42. 少年と少女
魔将タルーウィは、勇者シャナクによって斃された。
その事実は瞬く間にセレステ聖王国全土に知れ渡り、僕達は副都セレスヴェールを救った英雄として祭り上げられてしまった。
特にシャナクは大変だった。
公の場で勇者の証である聖光剣を振るったこともあり、すぐに勇者であると認知された彼女は、副都の人々から崇敬の念を一身に集めた。
すでに
領主を始めとした副都貴族達からも、面会要望が後を絶たなかった。
ルールデスは当然として、僕ですら多くの人々から感謝の言葉を受けた。
みんなが僕達の働きを認めてくれたのは嬉しいけれど、勇者パーティー〈暁の聖列〉に居た頃のことを思い出して複雑な気持ちになってしまう。
……そんな騒ぎがしばらく続き。
人々の熱気がようやく落ち着いたのは、タルーウィ討伐から一週間を過ぎてのことだった。
僕達は領主の計らいで副都の一等宿に身を置いていた。
ここは警備もしっかりしていて、宿舎内に居る限り僕達が何かしらの問題に煩わされることもなかった。
宿舎のロビーで義足の修理をしていると、シャナクが戻ってきた。
「ただいま戻りました、マリオ様」
「おかえり、シャナク。神官庁はなんだって?
「それが――」
シャナクは副都の神官庁舎に呼び出されていた。
理由は一つ――彼女が真の勇者であるかを、彼ら神官が判断するためだ。
通常、勇者候補は神官庁による真贋審問という儀式によって真贋――真の勇者たる素質があるか否か――を
なのに、その日のうちに戻ってきたものだから少し驚いた。
シャナクが言うには、審問が行われることはなく、神官との顔合わせだけで正式な勇者と認められたのだとか。
おそらくこれは異例のことだ。
王都セレスティアラの有力者でもあるエゼキエル侯爵が後ろ盾になったから?
それともタルーウィ討伐が大きく評価されたから?
それでも、勇者は必ず十二聖家からしか認めない神官庁が、シャナクに限って家名を気にせずに真の勇者として認めるなんて不自然だ。
僕はてっきり彼女の素性を根掘り葉掘り聞かれるものだと思っていたのに。
「――もしや、私の家名がワルキュリーということに関わりがあるのでしょうか?」
「さぁ……どうだろう」
ワルキュリー家は、かつては聖家の筆頭だったらしい。
それがいつ頃かは不明瞭だけれど、急速に衰退して聖家から外され、歴史上から姿を消してしまったという。
シャナクは子どもを作らなかったから、その兄弟が子孫を残したはず。
彼女ほどの偉人を輩出した一族を追放してしまうなんて、一体過去に何があったのだろう。
「……申し訳ありません。今の私はマリオ様のシャナク。ワルキュリー家のことなど、もう忘れなければならないのに」
「いやいや、そんなことないよ! 自分の家柄を気にするのは当然のことだって」
「慰めてくれて嬉しいです、マリオ様」
「僕もリース村にルーザリオン家の籍を置いている身だからね。帰る場所があるってのは大事なことだよ」
「ですね!」
シャナクが眩しいほどの笑顔を向けてくる。
あまりにも愛らしいその顔に、僕は思わずときめいてしまう。
「こほんっ! り、リース村と言えば、シャナクは霊園の地下に隠されていた祭壇に眠っていたよね」
「そうですね」
「今まであの遺跡のことをちゃんと考えたことなかったけれど、僕の村はもしかしたらワルキュリー家と関りがあったのかもしれない」
「そうなのですか?」
「あくまで可能性だけどね。石蓋に刻まれていた碑文は、きみの遺体を見守っていくためにわざわざ墓守――おそらくルーザリオン家か、その親類?――を残したと受け取れる内容だったんだ」
「その墓守がルーザリオン家の方だと?」
「かもしれない。それにリースってミドルネームからして、リース村とシャナクの関係性を際立たせている感じがするだろう」
「……村の過去を詳しく知りたいですね。私の生きた時代――400年前にまで遡って調べられればよいのですが」
