第11話 前世の記憶
「さて。皆入学おめでとう。」
ユーグ様がニコリと微笑む。
わーい、ありがとうございます。
こんな状況なのだけれどユーグ様にお祝いしていただけると嬉しいものは嬉しい。
・・・こんな状況というのはあれです。
アレン様と前世の話をしているのをミハイル様に聞かれて、問答無用で王宮へ連れていかれ、既に来ていたユーグ様とジャックに場所の変更を伝えてミハイル様の自室に閉じこもって人払いをしたこんな状況です。
「それで、急に人払いしてどうしたのですか?ミハイル様。」
「うん、どうしよう。とりあえずナタリー、先ほどアレンと話していた事を最初から説明してもらえるかな。」
前世の話ですよね。
私は別に隠していないので良いのですが、アレン様はよろしいのでしょうか。
先ほど前世の情報は危険だというような事を話したところですし。
アレン様の方をチラリとうかがうと頷いている。
「ミハイル様とユーグ様とジャックなら良いよ。」
そうですね。
この3人の事は私も信頼しています。
「以前お話ししたと思うのですが。私にはこの世界ではない異世界で60歳まで生きた前世の記憶があります。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あーー・・話していたね。」
ミハイル様が重く、重い声で唸るように答える。
良かった!
覚えていて下さったのですね。
「あっ・・・・」
「?????」
心当たりがあるようなユーグ様と、全く状況が分かっていないようなジャック。
「ゴメン。本気にしていなかったのではないのだけど。何というか、そういう想像をしているという話かと、勝手に思ってしまって。」
辛い状況から逃避するために、そういう想像をしていたと思われたのですね。
無理もないです。
「いえ。そんなに簡単に信じられる話ではないですよね。お気になさらないで下さい。私も実は想像の世界の事なのか、本当に前世の記憶なのか、自信がないところもありました。」
そう。
前世の記憶と言うのが想像の世界とは思えないのは理由がある。
「でも、異世界はこの世界よりも大分文明が進んでおりまして、私にはこの世界にはない進んだ知識があります。それのおかげで今まで助かったこともあり、ただの想像の世界とは思えません。」
出てくる知識が、この世界に生まれ育った者が無意識に作り出すにしては、飛躍しすぎているからだ。
それ以外にも、この記憶は「普通にある」という感じで、私には実際にどこかにある世界で体験した事だという確信があった。
「そして今日、学園のお庭で春の陽気が素敵だなと思っていたら、無意識に前世の春の歌を歌っていました。すると、アレン様がその歌を知っていたのです。」
そこでミハイル様達三人が一斉にアレン様の方を向く。
ユーグ様とジャックは最初、なんでアレンがここにいるんだ?という顔してましたからね。
ジャックは実際に言っていたし。
「・・・・私にもその世界の前世の記憶があるんです。4歳の頃、池で溺れそうになった時に急に思い出しました。」
「え!?アレンも!?」
アレン様が口を開いた。
あ、礼儀正しいモードに戻っている。
そして驚くジャック。
あんなに仲が良くても話されていなかったようだ。当然か。
さっきまでの砕けた態度の方が良いなぁと思いながら、紅茶で喉を潤す。
先ほどからの緊張感で、喉がカラカラに乾いていた。
「ナタリー嬢が前世の歌を歌っているのを聞いて驚きました。・・・・でも私は思い出した当初は鮮明に前世の記憶がありましたが、今は通常ではほとんど忘れているような状態です。たまに衝撃的な事があると思い出すので、急いでメモをしています。」
「衝撃的な事?」
「はい。例えば先ほど春の歌を聞いた時も思い出しましたが・・・・・・大体は落馬したり、森で獣に出くわしたりといった危機的な状況の時が多いですね。前世の記憶のおかげで対処出来る場合もあり、何度か助かっています。」
「危機的な状況か。アレンが最初に思い出したのも池に溺れている時だというから、命の危機があった訳だ。なるほど。」
ユーグ様が状況を整理している。
いつものユーグ様の冷静さがなく、少し動揺しているように見える。
「ナタリーが思い出したきっかけはなんだったの?」
「はい。私は特に命の危険があった訳ではありません。6歳の時、母の葬儀の次の日に元義母と義姉に引き合わされた瞬間に思い出しました。」
「葬儀の次の日・・・。」
何やら考え込むミハイル様。
「ナタリー。君はその時、母君の死にショックを受けていたよね?」
「・・・・・ハイ。信じられなくて、悲しくて。泣いて泣いて、頭がガンガンと痛かったです。」
今でも思い出すと、心の奥底がギュッと潰されるような悲しさがある。
思わず手を握り締めると、ミハイル様がそっと優しくその手を包み込んでくれた。
「6歳の子どもが、母親の死にショックを受けている時に、父親が新しい義母と義姉を連れてきたんだ。・・・・・それは命の危険と同等のショックを受けたと言ってもいいのかもしれない。」
「・・・・・・・あ。」
そう言われて思った。
あの日私は母が永遠にいなくなった事がショックだった。
義母と義姉が来たこともショックだった。
でも一番のショックは、父親の事を信じられなくなったことだった。
それまでも冷たかったけど、ずっと仕事が忙しいのだと、そういうものだと信じていた。
その父親が、信じられない人だと思った瞬間、記憶が蘇った・・・・・。
「・・・・・お母様が、いなくなって。お父様が信じられなくなって。誰も信じられる人がいなくなったと思った。」
「・・・・・・・・・うん。」
手を包んでくださっているミハイル様の手が、キュッと力が籠められる。
元気づけてくれているようだ。
「6歳の子どもが、母親の葬儀の次の日に父親に裏切られたと思ったら・・・・生きていくために前世の記憶を思い出そうとするのかもしれない。」
アレン様がつぶやいている。
「あの。それと、私とアレン様が違う点がもう一つあります。私はつい1週間前まで前世の記憶が全て鮮明にありました。でも今急速に薄れつつあるんですが・・・・・・。」
「『母親が死んだこと』『父親が信じられなくなったこと』が思い出したキッカケだというのならその状況は今まで続いていたとも考えられるな。」
「あっ、確かに。」
ユーグ様に言われて気が付いた。
私はお母様が亡くなってからずっと、あの屋敷で安心できた事がなかったんだ。
でも何故一週間前から急に記憶が薄れたのか。
「一週間前といえばナタリーは領地に母君のお墓参りに行っていたね。確か父君と二人でだ。」
「はい。でも父を信用できるようになった訳ではありません。馬車も別々でしたし。あっ・・・でも。」
「うん?」
「でも、謝罪はされました・・・・許せなかったけど。思っていることを言う事が出来ました。生まれて初めて。それで、それ以来、父が頼りなく、弱い普通の人だと気が付いたんです。今まで怖くて仕方がなかったことが不思議なくらいで・・・。」
「父親が怖くなくなったんだね。」
「はい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
部屋に長い沈黙が訪れる。
そうかもしれないしそうではないかもしれない。
でも、私とアレン様の二人が前世の記憶があることと、その前世の記憶を思い出す状況の辻褄が一応合ったことになるのか。
「・・・・・・・・・・まあそういう事で。ナタリー嬢の記憶が完全に消える前に、前世の記憶を出来る限り記録しておいた方が良い。前世の記憶はこの世界でとても役に立つ。他の人には絶対に教えず、今日ここにいるメンバーだけの秘密にした方が良いと思う。」
・・・何だか徐々に素を出してきていますねアレン様。
「・・・その前にちょっと場所を変えないか。」
ユーグ様。
「場所を?どこに?」
「王宮にある研究塔です。・・・・紹介したい人物がいます。」
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