46. 拳聖勇者の伝説

 拳聖勇者の伝説が発祥したというセレステ聖王国南端の地。

 そこにはオオクイノ寺院という古い遺跡がある。


 副都の冒険者ギルドで聞いた話によれば、その寺院は200年ほど昔から存在するらしい。

 寺院には拳聖勇者の遺体が祀られているとのことだが、過去に何人もの冒険者パーティーが探索しても何も見つからなかった。

 結果、拳聖勇者の存在自体が眉唾ものと断じられ、伝説はずっと昔に人々の間から忘れ去られてしまった。


 ギルドでたまたま年配の冒険者と出会わなければ、決して知り得なかった情報だろうと思う。


「――で、その寺院とやらがこの街道の先にあるわけね」

「うん。この地図を見る限り、あと三十分も歩けば着くんじゃないかな」

「ところでマリオ。どうして馬車を使わずに歩きなのかしら?」

「そ、それは……」


 街道を歩いていると、ルールデスが口を尖らせて訪ねてきた。


 寺院はこの地方で有名な観光地なので、最寄りの町から乗合馬車も出ている。

 でも、残念ながら馬車に乗ることはできなかったのだ。


「まぁまぁ。そんなにご主人様を責めないでくださいな、ルー様」

「あのねぇ……元はと言えば、あなたがマリオに無茶を言ったからではなくて?」


 ルールデスの視線がマリーへと向かう。

 すると、マリーは隣を歩いていたシャナクの背中に隠れてしまう。


「ルールデス。彼女を睨まないであげて」

「あなたは甘過ぎるのよ、シャナク! くだらないことにお金を使い果たしてしまったから、馬車に乗ることもできなかったのよ!?」

「くだらなくはありません。マリーはずっと体を欲しがっていたじゃありませんか」

「しょせんは人形じゃない。首だけでもコミュニケーションは取れるのだから、あのままで十分だったわ!」

「これからの旅、それはちょっと……」


 ルールデスとシャナクが言い合うさなか、今度はマリーが僕の方へと逃げてくる。

 そう、自分の足で。


 マリーには新しいボディが備わったのだ。


「こうしてまたご主人様の隣を歩けるなんて、感無量ですね!」

「そんなおおげさな……。でも、動きに支障がないようでよかったよ」

「ご主人様の選んでくださったボディですもの。もっと値段が控え目なものでもよかったのに、ありがとうございます!」

「ずっと頭だけじゃマリーも大変だろうし、前から新しいボディを用意するって約束だったからね」


 少し前に立ち寄った町で、ちょうど人形使い向けのバザーが開催されていた。

 そこで七人のアリスの最後の一体でも見つかればと思っていたら、アリスに触発された人形技師の製作した少女型人形が売られているのを見つけた。

 マリーが一目見て気に入ったようなので、僕はすぐにその人形を購入。

 頭は取り外してもらい、ボディだけ貰うことになった。


 頭身的にもマリーの頭とぴったりだった。

 胴体に頭を備え付けてから少し稼働テストをしてみたけれど、特に問題なく動いたのも幸いした。


「ご主人様、背が伸びましたか?」

「きみの背が縮んだんだよ」

「あらまぁ。そう言えばそうですね」

「今さら気付いたの?」


 マリーとはほとんど背が変わらなかったはずだけれど、今の彼女はボディが小柄なこともあって、僕の方が背が高くなっている。

 これはこれで、僕としては少し違和感を感じるな。


「……ご主人様」

「何?」


 マリーが急に真面目な顔をして僕に話しかけてきた。


「お母様のこと、気にされていますか?」

「なんだよ突然……」

「トバルカイン様のお話を聞いてから、どうにも元気がないようでしたから」

「まぁ、軍将の話には驚いたけどね。でも、今さらどうとも思わないよ……母さんは僕が物心つく頃にはいなくなっていたから」

「そうですか……」

「僕にとっては、マリーが母親みたいなものだよ。なんだかんだ今まで世話を焼いてくれたし、本当に感謝してる」

「……あうぅ、ご主人様っ」


 僕の発言に感激したのか、マリーは目に涙を浮かべて今にも泣きだしそうな顔をしている。

 ……改めて思うけれど、本当によくできた人形だよなぁ。


「そんなことで泣くなよマリー」

「私、これからも一生懸命、ご主人様に尽くして参りますね!!」

「ぐはっ! ……あ、ありがとう」


 マリーが抱き着いてきた拍子に、顎に頭突きを食らった。

 思わず昏倒しかけたところをマリーに抱きしめられたことで事なきを得たけれど、彼女には少し抱擁を自重してもらった方がよさそうだ。


