41. 剣聖勇者VS魔将タルーウィ②

 大空を急上昇中の僕は、危なっかしい足場――磔台はりつけだい――から落ちないよう必死にしがみつきながら、シャナクの姿を追った。

 彼女は上空に打ち上げられたことに驚いた様子はなく、正面にいるタルーウィと睨み合っている。


「くっふっふ! 面白い……実に面白い!!」

「最高のアシストだわ。ここなら私は誰にも気遣うことなく戦える」

「全力を出せると言うことか?」

「もちろん」

「素晴らしい! だが、見物人がいてはダメ、ということはあるまいな?」

「見物人?」


 タルーウィがこちらを指差したことで、シャナクが僕の存在に気が付いた。


「マリオ様!? な、なぜこんなところに!!」


 ……めちゃくちゃ驚いている。


 無理もないか。

 魔法も使えず、特別なギフトもない僕が、空中にまでついてくるとは思うまい。


 だけど、僕が傍にいるという理由で本気を出せないというのは困る。


「シャナク、僕のことは気にしなくていい! 全力で戦ってくれ!!」

「でも……っ」

「頼みがきけないなら、命令するぞ!?」

「……承知しました」


 シャナクは僕の後ろに視線を移した。

 彼女が見ているのは、僕の傍に追随しているルールデスだ。


「ルールデス。もしもの時は、マリオ様を守ってください」

「ええ。あなたは目の前の敵にだけ集中なさいな」


 わずかな会話を終えて、シャナクは再びタルーウィへと向き直る。


「案ずるな! こうなった以上、お前以外を狙う理由はない!!」

「そうでしょうね。行きますよ、魔将タルーウィ!」

「来い! 今生にて、最高の宴を催そうぞ!!」

「はああぁぁぁ!!」


 シャナクが胸を張って声を上げた。

 気合を入れたのか、今までにないほど密度の濃い聖闘気が彼女の周りに留まる。

 まるで太陽を纏っているかのように明るい。


「その力を待っていた! 我が全力を受け止めてくれ、勇者シャナクよ!!」


 一方で、タルーウィも真っ白な炎が全身から解き放たれた。

 こっちも太陽のような煌めきを放っている。


「たああぁぁぁ!!」「うおおぉぉぉ!!」


 二人は同時に空中を動いた。

 翼をはためかせて飛翔するタルーウィに対して、シャナクは背後に光を撃ち出し、その反動を利用して任意の方向に移動しているらしい。

 空中での動きはシャナクが不利か?


 ところで、僕のまたがっている磔台はりつけだいの上昇速度がだいぶ落ち着いてきた。

 そろそろ落下が始まりそうな予感……。


「戦いに巻き込まれないように離れないと! ひとまず……右へっ」


 頭の中で念じると、磔台はりつけだいが右側へと滑るように動いた。

 しかし、スピードが遅い!

 それに予想した通り落下が始まったぞ!!


