第3話 ドラゴンとの戦い


 キギツ、シェーナ、ランドルフの三人は、急いで店を出て状況を確認する。


 くうに浮かぶ雷嵐龍サンダー・ドラゴンは、さながら山にそそり立つ巨岩きょがんのごとき大きさをもつ。

 その外皮がいひ赤錆あかさびのような色の、やわな剣閃けんせんなど容易よういにはじく堅牢けんろう竜鱗りゅうりんでまもられている。

 禍々まがまがしくも雄々おおしい翼を、青月せいげつを覆い隠して地上を闇でつつまんとたくらむかのごとく広げ、羽ばたかせている。


「ガアアアア!!」


 たけり狂うようにひと声えると、一帯の空気がよどみ、震え、気圧けおされて尻をつく町民もいる。

 なんという声だ。図体ずうたいといいでかいだけで品がない。美しくない。愛らしさがない。凶暴で、同族以外の生命体に強い悪意をもち、知性はないに等しいくせにそこそこ強いところとかカス。ほんとただのカス。


(自分が小さいから嫉妬してるだけだろう)


 キギツの声がきこえるが、なにを言う広義でいえば同じドラゴンで、私が少しばかり小さめのサイズだからって、そんな、この愛らしさを天から与えられた私がこんな汚竜おりゅうに嫉妬だなんてするものか。


「まいったな……まだ小さいほうだが、雷嵐龍サンダー・ドラゴンってったら少なくとも村ひとつ壊滅するレベルだぞ。冒険者が出はらってるこのタイミングで……」


 ランドルフが、眉根まゆねを寄せて、うめく。

 ぐるりとキギツに首をめぐらした。


「小僧、おめーのスキルで……いけるか?」


 キギツの眼球にブンと鈍色にびいろに光る膜がはられ、皮膚の下の筋繊維を臓腑ぞうふを透かしとろうとするような眼光がんこう魔竜まりゅうを見つめる。

 これもキギツのスキル<熙々寂滅ファイナル・レター>の能力の一部で、どこを突けば絶命ぜつめいさせられるのかが判別できるのだ。


「正直言って、わからん。アイツはあのでかいアゴの下にコアがあるようだが、そうやすやすとふところには入れてくれんだろう。が、下にもぐりこめさえすれば――」


 と対応策を練っていると、竜からほど近い町の広場にひとりの冒険者の男が見えた。

 ズルズルと、必死になってロックボアの死体を引きずりながら逃げているようだ。

 見た目も若く、おそらく新米なのではないか。

 さっさと置いて逃げればいいものを、後生ごしょう大事に連れていこうとするから、あ、言わぬことではないすぐに竜に発見され、ひと声えられたことでようやくロックボアを放って逃げた。判断が遅い。


 ドスンと地面をゆらしつつ、降りた雷嵐龍サンダー・ドラゴンは、そのまま無雑作むぞうさにロックボアを口にくわえた。

 イノシシようのからだに、背面が岩でおおわれたロックボアであるが(横から突くことさえできればそう手ごわくはない)、その牙の鞏固きょうこさを誇負こふするように竜は岩ごとボリボリと容赦なく噛みくだく。

 獣の肢体したいから、血が飛沫しぶきをあげているのが見えた。


「よ、よ、よくもオレのはじめての獲物を……っ!」


 必死にはなれていった冒険者は、よほどうらみ骨髄こつずいてっしたのか、もっていた槍を頭の上に大きくふりかぶり、遠くから雷嵐龍サンダー・ドラゴンへむけていきおいもうに投げつけた。


「待て!」


 遠くからキギツがさけぶが、もはや間に合わぬ。


 槍は放物線をえがき、横からもも竜鱗りゅうりんにぶつかると、ガンという鈍い音をひびかせるも傷ひとつつけずに地面へ落ちた。

 ドラゴンが天をあおいで息を吸うと、牙周辺の空間がバチッバチッと破裂するような音を立てて光をためこむ。


「ギィヤァァァァ!!」


 さらにえるや、視認することも困難なすさまじいスピードの雷光らいこうが口から放たれた!


 若き冒険者は、その光を真っ向から浴び、稲妻いなづまに打たれたときのように倒れ、焦げ、ビクビクと痙攣けいれんしたあと絶息ぜっそくした。

 おそろしいブレス攻撃だ。

 周辺の石畳いしだたみも大きくえぐれ、飛散ひさんした石や土がその威力のほどを物語っている。


 彼をとめようと途中まで走り出していたキギツは、舌打ちして足をとめる。


「……ありゃ、ちょっと、まずいな」


 人の身長ほどもあろうかという大型の斧を手にもち、剃りあげたおのれの頭をなでまわしながらランドルフがつぶやく。

 そうしていると、雷嵐龍サンダー・ドラゴンは冒険者の死骸しがいを口にくわえて骨ごと噛みつぶし、あふれ流れる血をのみくだしながら町の中心にある教会の頂上に降り立った。


 さらなるおたけびとともに、無差別に雷公の息吹サンダー・ブレスをいくども吐く。

 教会の屋根は、その鋭くもたくましい爪でにぎりつぶされる。

 町の人々は阿鼻叫喚あびきょうかんで逃げまどうほかない。


「ええい、話しててもはじまらん。小僧、オレがあいつの気を引く。腕の一本ぐらいもいじゃるから、おまえはそのあと仕留しとめてくれ。姉ちゃんはスキを見てオレたちの援護、できるか?」