「マリオ様!」「マリオ!」


 シャナクとルールデスの声が聞こえた。

 振り向いてみると、いつの間にか言い合いを終えていた二人が僕を睨んでいる。


「マリーが元通りになったからと言って、彼女にばかり甘えるのはずるいです!」

「人形の硬い胸より、わらわの柔らかい胸の方がいいでしょう!?」

「ちょ、待っ――」


 シャナクとルールデスに両脇から引っ張られて、腕が抜けそうになった。

 マリーは僕に抱き着いたままで助けてくれないし、こんなことではパーティーリーダーの僕の立場がない。


「……」


 そんな僕達のやり取りを無言で見守っているデク。

 黙っていないで僕を助けてくれよ――と思ったところで、荷物持ちとして連れているデクにそんな無茶な命令をしたところで解決するわけもない。


 もう少し彼女達を制御できるように努力が必要だな。

 ……命令はできるだけしたくないし。


 そうこうしているうちに、街道の先に建物の影が見えてきた。





 ◇





 オオクイノ寺院に到着して早々、僕達は驚かされた。


 観光地とは言え、南部は昔の戦争の影響で人が住めない土地が多い。

 だから寂れているものとばかり思っていたのに、想像と違う光景が広がっていて目を疑ってしまった。


 どうやら寺院を中心に小さな町が形成されているらしい。

 寺院の周りにはお世辞にも立派とは言えない建物が点在しており、武装した警備兵が巡回している。

 庶民の旅人グループが何組も見られる一方で、冒険者らしき連中の姿はない。

 事前に聞いていた通り、冒険者の興味はまったく失われているとわかる。


「この町の民芸品でしょうか。面白い人形(?)が売っていますね」

「美味しそうな食べ物もありますよ。私は匂いなんてわからないですが、見た目で美味しそうかどうかはわかります!」


 屋台を覗いてはしゃいでいるシャナクとマリー。

 その一方で、周囲に侮蔑的な視線を撒き散らしながらルールデスが言う。


「よくもまぁこの町の人間は呑気にしていられるものね。いつ魔王軍の襲撃があるかもわからないのに」

「たしかにそうだね。南部は町同士が離れている分、どこも警備が厳重だと聞いていたけれど」

「土地柄、グールも行動しにくいもかもしれないわね。この時代、南部は人が少ないのでしょう?」

「昔の戦争の影響でね」

「食奪戦争、と言ったかしら? ずいぶん酷い戦争だったそうじゃない」

「そうだね――」


 食奪戦争とは、今から200年前に起こった人間国家同士の戦争だ。

 当時、暴食獣ベヒモスという何でも食べてしまう超大型モンスターの群れが現れて、大陸中の草や木を食べまくった。

 それは人々の耕す畑も例外ではなく、各地では酷い飢饉が発生したという。


 口に入れられる食べ物がほとんど尽きてしまったため、国同士で食料を巡って争いが起こるのは至極当然だった。

 戦争は十年近く続き、特に自然の多かった南部は壊滅的被害に遭う。

 特に酷い地域では、奴隷階級の人間を食用にしたという話があるくらいだ。


 けれど、そんな地獄のような時代も終わりを迎える。


 食べるものがなくなったベヒモスはなんと共食いを始め、自滅してしまった。

 奴らが消えたことで次第に自然環境は回復し、少しずつ国家間の食料問題も解決していった。

 苦しい時代だった一方で、効率的に料理を作る環境が発展し、食料保存の方法が効率化した――人類は持ち前の知恵で絶滅の危機を乗り切ったのだ。

 ……と言うのが、表向きに伝わっている歴史。


 でも、その真実は違う。


 ベヒモスは自滅ではなく、当時実在したたった一人の拳闘士によって絶滅させられたと言うのだ。

 その拳闘士は殺したベヒモスの肉を切り分け、飢饉に見舞われた土地に送り届けることで食料問題を強引に解決してしまったらしい。

 それこそが拳聖勇者の伝説……なんとも豪快な話だ。


「――そんな凄まじい強さの拳闘士が実在するなら、ぜひとも仲間にしたい。絶対に魔王討伐に必要な人材だよ!」

「副都の領主を訪ねた時、ベヒモスの骨格とやらを自慢げに紹介されたわ。あれが本物なら、全長は100mはあるモンスターよ。魔導士ならばともかく、拳闘士如きが一人で絶滅させるなんて非現実的だと思うのだけれど」

「いやでも、仮にも勇者と呼ばれた人物だし……もしかしたら聖家の人かも」

「文献によれば、食奪戦争当時の聖家は他国の軍隊を相手に戦っていたそうじゃない。国を守るためとは言え、事の元凶を放置するような連中にそんな善人がいたとは思えないわ」

