第12話 発明王ボリス・ルクセン

「大叔父様。ユーグです。いらっしゃいますか。」





 王宮の敷地内にいくつかある建物の内の一つ。幼いころから目にはしていたけど、いったい何の建物なのか分からなかった内の1つの塔に到着した。


 色々な人が出入りしている塔に、止められることもなく入って最上階まで昇ると、そのワンフロアに一つしかないドアをユーグ様がノックした。





「ん?ユーグ??誰だっけ。兄上の子どもか孫の誰か??・・・・・・はーい、どうぞ。」

「孫ですね。失礼いたします。」

「ああ、君か。何度か会っているね。こんにちは。」






 そこには年配ではあるが、どことなくユーグ様に似た銀髪の穏やかそうな人物がいた。

 表情に子供のような愛嬌がある。





「今お時間よろしいですか。」


「ん?良いよ。・・怖いなぁ、このメンバー。兄上の孫が初めて職場まで訪ねてきたと思ったら、王子様を連れているだなんて。」







「紹介いたします。私の大叔父のボリスです。ボリス・ルクセン。」


「ボリス・ルクセン!?・・・・様。」



 驚いたのには理由がある。

 ボリス・ルクセンといえばリラリナ王国で知らない者はいないと言っても良い有名人物だ。

 平民でも誰でも知っている。





 そしてその有名な理由は・・・


「はい。稀代の発明王であり変人と名高い、ボリス・ルクセンです。」


「変人は酷いよね。そう呼ばれている事は知っているけど。」


 そう。

 数々の発明によって国を富ませ、それによって周辺国との戦まで収めてしまったと名高い発明王・・・・・・なのだ。









 ボリスが発明した肥料でリラリナ王国の農業は驚異的に生産量を伸ばした。

 更にそれまでは国中で適当に同じような作物を植えていたところ、この地域はこの作物が良い、この地域はコレ、と王国中を巡って指示したという。


 そのせいで今でも国中の平民から、高位貴族まで様々な人から尊敬を集めている。


 更に更に、増えた食糧によって増えた人たちに、徹底的に手洗い・うがいを広め、それにより子供の死亡率が大幅に下がった。


 リラリナ王国の平民に至るすべての子ども達に平等に教育を受けるよう指導したのもこの人物。


 その教育を受けて国中から集められた優秀な人材が、今やリラリナ王国の中枢を担っている。

 他にも発明した物は数知れず。








――――ナタリーは、リナリア王国が前世の知識がそれほど活躍しないほど発展していると思っていた。





 違う。

 既に前世の知識が活躍した後だったのか!!





「大叔父様は、何かを思いつかれる時、いつも壁に頭を打ち付けていたんですよね。」


 そう。

 そんな偉大な人物がなぜ「変人」などと呼ばれているかというと、発明するときの奇怪な行動が広く知られてしまったからだ。


 ボリスは偉大な発明家だが、何かを発明するとき、自分で自分の頭を壁に打ち付ける変人。



「・・・・・・いやあ。まだその話残ってるの?忘れてくれ。ちょっと気合を入れたら思い出すような気がしただけだよ。今はやっていない。若い時にね。中二病というやつだ。」





「・・・・・・この世界に『中学校』はありませんわ。」

「『思い出す』・・・・ね。」


 そう言った私とアレン様を見て、ボリス様は目を見開いた後、「・・・・そういう事か。」と、つぶやいた。





 ボリス様は研究室の奥の応接室に通してくれた。

 お茶を用意してくれた研究の助手と言う方に、「近づかないでね。」と指示をされると、ボリス様は応接室の分厚い扉を閉めて、しっかりと鍵までかけた。




「さて。ミハイル王子と親戚の子が一緒にいるという事は、信頼しても良いってことかな?」


 ソファに座って落ち着いたボリス様が穏やかに語り始めた。


「まあ信頼できるできないに関わらず、バレているものは仕方ないか。ははは。」


 さすがにこのメンバーは揉み消せないな、とつぶやくボリス様。

 え、揉み消したこと、あるんですかね。


「それにしても、二人同時に見つかるとはね。前世の記憶を持つ者が。やっぱり意外に多いのかもなー。」


「・・・・今までもいたんですか?」

 皆が聞きたかったことを代表して聞くユーグ様。


「いたよ、何人か直接会った。それと直接ではないけど、そうとしか考えられない発明や情報がある日急に、世の中にポンッと現れることがある。世界中で。」


 ボリス様は緊張した様子だった。

 最初に出迎えていただいた時とは違い、硬い真剣な表情だ。






「そうしてその情報が現れた国は発展する。でもね、大体画期的な発明をした人物は、すぐに歴史の表舞台から消えていなくなる。」


「・・・・・・・・・・・。」


「思い出しても記憶が消えてなくなってしまうから、というのもあるだろうし。国か、誰かに囚われて常に『思い出す』状況にさらされているんじゃないかと、そういうケースもある。憶測だけどね。」


 『思い出す』状況。

 つまり『命の危険にさらされる』状況に、常に置かれる?

