シーズン4
45. 母の記憶
元勇者――
その件について、今朝の新聞は特に賑やかだった――
王国軍から編成された精鋭がシャインを捕まえるために王都を出立。
事の重大さを鑑みて神官庁は全面的に協力を表明。
懸賞金目当てに多数の冒険者ギルドも彼の行方を追っている。
さらに、彼の率いた元勇者パーティー〈暁の聖列〉から被害を受けた者達の告発が相次ぎ、王都の裁判所には連日長蛇の列ができている。
勇者特権を悪用した鬼畜の所業が明らかとなり、軍部との癒着についても追及されつつあるという。
シャインが勇者だったことなど、もはや誰も認めていない。
今では、彼は魔王軍の悪魔やグールと同じく人類の敵となり下がっている。
直に彼は捕まり、その罪は裁判を経て白日の下に晒されるだろう。
彼の極刑をもって。
共に行方不明となっているベルナデッタ・ニクス・ストロムも同様。
彼女もいずれ捕まり、教会への不敬、そしてシャインの犯罪をほう助した罪を問われることになる。
――かつて勇者パーティーとして魔王軍と戦っていたはずの英雄達が、揃いも揃って国から追われる犯罪者になるなんて……皮肉と言う他ない。
「今回の不祥事を受けて、ルクス家は十二聖家から外されるそうだ」
「そうでしょうね」
「ルクス家はそれを不服とし、シャイン捕縛を条件に聖家残留を懇願している」
「自分達で選んだ勇者を、今度は自分達で駆り出すわけですか」
「すでに現当主が捜索隊を編成し、独自に奴を追っているとも聞く。きみには思うところがあるのではないかね?」
「……別に何も。もう僕の中では区切りがついたことですから」
「そうか」
僕は仲間達を連れて、副都の医療院を訪ねていた。
その一室で、僕はベッドに横たわる老人を見下ろしている。
トバルカイン軍将。
セレステ王国軍の重鎮であり、僕の命を救ってくれた恩人でもある。
鎧を着ていた時の彼は屈強な兵士に見えた。
けれど、鎧を脱いだ今の彼は枯れ木のようにか細い老人だった。
体の傷は治っているだろうに、僕を見る顔色は冴えない。
「……私に聞きたいことがあって訪ねてきたのではないかね?」
そう言われて、僕は思わず腕に抱えていた鞄を抱きしめた。
鞄の中からはマリーが動く反応が返ってくる。
「あの時――僕が王都でシャインに殺されかけた時、僕を助けてくれたのはあなたですよね?」
「なぜそう思う」
「なぜって……死にかけた僕の体を預かってくれたのはあなたじゃないですか」
「……意識があったのか」
「はい。少しだけあなたとシャインの会話が聞こえていました」
「そうか」
軍将は僕から視線を切り、窓の外へと顔を向けてしまう。
彼の立場上、話しにくいことでもあるのだろう。
でも、旅立ちの前にどうしてもあの時のことを確認しておきたかった。
「教えてください。なぜあなたは僕を助けてくれたのですか?」
「……」
「あの時の僕は、シャインにとって邪魔な存在でしかなかったはず。そんな僕を危険を冒してまで助けたのには、何か理由があるのでしょう?」
「……」
「同じ人形使いだから同情した、なんて嘘は通じませんよ」
「……」
「答えてください、軍将!!」
声を荒げた僕に、シャナクがそっと寄り添ってくる。
彼女に手を握られたことで僕は我に返った。
「怒鳴ってしまってすみません。でも、どうしても知りたいんです」
「……似ているな」
「え?」
「近くで見ると、よりそう思う」
軍将は僕に向き直るや、じっと見つめてくる。
僕の顔を――否。僕の目を……?
