第10話 セウキとペットボトル

「・・・・背浮きって知ってるか?」

「セウキ?」



 お互いにしばらくにらみ合ったまま固まっていたが、先に動き出したのはアレン様だった。



 ぎこちない仕草で起き上がると、制服に付いた木の葉を雑に払いながら、ナタリーの座っているベンチの向かい側にドカリと座る。



「4歳の時、勉強サボって一人で遊んでいたら屋敷の庭にある池に落ちた。藻掻いてもう死ぬ!と思った時、急に思い出したんだ。」




「・・・・・・・。」

 『何を』思い出したのかは聞かなかった。




「服を着たままでもさ、落ち着いて仰向けになって動かなかったら浮くんだよ。服や靴にも空気が含まれていて、少し浮力があるんだ。『大学』の時の夏休みにやった、プールの『ライフガード』の『バイト』で習った。」

「『ライフガード』の『バイト』。」




懐かしい言葉が次々と出てくる。

全てこちらの世界では、1度も聞いたことがない単語だ。




「それで見つけてもらえるまでずっと浮いてたんだってさ。最初に池に浮いている俺を見つけた護衛は、完全に死体が浮いていると思ったそうだ。」

「・・・それは、そうでしょうね。」




 いつも礼儀正しいアレン様がいつの間にかタメ口になっているが、そのことにナタリーもアレンも気が付かなかった。




「そっちは?」

「私は特にそんな命の危機とか、特に事件があって思い出したんじゃなかったんだけど。あの・・・・元義母と義姉がいたでしょ?以前。」

「ああ。あの強烈な奴ら。」

「あの二人が初めて屋敷に来た日に、会わされた瞬間気づいたの。自分の中に、以前違う人生を生きた記憶があったことに。」

「へぇー。」





 衝撃と緊張から喉が渇いてきた。

 学園内に侍女がいないのでお茶の準備をしてもらう訳にもいかない。




「・・・・なんか暑いね。ペットボトルのお茶が欲しいな。」

「俺も、今ちょうどそう思ってた。」





「っはぁーーーーーーーーーーー。」

 アレン様が急に大きな長いため息をついたかと思うと、グッタリと脱力して、お行儀悪くガゼボのテーブルに突っ伏した。



「やっぱりお前も覚えているのか。ペットボトルで確信したわ。今まで適当に話合わされてんじゃないかと思いながら話してた。」

「別にどうもしないんじゃない?」




 前世の記憶があったからといってどうなるというのだろう。

 少し便利という程度?




 この世界は以前の日本ほど文明は発達していないが、衛生管理もしっかりとしていて料理も美味しい。

 特に前世の記憶が活きるようなことは思いつかない。





 医療や機械工学などの専門知識があるならともかく、便利な道具を使って生きていただけの一般人にできることがあるのだろうか。


 前世の記憶だのなんだのバレても「へーそうなんだ。」で、信じてもらえなくて終わりだと思っていた。




「いや、そんなに簡単な事じゃない。やっぱりさ。自分は大した知識じゃないと思っていても、実は膨大な情報があるんだよ。日本で何十年も生きていたんだから。」

「・・・・そうなの?」



「そう。銃や爆弾の作り方は分からなくても、『ある』ことは知ってるだろ。火薬に何か混ぜるんだったなとか。その情報だけでも知ってたら、ガチで研究したらいつか作れる気がしない?」

「・・・・・・・・確かにそうだね。」




「そんな感じで役に立つことがちょくちょくあったんだよ。今まで。ナタリーはなかったのか?」



アレンがそこまでしっかりと考えていたことに驚いた。

特に前世の知識を活かそうなどとも考えずに、普通に生活をしていたのが少し恥ずかしい。 

まあバレたら頭がおかしいと思われるだろうから、隠そうとはしていたが。



「・・・・・その日その日を生き延びるのに精いっぱいで。あんまり便利とか思ったことはないな。あ、でも6歳の時にお母さんの形見を隠そう!って思いつけたのは助かった!隠さないとアイツラに確実に売り飛ばされるところだったよ。前世で遺産相続とか何度かしてたからさ。あ!それと働かされすぎで脱水症状で倒れた時も、自分で少しずつ水分とって生き延びることが出来た。」


「お・・・・おう。お前大変だったんだな。」



 ドン引きするアレン様。



「というかお前命の危機あったんじゃねーか。」

「ん-、そうかもね。でも思い出した瞬間は別に大したきっかけじゃないでしょ?ただ義母と義姉に会っただけ。」

「アイツラに会った瞬間、命の危機を感じたんだったりしてな。本能的に。」

「あははは。そうかも。」






 久しぶりのこの感じ。

 前世でマナーとか礼儀を気にせずリラックスして何時間もおしゃべりしていた感覚が思い出される。



楽しい!



