第4話 ナタリーこそ、もう少し空気読んでくれ!
もう少し、空気読んでください!!
「・・・・とかなんとか思っているんだろうね。」
強引に婚約者候補に決められ混乱しているナタリーが侍女らに半ば支えられるようにして帰っていき、学友のユーグとジャックが残る。
ユーグはルクセン侯爵家の嫡男で将来僕の側近になるだろう。
文武両道でいつも冷静な良き相談相手だ。
見事な銀髪と薄いブルーの瞳は、長い歴史の中、王家との婚姻関係が幾度となくあった所以だ。
現在15歳。
あと2年、・・・・いや1年早く生まれていたら、現在18歳の王太子である兄上の側近となっていたと言われている。
ジャックは正式にはジャックロードといい、ベリー伯爵家の3男だ。
僕やナタリーと同じ12歳。
裏表がないところが気に入っていつも連れまわしているうちに学友になっていた。
黒髪黒目でスポーツ万能。
精悍な出で立ちを少しうらやましく思っているのは誰にも内緒だ。
こいつもまあ側近になりそうだ。
剣の稽古の時などはナタリーが先に帰って男3人が残ることがよくあるのだが、実はナタリーがいない時に3人でこっそりお茶をしている時もある。
ナタリーと一緒に過ごしたい気持ちもあるが、男だけで話したいこともあるのだ。
「大体、僕が空気読めない王子とか言われているのは誰のせいだと思っているんだ。」
「あの時は捨て身でしたね。」
あの時と言うのは3年前、ナタリーと初めて会った日の事だ。
社交界デビューの練習となる9歳の子ども達を集めたプレデビューで、次々と挨拶にくる子供の中に彼女はいた。
ガリガリに痩せて同年代の子の中でもひと際背の小さかった彼女は目立っていた。
小さな彼女にもなお小さすぎるドレスは、清潔にしてあったが何度も何度も着たのか色がくすんで少し擦り切れていた。
それでも大きな瞳と見事な金髪はお人形のようで、守ってあげたくなるような何ともいえない可愛らしさがあった。
隣に控えているジャックロードが食い入るように見つめているのを感じて少しイラっとした。
「あのっ、少し挨拶周りに行ってきてもいいですか。」
「・・・・ジャック。お前は9歳で今日は招待される側なのだから、自由に動いていいと先ほどから言ってあるだろう。」
挨拶の列が少しだけ途切れた瞬間を狙って、ジャックが小声で離席の許可をこう。
さっきまでは自由に動けといっても今日は知り合いも少ないので殿下の側にいたいですー、などと言っていたのに誰に挨拶に行くというのか。
聞かずとも分かるというものだ。
「私もちょっと付いて行きますね。」
「え、おい。」
すると何と、僕の付き添いとして来ていたユーグまでジャックに付いて行ってしまった。
女性を前にした男子の友情の儚さを知った瞬間だ。
まあユーグはナタリーに釣られたのではなく、なにやら考えがあっての事のようだが。
レノックス侯爵家のナタリー嬢といえば、その時の社交界で噂の的だった。
悪い意味で、だ。
3年前、不慮の事故で前夫人が亡くなってから、次の日にも王宮に提出されたレノックス侯爵の再婚の届けは、平民相手のものだった。
慌てて調査したところ、商家出身ということになっていたが、知る人ぞ知る高級娼館のダリヤという女だということはすぐに分かったらしい。
その毒々しいまでの美しさに、虜になった貴族も数知れず。
中でもレノックス侯爵の入れ込みようはすさまじく、誠実な人柄だった侯爵から少しずつ、変わっていき、少しずつ人が離れていっているところでの再婚だった。
結局、後妻であることと、嫡子には既にナタリーがいることで、再婚は問題なく受理されたという。
前夫人の事故も本当に事故だったのか・・とか。
ダリヤ夫人の連れ子のアナはレノックス侯爵の私生児とされているが、血がつながっているとは思えない・・・とか。
前妻との娘がいじめ抜かれてご飯ももらえないらしい・・・・などなど。
まあご婦人方の集まるお茶会で、子ども同士で遊んでいるように見せかけて聞き耳を立てていたらいくらでも聞こえてくる話だった。
ご飯ももらえない・・まさかそこまでは。
何事も大げさに噂される社交界で、本気にしていなかったのだが、ナタリーの様子は噂以上のものだった。
だが今にも倒れそうなたおやかな雰囲気とは別に、その瞳の光の強さから目が離せなかった。
・・・・彼女はきっとまだ諦めていない。
誰かに助けてもらうのをただ待つのではなく、自分で自分の道を切り拓く者の目をしていた。
「ミハイル様っ。」
そんな事を考えながら適当に残りの挨拶をこなしていると、珍しく取り乱したユーグがほとんど走るようにして戻ってきた。
なんとナタリーを、義姉とその取り巻きどもが取り囲んで、つるし上げているらしい。
あくまで楽しくお話している風を装ってはいるが。
しかもそれにジャックが巻き込まれてなんだか一緒にいじめているような構図になってしまっていると。
報告を聞いた僕は、気が付けばナタリーの方へ駆け出していた。
その時挨拶に来ていた者が誰か覚えてもいなければ、離席の挨拶をした覚えもない。
「おいジャックロード。お前は私の学友候補なだけで伯爵家の三男だろ。なんで侯爵家のご令嬢の事をいじめているんだ。すごい度胸だな。」
会場中の空気が凍る。
しかし父上も母上もいない場で、王子といえど9歳の子どもに何ができたというのだ。
せいぜい気心しれたジャックを空気読めないふりして注意するくらいだ。
ちなみにこの声を掛けた時点では見た目上は和やかに貴族子弟が集まってお話しているだけだった。
虐待の事実が明確になるのはこの後のことだからな!
