43. 遅れてきた勇者
シャナクが聖光剣の柄に手を掛けて、僕の前に飛び出した。
「マリオ様。お下がりください」
彼女の目つきが変わった。
シャインからの明らかな殺気を感じて、迎撃する気だ。
「けっ。女に守られるばかりで何もできない無能が」
「マリオ様を侮辱するな!」
「そんなクズはどうでもいいんだよ。まずはてめぇだ、紛い物の泥棒猫!!」
「……理解できない。あなたなら、私に敵わないことは承知のはず」
「敵わない!? この俺が、てめぇなんぞに敵わないだとぉっ!!」
シャインの全身から蒸気のように激しく聖闘気が噴き上がる。
その勢いはマントを吹き飛ばし、彼の姿を露わにした。
「シャイン、その腕は……!?」
僕はシャインの両腕にある
以前、彼はシャナクとの戦いで両腕を失っていたはず。
と言うことは……あれは義手か!?
「これは貴様らへの復讐のために、この俺がプライドを捨ててまで手に入れた新しい力だ! その名もグロウアーム――闘気や魔力を吸収し、それを力に変える魔導義手よ!!」
「魔導義手!? そんな特性を持つタイプなんて聞いたことが……」
「ある人形技師が俺のために作り上げた特注品だ。まだどこの魔導ゴーレムにも採用されていない――いや、これからも俺だけのための力! この世で唯一無二の真の勇者に相応しい力だ!!」
シャインが腰の鞘からショーテルを抜いた。
すると、聖闘気が彼の腕を伝って剣身へと伝わっていく。
銀色の刃が見る見るうちに黄金色に染まり、剣身に留まる光が長大化を見せる。
あの現象は、タルーウィを斃した時の聖光剣と同じだ。
「ここへ来るまでに、たっぷりと聖闘気をいただくことができたからなぁ。これに俺の聖闘気を上乗せすることで、以前とは比べ物にならないほどの力を発揮できる!!」
「……何も学んでいない」
「あぁ!?」
「私に敗北したことにあなたは何も学ばなかった。なんて哀れで滑稽な男」
「俺を……俺を蔑む目をやめろ!!」
「復讐に燃えるのもいい。道具に頼ることも悪くはない。でも、あなたが勇者を名乗ることだけは認められない」
「この紛い物がぁぁぁっ!!」
シャインが地面を蹴った。
真っ向からシャナクへと突進し、瞬時に二人の距離はゼロに。
シャナクは抜剣し、シャインのショーテルへと聖光剣を打ち付けた。
鍔迫り合いが始まる。
「うおおおおおっ!!」
「……っ!!」
鍔迫り合いのさなか、シャナクの体が押され始めた。
両足はしっかり地面に踏み留まっているのに、シャインのパワーに押されているのか。
直後、シャナクは剣を傾けて相手の体勢崩しを誘った。
シャインは前屈みになり、ショーテルの切っ先が地面に触れた瞬間――
「!!」
――閃光と共に放たれた衝撃波が、宿の玄関口へと直撃した。
否。それどころか、三階建ての宿舎が真っ二つに斬り裂かれてしまった。
「な、なんてことを!!」
倒壊する壁を避けるため、僕は慌てて通りの反対側まで駆け出した。
衝撃波は宿舎を斬り裂いた後、さらに裏手の建物にまで達した様子。
宿のロビーから悲鳴が起きたのと同時に、周囲の建物から騒ぎを聞きつけた人々が飛び出してくる。
なんだよ、これは……!?
タルーウィとの戦いでも犠牲を出すことはなかったのに!!
どうして勇者にこんな酷いことができるんだっ!?
「ちぃっ。エネルギーを無駄にしちまったじゃねぇか!」
「あなたは……あなたは自分が何をしたかわかっているのか!?」
「あぁ? てめぇが躱そうとしたからだろうが」
「う……」
「俺のパワーを正面から跳ね返す自信がなかったんだろ? だからあんな小手先の技で逃げようとしたんだ。その結果がこれだ!!」
「……っ」
シャナクの顔が強張っている。
この被害に責任を感じているんだ。
「シャナク、それは違う! これはきみのせいじゃない!!」
「うるせぇぞマリオ! 外野が口を出すんじゃねぇ!!」
シャインに怒鳴られて、僕は体が竦み上がってしまった。
今の彼は聖闘気に包まれているから、軽く威圧しただけでも生身の僕は耐えがたい脅威を感じてしまう。
だけど、僕だってシャナクの主なんだ。
その責任を果たさずして、彼女と共に歩めるか!!
「僕の知るシャインはもういない……止めてくれ、シャナク! 彼にこれ以上、誤った道を進ませないでやってくれ!!」
「マリオォォォ!! この俺が誤った道を進んでいるだとぉ!?」
激昂したシャインが、今度は僕に切っ先を向ける。
「このクズ野郎、そこの女よりも先にぶっ殺されてぇか!!」
「シャイン……」
シャインはもう僕の知っている彼じゃない。
すべて変わってしまった。
形相は醜く歪み、言動も粗野になり、表立って品行方正な勇者を演じることもなくなってしまった。
否。これが彼の本性だったのか……?
