第5話 父親との確執
「・・・・・・・・・お帰り。ナタリー。」
屋敷に帰って出迎えてくれたのはいつもの執事ではなく父だった。
父親がナタリーを出迎えてくれたのは、生まれて初めてのことだ。
今日のこの日に出迎えるという事は、王宮から婚約者候補の話を聞いたのかもしれない。
「ただいま帰りました。」
「うん。夕食の準備をさせる。一緒に食べよう。」
「はい。失礼いたします。」
他人行儀にそう答えると、外出着から身支度を整えるために一度自分の部屋へ戻る。
3年前の事件の時。
王宮でしばらく保護されていた私が屋敷に戻ったら、既に義母と義姉は追放されていた。
王宮から付いてきてくれた侍女や護衛の騎士と一緒に帰宅した私を迎えたのは、父親の罵倒だった。
なんでダリヤが追放されるんだ。お前さえいなければ。お前がいなくなれば良いんだ。
そんな事を叫んでいる「父親」をボーっと眺めていた。
ある程度以上父親が激高している時、なぜかフワフワとしてあまり辛くなくなるのだ。
いつものようにそれでやり過ごそうとしていた時。
王宮で仲良くなった侍女のマーシャが、力づけるようにギュッと抱きしめてくれた。
護衛騎士のフランツが前に立ちはだかってくれた。
それで急に、自分を包んでいた分厚い膜が破れたかのように感覚が戻り、代わりに内側から怒りがわいてきた。
「そんな事を言ってはいけません。」
自分でもビックリするくらい、毅然とした大きな声が腹の底からでてきた。
「人に、家族に、言っていい言葉ではありません。」
父親はビクッと硬直して、侍女と騎士を気にする素振りを一瞬した後、何も言わずにその場を去って行った。
その後の父は半年くらい抜け殻のようだった。
王宮からの指導?でご飯だけは父娘一緒にとっていたが、他はいつ見かけてもボンヤリと空を眺めたりしていた。
この人いつ仕事をしているのかな?と思っていたら、領地の仕事もろくにしていなかったそうで、王宮から更に代理で仕事をする役人が送られてきた。
何でも数年前からかなり仕事が滞っており、この半年間が決定的となり行政指導が入ったらしい。
前世でいうところの民事再生手続きみたいな感じだろうか。
そして半年過ぎた辺りから、徐々に食事時に話しかけてくるようになってきた。
今までのことなどなかったかのように、普通に話しかけてきたのだ。
喜んだかって??
いえいえ。全然嬉しくないですから。
色んな人から聞いた話では、父は若いころは穏やかで優しい人柄だったそうだ。
それがダリヤのいる店に通い始めてから、傲慢に冷たくなっていったと。
そんな事を言われても、私が物心ついた時には既に冷たかった。
生前の実母にも冷たく、母の事も私の事も全く顧みることなく、いつも出掛けている人だった。
ダリヤと再婚してからは、これだけ時間があったのかと呆れるくらい屋敷にいるようになったが、ダリヤと一緒に・・・・いやむしろ父の方が、私の事を虐げるようになっていた。
実際に手を上げてきたのは父だけだ。
そんな父親にいきなり話しかけられるようになっても戸惑うだけ。
話しかけられたら一応返事をする。
必要事項は話す。
それから今までよそよそしい関係が続いていた。
・・・・・・・・隠した母の形見は、今でも取り出せず隠したままでいる。
「学園が始まる前に、一緒に領地に行かないか。」
食事が始まると、意を決したように父が言った。
リラリナ王国は王都を中心として、放射状に領土が広がっている。
国土の半分弱が王家の直轄地で、その他の土地を3公爵家と8侯爵家がそれぞれ管理している。
管理しているといっても、その土地全てではなく、管理地のうち、また半分程度が侯爵家の直轄地で、 あと何割かが〇〇伯爵家、何割が〇〇子爵家の管理で・・・といった感じだ。
レノックス侯爵家の管理する領土は海に面していて肥沃で恵まれた土地だ。
王都とも隣接しているので領地の本邸宅がある領都までは馬車で片道3日といったところ。
入学まで2週間ほど期間があるので、行って帰ってくる時間があるだろう。
でも父と長旅と思うと気が進まない。
入学の準備もしたいし予習もしたい。
殿下達と1週間以上離れるのもイヤだった。
「どうしてですか?」
率直に聞く。
この人に遠慮する気は既にない。
「・・・・・・墓参りに、行きたい。と、思う。」
幼子のように自信なさげに、父はそう言った。
*****
別々の馬車に乗って3日後、数える程しか行ったことのない領地の屋敷に着いた。
代々のレノックス家の関係者が眠る墓地には、実母の墓もある。
入学前に実母のお墓参りをしたくなって、領地行きを承諾したのだ。
領地の屋敷に着いた日はゆっくり休み、次の日にゆっくり、ゆっくりと歩いて墓地へと赴いた。
1時間ほど掛かったが歩きたい気分だったし、何も言わずとも父も馬車を用意していなかった。
見晴らしの良い丘の上の墓地の、母の墓石に向かう。
父は何かに気づいたように動揺した後、遅れて私に付いてきた。
・・・・・もしかしたら母の墓石の場所を知らなかったのかもしれない。
墓地の敷地の端にひっそりと母の墓石はあった。
代々の侯爵の立派な墓石群から追いやられるように離れている。
父はこの場所に来たことがないようだった。
護衛のフランツが運んできてくれた道具で周辺の掃除を始める。
墓地の管理をしてくれている人はいるが、端っこにあるこのお墓には、落ち葉が少し降り積もっていた。
父が見よう見まねで手伝ってくる。
一人でやった方が速いのに、やりたがる子供に仕事を分けた前世の記憶が少し思い出された。
掃除が終われば用意した花を供える。
父も花を用意していたようで供えている。
相談もせず別々に用意しているところが私たち親子の距離を物語っていた。
その後は長い長い時間、親子二人で立ち尽くす時間が流れた。
風に吹かれて揺れる木の葉が擦れ合う音が気持ちよかった。
「・・・・・すまなかった。」
やっと、父がそう言った。
「何が?」
「全てだ。ずっと・・・・・・・ずっと。すまなかった。」
だから何がだよ。
「スザンナにも。申し訳ない事をした。」
「だから何がよ。」
声に出た。
「お前が生まれてからずっとだ。本当に、どうかしていた。」
「何よそれ!!」
「いや。・・・・・・違うすまない。」
「遅いのよ!!!!今更言ってもお母様には聞こえない!!何してるのよ。」
「ゴメン。本当に。後悔してもしきれない。自分でも自分がどうしようもない事をした阿呆だと思う。」
「だから今更言っても遅いでしょ。アイツらが出て行った後も、もし王家の護衛がいなかったら、イジメ続けてきたんでしょ!!!」
「・・・・・・・・・・・・すまない。本当に。」
頭を下げ続ける父親に、私は涙と鼻水でグチャグチャになりながら罵り続けた。
大体ろくに謝らずに普通に話しかけてくんじゃないわよ。
バーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーカ!!!!!!
罵るのにも疲れて落ち着くと、急に気になってフランツやマーシャを探す。
こちらから見える範囲にはいないで離れてくれていた。
慌ててハンカチで顔を拭く。
1枚では足りなくて、父親がおずおず差し出してきたハンカチも奪い取って拭いた。
落ち着いたらどこからともなくマーシャとフランツが出てきてくれて、運んできた敷物の上で、四人で食事をした。
実母が亡くなって以来の「家族の食事」だった。
初めての父との長旅は、こうして幕を閉じた。
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