48. 腹ペコ勇者の暴走

 岩盤を突っ切って寺院の上空に飛び出した僕達が見たもの。

 それは、寺院周辺に並ぶ屋台の食べ物を間を置かずに口へと放り込んでいくライカの姿だった。


「とんだ食いしん坊だな!」

「マリオ様、彼女に命令を!!」

「わかってる――ライカ、静まれ!!」


 僕達が地上に降りた瞬間、ライカへと命令を下す――


「……あれ?」


 ――しかし、彼女は僕の命令を無視して暴食を続けている。


 おかしいな。

 この距離で聞こえていないはずがないのに。


 今の一言だと、ライカには命令であることが認識できなかったのかもしれない。

 もっと具体的に指示する必要があったか。


「ライカ、食べるのをやめてこっちへ来るんだ!!」


 ……ダメだ。

 僕の命令をライカが受け付けない。


「どういうことでしょう。〝人形支配マリオネイト〟の支配下にある以上、ご主人様の命令は絶対のはずなのに」


 マリーも不思議がっている。


 言語が違う?

 否。ライカンスロープは、人間僕達と同じ統一言語使用者ユニティタングのはず。

 そもそも地下ではおなか・・・すいた・・・と言っていたし。


 まさか耳が聞こえない?

 否。地下では魔法の不意打ちにだって対応していたぞ。

 耳が不自由ということはないはずだ。


「考えられることと言ったら――」


 〝人形支配マリオネイト〟の対象となった人形は、絶対に主人に逆らうことができない。

 でも、ライカは人形ではなく人間だ。

 そして、シャナクやルールデスを通してわかってきた僕のギフトの盲点――それは、相手が命令だと認識しなければ僕の意思を強制できないという点だ。


 ライカが命令に従わないのは、僕の言葉が理解できない状態にあるのでは。

 例えば……我を忘れるほど錯乱しているとか?


「――腹が空き過ぎて理性を失っているのか!」


 町の人達が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「あんた達、一体何をしたんだ!?」


 最初に声を上げたのは、先ほど僕達に話しかけてきた陽気な男性だ。

 今はまったく陽気そんな感じじゃないけれど……。


「僕達は……」

「遺跡の地下に――玄室に入ったんだな! そうなんだな!?」

「ちょっと待ってください。落ち着いて!」

「これが落ち着いていられるかっ!!」


 なんと男性は腰に差していた鞘から短剣を引き抜いた。

 周りにいる男達も同様、武器を構えて僕達へとにじり寄ってくる。


「何のつもりです!?」

「拳聖勇者様のご遺体をどうやって蘇生させた! お前達は何者だ!!」

「あなた達は遺跡の秘密を知っていたんですか!?」

「俺達のことはいい! 地下で何があったか説明しろっ」


 さっき話した時は拳聖勇者の存在に懐疑的だったくせに、彼女のことを知っていてしらを切っていたのか!

 玄室の仕掛けもこの連中の仕業なのか?

 もしやこの町の人全員――町ぐるみで……!?


倍化重力ダブル・グラビティ!!」


 不意に、ルールデスが魔法を唱えた。

 男達は武器を取り落とすどころか、全身を地べたに叩きつけられてしまった。


「もう少し穏便に……」

「甘いわね、マリオ。敵意を向ける連中をただで済ませるわけないでしょう」


 彼らは立ち上がろうと抵抗を試みているが、まったく身動きが取れずにいる。


 ルールデスが使ったのは対象の重量を倍化させる魔法だ。

 それをまともに食らった以上、もはやなす術はない。


「下賤な輩の分際で、わらわに無礼を働くなど許し難い愚行だわ――」


 彼女は男の後頭部に足を乗せ、冷たく凄んで見せる。


「――お前達のことを話しなさい。少しでもわらわが不快に感じるようなことがあれば、即刻お前達の体を潰れたカエルのようにしてやるわ」

「わかった! こっちの事情を話すからやめてくれ……っ」

「やめてくれ?」

「や、やめてくださいっ! お許しください!! すべてをお話いたしますっ!!」


 男達は完全に脅しに屈した。


 ルールデスは僕に不敵な笑みを向けながら言う。


「交渉とはこうするものよ。わかったかしら、マリオ?」

「……勉強になります」


 ただの脅迫だろ!

