50. 三勇者の集結

「さぁ、早くなさい。あれのギフト解除を!」


 ルールデスが声高に言い放った。


「マリオ様……」


 一方、シャナクは不安げな表情で僕を見入っている。


「?」


 当のライカは、まったく状況がわかっていなさそうな様子だ。

 眠っているところを急に復活させられたのだから、当然と言えば当然だろう。


 この少女には、シャナクやルールデスを超越する驚異的な力がある。

 それは魔王討伐に申し分ない戦力と言えるけれど、僕の制御下におけない者を仲間に加えるわけにはいかない。

 今後のことも考えると、彼女を死体に戻すというのが一番安全な選択だと思う。


「……くっ」


 でも、純真な眼差しで見つめてくるライカに僕はギフトの解除が行えずにいた。


 魔王打倒の戦力を失うのが惜しい?

 否。意思もあり感情もある彼女を、再び死体に戻してしまうことへの罪悪感が、僕の心に渦巻いているのだ。

 この感覚……人殺しを躊躇するそれと同じ。

 僕にはもう彼女がただの死体には見えていない――死なせ・・・たくない・・・・


「……はぁ」


 僕は深い溜め息をついた後、ライカに向かって歩き出した。

 上着を脱ぎ、素っ裸だった彼女の肩へとかけてやる。


「お兄ちゃん、これくれるの?」

「貸すだけ」

「ありがと! ……ところで、誰?」

「僕はマリオ・ルーザリオン。旅の冒険者だ」

「ふぅん。……どうしてウチこんなハダカなの?」

「何も覚えてないの?」

「えっ。ウチ、また何かやっちゃった?」

「きみはさっきまで我を忘れて暴れていたんだよ」

「あー。やっぱりそうなんだ」

「やっぱりって……自覚あったのかい?」

「ちゃんと覚えてないけど、なんとなく走り回ってたような記憶がぼんやり……。ウチってお腹空くといつもそうなんだよね。今はお腹いっぱいだからダイジョーブ!」


 あっけらかんと言うライカを見て、僕は困惑してしまう。


「それってきみのギフトが原因なの?」

「たぶん。ウチ、昔からお腹が減ると何か食べずにはいられないんだ。お腹が減り過ぎて我慢の限界を越えちゃうと、意識がすっ飛んでわけわかんなくなっちゃうの」

「……」

「気付いた時にはいっつも何かを食いまくった後なんだけど……わわわっ。もしかして、ごめんなさい……?」

「なるほど。自分で制御ができないのか――」


 ライカのギフト〝爆力飢餓ハングリーバースト〟は、お腹が空くほど力を発揮する反面、力を発揮するほどに理性が失われていくといったところだろう。

 そして、彼女に理性を取り戻させるには、満腹になるくらいの食料を与えること――しかも、それにはシャナクの聖闘気にルールデスの魔力も含まれる――が必要。

 それは自分の意思ではどうにもならない病のようなもの。

 そんなギフトを持って生まれたこの子の人生は、どれだけ辛く厳しいものだったか想像に難くない。


「――大変なギフトを持ったね。辛かったろう?」

「別にそうは思わないよ」

「えっ。どうして?」

「だって、神様からの贈り物だもん。どんなギフトだって、嬉しいに決まってるじゃん!」

「……!」


 それは思いがけない返答だった。


 どんなギフトを得られるかで一喜一憂するのが普通だというのに、この子はこんな厄介なギフトを与えられても不満がないのか。

 それどころか嬉しいだなんて……。