「う~ん……」


 ルールデスの言うことはもっともだけれど、拳聖勇者がいないと困ってしまう。

 僕としてはその伝説が事実であってほしいんだけれど。


「やぁやぁ、冒険者の方がやってくるのは久しぶりだねぇ!」


 寺院に向かっていると、やけに陽気な感じの男性が話しかけてきた。

 南部地方特有の小麦色の肌をした人で、見慣れない服装をしている。

 この辺りの民族衣装だろうか。


「寺院に拳聖勇者の遺体が祀られていると聞いて、訪ねてきました」

「へぇ! きみ達、拳聖勇者様のこと知ってるんだ?」

「はい。たまたま噂を聞いて、ぜひお目に掛かりたいと思って」

「ふぅん。今はその伝説を知ってる人なんていないと思ってたけど、どこで聞いたのかな?」

「副都の冒険者ギルドです。そこで会った冒険者から」

「そうなんだ! 拳聖勇者様の伝説がよその土地に伝わっているなんて、地元の人間として嬉しいよ!」

「あの……拳聖勇者って実在したんですか?」

「それはわからない!」

「え」


 なんだ、この人?

 拳聖勇者を様付けするから、てっきり実在を信じていると思ったのに。


「俺はこの町で育ったから、ガキの頃から拳聖勇者様の伝説は耳にたこができるほど聞かされていてね。事実かどうかは知らないけど、心情的には実在してほしいな~って思ってんのさ!」

「寺院にご遺体があると聞いたのですが……」

「聞いてないの? 寺院には拳聖勇者様のものとされる石棺はあるけど、遺体そのものはないんだよ」

「そうなんですか!?」

「200年も前の偉人だからねぇ。ずっと前に盗まれたのか、それとも朽ち果ててしまったのか……とにかくそんな大層なものは寺院あそこにはないのさ」

「そうですか……」


 うわぁ。ガッカリだよ。

 まさか本当に遺体が存在しないなんて……。

 これじゃまったくの無駄足。


「寺院に行くより、もっと面白いものを見られる店があるよ! この地域の珍しいモンスターの見世物小屋なんだけど、見ていかないかい!?」

「えぇと……寺院を覗いた後にでも……」

「そっか! 場所は寺院の北側にあるデカいテントだ。気が向いたら来てくれよ、見物料は安くするからさっ」


 そう言うと、男性は通りの人混みに消えていってしまった。


「よく喋る男だったわね」

「南部特有なのかな、あのテンションの高さは……」

「場所問わず不愉快よ。ああいう馴れ馴れしい男は」


 男性の態度に憤慨したのか、ルールデスは怖い顔をしていた。

 長く歩かせて苛立っていたし、これ以上機嫌が悪くなる前に寺院を覗いた方がよさそうだ。


「と、とりあえず寺院を覗いてみよう」

「あの男が遺体はないと言っていたでしょう。わらわは時間の無駄は嫌よ」


 ルールデスがごね始めてしまった……。

 こうなると、なかなか折れてくれないんだよなぁ。


「ルー様、すぐに済みますよ。一緒に行きましょう?」

「だからマリーはマリオに甘過ぎるのよ!」


 マリーの説得もあって、ルールデスは渋々寺院に行くことを納得してくれた。


 それから寺院へ向かい、中を探索してみたものの――


「何もないですね」

「そうだね……」


 ――完全に無駄足だった。


 寺院は、部屋の中央に大きな円柱が一本あるだけで、他には何もないただの建物に過ぎなかった。

 遺跡というからもっと古いものを想像していたけれど、案外新しい建物のようで、とても200年前に建てられたとは思えない。

 ここ数十年で改築でもされたのだろうか。


「マリオ。時間は女にとって貴重なものよ。どう責任を取ってくれるのかしら?」

「いや、その……ごめん」


 案の定、ルールデスが怒り始めた。


「頼りない男は嫌いなの! わらわを不快にさせたら、どうなるか思い出させてあげましょうか!?」

「ちょ、待っ――」


 ルールデスが指先に火を灯したので、僕は思わず距離を取った。

 その際、柱の礎石そせきかかとを強くぶつけてしまった。


 ……その時。


「えっ!?」


 なんと礎石そせき部分が引っ込み、どこからか歯車の回るような音が聞こえてきた。


「何の音?」

「マリオ様、これを!」


 なんと柱の裏側にある床が左右に割れ始めたのだ。

 そこに現れたのは、地下へと続く階段だった。


「隠し階段か!」


 寺院が妙に新しい建物だと思ったのは、どうやら勘違いではなかったらしい。


 この寺院はハリボテだ。

 本当に隠したいものを隠すために、何者かが後から建てたものなんだ。


 そして、その隠したいものとは……。


「下りよう。おそらくこの下に、僕の会いたい人がいる……!」

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