 ……だなんてとても言えない。





 ◇





 一旦騒ぎは落ち着いたものの、ライカは変わらず屋台の食べ物を食い漁っている。

 目につく食べ物を間を開けずに口に放り込んでいるけれど、一体どんな胃袋をしているんだ……?

 とにかく凄まじい食欲だ。


 ライカに噛まれた腕の傷は町の人達が手当てしてくれた。

 手当てに使われた薬はこの地方で採れる薬草だそうで、しばらく安静にしていればすぐに怪我は癒えるとのこと。

 もしあの子の歯が骨まで達していたら、こんなものでは済まなかっただろう。


「――と言うわけでして、わしらは拳聖勇者様の墓所を守ってきたのです」


 治療の傍ら、町の代表者を名乗る年老いた僧侶が事情を説明してくれた。

 彼の話を要約すると次の通り――


 食奪戦争当時、この土地は異教徒の隠れ里だった。

 セレステ教に弾圧された異国の人々が身を寄せ合っていたそうだが、今この町で暮らしている人達はその末裔なのだ。


 そんな彼らが200年もの間、この地を離れなかったのには理由がある。

 終戦から間もなくして、拳聖勇者がこの辺境の地で亡くなったのだ。


 異教徒達は拳聖勇者がライカンスロープであることを知り、世界を救った英雄への畏敬の念からその遺体を弔うこととした。

 ライカンスロープという種族が、自分達と同じくセレステの民に忌み嫌われていたことへの同情シンパシーもあったのだろう。


 拳聖勇者の遺体はセレステ王国の目に留まらぬよう地下へと隠され、墓守の役目を負った僧侶が代々管理することとなった。

 そして、怪しまれぬよう玄室の上に仮初めの寺院が建てられ、今日に至る。


 僕達を襲おうとしたのは、拳聖勇者本人が地上に現れたことで秘密が暴かれたと思い、口封じをしようとしたのだと言う。

 たまに伝説を探ろうと冒険者がやってくると、彼らは辺境の町を装って追及をかわしていたが、事態が事態だけに強硬手段に出ざるを得なかった。


 ――おおよそ、こんなところだ。


「わしらにとって拳聖勇者様は心の拠り所。その安眠を妨げてはならぬと、200年もの間セレステ王国からご遺体を隠し通してきました。祖先からの約束事ゆえ、どうか武器を向けたことはお許しください」

「事情はわかりました。でも……」


 僕は暴食を続けるライカへと視線を移した。


 まったく理性を感じられない彼女に僕は当惑するばかり。

 ただ獣のように食べ物を口に運ぶだけの食い汚い野生児にしか見えず、拳聖勇者である事実を受け入れられずにいる。


「玄室の管理を担うわしは、拳聖勇者様のご遺体を見たことがございます。あのお姿は紛れもなく勇者様ご本人……しかし、なぜ蘇生されたのか。もしや、あなた方の中にネクロマンサーが!?」

