49. 腹ペコ勇者の最強無双

 ライカが地面を蹴った瞬間、シャナクは飛び出し、ルールデスは魔法を唱えた。


「うがぁぁ~~~っ!!」

聖なる光の剣閃シャイン・グリント!!」

竜葬火槍ドラゴンズ・ランス!!」


 シャナクの一撃がライカを吹き飛ばし――素手で勇者の闘技を受け止めた!?――、続けてルールデスの放った巨大な炎の槍が彼女を追いかける。

 無防備な空中で炎の槍を受け、ライカは火だるまになって岩塊へと叩きつけられた。


 とても生きていられるとは思えない必殺の連携コンボだ。

 しかし――


「がああっ!!」


 ――ライカは高く跳び上がると、身を焼く炎を掻き消し、弧を描くようにしてシャナクの元へと落ちてきた。


 見れば、ライカの両手の指先から鋭い刃が伸びている。

 あれは爪か――まるで刃物のような鋭利な爪が、指先から伸びているんだ!


「その姿、まさに獣か!!」

「しゃあああぁぁっ!!」


 ライカが両手を振り下ろすのに合わせて、シャナクが聖光剣を振り上げた。

 爪と剣が衝突した瞬間、周囲に衝撃波が広がる。


 僕はその衝撃波を浴びて、思わず尻もちをつきそうになったところをマリーに支えられた。


「……な!?」


 シャナクが目を丸くしている。

 それもそのはず――彼女の振り上げた剣身を、ライカは爪だけで受け止めていた。

 生身で勇者の闘技を乗せた聖光剣の一撃に耐えるなんて、信じ難い光景だ。


 その場に着地するや、ライカは両腕に力を込めてシャナクの剣を押し返す。


「ぐるるる……!!」

「な、なんて怪力……っ」


 シャナクはライカに抵抗を試みているものの、剣は見る見るうちに押し返されていき、とうとうその刃がシャナクの首に触れる寸前のところまで戻されてしまう。

 このままでは、彼女は自らの刃で首を斬り裂くはめになる。


閃光フラッシュ!!」

「ぐるぁっ!?」


 ルールデスの手のひらが眩い閃光を発した。

 目くらましの魔法か――ライカはもろにその光を浴びて目を閉じた。


 一方、シャナクは閃光に背を向けていたので、視力には影響がない。


 ライカが剣から手を離した直後、シャナクは一気に攻勢に出た。

 聖光剣の柄から片手を離し、その手のひらをライカへと向ける。


輝ける聖圧の波シャイニングウェイヴ!!」


 光の波をぶつけられたライカは身をのけぞらせた。

 だが、すぐに体勢を立て直して前屈みに抵抗を始める。

 両の爪を立て、まるで輝ける聖圧の波シャイニングウェイヴの圧を押し退けようとしているかのよう。 


「がああぁっ!!」


 なんとライカは輝ける聖圧の波シャイニングウェイヴを引き裂いてしまった。


 今まで多くの強敵を斃してきたシャナクの闘技がことごとく通用しない。

 生身でこれほどの力を発揮するなんて、ライカンスロープとはいえ明らかに通常の個体とは思えない。

 ……もしやこの驚異的な身体能力は彼女のギフトの為せる業なのだろうか?