「情けない男ね。怖がっていないで、もっとシャキッとなさい!」

「そ、そんなこと言われても……」


 ルールデスに怒られてしまった。


 どうやら僕がおっかなびっくり念じているから、磔台はりつけだいの動きも鈍いらしい。

 だからって、空を飛ぶのに慣れていない人間がそう簡単に恐怖心を拭えるわけもなく……。


 空中でもたついている間に、衝撃波に煽られた。

 遅れて届いてくる激しい衝突音。


 音のした方向を見ると、50mほど離れた場所で黄金色の光と白色の炎がぶつかり合っている。

 衝突後、光と炎は一旦離れるや、改めてぶつかり合う。

 その度に近くにある雲は吹き飛び、衝撃波が僕にまで届いてくる。

 油断すると本当に磔台はりつけだいから振り落とされてしまいそうだ。


「受け取れ! 我が業火の炎槍を!!」


 タルーウィが四つの手のひらを合わせて炎の柱を撃ち出した。

 なんて大きさ――直径10mはあるぞ。

 そんな巨大な炎の柱が、シャナクへ向かって一直線に迫っていく。


 シャナクならあの攻撃を躱すことはさほど難しくはないだろう。

 しかし、彼女は僕の予想を裏切り、なんと真っ向から炎の柱へと突っ込んでいった。


輝ける我が剣の領域シャイニングフィールド!!」


 キラキラと輝く光がシャナクの手前に顕れる。

 彼女と炎が衝突したのは、その直後のこと。


「はああぁぁぁぁ!!」


 炎はシャナクの体を焼く前に、無数の見えない剣閃によって斬り払われた。

 すぐに炎の柱を突き抜けた彼女は、タルーウィの目の前へと踊り出る。


「な、なんとっ!?」


 さすがのタルーウィも、正面から炎を突っ切ってきたシャナクには驚いた様子。

 即座に四つの腕に握る炎の剣を構えたものの、シャナクはすでに奴の背後へと回り込んでいた。


聖なる光の剣閃シャイン・グリント最大出力マックスパワー!!」


 聖光剣の一撃がタルーウィを捉えた。

 背後からの直撃を受けた奴は、背中の肉片と共に両翼が千切れ飛ぶ。


 翼を失った奴は空中に留まれない。

 あとは落ちていくだけ……これでシャナクが圧倒的に有利になる!!


「いいぞ、もっとだ勇者よ!!」

「あっ!?」


 タルーウィは落下するさなか、尻尾を伸ばしてシャナクの足首へと巻き付けた。


 シャナクはすぐさま尻尾を切断しようとするも、振り下ろした聖光剣をタルーウィに鷲掴みにされてしまう。

 腕一本ならいざ知らず、聖光剣の剣身を掴んでいるのは四本の腕。

 これではとても振り抜くことはできない。


「ぐぐ……っ!」

「まこと恐ろしやな、勇者の剣! だが、もう一押し足りなんだ!!」


 シャナクは腹を蹴りつけられ、剣の柄から手を離してしまう。


 聖光剣を手中にしたタルーウィは、それをすぐさま放り投げた。

 剣は回転しながら遥か遠方へと飛んでいき、すぐに僕の視界から消えてしまった。


「さぁどうする!! 剣に頼っていては真の勇者とは言えぬ――策はあるか!?」


 突如、タルーウィの背後に炎の渦が巻いて爆発を起こした。

 奴はそれによって生じた推進力で、シャナクへの接近を試みている。

 翼を失って早々、空中を移動する方法を編み出すとは……。


「……いけないっ。シャナクを追いかけないと!」


 二人との距離が離れていく。

 これじゃ戦いを見守るどころじゃない。


「えぇと……方角は西! 加速だ!!」


 強く念じた瞬間、磔台はりつけだいが超高速で滑空した。

 まさかこんなに速度が出るとは思わなかったから、危うく振り落とされるところだった。


 なんとか彼らの戦いが観測できる距離まで近づいた時――


神なる聖拳セイクリッドブロウ!!」


 ――シャナクが反撃に転じた。

 しかし、シャナクの放った光の拳は、軽々とタルーウィにいなされてしまう。


「温い!!」


 すれ違い様、タルーウィは尻尾の先端に形成した炎の刃でシャナクの腹を斬りつけた。

 手痛い反撃を受けたシャナクは、渋い顔をしながら距離を取る。


「退いてどうする! 向かってこい!!」


 タルーウィが四つの手のひらからそれぞれ火炎を放った。

 あれは広場地上で放ったのと同じ技だ。


輝ける聖圧の波シャイニングウェイヴ!!」


 シャナクは片手を振り抜き、眩い光の波を起こした。


 光の波は接触した火炎をすべて払い除け、掻き消すことに成功する。

 だが、タルーウィは難なく光の波を突き破り、シャナクの元へと突っ込んでいく。


「おおおおおぉぉぉぉ!!」

水晶光壁クリスタルウォール!!」


 シャナクの防御技が顕現した。

 どんな物理攻撃も通さない光の膜が、彼女を守ってくれる――


「温いと言ったぁぁ!!」


 ――はずなのに、タルーウィが四つの炎の剣を重ねて放った一撃で、光の膜はガラスが割れるように砕け散ってしまった。


「あうっ!!」


 炎の剣がシャナクの体を貫いた。

 否。一瞬早く、彼女は体を捻って串刺しを避けていた。


 しかし、ダメージは大きい。

 それは表情が歪むのを見ればわかる。


「終わりだ、勇者よ!!」


 タルーウィが四つの腕でシャナクを抱きしめた。

 抵抗する間もなく、白炎は彼女の全身を包み込んでいく。


「うあああああっ!!」


 ……シャナクの悲鳴が痛い。


 このままじゃ彼女が焼き殺される。

 黙ってそれを見ているなんてできっこない。


 磔台はりつけだいに、タルーウィへと突っ込むように念じようとした時――


「待ちなさい!」

「ぐわっ!?」


 ――ルールデスが僕の襟首を掴んだ。


「見て。シャナクは諦めていないわ!」

「……っ!?」


 首が締まるさなか、視界の隅で何かがキラリと光った。

 あれは――


我が剣に迷いなしインファリブル!!」


 ――空の彼方に投げ飛ばされたはずの聖光剣だ!


 聖光剣は黄金色の光を纏って、真っすぐにシャナクの元へ飛んで行く。

 それはつまり、タルーウィへ向かっているということ。


「!? なんだ、この気配は」


 タルーウィが聖光剣に気付いた頃には、すでに切っ先が奴の横腹へと突き刺さっていた。


「なっ! なんだとぉぉぉ~~~!!」


 刺突の衝撃でシャナクを手離したタルーウィは、そのまま落下を始める。

 伸ばした尻尾も、今度はシャナクには届かない。


「はぁっ、はぁっ」


 シャナクの息が大きく乱れている。

 すでに彼女の体はボロボロ――


 衣服は焼け落ち、ほとんど全裸に等しい。

 全身に酷い火傷を負っていて、髪の毛も焦げてしまっている。


 ――だけど、凛とした表情と強い瞳だけは変わりない。


「来い――聖光剣クンツァイト!!」


 シャナクが利き手を上げて叫んだ。

 すると、タルーウィの腹に刺さっていた剣が抜け、彼女の手元へと戻っていく。


 それから間もなく、タルーウィは足下で起こした爆発に打ち上げられ、シャナクと同じ目線まで戻ってきた。


「手放した剣を自在に操るか……ぬかったわ!!」

「そろそろ決着をつけましょう」

「よかろう。我も十分に楽しんだ――戦いの幕は、我が勝利でもって引くこととしよう!」

「いいえ。勝つのは私です」


 いよいよ地上が近づいてきた。

 シャナクもタルーウィも、今は重力に従って降下している。

 決着は今から地上に降りるまでの間につくのだろう。

 僕はシャナクの勝利を信じるのみだ。


「勇者シャナク、我が奥義をお前に捧げる!!」

「ならば私も……勇者の奥義をもってあなたを討つ!!」


 シャナクはその身を取り巻く聖闘気を剣へと集中し始める。

 剣身に固定された光は、10m近い長大な光の剣を形成した。


 一方、タルーウィは四つの腕を重ねて、手のひらに光球を創り始めた。

 奴の全身に燃え盛る白い炎は禍々しい青紫色へと変貌し、同じ色をした光球は今にも破裂せんばかりに膨張していく。


「感謝するぞシャナク。これほど充実した戦いは初めてだった」

「私は楽しくなどありませんでしたが……あなたと戦ったことは、この先忘れることはないでしょう」

「くっふっふ。ならば受け止めてくれ、我が奥義――」

「これが私の全力全開――」


 浮遊しているはずの磔台はりつけだいがグラグラと揺れ始めた。

 まるで地震――あの二人の影響で、大気が震えているのか?


 二人の溜め・・が終わった。


 先に動いたのは、タルーウィ。


「――天破天嘯てんはてんしょう!!!!」


 膨張しきった光球は破裂し、閃光となって空の半分を照らしだす。

 その空は手前から遥か彼方に至るまで、一瞬の時間差もなくすべて同時に火が付き、空一面を火の海と化した。


 そして、シャナクも虹色に煌めく光の剣を振り抜く。


「――全天煌めく光の剣閃グランシャイン・グリントスプリーム!!!!」


 その剣閃は空を斬った。

 比喩ではなく、燃え上がる全天を言葉通りに斬り裂いたのだ。

 信じ難いことに、開かれた裂け目からは大空よりも・・・・・遥か彼方に浮かぶ星々の姿が露出している。


「これが真の勇者の力、か。堪能したぞ……」


 タルーウィから炎が消えていく。

 奴の体はシャナクが振り抜いた剣閃の軌跡と重なっており、それに触れた部分――胸から足元にかけて――はすでに消失していた。

 炎が消えたのは、命が燃え尽きる兆候なのだろう。


「最期に言い残すことはありますか?」

「勇者シャナクよ――この命は、我を倒したお前にこそ捧げたい。トドメを刺せ。それを最後の誉れとし、我は今一度……地獄へ……」


 敗北を認めたのにタルーウィの表情は晴れやかだ。

 一方、敵を見つめるシャナクの表情もどこか清々しい印象に映る。

 

 命を賭して戦った者同士、何か通じ合うものがあったのだろうか。

 戦う力のない僕には、それがちょっとだけ羨ましい。


 僕は磔台はりつけだいを傾けて、落下する二人を追いかけるように急降下を始めた。


 隣では、スカートを押さえながらルールデスが併走している。

 彼女は星々が覗いている空の裂け目を見上げて、眉をひそめていた。


「まったく非常識な威力ね。まさか大気を消滅させて宇宙の姿を晒すなんて……」

「ウチュー? 空の向こう側にある星の世界のことか」

「大気の消失はいずれ元に戻るでしょうけど、下手をしたら地上が滅びかねない絶技だったわ。あれがシャナクの真の力……想像以上ね」

「あれってそんなにヤバい状態なの?」

「学のないお前に説明する意味はある?」

「……酷い」


 とにもかくにも、シャナクの勝利だ。

 犠牲者を出すことなく魔王軍の支配から副都を解放できて幸いだった。


 その時、ルールデスが急に周囲を警戒する素振りを見せる。


「!? 何、この魔力は……!?」

「どうした?」

「攻撃的な魔力を感じるの! まさかこれは――」


 どこからともなく鋭い風切り音が聞こえてくる。

 周囲を見回すと、こちらに向かって何かが飛んでくるのが見えた。

 あれは――


「あっはははは! 助けに来たよぉぉ~~~!!」


 ――箒にまたがった魔女!?


「ジジか!?」


 間違いない。

 あの服装は、勇者パーティーの魔導士ジジ。

 どうして彼女がこんなところに!?


「くたばれ化け物! 極大冷禍氷槍マキシマム・アイス・ジャベリン!!」


 ジジの唱えた攻撃魔法は、空気中の水分から巨大な氷柱つららを創り出し、高速で空へと撃ち出した。

 その氷柱つららは弧を描きながら落下していき、タルーウィへと直撃した。


「ぐあああぁぁっ!!」


 氷柱つららの威力は凄まじく、タルーウィの全身を瞬く間に氷漬けにしてしまう。

 落下の風圧によって体は粉々に砕け散り、空には氷の粒がキラキラと散乱する。


 ……思いもよらない悪魔の最期だった。


「タルーウィ……」


 介錯をし損ねたシャナクは、悔しそうに唇を噛んでいる。

 そんな彼女とは裏腹に、ジジが高笑いをあげながら僕へと近づいてきた。


「ねぇ、ねぇねぇっ! 見たでしょ、マリオ!?」

「……ジジ。一体何の真似だ……」

「あたしが魔将タルーウィのトドメを刺したのよ! このあたしがっ!!」

「ふざけるな! すでに決着はついていたんだ。どうして横から割り込んで奴を殺した!?」

「そんなに怒ることないじゃん。そもそもモンスター討伐なんて早い者勝ちでしょ?」

「……今さら僕に何の用だよ?」

「あたしを仲間に入れてほしいの!」

「はぁっ!?」


 いきなり現れて何を言い出すんだこの女は。

 前のパーティ―で僕を切り捨てたくせに、仲間に加えろだと!?


 そもそも勇者パーティーはどうしたんだ?

 シャインとベルナデッタはどこにいる?


 ……まったくわけがわからない。


「あたしの力を真の勇者様のために役立てたいの! あんたもあたしの実力は知ってるでしょ? 仲間にして損はないから!!」

「真の勇者って……シャナクのことか?」

「そう、シャナク様よ! シャインなんて紛い物の勇者だった。あんなパーティー、とっくに脱退してきたわ!」

「脱退? 勇者パーティーを――〈暁の聖列〉を……?」


 シャインを偽者呼ばわりして、〈暁の聖列〉を抜け出してきただって?


 今、シャインは勇者の資格を剥奪されて、姿を隠していると聞いている。

 そんな大変な時期に、リーダーを切り捨ててこっち側につこうとやってきたのか?

 なんて恥知らずな女なんだ……!!


「魔王討伐には必ず役に立てるわ! だから、あたしを――」

「その騒々しい口を閉じなさい、小娘」


 ジジの口上に、ルールデスが割り込んだ。

 その声色にはどことなく怒りを孕んでいるのがわかる。


「は? 何よ、あんた」

「礼儀を知らない下賤な輩ね。わらわがもっとも嫌うタイプの人間だわ」

「なぁんだ、もうパーティーに魔導士がいたの。そこそこできるみたいだけど、どうせ大したギフトは持ってないんでしょ?」

「そう言うあなたは、どれほど大層なギフトを持っていると言うわけ?」

「聞いて驚け! あたしのギフトは〝無限連鎖チェインコンボ〟――敵と認識した相手に連続で魔法を当てることで、威力が倍増していく効果があるの! 魔導士にとって最高のギフトでしょ!?」

「〝無限連鎖チェインコンボ〟、ね。……くだらない」


 ルールデスが吐き捨てるように言った。

 やめときゃいいのに、それを聞いたジジはムッとした様子でルールデスに食って掛かる。


「気に入らないなぁ、その顔! あんたなんて、二流の魔導士が持ってるような低レアギフトなんでしょ!?」

わらわのギフトは〝無限魔力インフィニティ〟――底なしの魔力によって、無限に魔法を使い続けられるの。あぁ、でも、あなたのギフトに比べたら凡庸なギフトかしらねぇ?」

「〝無限魔力インフィニティ〟……無限に魔法を? う、嘘でしょ」

「嘘かどうか試してみる?」


 そう言ってすぐ、ルールデスは大きな魔法陣を顕現した。

 彼女が指を払う仕草を見せると、魔法陣が縮小し、青白く輝く鎖となってジジの体を縛り付ける。


「なっ!? 何を……この魔法は!?」

「魔封じの魔法は知っているわね? 一定時間、対象者の魔力の働きを阻害する嫌がらせ的な魔法なのだけれど、顕現時に割り振る魔力の多寡たかによって効果時間が変わるの」

「何言ってんのよ!? これ解いてよ!!」

「今から簡単な問題を出すわ――無限の魔力を持つわらわが魔封じの魔法を使った場合、果たして相手はどのくらい魔法を使えなくなるでしょう?」

「え」

「一日? 一週間? それとも一ヵ月?」


 ルールデスが感情のない冷めた表情でジジを問い詰める。

 今の彼女は、良心の欠片も感じさせない邪悪な顔だ。


 ジジの方は、見る見る引きつった顔へと変わっていく。

 ……哀れ。相手が悪過ぎたな。


「待って。嘘。冗談……だよね?」

魔力回路剥奪スペルオーダー・ディパイヴ・・永続禍インフィニティ


 ルールデスが魔名を唱えるや、ジジの体に鎖が溶け込むように消えていく。

 一見すると、何も起こっていないように見えるけれど……。


「答えは、死ぬまで。引き続き空の旅を楽しみなさい――」


 ジジがチラリと僕を一瞥した瞬間。

 彼女のまたがる箒が浮力を失い、本人ともども真っ逆さまに地上へと落ちていった。


「――もっとも、飛べれば・・・・の話だけれど」


 それからややあって。

 眼下に副都の街並みが見えてきた頃、裏通りの一角にトマトが潰れたような痕跡を見つけたけれど――僕は見て見ぬふりをした。

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