「誰に似ていると言うんです。もしかして……父さんに?」
「いや。私はきみの父上と面識はない」
「それじゃ誰と?」
「母親だ」
思いがけない返答があって、僕は驚いた。
まさか母のことを軍将が口にするとは思ってもいなかったから。
「母さんのこと、知っているんですか」
「むしろこちらが聞きたい。きみは母親のことをどこまで知っている?」
「ほとんど覚えていないんです。母さんは僕が物心つく頃に村を出ていってしまったみたいで」
「彼女が何をしていたのか、何も知らないのか」
「……はい」
思えば、僕は母さんのことを何も知らない。
父さんは何かに憑りつかれたように七人のアリスの製作に没頭し、完成すると僕を置いて村から消えた。
じいちゃんは僕に霊園の墓守を継がせることばかりで、母さんのことをろくに教えてくれない。
母さんのことを知る機会なんてなかったんだ。
「きみの母親は非常に稀有なギフトを持っていた。肉体から魂を分離し、他人の魂に潜り込ませることで半一体化するギフトだ」
「魂を分離!? 他人の魂と半一体化……!? 何なんです、そのギフトは!?」
「歴史上、彼女一人にしか観測されていないギフトだ。神官庁にも記録はないが、便宜上は〝
僕はルールデスに視線を向けた。
彼女が復活する前、幽体として活動していた時期がある。
それと近しいものなのでは……と思ったのだ。
彼女は僕の視線に気づき、そっと傍に寄り添ってきた。
そして――
「痛っ!?」
――どうしてか僕の手をつねった!
「そのギフト、非常に興味深いわ。でも、どうやら
「そ、そうなのか……?」
「
「と言うことは……」
「おそらく幽体での活動は半永久的なもの。そして、他人の魂に潜り込むという特性――その対象が無制限だとしたら由々しきことよ。ねぇ、軍将閣下?」
ルールデスの視線が軍将に注がれている。
それに気づいた彼は、わずかな溜め息の後に続けた。
「お嬢さんの推察通り、〝
「持ち主ごとって……どういうことです?」
「きみの母親は、教会で成人の儀を迎えた日に世界から存在を消された。つまり、それ以降は王国軍の秘匿組織に属する身となったのだ」
「秘匿組織だって? 母さんは軍で働いていたんですか!?」
「そうだ。私の部下として、危険因子の情報収集や暗殺を担っていた」
「暗……殺……」
冗談みたいな事実を次々に聞かされて、混乱するばかりだ。
母さんがセレステ聖王国お抱えの暗殺者だって?
そんな人が人形技師の父とどう結びついたのか、まったく想像がつかない。
「信じ難いだろうが事実だ。しかも、彼女は格闘センスも頭抜けていた。並みの拳闘士よりも遥かに優れた戦闘力……そして
「母は……たくさん人を殺したんですか」
「言うまでもあるまい。だが、すべてはセレステ聖王国の安寧を求めてのこと。この国が他国より有利であり続けるために、彼女は身を粉にして働いたのだ。結果として、今も我が国は大陸屈指の権威を維持している」
「……そりゃ凄い。勇者も顔負けな活躍だ」
「私はかつての任務で彼女に命を救われたこともある。きみを助けたのは、その時の借りを返すためだ」
「僕は母さんじゃありませんよ」
「わかっている。わかっているさ……」
その時の軍将の横顔を見て、僕は一つの予感があった。
それはとても聞きにくいことだったけれど、僕は知らねばならないと思った。
「母さんは今どこに?」
「……」
「今どこに!?」
「……死んだ……」
「……っ」
想像していた通りの答えだった。
でも、実際にその言葉を耳にして僕は足が震えた。
「十数年前、ガンパーダーとの間に先端兵器を巡ってのイザコザが起きた。国王陛下と敵対する派閥の者が、ガンパーダーの兵器を強奪して謀反を企んでいたのだよ」
「母さんはそのイザコザに駆り出されたわけですか」
「そうだ。そして、敵対派閥の主導者を殺した後、兵器の破壊までの過程で命を落としてしまったのだ。私の身代わりとなってな……」
「……遺体はどこに埋葬を?」
「秘密裏に焼かれた。骨も残っておらんよ」
「そうですか――」
僕の内側に、言いようのない怒りが一気に込み上げてきた。
「――そうですかっ!!」
感情が抑えられず、傍にあった椅子を蹴り飛ばしてしまう。
「マリオ様!」
「マリオ」
シャナクとルールデスが僕の手を握る。
二人の温もりを感じて、激しく波打っていた感情が少しずつ落ち着いていった。
「……すみません」
「いや。こちらこそ……すまなかった」
僕を見つめる軍将は、まるで教会へ懺悔しに訪れた罪人のよう。
彼の中で母さんを犠牲にした罪悪感がしこりとして残っていて、その罪滅ぼしのために僕を救うという決断をしたのだろう。