「マヨイ婆さんでもさすがにそんな古いことはわからないだろうなぁ。王都の図書館に入れるなら、もしかしたらリース村の開村時期のことがわかるかもだけれど」
「王都の図書館……」
その時、ロビーに聞き覚えのある声が響いてきた。
「おおっ! 勇者シャナクに、その盟友マリオ!!」
「エゼキエル侯爵、ご無沙汰しております」
「うむ。
侯爵は非常に機嫌が良さそうだ。
彼の後ろには、バトラーのヨアキムさんが付き従っている。
そして、そのさらに後ろからは、僕の
「ヨアキムさん!」
「またお顔を見れて幸いです、マリオ様。シャナク様も、よくぞ使命を果たしてくださいました。聖王国の民は余すことなくあなた方の功績を称えております」
ヨアキムさんに褒められて、僕は気恥ずかしくなった。
歳が離れているせいもあるのだろうか、なんだか父親に褒められたような気分になってしまう。
次いで、デクが僕の前にやってきた。
持っていた鞄を僕の前に差し出した直後、鞄がごそごそと動き始める。
中身はマリーの頭――どうやら彼女も僕の働きを褒めてくれているみたいだ。
……だけれど、侯爵やヨアキムさんの前で
僕は鞄を手に取るや、急いで後ろ手に回した。
「ヨアキムさん。デクを預かっていただいてありがとうございます。無礼はありませんでしたか?」
「とんでもない。主でもない私に気を利かせてくれたりと、こちらが恐縮してしまうくらいでしたよ」
戦闘に加われないデクとマリーは、魔法都市に置いてきていた。
タルーウィ討伐が成功した折には、彼に副都まで持ってきてもらうつもりだったのだけれど、それが叶って良かった。
「さて、立ち話もなんだ。これから神官長との会食があるのだが、きみ達もどうかね?」
「会食ですか」
「軍将にも声を掛けてあるぞ。あやつもそろそろ動けるようになったであろうし」
「軍将が……」
「それとルールデスくん、と言ったか。絶世の美女の魔導士が仲間に加わったと聞いておるが、今は出かけておるのかね?」
「はい。ルールデスは今朝から
「そうか、ならば仕方あるまい! わしらだけで行くとしようかの」
……言えない。
ルールデスが副都を救った報酬をせびりに、領主の屋敷にまで乗り込んでいるなんて……。
「すみません。義足の調子が悪くて、あまり遠くへは……」
「ふむ。義足の替えならばわしが用意してやれるが、今すぐとはな」
「申し訳ありません」
「いや、構わぬ。一週間経ったとは言え、あの激戦のあとだ。今後のためにもゆっくり休むのがよかろう」
「ありがとうございます、侯爵」
僕と侯爵の会話の後、シャナクが続く。
「侯爵閣下。私はマリオ様のお傍に……」
「わかっておる。何もおぬし達の邪魔をしようなどとは思わんよ!」
「はぁ」
「はっはっは! こんな美女に愛されるとは、マリオよ――おぬしも隅に置けぬなぁ!!」
言いながら、侯爵は僕の肩を叩いた。
……侯爵には僕達の関係がバレバレだったみたいだ。
「ではまた明日にでも、ルールデスくんを含めて食事をな」
「はい」
侯爵が
二人がロビーからいなくなって早々――
「無事にまた会えてよかったですよ、ご主人様っ!!」
――鞄からマリーの声が聞こえてきた。
鞄を開いてみると、頬を膨らませたマリーが僕を見上げていた。
……なんだかこの顔を見るとホッとする。
「まったく……声が大きいよ、マリー」
「だってだって! ずっと心配していたんですよ!?」
「わかってる。心配かけてごめんよ」
「私も頭だけじゃなければ、副都にお供したものを~っ」
ロビーに居る警備兵や従業員が、不思議そうに僕達に視線を向けている。
誰が喋っているのかわからなくて困惑しているんだな……。
「続きはまた後で。デク、マリーを301号室へ連れて行ってあげて」
「ちょ、ご主人様ぁっ!?」
僕が鞄を渡すや、デクは
その間、鞄が不自然に動いていたので、周りの人達の視線を集めてしまっている。
小動物か何かだと思ってくれればいいけれど……。
「マリオ様」
「シャナク――」
シャナクが僕をじっと見つめている。
その表情は、どこか甘えたがっているような……そんな印象を受けた。
「――せっかく二人きりになれたんだし、食事にでも行こうか」
「はいっ」
たしか宿の隣に貴族向けのレストランがあった。
僕は
不意に、シャナクが僕の手を握った。
「! シャナク……」
「はい。また少し……体に寒気が」
彼女の手のひらは冷たくなり始めていた。
また例の症状――全身を寒気が襲い始めるという蘇りの後遺症(?)だ。
以前にもあったけれど、どうやらこの症状は力を使い過ぎると起こるらしい。
おそらく僕の〝
わかっていることは、僕と肌を重ね合わせることで、彼女達が熱を取り戻すという事実。
「わかった。それじゃ……今日の夜に」
「……はい」
僕はシャナクの手を握り返した。
邪竜や魔将を斃した勇者の手とは言え、いざ触れてみると女の子の手だ。
こんな小さな手の持ち主が世界を救う希望だなんて、僕は彼女が誇らしい。
そして、最後まで一緒に戦い抜きたいと心から思う。
僕達は並んでロビーを歩き出した。
「魔王の居場所も、最後の魔将の行方もわかっていない」
「はい」
「奴らがどれだけ手強いかもわからない」
「はい」
「だから、当面は戦力の強化に注力しようと思う」
「と言うと……」
「この一週間、副都の冒険者ギルドを覗いて色々聞き込んでみたんだ。過去の英雄や偉人について」
「それは……もしや!?」
「うん、見つけたよ。拳聖勇者――200年前、暴食獣ベヒモスを斃した最強の拳闘士が祀られている場所を」
聖王国セレステにおいて、邪悪なる存在を討ち滅ぼした者達は例外なく勇者と呼ばれる。
そして、勇者の遺体とは例外なく聖人のそれと同一視されるもの。
拳聖勇者の遺体が残っているのなら、きっと綺麗な姿を維持しているだろう。
ならば、僕の〝
「大丈夫です」
「え?」
「もう一人――その賢聖勇者も加われば、きっと魔王を斃すことができます」
「そうだね」
「そしてそのあと、世界が平和になったなら――」
「シャナク?」
「いえ。続きはまたその時に」
……何か誤魔化された感じだ。
「まだ先の話になるけどさ」
「はい?」
「魔王を斃したら、一緒にリース村に戻ろう」
「そうですね。あの地下祭壇を調べれば、ワルキュリー家のことがわかるかも知れませんし」
「いや、そうじゃなくて……」
「え?」
「……お、お腹すいたなっ!」
僕は気恥ずかしくなって、強引に会話を切り上げてしまった。
頬が熱い。
顔が赤くなっていたらどうしよう。
「マリオ様。私は、どこまでもお供いたしますから」
彼女に笑いかけられた時、僕達はちょうど宿の玄関をくぐるところだった。
日の傾きかけた町にはすでに人気はまばらになっていて――
「あ」
――通りの真ん中に立つ人物に自然と目が向いてしまった。
「魔将を斃した勇者様は、役立たずの人形使いとお楽しみかい」
明らかに僕達へと向けられた声。
その人物は深々とフードを被っていた。
顔は見えない――けれど、僕達に視線が向いているのはわかる。
彼(?)は長旅に痛んだマントで身を包んでいた。
その隙間から覗くのは、血のように赤黒い両腕の
そして、チリチリと鼻先に感じるこの気配――これは殺気だ。
しかも、この殺気には覚えがある。
「……シャイン……?」
自然と僕の口から出た者の名。
直後、目の前の人物がフードを下ろした。
「すべて返してもらうぜ。真の勇者は、この俺だ……!!」
僕が目見したのは、憤怒の形相に髪の毛を逆立たせた先代の勇者。
かつて僕が憧れた男の変わり果てた姿だった。
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