隣のユーグが僕にしか分からないが「はぁ!?」という顔をしている。
王子が話の輪に加わればさすがにいじめのような真似はできなくなるだろう。
別の日に仲良くなったフリをしてナタリー嬢を呼んで話を聞いて・・・などと考えていたと後日ユーグは語った。
なるほどな。
冷静に考えればそうだろう。
だが僕はすぐにその場からナタリーを助けたかったし、虐められると分かっていてもう一日だってナタリーを屋敷に返す気はなかった。
聞けばナタリーへの虐待は想像以上で、王子の僕に助けられたとあっては屋敷に帰ったら酷い目に遭わされていただろうから、即行でナタリーを連れ去って結果的には正解だった。
・・・・・・・・・・かなり捨て身の戦法ではあったが。
言っておくが僕は空気が読めなくもなんともない。
小さな頃からかしこまった場で自由に動き回ったり、大人に生意気な口をきいていたりしたので「第二王子は物怖じしない」などと言われていたが、それこそ空気読んだ結果である。
まじめで誠実な第一王子の、年の離れた優秀すぎる弟王子に求められているのは、王様になるなんて夢にも思っていませんとばかりに自由に好き勝手にやることだった。
・・・そうでなければ争いがおこる、とまでは言わないが。
必死で王子の責任を果たしている繊細なところがある大好きな兄上が折れてしまいそうだと、子ども心に思ったのだ。
「もう。この子は王子だというのにやんちゃなのだから。」と、口では困ったと言いつつ嬉しそうな父上と母上。
「なんでおじさんのお腹はそんなに出ているの。」などと言われて「はっはっは。これは将来大物になりますな。」と笑う宰相や大臣たち。
空気を読みに読んでいたのだ。
凍り付く周囲の空気を無視して「私の友人が失礼した」と怖がらせないように話しかけると、ナタリーは震えながらも僕の目をまっすぐに見つめていじめを肯定した。
そんな事ありませんとかなんとかいうだろうと予想していたが、珍しく読み間違えた。
9歳の子どもにとって、すごい決意だったことだろう。
そしてその口から語られた虐待の事実。
ほんの僅かの会話からもその酷さが窺えた。
僕はたまらずその場からナタリーを連れ出していた。
会場の空気はとんでもないことになっていたが、そんな事は知ったことか!
医師に傷の診察を受けさせた後、ゆっくりと話を聞くと、ナタリーは家を出て市井で、一人で生きていくつもりだと語った。
「一人で生きていかなくては・・・」
声にならない声でそう言って泣いたナタリーを、抱きしめながら、一生守っていこうと、僕はそう決意したのだ。
「あれからもう3年も、これほどあからさまにアピールしているというのに。」
何かと口実を付けては手紙を出し、お茶に誘い、勉強会に誘い・・・。
「本当に。ミハイル様の涙ぐましい努力に、あれだけ寄ってきていたご令嬢たちもさすがに諦めて応援しはじめているというのに。肝心のナタリー嬢だけが気づかないままとは。」
3年間で、栄養状態も良くなったナタリーは正に輝くばかりの美しさだ。
最初の頃は頻繁に寝込むくらい体が弱っていたナタリーを、王宮から派遣した使用人を通じて見守ることしかできなかった。
そのうち少しずつ一緒に過ごすようになったが、助けられた王子に告白されたらイヤでも受けざるを得ないだろうと優しくアピールだけを続けていた。
でも逆を言えば断っても大丈夫と思われるくらい信頼してくれるようになっていたのか良かった。
いや良くない。
「あのぅ。やっぱりナタリーはユーグの事が好きなんじゃ。」
「それはない。兄のように頼られているとは思うが恋愛の好きと言う感じではない。それに誰がどう見てもナタリー嬢もミハイル様が好きだろう。」
「・・・ではどうして、ミハイル様の告白を断ったのでしょう。」
「断ったのは、告白ではないな。とりあえずの婚約者候補を断っただけだ。」
「えー、何が違うんですか?」
「さあな。」
ナタリーこそ、もう少し空気読んでくれ!
などと唸っているミハイルに、まだ教えてあげないユーグだった。
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