「いやいや。そんなものいませんよ」

「では、なぜあんなことに? まったくわけがわかりませぬ……」


 ライカが蘇ったのは、僕のギフト〝人形支配マリオネイト〟によるものだ。

 でも、事実を話したところで混乱を招くだけ。

 そもそも僕達は拳聖勇者を仲間に加えるためにやってきたのだから、町の人達の反感を買わずにライカを連れ出す必要がある。


 ……ここは適当に話を取り繕うほかないな。


「僕達が石棺を開いた途端に彼女は目を覚ましました。今あんなこと・・・・・になっているのは、寝起きでお腹が空いていたから……ですかね」

「聖人は何百年も遺体が腐敗しないとは聞きますが、それにしても死者蘇生ですぞ? そんな奇跡が今日に限ってなぜ起きたのやら」

「それは……魔王という悪を討つための神の意思かもしれません」

「神の?」

「昨今、勇者パーティーによって魔王の配下が斃され、魔王討伐の期待が高まっているのはご存じでしょう?」

「確かに耳にしますが……」

「当代勇者の助けにするため、あなた達の神が古の英雄を蘇生させたということは考えられませんか?」

「たしかに神ならばそれも可能でしょうが、それが本当に我らの神のご意思かどうかは計りかねます」

「え?」

「わしらの祖先は故郷を追放された流浪の民でした。永らく間借りしているとは言え、この地は本来セレステ教の神のものです。ならば勇者様復活の意思は女神セレステによるものであり、あの不可解な行為はこの地に住まう我々への罰やも――」


 ……話が明後日の方向へ向かい始めたぞ。

 異教徒に神の話題を振ったのが間違いだったか。

 とりあえず強引に話を進めて、ライカを連れ出すことを了承させよう。


「今、セレステ国内では勇者パーティーが魔王討伐の旅を続けています。僕達が拳聖勇者と出会ったのも何かの縁――当代勇者の元に彼女を合流させる役目を僕達が引き受けます!」

「いいえ。わしらもずっと勇者様を見守ってきた手前、軽々に承諾するわけにも参りません。むしろそれはわしらの役目であるとも――」


 う~ん。やっぱり納得してくれそうもないな。

 でも、無理やりライカを連れていくとなったら、絶対に反感を買うよなぁ。


「いつまでくだらない話をしているの!!」

「ひぇっ!?」

「墓から死体が飛び出した時点で墓守の役目は終わったのよ。あの娘のことはわらわに任せて、お前達は今後の食い扶持をどうするか考えていればいいの!」

「く、食い扶持ですと!? わしらは祖先から受け継ぐ約束事を――」

「あれは元々お前達と関係のない存在でしょう。むしろこの200年の間、勇者の伝説を利用して観光業で儲けてきたことを恥じなさい!!」

「わしらにそんなつもりは――」

「あれを秘匿するだけなら大層に屋台を並べて町を装う理由があるかしら? この景色こそ、お前達の卑しい魂胆の証左ではなくて!?」

「も、申し訳ございません……っ」


 なんて強引な論破――と言うよりも、上手く言いくるめただけのような……?


 でも、ルールデスの言い分も間違ってはいないか。

 たしかにこの町の人達はライカを利用して観光業まがいのことをしている。

 民芸品や食べ物の屋台なんてまさに外から来た人に向けての興行だし、見世物小屋まであるそうだから……。


「理解したなら、復活したあれをどうしようがわらわの自由ね?」

「そ、それではわしらの立場が――」

「自由、よね?」

「はいぃ……」

「マリオ。先方は納得してくれたわ」


 ルールデスの不敵な笑みを見て、やっぱり怖いひとだなと思う。

 彼女が味方になってくれてよかった……。


「それじゃ多少強引でいいから、ライカを町から連れ出そうか。シャナク、任せられるかな?」

「承知しました!」


 シャナクが返答した瞬間、轟音と共に地面が揺れ動いた。

 どうやらライカが地面を殴りつけたらしい。


「一体どうしたんだ!?」

「どうやらあの子、ご機嫌斜めのようです……」


 見れば、屋台に並べられていた食べ物はすっかりなくなっていた。


 ライカが地上に飛び出してから、まだ十分も経っていない。

 たったそれだけの間に、あれだけあった屋台の食料をすべて食べ尽くしてしまったのか?


「あ”う”ぅぅ~~~!!」


 ライカは拳で地面を押さえつけながら奇声を上げている。


 それだけじゃない。

 ぐぅと腹の鳴る音も一緒に聞こえてくる。


「おなか、へったぁぁ~~~~!!」

 

 あれだけ食べてまだ空腹が収まらないのか!

