02. たった一つ残った希望

 部屋から出ると、廊下には僕を笑顔で迎えてくれる者がいた。


「あら? もう会議はお終いですか?」

「……うん」

「元気がありませんね。どうかしたのですか、ご主人様?」


 それはメイド服を着た美少女――名前をゴールドマリーという。

 一見、僕とそれほど歳の変わらない少女に見えるけれど、彼女には秘密があった。


「……マリー」

「はい。なんでしょうか、ご主人様」

「僕、パーティーをクビになった」

「はい?」

「いや、だからパーティーをクビになったんだよ」

「わかっています。だから、はい?って言ったんです」


 彼女は笑顔を一変させ、ムッとした表情で言った。

 どうやら僕の解雇を不満に思ってくれているみたいだ。


「これからのことを考えたい。相談に乗ってもらえないかな」

「何をおっしゃっているのやら。ご主人様をクビだなんて、いくら勇者様と言えど馬鹿げた決定です! 私が抗議してきますっ!!」

「わわっ! よせってば!!」


 マリーが会議室に入っていこうとしたので、僕は慌てて彼女を押し止めた。


「どうしてですかっ! 今までの冒険で、ご主人様がどれほどあの方に貢献してきたか――」

「いいから黙れってばっ」


 声が大きくなってきたので、僕はマリーの口を塞いで扉から引き離した。


「もうっ! どうして泣き寝入りするんですか!?」

「いや、だって、仕方ないことだから……」

「仕方ないとは?」

「フェンサーとウルファーの修理費用が高過ぎて、これ以上お金を出せないってさ」

「……呆れた。あの二体はご主人様と一心同体でしょうに。あれらを直すことにお金を使わないだなんて間違っています。勇者様にとっての武器防具と同じではありませんか!」

「それはそうだけど、戦闘用に特化した人形の場合は額が額だし」

「はぁ。我が主ながら情けない……」


 マリーが呆れた顔で溜め息をついた。


「ご主人様は聞き分けが良すぎます! あなたもこの数ヵ月、勇者様と冒険してきて立派な功績をあげてきたではありませんか。何を遠慮することがあるのです?」

「功績って言っても、みんなで一丸となった結果であって……」

「いくら憧れの相手とはいえ、下手に出ることはありません。苦楽を共にした仲間なんですから、対等に接してしかるべきですっ!」

「簡単に言うなよ。僕にだって人形を壊した後ろめたさがあるんだから」

「勇者様やその仲間達を守るためでしょう。修理費だって必要な経費ですよ!」


 相変わらずマリーは言うことに遠慮がないな。

 僕があまり気の強くない性分ということもあって、彼女には対外的な面でよく助けられている。

 かと言って、さすがにシャインにまでこの勢いで話されては角が立ってしまう。


 もう関係が切れたとは言え、世間的に影響力の強い勇者の心象を損ねるのはよろしくない。

 この場はなんとか落ち着かせないと……。


「行くぞマリー! 僕の言うことが聞けないのか!?」

「どこへ行くと言うのです。今はこのお屋敷のお世話になっているのに」

「いいから行くんだよっ」


 僕はマリーの手を掴んで、強引に廊下を引っ張っていった。

 しかし、彼女はまだ納得がいっていないようで、僕の手を振り払おうと抵抗してくる。


「離してくださいっ。出ていくにしろ、やっぱり一言言ってやらないと気が済みません!」

「マリー、もういい加減に――」


 マリーが手首を捻った瞬間、スポンッという音と共に僕はすっ転んでしまった。

 背中を打ちつけ、咳き込む僕にマリーが慌てた様子で寄り添ってくる。


「大丈夫ですか、ご主人様!?」

「うん……」


 僕の手元にはマリーのすっぽ抜けた手首があった。


 ……そう。

 ゴールドマリーは、僕の所有する三体目の人形なのだ。


「あ、あら……これはお恥ずかしい……っ」


 マリーは僕から自分の手首を引っ手繰ると、外れた腕へとカポッとはめ込んだ。

 まずは主人である僕を引き起こしてくれよ――と思ったけれど、ばつが悪くてそれも言えない。


 僕は立ち上がるや、改めて彼女に言う。


「さぁ、行くよマリー。もう面倒事は懲り懲りなんだ」

「……そうですね。参りましょうか」


 今度は素直に従ってくれた。


 マリーはフェンサーやウルファーとは違い、非戦闘向きのメイド型人形だ。

 そのため戦闘には参加せず、僕の身のまわりの世話をすることに特化している。

 会話ができない他の二体に比べて、マリーは日常的に僕の話し相手になってくれるので、人形であることをよく忘れてしまう。

 僕に姉がいたらきっとこんな感じなんだろうな、と思うくらいには彼女のことを信頼している。まさに家族のように。

 恥ずかしくて、こんなこと口に出して言ったことはないけれど。


 彼女を連れて屋敷の玄関に向かっていると、執事に話しかけられた。


「マリオ様。お話はうかがっております」


 ……と言うことは、僕が勇者パーティーをクビになったのを知っているのだろう。