 この世界にも大切な友人は出来たが、自分が侯爵令嬢だし、友人と言えば王子様や侯爵令息、伯爵令息だったので、あまり大声で「あははは」と笑ったりという事が出来なかったのだ。




「でもアレン様ってこんな感じの人だったんだね。いつも礼儀正しくて、真面目な人だと思ってた。」

「ん?まあご令嬢相手とか、あとさすがにミハイル殿下とかには礼儀正しくしないとな。それはマナーだよ、マナー。別に男同士だったらいつもこんなもんだよ、俺。」

「あ、そういえばジャックロードとよく楽しそうにしてるね。」

「そうそう。」



力を抜いてくだけたアレン様は、なんだかいつもより幼い感じがして、親しみが持てる。

同年代の中でも背が高く、大人っぽくて頼りがいのあるアレン様は、爵位に関係なくモテていたが、素のアレン様のほうが素敵だ。




「いいなぁ。私は貴族令嬢だからさ。大声出さないとか、笑い方とか、色々と細かい決まりがあってさ。久しぶりに声出して笑ったよ。」

「それは気心知れた奴の前だったら、気にしなくて良いんじゃねーの?こっちの世界でも仲間内とかだと砕けてる奴いるよ。うちの妹も外ではご令嬢やってるけど、ウチだと狂暴だし。」

「へー。その妹さんに会ってみたいな。」

「ヤメテオケ。・・・・・・・・っていうのは冗談で。今度紹介するよ。」



 ニヤリと笑うアレン様。

 美形の多い上位貴族の中で、正直に言うと特別イケメンではない。

 でも何というかスタイルが抜群に良くて、格好いいのだ。




「ナタリーは前世の記憶どこまで覚えてる?実は俺そこまで詳しく覚えてなくて朧気なところがあるんだ。今はたまにきっかけがあって思い出したら、急いで情報をメモして残してる。」

「私?私は大体覚えているかな。前世でもイチイチ覚えてないようなことは忘れているけど。普通にいつでも思い出せる・・・・・・あれ?」




 話していて、いつも通り、普通に前世の記憶を思い出そうとして気が付いた。




「え?え???あれ???」


「どうした?」

「・・・・・・記憶が薄くなっている気がする。」




 自分に前世の記憶があることは覚えている。

 うん。

 それは分かる。

 大体の家族構成とかは覚えている。

 でもそれ以外の細かい知識などが、ほんの数日前まで自由自在に思い出せていたものが、今思い出すのに苦労するほど薄くなっている。




 いつからだろう。

 さっき歌った歌は無意識にいつの間にか歌っていた。


 その前に前世の記憶を思い出したのは?

 いつも普通に何の苦労もなく思い出せていた。


 でもそういえば、ここ何日か、あまり前世の事を考えていなかった気がする。


 いつから?

 確か、そう。


「ほんの一週間前まではハッキリと思い出せていた。」

「マジで?」




 一週間前に何があったんだろう。

 確か父親とお墓参りに行って・・・・・。







「・・・ナタリー。これからヒマか?詳しく話そう。覚えていることは出来るだけノートに書こう。情報の突合せもしたいし。」


 考え込んでいるうちに、段々不安になってきたところで、アレンが優しく提案してくれた。


「・・・・・・・・・・・うん。それはしたいね。でも今日は・・・・。」

「今日はナタリーは私と約束があるんだ。」



今日はミハイル様たちと約束がある・・・とナタリーが言おうとしたら、誰かに先に言われてしまう。




「うっわっ!!・・・・・・・・あ、いえ。ミハイル様!?いやえーと・・・これは。」


 一瞬素で驚いて、しどろもどろのアレン様。



 なんといつの間にか、すぐ近くにミハイル様が立っていた。



 ビックリした。

 えーーーーーーーーいつから?????いつからいました???






「私もその話を詳しく聞きたいな。良いよね?ナタリー、アレン。」






 イヤです。


 と、言える空気ではないですよね。ハイ。







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