「……ふぅっ! 手加減をしていては止められませんね」

「ぐるるるる……」

「大怪我させてしまうかもしれませんが、仕方ありません!」

「ぐるぁぁっ!!」


 両者が向かい合って間もなく、ライカが四足歩行の獣のように走りだした。

 それを迎え撃つように、シャナクは全身から激しく噴き上がるような聖闘気を顕現してみせた。


聖なる光の剣閃シャイン・グリント飛翔斬フライサー!!」


 シャナクが聖光剣を横薙ぎに振った瞬間、剣身から黄金色の光刃が飛んだ。

 迫る光刃を警戒して身構えるライカ――に向かって、シャナクが駆け出していく。


「さらに――」


 光刃を追いかけてライカの目前まで詰め寄ったシャナク。

 何をするのかと思えば、ライカに光刃が衝突した瞬間に合わせて、さらなる一撃を見舞った。


「――聖なる光の剣閃シャイン・グリント十字衝デッドクロス!!」


 横薙ぎに飛ばした初撃の光刃に、二撃目の聖なる光の剣閃シャイン・グリントが交差する。

 凄まじい閃光が周囲を照らす――ほんの一瞬の出来事だったが、僕の目には黄金色の十字が形成されたように映った。


「あ”あ”ぁぁっ!!」


 ライカを中心に発生する破壊的な光の奔流。

 衣服が弾け飛び、彼女の口からにわかに悲鳴のような声が漏れる。


 しかし、それだけ・・・・だった。

 光が止んだ後もライカはその場に踏み留まっていたのだ。

 その胸元には広く十字の痣が残った程度で、皮一枚切れた様子がない。


「嘘でしょう!?」


 それを目の当たりにしたシャナクは、激しく動揺している。


「いったぁぁぁいぃぃ~~~っ!!」

「あうっ」


 ライカは大振りの拳でシャナクを殴りつけた。

 彼女はかろうじてその拳を剣の腹で受けたものの、威力を殺すことはできずに吹き飛ばされてしまう。


「マリオ、もっと下がっていなさい!!」


 僕がシャナクを追いかけようとした時、ルールデスが叫んだ。


 見れば、彼女の全身にはかつて感じたことのないほどに濃密で攻撃的な魔力が渦巻いていた。

 明らかにライカを殺すつもりで魔力を高めている。


「ルールデス……まさかライカを殺す気なのか!?」

「お前もあの娘の異常な強さを見たでしょう。制御ができない以上、この場で確実に始末しなければ魔王軍よりも脅威になるわ!」

「でも――」

わらわの修めた最高の魔法で一息に消し去ってあげる!!」


 まるで台風のように渦巻く膨大な魔力。

 僕やマリーなどは、その暴風に煽られて立っているだけでやっとだ。


 吹き荒ぶ風の音によって、もう僕の声もルールデスには届かない。

 このまま決着を見守るしかないのか……!


「おなか、すいたぁぁぁーーーーっ!!」

「ならばあの世で好きなだけ食べるがいいわ!!」


 ライカがルールデスに向かって走りだした。

 その一方で、ルールデスの前方には幾重もの魔法陣が連なり、一斉にライカへと光芒を発する。


至高天よりケラウノ・裂き到る雷公鞭スプリィム・ゴーン!!」


 魔法が顕現した瞬間、激しい炸裂音と共にライカの周囲に稲光が現れる。

 それらは竜巻のようにぐるぐるとライカを取り巻いて空へと膨らんでいき、一瞬後には地面に巨大な雷光の柱を突き立てた。


「ぎゃあああああっ!!」


 まさに天からくだ雷霆らいていの一撃――それをまともに浴びたライカはたまらず悲鳴を上げた。

 さらに、柱の突き立つ地面は見る見るうちに蒸発していき、深い穴を拡げていく。


「や、やり過ぎだ、ルールデス!!」


 僕の言葉は雷鳴に掻き消されて誰にも届かない。

 それから間もなくして雷光の柱は縮んでいったが――


「……!?」


 ――おかしい。柱の中心にいるライカは一向に倒れる様子がない。

 むしろ真っ黒こげになって然るべきという威力の中、奇妙な動きを見せている。

 あれは……まるで口の中に何かをかき込むかのような仕草だ。


「な、なぜ死なないの!? この膨大な魔力に耐えるなんて、あり得ない!!」


 ルールデスが激しく動揺している。

 おそらくは彼女にとって最大最強の一撃――それを耐え抜いているライカが異常であることは僕にもわかる。

 でも、さらに異常な事態が起こっていることに気が付いた。


 ライカが嚥下えんげする度に雷光は縮んでいく。

 つまり、彼女は――


至高天よりケラウノ・裂き到る雷公鞭スプリィム・ゴーンの魔力を食べている……!? そんな非常識なっ!!」


 ――そういうことだ。

 にわかには信じ難いけれど、ライカは自分を襲う魔法を食べてしまっているのだ。


 雷光が止んだ時には、クレーターから這い出てくる無傷のライカの姿があった。

 怪我の度合いも多少肌が焼けた程度……。

 ボサボサになった髪の毛を気にすることなく、獣のように四足歩行で迫ってくるライカに、僕は身が竦んでその場から動けずにいた。


 ……怪物。


 あれほどの魔法に耐えきるだけでなく、食い尽くしてしまうなんて。

 これは明らかにギフトによる効果に違いない。

 でも、魔法を食べるギフトなんて聞いたことがないぞ。


「どれだけ暴食なのよ……っ」


 ルールデスも呆れている。

 ライカが飛び掛かろうと地面を駆けだす一方、ルールデスは半ば放心したかのようにその場を動こうとしない。

 彼女らしくもなく、どうやら戦意を失っている様子。


「逃げろ、ルールデスッ!!」


 とっさに命令したことで我に返ったのか、彼女は慌てて空へと浮かび上がった。

 飛翔魔法というやつか……。

 ルールデスは間一髪のところでライカの間合いから逃れた。


 しかし、ライカはすぐに空に舞い上がったルールデスを見上げて腰を落とした。

 跳び上がって彼女を捕えるつもりか?