 やっぱり僕の解雇は事前に決まっていたことみたいだ。


「我が主――エゼキエル侯爵閣下からの伝言でございます」

「……はい」

「本日以降、当敷地、および関係各所への無許可の来訪を禁ずる。また、勇者特権を行使することも同様とする。以上となります」

「承知しています」


 エゼキエル侯爵とは、シャインのパトロンとなって冒険の資金援助をしてくれている貴族だ。


 今、僕がいる屋敷も侯爵の所有する屋敷の一つで、この町にいる間の拠点として使わせてもらっていた。

 侯爵は国内屈指の大貴族なので、その権力の庇護下で僕達は他の冒険者パーティ―に比べて非常に有意義な活動をすることができていた。


 そのうちの一つが、勇者特権だ。

 言葉の通り、勇者シャインを擁するパーティーは、エゼキエル侯爵の名の下にある程度の無理難題を通すことを許されていた。

 具体的には、宿泊施設などの公共・民間事業の無償利用、鍛冶屋や商店の優先利用、そして銀行からの臨時資金融通など。


 思い返してみると、身の丈に合わないほど優遇されていたなと思う。

 今後その恩恵に与れなくなるのは残念だけれど、それはシャインにパーティーに誘われる前の状態に戻るだけのことだ。


「お世話になりました。侯爵によろしくお伝えください」

「……」


 執事からの返事はなかった。

 彼は小さく会釈をするや、すぐに踵を返して去っていく。


 この人も昨日までと態度がまったく違う。

 僕のような庶民は、勇者特権によってたまたま特別な扱いを受けていたに過ぎなかったってことだろうな……。


「なんて失礼な態度。抗議してきましょうか?」

「やめろって!」


 僕はマリーを連れて玄関へと向かった。

 途中、この屋敷のメイド達と何人もすれ違ったけれど、昨日までのように丁寧に接してくれる者は皆無だった。

 挨拶しても返事をしてくれる人はおらず、見向きもされない。

 まるで僕が空気であるかのように。


「むむ~~っ」


 そんな周りの反応を見て、マリーがいよいよ爆発しそうになっていた。

 人形のくせに感情が豊か過ぎるんだよな。

 それが彼女の良いところでもあるんだけれど。


 そして、僕らは玄関の扉をくぐって外へ出た。

 快晴――とはいかず、いつの間にか外は雨がどしゃ降りだった。


「傘を借りてきます」

「いい。必要ないよ」

「ですが……」

「安い宿を探そう。二人分の宿泊費用なら、僕の財布に残ってるから」

「ご主人様……」


 どしゃ降りの雨の中、僕は広い庭を歩き始めた。

 でも、マリーはついてこない。


 気になって振り返ってみると、彼女は悲しそうな顔で僕を見つめていた。


「これからいかがなされるのです」

「……さぁ。また古巣の〈ルーラー・ドール〉にでも戻るかな」

「人形使いギルドにですか。しかし、それは難しいかと。勇者様の勧誘があった時、半ば無理やりギルドと袂を分かったではありませんか」

「あの頃はシャインに声を掛けられて舞い上がっていたからなぁ。多忙だった当時、ギルドのみんなには迷惑をかけたから、今さら合わせる顔なんてないか……」


 僕は同業の仲間よりも、勇者との冒険を選んだ。

 魔王をやっつけて、世界を平和に導く――そんな子どもの頃からの夢を叶えられると思って、僕は後悔ない選択をしたはずだった。

 でも、今になってその選択を後悔している自分がいる。


 ……本当、我ながら情けない。


 僕はこれからどうすればいい?

 頼る人もいない今、僕はどこへ向かえばいいのだろう……。


「帰りましょう!」

「え?」

「ご主人様の冒険はお終い。故郷に帰って、お爺様のお仕事を継げばいいじゃありませんか」

「えぇ……墓守を……?」


 僕の家系は代々墓守だった。

 故郷の村には大きな霊園があって、そこを管理するのが務めの一族。

 しかし、父さんは祖父の跡を継ぐのが嫌で故郷を出て人形技師になった。

 僕も同様に、故郷を出て人形使いになったのだ。


 今さら戻るのはちょっと気が引けるけれど……背に腹は代えられない。

 人形使いとして活動するのが現実的でない以上、一旦故郷に戻って新しい生き方を模索しないと。

 それに、少し心を休めたい。


「そうだな。帰ろう、リース村に」

「はい!」


 マリーの顔に満面の笑みが戻った。

 それを見て、僕はこの笑顔に今まで何度も助けられてきたことを思い出した。


 彼女がいつも傍にいてくれたからこそ、僕は今までやってこれたのだ。

 その気持ちを直接言葉で伝えたことはないけれど、いつもマリーには感謝している。


 フェンサーにウルファー、そしてシャイン達の信頼も失った今、僕に残されている最後の希望は、マリーだけだ。

 ずっと大事にしていこう。

 彼女が傍に居てくれれば、僕はきっと立ち直れる。


 そんな未来を信じたい。

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