「お兄ちゃんは何のギフト持ってるの?」

「僕のギフトは〝人形支配マリオネイト〟だ」

「あー。人形を操るやつ? かっこいーじゃん!」

「ありがとう……」


 人懐っこくて根明な性格の子だな。

 あんな怪物のような側面を知っているのに、どうにも微笑ましくなってしまう。


「ところでお兄ちゃん。ウチ、てっきり死んだと思ってたんだけど……ここどこ?」

「ここはセレステ王国の南方にあるオオクイノ寺院という場所だよ」

「セレステは知ってる。なんとかって寺院は知らないなぁ~」

「きみが亡くなった後に建てられた寺院だからね」

「亡くなった? やっぱりウチって死んだの? だったら、どうしてウチ動いてるんだろ」

「それは――」


 僕が事情を説明しようとすると、ライカは急にうつらうつらし始めた。


「ふぁ~あ。お腹いっぱいになって、なんだか眠たくなってきちゃった……」


 あくびして早々、彼女はパタリと倒れてしまった。


「ライカ!?」


 僕は何もしていない。

 倒れたライカの顔を覗き込んでみると、くぅくぅと寝息を立てていた。

 こんな状況でよく寝れるなぁ。


「はぁ」


 僕は改めて溜め息をつくと、ライカの小さな体を抱き上げた。


 ……軽い。

 非力な僕でも軽々と持ち上げられるほどだ。

 こんな華奢な少女が、岩盤をぶち破るほどの腕力や、二人の勇者の全力攻撃に耐えられる体を持っているなんて信じ難い。


「マリオ、どうして……」

「ごめん、ルールデス。僕にはこの子を殺せない」

「殺す? 何を言っているの。元の死体に戻すだけよ」

「……違う」

「は?」

「一度息を吹き返したなら、もうこの子は死体じゃない」

「動く死体よ。人間ではないわ」

「そんなこと認めない。それを認めたら、きみ達だって人間じゃなくなってしまう」

「……!」


 ルールデスは目を丸くしたかと思うと、すぐに僕から目を反らした。

 それ以上、彼女が言葉を続けることはなかった。


「マリオ様。その子を連れて行くつもりなのですね」

「……反対するかい?」

「いいえ。それがあなたの決めたことなのであれば、従います」

「ありがとう、シャナク」


 シャナクは静かに微笑み、剣を鞘へと納めた。


「大丈夫ですよ、ご主人様!」

「マリー」

「この子の〝爆力飢餓ハングリーバースト〟については、まったく制御不可能なギフトではないとわかったじゃありませんか」

「……まぁ、ね」


 マリーの言う通り、これまで得た情報からライカの制御は可能だと思う。

 空腹が暴走のスイッチだと言うのなら、空腹にさせなければライカは理性を保ったまま、僕の命令に従わせることができる。

 否。話し合って共に旅をすることができる。


「やっぱりこの子の力は魔王討伐に必要だ。扱いが難しいことはわかっているけれど、この子を僕達のパーティー〈救聖の希望〉に加えたい」


 僕の提案に頷くシャナクとマリー。

 しかし、ルールデスはそっぽを向いたまま何も言わない。


「僕は人形使いとして、彼女をこの世に呼び戻した責任がある。その責任を全うしなければならないんだ」


 責任――今までも何度かこの言葉を口にしてきた。

 でも、彼女達に・・・・とって何をしてあげることが責任を果たすことになるのだろう。


 一緒に生きていくこと?

 望みを叶えてあげること?


 魔王討伐の先に、その答えがあるのだろうか……。





 ◇





 ライカが眠りについて間もなく、僕達はオオクイノ寺院を離れた。


 寺院が静かになったことで、戦いが終わったと気付いた人々が戻り始めたからだ。

 この寺院に築かれた町の代表者である僧侶には一応納得してもらったけれど、僕達がライカを連れて行くことには少なからず人々の反発もあるだろう。

 でも、これ以上の騒ぎはもう沢山だった。


 僕達はひとまず街道を北上した。


 剣聖・賢聖・拳聖――勇者が三人揃った今、魔王と戦う戦力としては十分。

 魔王軍の本拠地を探すためにも、今後の方針を決めなくてはならない。

 そのためには大きな町に立ち寄って情報収集する必要がある。


 夜も更けてきた頃、街道の脇にテントを張って一夜を明かすことになった。


 テントは大小のサイズを二つ並べて張ってある。

 その周りには、ルールデスの魔法によって不可視の領域を展開してもらっている。

 これで僕達の存在は誰にも悟られず、夜中でも盗賊やモンスターの類に襲撃されることはない。


 僕達は焚火を囲みながら、目を覚ましたライカに事情を説明していた。


「へぇぇ~! お兄ちゃん達、悪い奴をやっつける旅をしてるんだ?」

「そうなんだ。魔王を斃すためにきみの力を借りたい。きみさえよければ、僕のパーティーに加わって一緒に旅をしてほしいんだ。どうかな?」

「いいよー! ウチ、悪者退治ならよくやってたし!」

「そうなの?」

「うん。悪者やっつけると、みんなウチに美味しい物食べさせてくれるから!」

「なるほど……」


 話を聞いたところ、200年前のこの子ははぐれ・・・の冒険者としてモンスター退治をして生活していたらしい。

 食奪戦争が起こっていたことは特に認識していなかったようで、むしろライカにとっては食胞の時代だと感じていたという。

 それは当時大量に発生していたベヒモスと遭遇する機会が多かったため、お腹が減ったらベヒモスを仕留めてその肉を平らげていたから。


 どうやら拳聖勇者がベヒモスの群れを絶滅させたと言うのは、あながち尾ひれがついた伝説とも言い難いようだ。

 ライカの戦闘力と食欲なら、ぜんぜんあり得そうに思えてしまう。


「あのでっかい奴は美味しかったなぁ~。また食べたいなぁ~ジュルリ」


 ライカが妄想によだれを垂らしている。

 おそらくベヒモスのことを言っているのだろうけれど、さっきあれだけ食べたばかりなのにもうそんなに食欲を掻き立てられているのか……。

 明日は早めに町に立ち寄って、何か食べさせてやった方がよさそうだな。


「言っておくけれど、今まで通りに好き放題食べられると思わないことね」

「えぇ~?」

「これからはお前が暴走しない程度の空腹を保って旅をしてもらうわ」

「そんなぁー!?」

「暴走する寸前、適当なものを口に突っ込んであげる。お前の食事のためにわざわざ町に立ち寄るなんて御免だもの」

「酷いよ、このお姉ちゃん! 目つき怖いしっ」


 ルールデスに睨まれて、ライカが僕の後ろに隠れてしまう。


「まぁまぁ。ルールデスの言いたいこともわかるけれど、ライカの暴走を防ぐためには食事管理が重要だし――」

「冗談じゃないわ。誰かの都合で振り回されるなんて、わらわはまっぴらよ!」


 ライカに対してルールデスの態度は冷たい。

 暴走というリスクを抱えたままでライカを連れ立つことに、内心まだ納得していないからだろう。


「もしもの時は、きみの魔法やシャナクの聖闘気を――」

「それこそ冗談じゃないわ!! わらわの尊い魔力をその娘の悪食に捧げろとでも!?」

「そ、それは……」

「まったく許し難い侮辱だわ! こんなパーティーにいるなんて我慢ならないっ」


 ルールデスは顔を真っ赤にして、大テントへと入っていってしまった。


 ……しまったなぁ。

 どうやら彼女を怒らせてしまったみたいだ。

 こうなると機嫌を取り戻すのが大変だ。


「マリオ様。私はライカを受け入れてくれたこと、今は感謝しています」

「シャナク……」

「この子は私と同じなのです。当時、動機はどうあれたった・・・独り・・で世界の脅威と戦った勇者なのですから、もう他人とは思えません」

「そう。シャナクらしいな」


 シャナクはライカの頭を撫でてやっている。

 ライカもそれに気をよくしたのか、嬉しそうにシャナクへと身を寄せる。


「ライカは東方の出身ですか? 髪や瞳が黒いですけれど」

「うん。数年前に一族のみんなと東の方から旅してきたんだ。あっ、今はもう200年以上前なんだっけ?」

「そうなりますね。同胞が恋しいですか?」

「ううん。ウチ、みんなから追放されちゃってから、ずっと独りで旅してきたし」

「えっ。追放?」

「ウチってお腹減るとああ・・なるでしょ? だからみんなに呆れられちゃったみたいで、気付いたら森に一人ぼっちだったよ」

「酷い……」


 悲惨な過去を笑顔で語るライカを見て、僕は反応に困ってしまう。

 何事にも動じないと言うか、へこたれないと言うか、ライカはメンタルも図太いみたいだ。


