笑む黒髪の人。
もしこの人が反論しようものなら、マリ嬢は「まあ!そんなつもりではなかったのに。悲しい。」などと言って騒いだだろう。
しかし普通の会話として、お得情報として応えられてしまって、返す言葉がなくうろたえている。
「それでは失礼いたします。私、勉強したいので。」
その女性は、最後まで凛として、颯爽とその場を去って行った。
ナタリーはその女性の後姿をしばらく見送った後、急いで少し移動して3年生の成績表を見た。
3年生の成績表の一番上にある名前を見ると、そこにある女性の名前は・・・・・。
「アンネ様とおっしゃるのね。素敵なかた。」
思わずつぶやいてしまったナタリーに。
「・・・・・・・・・・・うーん、女性でよかった。複雑な心境だ。」
ナタリーの様子をずっと見守っていたミハイル様が、小さくつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます