第7話 アレン・ウィズダム侯爵令息
ついに学園に入学する日が来た。
「いってらっしゃいませ。ナタリー様。」
「行ってきます!!」
初日だけでも、と学園まで同乗して送ってくれたマーシャに応える。
急にやりたくなってギュッと抱き着くと、少し驚いたような間のあと、優しく力強く抱き返してくれた。
同学年にミハイル様やジャックロードがいるとはいえ、少し緊張で不安になっていたのかもしれない。
柔らかな温もりに励まされた。
「行ってきます。」
「はい。いってらっしゃいませ。」
改めて挨拶をしなおして馬車から降りる。
護衛騎士のフランツが手を貸してくれた。
あまり広くない馬車寄せは階級によって使用時間が決まっている。
侯爵家のナタリーは開始時間近くに来ることが許されていた。
対して子爵家や男爵家の馬車は早い時間が指定されており、早起きして早めの登校をしなければならない。
学園には国中から集められた優秀な平民もいるが、大抵は地方出身なため寮暮らしで、隣接する敷地から徒歩で通うらしい。
学費も寮費も奨学金で無料。
将来の王国を支えるエリート中のエリート達だ。
新入生だけで行われる入学式に今日、侯爵家よりも遅く登校することが出来るのは、第一王子のフェルディ殿下が卒業した今、一人しかいない。
言わずとしれた第二王子のミハイル殿下である。
学園の職員に誘導されて門から中へ入ろうとしたところで、一台の馬車が馬車寄せに入ってくるのが見えた。
シンプルで華美なところのないデザインだが、遠くからでも分かる明るい白系の木材の艶は最高峰。
走る車輪の滑らかさはそうそうお目にかかれる代物ではない。
誰が乗っているか察したナタリーは歩みを止めて貴人を出迎える準備をした。
「ナタリー!おはよう。」
「ミハイル様。おはようございます。」
軽く淑女の礼であるカーテシーの姿勢をとるが、さすがに慣れた間柄なのですぐに体勢を起こす。
カーテシーは優雅に見えてもの凄く大変な姿勢なのだ。
「すみません。私の登校時間が遅すぎましたか。」
学生の馬車が同じ時間に集まって混みあわないようにする為の時間指定だ。
王族と一緒になるはずはない。
指定の時間に来たものの、実際にはもっと早めの行動をするべきだったろうか。
10分前行動というやつで。
「いや。私が早く登校したくて早く来たんだ。もしかしたらナタリーに会えるかと思って。・・・・会えて嬉しいよ。」
・・・朝から天使すぎる。
心底嬉しそうに笑顔を浮かべるミハイル殿下にナタリーは思った。
「私も、ミハイル殿下に一番にお会いできて嬉しいです。やはり少し緊張していて。」
「・・・・そうなんだ。」
珍しく返事に間が空いたミハイル。
ナタリーの制服姿を(学生で)一番に見ることが出来た感動で心中打ち震えていることを、当のナタリーは知る由もない。
これから入学する学園の名前はリラリナ学園という。
王国の名前を冠した唯一の国立校である。
伯爵家以上の貴族の子どもはほぼ100%通う。
子爵家や男爵家となると、それぞれの領地近くの学校に通うこともあるが、それでも嫡子は何とかしてリラリナ学園に通わせるというものだ。
その年の入学者数にもよるが、大体は各学年定員20名までの3クラス制。
今年はAクラスが19名で子爵家以上、Bクラスが16名で全員男爵家。Cクラスが難関試験を突破した平民20名と事前に通達がきていた。
2年生までは貴族階級でクラス分けされるが3年生からは成績順。
この学園に通う6年間での教育が、そのままリラリナ王国の根幹を支える人物たちの育成となっている。
制服は落ち着いた暗めの青。襟や袖口に金色のラインが入っていてとても上品だ。
「制服。ナタリーにとても良く似合っているよ。」
「ありがとうございます。ミハイル様もとても良くお似合いです。」
「今日は髪飾りもしているんだね。少し大人っぽい。すみれ色がナタリーの金の髪に映えてとても素敵だ。」