彼は僕を助けることで、自分自身を許そうとしたのだ。
「軍将。なんでもいいです、母さんのことを教えてください」
「……よかろう」
それから少しの間、僕は軍将から母さんのことを聞かされた――
見た目こそ地味だけれど、その態度や振る舞いには人を引き付ける魅力があった。
物静かだけれど気弱ではなく、強い意思を持って仲間達を引っ張っていた。
自分の任務を汚れ役と自覚しながら、ただこの国の平和のために尽くしていた。
――どうやら母さんは勇者に勝るとも劣らない国の英雄だったよう。
それがとても誇らしかったし、知らなかった母さんの人となりを知れてホッとする気持ちもあった。
でも、その一方で消えない疑問もある。
僕から見ても明らかに偏屈だったあの父が、そんな偉人のような母とどうやって巡り合い、僕を生むことになったのか……軍将もそこらへんは知らないようだった。
ガンパーダーは、機械技術がセレステよりずっと進んでいる。
人形技師だった父さんが修行のために隣国に渡っていたことは十分に考えられる。
もしかしたら、その折に母さんと出会ったのかもしれない。
「ありがとうございます、軍将。母さんのことが知れてよかった」
「私を恨まないのか?」
「まさか。あなたは僕の命の恩人ですよ? 感謝こそすれど、恨むことなんてありません。母さんのことは、この国のために立派に使命を全うしたと思っています」
「そうか。そう思ってくれると、私も報われる」
言いながら、軍将の強張っていた表情が緩んだ。
「……近く、私は軍将の地位から退くことになる」
「え?」
「〈暁の聖列〉との癒着の件で軍事裁判にかかる。無論、私はすべての責任を負うつもりだ。おそらく懲役刑は免れんだろうな」
「そんな……」
「裁判の前にきみと話せてよかった。できれば、今後も力になってあげたかったのだがな」
「その気持ちだけで嬉しいです、軍将」
「武運長久を祈る。ところで、きみ達のパーティ―名はなんと言うのだ?」
言われて気付いた。
そう言えば、僕は自分達のパーティ―に名前をつけていなかった。
「あの、実はまだパーティー名は決めていなくて」
「名は体を成す。その逆もまた然り。きみ達は今後、この国――否。世界の希望になる。名前は必要だ」
「はい」
「あとは頼んだぞ、マリオ。きみの母カーリーのためにも、生きて魔王討伐を果たしてくれ」
最後に軍将と握手を交わし、僕達は医療院を出た。
◇
馬車に揺られながら副都の正門へ向かう傍ら、僕は窓の外を眺めていた。
シャインによる大破壊から数日が過ぎて、副都の混乱も収まってきている。
ずっと禁止されていた外との行き来もようやく再開され、僕達はこれから拳聖勇者捜しの旅に出発することになる。
エゼキエル侯爵から特別に発行してもらった通行手形もあるし、これで国内の町は通行税を払うことなく自由に出入りできる。
各地で教会を訪ねれば、衣食住のフォローもしてくれる。
僕達はまさに勇者特権を手に入れたわけだ。
今までとは明確に違う、皆に認められた魔王討伐の旅。
気が昂る一方で、不安もある。
「責任重大ですね、マリオ様」
「え?」
「軍将もおっしゃっていたでしょう。私達の肩に世界の平和が懸かっている、と言うことです」
「そうだね……大変だ」
「マリオ様の気持ちはわかります。私もかつて周りの期待に圧し潰されそうになったことがありますから」
「邪竜討伐の時のこと?」
「はい。あの時はまだ私が未熟だったこともあり、独りぼっちで無謀な旅を続けていました。でも、今は違います」
「今は僕やルールデスがいる、か」
「みんなと一緒なら、必ず魔王討伐も果たせます。未来の希望を信じて、共に進みましょう」
「ありがとう、シャナク。きみが居てくれて良かった」
「わ、私は当然のことを言ったまでで……っ」
シャナクが顔を赤くして恥ずかしがっている。
……可愛い。
「で、マリオ。どうするの?」
「どうするって……何をだい、ルールデス?」
「
ルールデスがジト目で僕を睨んでくる。
こりゃ変な名前をつけた日には、また酷い罵りを受けそうだな……。
実は、パーティー名はついさっき閃いていた。
ルールデスはどう思うかわからないけれど、シャナクはきっと気に入ってくれると思う。
「僕達のパーティー名は〈救聖の希望〉。旅路の果てに人々が希望を灯してくれることを願って、そう名付けようと思う」
その名を聞いて、シャナクとルールデスは満足そうに笑った。
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