「ウチ、美味しい物さえ食べられれば別に独りでもいいんだ。でも、何か食べる時は誰かと一緒だともっと美味しいよねぇ~」

「そうですね。食卓はみんなと囲むのが一番です」

「だから、お姉ちゃん達に置いてかれないように、頑張って空腹我慢してみるよっ」

「無理をしないでね」


 心なしかライカがはしゃいでいるように見える。

 口では平気だと言っても、やはり心の中では誰かと一緒にいることが嬉しいんだろうな……。


 焚火の勢いが無くなってきた頃、マリーが口を開く。


「さて。明日も早いですし、今日はもうお休みしましょう」

「そうだね」

「では、私は先に失礼しますね。おやすみなさいっ」

「あっ」


 マリーが入っていったのは小テントだった。

 それはさっきルールデスが入ったのとは別のテントだ。

 そっちは僕が入るつもりで張っていたテントなので、一人分の寝床しかない。


「……」

「私達もそろそろ休みましょうか」

「そだね! ウチも眠くなってきたしっ」


 僕に先駆けて立ち上がったシャナクとライカは、大テントへと入っていった。

 入り口の垂れ幕を下げる際――


「早くいらしてくださいね、マリオ様」


 ――シャナクがそう呟いた。


「……っ」


 僕は全身がそわそわしていた。

 別に一緒のテントで寝るからと言って、いつも何か・・あるわけじゃない。

 それでもそういう想像をしてしまうのは……僕が男だからだろうか。


「はぁ。今日は疲れた。……寝よ」


 僕は用心のために見張りに立てているデクの肩を叩いた後、そっと大テントの中へと入った。

 すでにテントの中では三人の女性が並んで眠りについていた。


 ……別に何かを期待していたわけでもなし。


 僕は彼女達の隙間に横たわって、静かに眠りについた。





 ◇





 ……体が重い。


 なんだ?

 まるで何か重い物に圧し潰されているように感じる。


 それだけじゃない。

 ひんやりとしたものが僕の腹と胸の上を這っているような感覚がある。

 悪い気はしない――むしろ柔らかくて弾力があって気持ちいい。


「――ぃ」

「?」

「――むぃ」

「えっ」

「――寒いよぅ」

「えぇっ!?」


 目を開いた瞬間、僕の胸の上に大きな猫の耳が見えた。

 否。それはライカの頭だ。


 外からにわかに差し込む月の光で、彼女の顔がよく見える。

 しかも、裸じゃないか!


 ライカはまるで懇願するような悩ましい表情を浮かべていた。

 ……この表情、僕には見覚えがある。


「さ、寒くて、寝れないの。助けて、お兄ちゃん……っ」

「ライカ!?」


 僕に乗っかっているライカから、異様に冷たい体温が伝わってくる。

 その体温は、石棺に横たわっていた時の彼女と同じくらいに感じられる。


 僕の〝人形支配マリオネイト〟による復活の副作用。

 それがライカにも起きたのだ。


「お兄ちゃんなら、助けてくれるんでしょ……?」

「な、なんだって?」

「寝る前にそう聞いたから……」

「誰から!?」

「お姉ちゃん達……」

「……達……?」


 ハッとして視線を上げると、暗闇の中に二つの影が僕を見下ろしていた。

 月明かりがうっすらと照らす中、影がゆっくりと近づいてくる。


 その影は僕のよく知る者達で、すでに生まれたままの姿となっていた。

 魅惑的な裸体が左右に揺れ動いているのを目の当たりにして、僕は体が熱くなる。


 それから二人は、僕の顔に手のひらを当ててきた。

 ……冷たい。

 ライカほどではないけれど、二人の手のひらも、指先も、人肌とは思えないほどに冷たくなっている。


「マリオ様、どうかお慈悲を」

「まったく……力を使い過ぎたせいだわ」


 シャナクとルールデス――二人は潤んだ瞳を露わにしていた。


「!?」


 ……動けない。

 ライカにまたがられ、シャナクとルールデスに両腕を押さえられて、僕は完全に動きを封じられていた。


 ライカがビリビリと僕の服を引き千切っていく。

 わざわざ破ることもないのに――


「……っ!!」


 ――そう思った矢先、ぞくりとした。

 

 シャナクの唇が僕のうなじに触れたのだ。

 その一方で、ルールデスが僕の耳を甘噛みしている。


「これから魔王軍との戦いが本格化したら大変でしょうね」

「え?」

「お前の義務が増すということよ」

「義……務……っ」


 ルールデスの艶めいた声が耳元から離れた頃――


「どこ? ここ? これで、いいの……?」


 ――ライカが四つん這いになってお尻を持ち上げていた。

 

 少女の不安げな表情。

 でも、嫌がっている様子はない。


 ライカは僕を見下ろしながら、ゆっくりと姿勢を変えていく。


 年下だと思っていた少女が、今は魅力的な女性に映る。

 猫のような耳がピコピコと忙しなく動いていて、それがとても可愛らしい。


 ライカに見惚れているさなか――


「次は私ですよ。マリオ様」

「いいえ。わらわよ」


 ――僕の耳に二つの艶めかしい言葉が囁かれていた。

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