 一体何十人分――否。何百人分の量を食べたと思っているんだ。


「たりない、ぜんぜんたりないっ。もっと! もっとたべたいっ!!」


 ふらふらとライカが歩きだす。

 どこへ向かうのかと思えば――


「え?」


 ――すぐ近くで彼女を見守っていた町人の列へと近づいていく。


「みつけたぁ~」


 彼女が一直線に向かうのは……列にいる小太りの男?


「うまそぉ~なブタみっけぇ~」


 嘘だろ……。

 あの人のことを豚だと思っているのか?

 空腹が極まって幻覚が見えているってこと!?


「マリオ様、このままではあの人が!」

「ま、まさか本当に人間を食うなんてことは……」

「忌まわしい行為ですが、人が人を食べるという事実は食奪戦争の時代にあったのでしょう!? あの子はその時代の人間なのですよ!」

「うっ」

「あの子は正気ではありません。加減ができる相手でもない。全力で動きを止めなければ……戦う許可を!!」

「そ、そうだね。シャナク、全力でライカを――」


 僕がシャナクに命じるよりも早く、ライカが動いてしまった。

 両目は赤く充血し、口からはよだれを垂れ流しながら、まるで獣のような前傾姿勢で男へと襲い掛かった。


「くいものぉぉ~~~!!」

「ひいいぃっ!?」


 間に合わない!

 そう思った瞬間――


大域螺旋城牢ウォーム・スクリュン・キャッスル!!」


 ――ルールデスの魔法が炸裂した。


 広範囲に及んで地面が裂け、めくり上がった岩盤が猛獣の口のようにライカの体を挟み込んだ――否。圧し潰した。

 噛み合った岩盤は巨大な墓石のようにそびえ立ち、さらにその周囲から何度も分厚い岩の塊が折り重なっていく。

 砂煙が消えた頃には、城のような岩石の塊が出来上がっていた。


「そ、そんな……勇者様が……っ」


 僧侶はその惨事を目の当たりにして腰を抜かしてしまった。


「ルールデス、何も殺さなくても……」

「馬鹿ね。あの程度であの娘が死ぬと思ったの」

「え?」

「見なさい――」


 ルールデスが岩塊を指さした。

 すると、突如としてその表面に巨大な亀裂が生じた。


「――すぐに出てくるわ。あの娘、たしかに勇者と呼ばれるだけのことはある。肉体の強度だけなら、タルーウィを凌ぐかもしれないわ」

「タルーウィを!?」

「町の者達は今すぐこの場から離れなさい!!」


 ルールデスの言葉を皮切りに、町の人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


 そして、ライカも岩塊を砕き割って姿を現した。

 あれだけ規模の大きな魔法を受けたのに、まったくの無傷だ。


「く、い、も、の、よこせぇぇぇ~~~!!」


 鼓膜が破れるかと思うほどの絶叫。


 もはやライカが空腹で我を忘れているのは明白だ。

 ああなってしまっては、人間を食料にするモンスターと変わらない。


 ライカは周囲を見渡した後、すぐにある一ヵ所に視点を定めた。

 彼女が睨んだ先は、その場で唯一微動だにしていない僕達だった。


「ぐるるる……っ」


 ライカが前傾姿勢のままこちらへ迫ってくる。


「マリオ様、マリー、下がってください!」

「二人がかりは不本意だけれど、殺さずにさっさと黙らせるには仕方ないわね」


 シャナクは聖光剣を構え、ルールデスは攻撃的な魔力を露わにした。

 そんな二人を前にしながらもライカの足は止まらない。


 剣聖と賢聖と拳聖――せっかく三人の勇者が揃うと思ったのに、まさかこんな戦いに発展するなんて……!

 もはや僕に出来ることと言えば、彼女達が必要以上に傷つかずに戦いが終わるのを願うことだけだ。

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