 強制的に。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


 重い沈黙が場を支配した。




「ボリス様は、ご無事だったのですね。」


「まあ、侯爵令息だったからね。最初は危険なんて考えずに、調子に乗って国中を回って、思い出したことがあったらすぐに発表して、コツは壁に頭を打ち付ける事!!なんて喋って回っていたんだ。すると段々、危険な目に遭い始めるようになった。誘拐されかけたり、殺されかけたり。」


「・・・・・・・・・・・。」


「元々大貴族だったもんで、いつも護衛がいたから、最初の襲撃はなんとか乗り切った。危険だと分かってからは家ぐるみで守ってくれて、それでも危険だと思ったら、当時の国王陛下が国を挙げて守ってくれた。これまでの功績のお返しだってさ。」


 衝撃の事実に、今更ながらに不安が押し寄せてくる。

 私は今まで、前世の記憶などバレてもどうでも良いと思っていた。




 ・・・・・・何か不用意な行動はしていなかっただろうか。

 自分の能天気さが悔やまれる。



「そうして今では王宮の敷地の奥の、堅牢な塔の最上階で、お姫様みたいに守られながら研究をしているという訳だよ。まあもう壁に頭を打ち付けたりせずに、昔メモした情報の中から、あったら便利だなと思う物を再現するための研究をしているくらいだけどね。」







 作り方はハッキリ分からなくても、こういう原理で動いているこういう道具が「ある」と知っていたら「ガチで研究すれば出来そう」。

 アレン様が正に言っていたことだ。



「私の考えではね。命の危機をきっかけに思い出すことが多い。でも必ず誰もが命の危機があれば思い出す訳ではない。それにしては記憶のある者が少なすぎるからね。そして思い出したとしても、危機を脱せなくてその場で死ぬケースもあるだろう。」


「確かに。俺が死ななかったのは奇跡だった。前世の知識があったところで、あと少しで沈むところだったな。」


 アレン様が重く頷く。


「そして命の危機を脱しても、しばらくしたら忘れる。平民は今まで読み書きできない者が多かった。思い出した情報を残すことは難しかっただろう。・・・私は毎日日記を付けていた。思い出した日の日記は興奮して、事細かにあらゆる事が何十ページにも亘って書かれていたんだ。それを読み返して、少し思い出して。偶然頭を打った日に、また思い出して・・・・という感じでね。」



「あのー。ボリス様が直接会ったという前世の記憶を持った何人かの方というのは、今どうされているんですか??」



「・・・・・・・・・!!?」




 ジャックの質問に衝撃が走る。

 た、確かに!





「忘れさせてあげたよ。」

「・・・・!!」


 ボリス様が私とアレン様を優しく見つめながら語り掛けてくる。


「日記を棄てて、普通に暮らしていれば良い。そのうち思い出すこともなくなる。私は有名になりすぎたから、今更完全に忘れても危険なだけだ。このまま死ぬまでお姫様生活を送るさ。・・・でも君たちはまだここにいるメンバーにしかバレていないんだろう?」


 そうか。

 忘れる前に情報を残さなければと思ったけど。

 忘れないようにしなければと考えていたけど。

 逆に忘れるという手もあるのか。



「君たちが思い出した内容を私は聞かない。でも忘れて情報だけこの国に残したいと言うなら、その情報を私が引き受けよう。相談にはいつでも乗るよ。訪ねてきたらすぐに部屋に通すように手配しておく。ゆっくり考えなさい。」



 ユーグ様によく似た優しい表情でそう言ってくれた。



 この方に会えて本当に良かった。

 心からそう思った。

 一人で思い出したこの方は今までどれほどの苦労をしたのだろう。






「今日はもう終わりにしようか。明日は早速テストがあるし。」



 しばらくの沈黙の後、ミハイル様が仰った。

「ナタリー、アレン。強引に聞きだして悪かったね。君たちの判断に任せるよ。ゆっくり考えて。」



「・・・・はい、そうします。ナタリー、情報の突合せはとりあえず保留だ。各自よく考えよう。」

「はい。」





 そうして、この日は解散することになった。









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