僕はこれ以上ないほどに落胆した。
同時に、自分でも驚くほど彼の有り様に同情してしまった。
「や、やめろっ! 俺をそんな目で見るなぁぁぁ!!」
動けない僕に向かって、シャインがショーテルを振り上げた。
その刹那――
「シャインンンン!!」
――シャナクがシャインへと斬りかかった。
完全に彼の隙をついての攻撃。
躱せるはずがない。
「シャイン様っ」
突然、誰かがシャインを押し飛ばした。
シャナクの剣は空を斬り、シャインへ届くことはなかった。
一体誰がシャインをかばったのか?
あんなタイミングで、的確に安全圏へとシャインを押し飛ばすなんて普通できることじゃない。
「まさか……ベルナデッタか!?」
シャインを推し飛ばしたのは、聖女ベルナデッタだった。
彼女はまだシャインと一緒に行動していたのか。
今のタイミングでシャナクの攻撃を躱したということは、彼女はギフト〝
この期に及んで、まだシャインを守るつもりか!
「聖女ベルナデッタ――数秒だけ時間を巻き戻せるギフトを持つそうですね」
「あ、あなたなんかに、シャイン様をやらせはしないっ」
「あなたは神官庁の遣いと聞いています。今の勇者シャインをかばう理由があるのですか?」
「うるさい! うるさいうるさいうるさいっ!! あなたのような怪物にわかるものですかっ!!」
「……! まさかあなた……っ!?」
ベルナデッタと視線を交わしたシャナクの表情が緩んだ。
今の短い会話で何か思うところがあったようだけれど……何だ?
「どけっ!」
「きゃっ」
シャインは起き上がり様、ベルナデッタを突き飛ばした。
自分を守ってくれた女性に対して、なんて態度だ。
「手を出すなと言っただろうが!!」
「ご、ごめんなさい、シャイン様。でも……」
「ちぃっ。俺がやられる未来を見たってわけかよ」
「……」
「心配するな、ベルナデッタ。もう俺に油断はねぇ! 次こそ完璧に奴を仕留める!!」
「……シャイン様、信じております」
「だが、もしもの時は……また頼むぜ」
「は、はいっ!」
さっきまで泣きそうな顔をしていたベルナデッタが、シャインの言葉で表情を明るくした。
彼に援護を認められたことがよほど嬉しかったのか。
……厄介だ。
〝
仮にシャインが致命の一撃を受けても、ベルナデッタが時を巻き戻してしまえば決着がつかない。
シャナクはそれがわかっていてもベルナデッタを狙うようなことはしない。
一方で、シャインは彼女のギフトを戦力に加える前提だ。
「屈辱だぜ! だが、今の俺にはプライドなんてあってないようなもんだ。こうなりゃ、てめぇを殺すためになんだって利用してやる!!」
シャインが聖闘気を一斉に解き放った。
黄金色のオーラがまるで熱波のように通りを吹き荒れ、周囲の建物を破壊していく。
しかも、通りに出てきた人々までも吹き飛ばしている。
「やめなさい!!」
「俺に命令するんじゃねぇぇぇ!!」
吹き荒れる聖闘気はますます勢いを増していく。
これじゃどんどん被害規模が増えるだけ――やるしかないぞ、シャナク!
「そんなに私が憎いのですか、シャイン」
「憎いなんてもんじゃねぇ!! てめぇは――てめぇらは、この俺からすべてを奪った!! 選ばれし者であるこの俺から、すべてをだ!!」
「その傲慢、死すまで治らない、か……」
「やってみろ……殺してみろ、この俺をぉぉ!!」
周囲へと吹き荒れていた聖闘気が一気に縮小。
シャインの体と、彼の持つショーテルへと集中し始めた。
「勇者の闘技――
「これ以上の犠牲は絶対に認められない。あなたを……斃します」
シャナクもまた、シャインと同等かそれ以上の聖闘気を顕し始める。
しかし、シャインの闘技を打ち破れるほどの力が出せるのか?
なりふり構わないシャインと違って、シャナクは副都へのダメージを気に掛けている――意識的に聖闘気の出力を抑えている。
この勝負、圧倒的にシャナクが不利だ……!