 その時――


「待ちなさい、ライカ!!」


 ――ひと際大きな声で相手の名前を呼びながら、シャナクが飛び出してきた。

 その手に持つ聖光剣には、凄まじい光が凝縮されている。


「ぐるるっ」


 ライカの視線がシャナクへと向いた。

 とっさに向き直ろうとしたライカよりも速く、シャナクは仕掛けた。


聖なる光の剣閃シャイン・グリント小さき王の星レグルスステラ!!」


 シャインを斃した必殺の奥義。

 それが今まさにライカへと直撃した。


「あぐっ」


 しかし、それをもってしても――


「あむあむっ」


 ――ライカは倒れるどころか、聖光剣から放たれた一撃を両手で掴み取り、あまつさえ噛みついている。

 そして、聖なる光の剣閃シャイン・グリントの光が見る見るうちに縮んでいってしまう。


 ……まただ。

 ライカはルールデスの魔力だけでなく、シャナクの聖闘気まで食べている。

 あまりにも非常識な光景に、僕は困惑するばかりだ。


 幾度かの嚥下えんげの後、聖なる光の剣閃シャイン・グリントの光はライカの口の中へと吸い込まれるようにして消え去ってしまった。


「こ、これでもダメなの……!?」


 大技を撃った反動か、シャナクはぐったりとその場に両膝をついてしまう。


 一方、ライカは食べ物を咀嚼そしゃくするかのようにもぐもぐと頬を動かしている。

 その表情は不気味なほどに恍惚としていた。


「……はぁ~。おいしかった……」


 突然、ライカがその場にへたり込んだ。

 今さっきまで彼女が放っていた攻撃的な気配はすでにない。

 今、僕の視界に映っているライカは、まるで害意のない普通の少女――否。小動物のようにすら感じられる。


「もしや理性が戻ったの、ライカ……?」

「ほえ? お姉ちゃん、どうしてウチの名前知ってるの?」

「え」

「というか、ここどこ? ウチ、なんでこんなとこにいるの? ……ハダカだし」

「……」


 ライカは人が違ったようにおどけた表情で周囲を見回している。

 まるで今までのことを覚えていないかのようだ。


 間もなくして、ルールデスが空から降りてきた。


「おぞましい力だわ。こんな力がこの世に存在するなんて、不条理の極みよ……!」

「ルールデス、何かわかったのか?」

「その娘――ライカのギフトのことよ。おおよそどんなものか察しがついたわ」

「本当!? 一体あの子のギフトは何なんだ!?」


 僕がルールデスに問いかけると、彼女が口を開く前に別の人物が声を上げた。


「お兄ちゃん、ウチのギフト知りたいの? 教えたげよーか」

「えっ。……お、教えてくれるの?」

「ウチのギフトはね、〝爆力飢餓ハングリーバースト〟っていうんだって教会の人が言ってたよ」

「ハングリー……バースト……」


 聞いたことがないギフトだ。

 でも、その言葉の示す意味はなんとなくわかる。


「〝爆力飢餓ハングリーバースト〟――つまり空腹時に爆発的な力を発揮できるということでしょうね」

「空腹時に? それって……」

「そう。空腹であればあるほど、この娘の力は増大する。理性すら忘れるほどに腹が空けば、わらわやシャナクの奥義にすら耐えきるくらいに」

「そ、そんなギフトが存在するの!?」

「……事実は受け入れるしかないわ。しかも、魔力や聖闘気を食べることで腹を満たすなんて、あまりに馬鹿げている」

「お腹が空くほど強くなる。その代償に、理性が失われて暴走する――それがライカのギフトってこと!?」

「それを認めた上で、どうするのマリオ?」

「えっ」


 僕に問いかけるルールデスの表情が固い。


「この娘は、お前の下に置いておくには危険すぎる存在よ」


 その言葉を受けて、僕は改めてライカへと視線を戻した。


 ルールデスが何を言いたいのかはわかる。

 これほどの力を持ちながら、僕の制御下には置けないという現実。

 それは、高い確率で世界に害をもたらす危険を孕んでいる。


「……っ」


 理性を取り戻したライカとなら意思疎通ができる。

 今なら僕が〝人形支配マリオネイト〟を解除することで、彼女を元の死体に戻すことができるはずだ。


 でも、それでいいのか……?

 こちらの都合で現世に呼び戻しておきながら、いざ使えないとなって再び冷たい死の世界へ追いやるなんて、正しい選択なのか!?


 僕は人形使いとして――否。一人の人間として、重大な決断を迫られている。

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