「・・・母の形見の髪飾りなんです。母の実家から持ってきた物だそうで、私に似合うからといってくれたのです。これを着ける日がくることを、幼いころ、ずっと楽しみにしていました。」
6歳のあの日、急いでかき集めた大切な物を油紙に包んで缶に詰め込み木の下に埋めた。
それからは誰にも気づかれないように掘り返すどころか近づくことすらしなかった。
義母や義姉がいなくなっても、掘り返す気になれずそのままだったが、急に昨日、母の形見をまた見たくなって掘り出したのだ。
幼いころの宝物。
貴族の宝飾品なのでもちろんすべて高級品なのだが、子どもの宝物なのでそこまで値段が張らない。
でも缶から取り出して並べた品はどれも懐かしく、心を締め付けるほどの嬉しさが湧き上がってきた。
正に宝箱だった。
「そうなんだね。」
ミハイル様が、とろけるような微笑みで、優しくそう言った。
余計な言葉はなくても、分かってくれる。
通じている。
心から安心できる笑みだった。
「・・・・失礼。おはようございますミハイル殿下、ナタリー嬢。私は時間を間違えましたか。」
「アレン様!おはようございます。」
「おはようアレン。」
急に聞こえた声に驚いた。
いつの間に来たのか。
馬車の音すら聞こえなかった。
さすが侯爵家の馬車。
ほとんど音がしないのねとナタリーは思ったが、実は音は普通に鳴っていたのに2人が聞いていなかっただけだ。
アレン・ウィズダム。
王国8侯爵家のうちの1つ、ウィズダム家の第三子だ。
濃いブラウンの髪と目。
同い年で色々な場で会う機会がある為、ミハイルともナタリーとも顔見知りだ。
ナタリーに対してはいつも落ち着いていて礼儀正しいがジャックロードと結構仲が良く、2人で何やら盛り上がってはしゃいでいるところも良く見かける。
「アレンは時間を間違えていないよ。私がナタリーに会えないかなと思って早く来たんだ。これからも早く来ることもあるかもしれないけど、アレンは気にせず通常の時間で来てよ。」
「・・・そうですか。」
そんな事言われても王子が登校する時間に来にくいのですが。
アレンのそんな声が聞こえた気がしたがそれはもちろん気のせいだ。
ナタリーも同じ思いなのでナタリー自身の心の声かもしれない。
「私が早く来たせいでアレンがもっと早い時間に来たら、今度は伯爵家や子爵家の者たちがもっと早い時間に来ることになるだろう。そうすると男爵家はもっとずっと早い時間になってしまう。用事がある時だけにするから。・・・・お願いだよ。ナタリーも。」
「そういう事でしたら。承知いたしました。」
「私も、通常通りの時間に登校いたしますわ。」
「ところでナタリー嬢。ミハイル殿下の婚約者候補に決定されたそうですね。先日通達がありました。今までもほとんど決まっているようなものでしたが、正式に決まったということで、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。あ、でも違うんですよ。幼馴染の学友ということで本当に、仮のとりあえずの候補になっただけなんです。」
「はあ?」
いつも礼儀正しいアレン様から聞いたことがないような声音が出た。
ん?どうされたのでしょう。
「仮のとりあえず・・・・ですか?」
何故か私ではなくミハイル様を見ながらアレン様が言った。
「・・・・・・・・あまり深く聞かないでくれ。」
はいそうです!と答えようとしたナタリーよりも早くミハイル様が答えた。
「さあ。そろそろ行こう。会場はどこかな。」
ミハイル様に言われて思い出した。
何かが少し気になったが、今日はこれから入学式だ。
心機一転、3人で新しい生活に向けて歩み出した。
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