「……っ」
不意に、シャナクが僕を一瞥した。
今の視線は自分を信じろと言うメッセージか。
……信じるしかないな。
僕には彼女と一緒に戦うことはできないから。
「頼んだぞ、シャナク!!」
僕の声援に、彼女は口元を緩ませることで答えてくれた。
「真の勇者の一撃、その重みを紛い物に思い知らせる!!」
「……いきます」
聖闘剣、そしてショーテルが共鳴するかのように輝き出す。
二人の間で互いの聖闘気が反発し合うようにぶつかり合い、その影響を受けた空気と地面が震撼している。
この戦い、次の一瞬で決まる。
……否。そうとは限らない。
僕は地面に這いつくばりながら、睨み合う勇者達から視線を移した。
視線の先には、祈るような顔でシャインを見つめるベルナデッタの姿が。
「邪魔はさせない!」
ベルナデッタは、シャインが不利になれば必ず邪魔に入る。
そう思って彼女のもとへ駆け出したのだけれど――
「!?」
――ベルナデッタは僕が動くよりも早く、僕から離れるように走りだした。
「くそっ」
すぐに追いかけたものの、片足が義足だと生身の彼女よりも早く走れない。
このままじゃ事態が動いた時にまた〝
「ぎゃあっ!?」
――と思った矢先、ベルナデッタが地面に倒れた。
転んだわけじゃない。
まるで全身を押さえつけられているかのように、地面に平伏している。
「
空から聞こえてきた、この声は……。
「ルールデス!!」
「心配しなくていいわ。ちょっとこの娘の体を重くしただけよ」
「助かったよ……」
「それよりも一体何なのかしら、この騒ぎは?」
夕日の照らす空からルールデスがふわりと降りてきた。
彼女はシャナクとシャインの姿を見て、すぐに事態を察した様子。
「……任せてもいいのよね?」
「ああ。シャナクを信じて大丈夫!」
僕はそう言いながら、倒れているベルナデッタの背中へとまたがった。
これで〝
あとは言葉通り――僕の勇者を信じるだけだ!
「俺の聖光剣を返してもらうぜ。それは俺のもんだ!!」
「あなたがこの剣に認められることは二度とない。すでに真の勇者の手にあるのだから!!」
二人の聖闘気の高まりが最高潮に達する。
黄金色の光が、暗くなり始めた街を包み込んでいく。
「左右のグロウアーム、全力解放! 奴の聖闘気を食らい、さらなる領域へ俺を導けぇぇぇ!!」
「聖光剣クンツァイト……今一度、この私に力を貸して」
二人が同時に地面を蹴った。
黄金色の光――その中心で、二人の技が激突する。
「
「
目もくらむ閃光。
副都を揺らす大激震。
身も竦む轟音。
……数秒後にはすべてが元に戻った。
「シャナク……?」
恐る恐る目を開いてみると、戦いはすでに決着していた。
「あなたの道はここまでです」
「……う、そ、だ……っ」
「これ以上、あなたが進む道は……無い」
「うお……うおおおおぉぉぉ」
背筋を正したまま剣を納めるシャナク。
地に伏して絶叫するシャイン。
勝者は見下ろし、敗者は両膝をついていた。
「そんな、シャイン様ぁぁっ!!」
ベルナデッタが叫びながら暴れる。
しかし、今さら彼女を解放するわけにはいかない。
とは言え、すでに六秒は経過した。
すべては元に戻らない。
「おおおおおっ!! 俺の、俺の腕が……腕がぁぁぁぁっ!!」
シャインの腕から
左腕は粉々に砕け散り。
右腕は原型を残しながらも、上腕部が砕け散って地面に転がっている。
一方で、彼の両腕は肩の付け根まで消し飛んでいた。
「あなたは最後の最後まで力に溺れた。理性を手離し、復讐心に駆られて無遠慮にすべての力を解き放った。私だけでなく、この町を消し去るほどの暴力的な力――そんなものを勇者の闘技とは言わない」
「ああ……あぁぁああぁぁっ」
「すべてを破壊する
「うぐおおおおぉぉぉぉ」
「あなたには決してたどり着けない境地。暴走を許した自らの心を恥じなさい……あなたに勇者の資格はない!!」
「……っ」
静寂の中、シャナクの声が響き渡る。
完膚なき敗北を喫したシャインには、これ以上なく辛い言葉だろう。
でも、それは真実――彼も受け入れざるを得ない。
「マリオ様。二人を王国兵の元へ」
「そうだね……」
ベルナデッタを立たせようとした時、その不運は突然に起こった。
通りに面していた建物が、一斉に倒壊を始めたのだ。
二人の聖闘気のぶつかり合いが強烈過ぎたんだ!
「いけない!」
とっさにシャナクが飛び出し、人々を圧し潰そうとした壁を
「まったく!!」
逆側では、ルールデスが防御魔法を顕現して崩れた建物を支えた。
「よ、よかった。なんとか二次被害は……」
勝利の後の油断。
僕はすべてが終わったと思って、完全に気を抜いていた。
「シャイン様ぁっ!!」
「あぐっ!?」
直後、地面に伏していたベルナデッタの頭突きを食らった。
よろめいた僕を押し退け、彼女はシャインの元へ。
「しまった!」
すぐに追いかけようとしたけれど、それは無理な状況だった。
通りにいた人々が錯乱し、倒壊しようとする建物から我先にと逃げ回って進路を塞いでいたのだ。
ベルナデッタはシャインに肩を貸し、彼を連れて雑踏に身を潜ませてしまう。
シャナクもルールデスも、混乱する人々を助けるので精一杯。
とても逃げた二人を追う余裕はない。
……なんて失態だ。
最後の最後に〝
「くそぉぉっ! シャインンンーーーっ!!」
僕の叫び声は、夕暮れの空へと空しく響くばかり。
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