「は、は、はいぃぃぃぃ」


 シェーナが足をふるわせながら、杖にすがって返事をする。

 キギツは地面を蹴ってスッと跳びあがり、低い民家の屋上へと音もなく着地する。


「本当にあのバケモノの腕をもげるのか? あの電気にやられて死んでしまわんといいが」


「ダッハッハ、腕どころか頭から真っ二つにしちまってオレが手柄独占しちまうかもなぁ!」


 軽口をたたきながら、ふたりで分散して竜のもとへむかう。


 キギツは走りはじめるとともに、ひとまずこちらへ意識をむけようというのだろう、投擲とうてき用にもっている暗器あんきを敵へむけていくつも放つ。

 この国には概念がないからアサシンと称しているが、キギツは極東の島国出身で、正確にはニンジャというジョブであった。棒手裏剣という鋭くとがらせた鉄の棒に、魔力をまとわせてつづけざまに投げる。


 眼球・のど・竜鱗りゅうりんのない腹部といった急所を狙うが、竜が首を振った拍子に眼球ははずれ、ほかのものはブスリと刺さったあとうっとうしそうにうなると、ギョロリと飛んできた方角にいるキギツをにらんだ。

 ふたたび、力の奔流ほんりゅうを可視化したような電撃のうねりを口もとにためこみはじめる。


 あの巨体からすると、多少の刃物が刺さったところで、人間が木のトゲにチクリと痛みをおぼえる程度のダメージしかないのかもしれぬ。

 暗器には毒もぬっているが、上位種にはそもそも耐性があることも多いのであまり効果を期待もできない。


 バチッバチッという破裂音はれつおんが周囲の空気を犯し――雷嵐龍サンダー・ドラゴン稲妻いなずまを放つ!


 身の毛もよだつ神鎗しんそうのひと突きのごとき雷光らいこうであったが、キギツは瞬時に別の屋根へ飛び移ってこれを回避した。

 攻撃の速度はすさまじいものの、放出まえの予備動作が大きいためよけられなくもないと見える。


「おい!」


 キギツがその合間あいまにちらっとシェーナへ見て、大声でさけぶ。

 人さまに声をかけるときは名まえぐらい呼んだらどうだ。


「は、はい!」


「おれがコアを突くときか、あのタコ入道にゅうどうが一撃入れるときか、どちらかのタイミングで魔法をつかえ。余裕があれば合図する」


「てめーだれがタコ入道にゅうどうだ!」


 民家や障害物でからだをかくしながらドタドタと走るランドルフが、よくきこえたものでさけぶ。

 すると雷公の息吹サンダー・ブレスがすぐ間近に落ち、ランドルフがその衝撃の余波よはでちょっと浮く。


「てめーのせいで死んだら殺してやるからな!」


「死んだら殺せん」


 よくもまあそんな余裕があったもので、ふたりはなおもいつもの調子をくずさない。

 あるいは、あえてそうふるまうことでおのれの実力を平常へいじょうどおりに引き出そうとしているのやもしれぬ。


 いよいよ、教会の屋上に陣を占める雷嵐龍サンダー・ドラゴン至近しきんにまでせまってきた。

 すでにキギツに三度もブレスをかわされ、敵は目に見えていらだっている。


 キギツがふところから分銅鎖ふんどうくさりをとり出す。

 ぐるぐると大きな円をえがいて鎖を回し、先端についた分銅を竜へと放つ!


 両足を縛ることができればよかったが、しかし片足に巻きつけることはでき、瞬時に反対側を民家の煙突へと巻きつけて竜を縛るや、キギツは屋根を蹴って向かいの民家に跳び、さらに跳ねて竜の死角から短剣がとどく距離にまでせまる。


 空中で縦に反転し、足を空にむけながら、竜の眼球をつぶそうと短剣を流れるように突き立てた。


 竜は足の鎖にとらわれ、怒りくるってキギツには気づいていなかったが、はげしく頭を動かしたせいでからくもなんをのがれた。


 ガリガリと金属がけずれていくような音を立て、頭部をおおう竜鱗りゅうりんの上を刃がすべる。

 さすがにしう竜の鱗、キギツの故郷に伝わる名刀をもってしても大した傷がつかない。


 舌打ちをしながら敵の背後に降り立ったキギツだったが、あばれた竜の尻尾しっぽが巨大なムチのごとくしなって飛んできたためすぐに離脱した。

 避けたのは一瞬だったが、服の胸部がよくがれた刃物に切り裂かれたようにやぶれる。


 図体ずうたいと比例せぬ敏捷びんしょうさだ。

 相手は何度攻撃を受けても大したダメージにならぬが、こちらは一撃で死んでもおかしくない。

 まばたきするほどの時間でも気を抜けば、即座そくざ冥府めいふへ送られるだろう。


「こっち向けデカブツ!」


 どこからか胴間声どうまごえがして、さがすと教会の下にランドルフが到着していた。

 斧を片手に、なにやらブツブツととなえると、さわやかなあわい緑の光がうすい膜のように男をつつむ。



  此岸しがん旭光きょっこうあり

  濁世じょくせなれども萌芽ほうがあり

  黄塵こうじん舞えども呱声こせいあり

  蒼穹そうきゅう息吹いぶきよ、

  せめて泥濘でいねいさらう祝福であらんことを


  <風が黒雲を裂いていくウインド・カッター



 ランドルフが詠唱えいしょうを終えると、半円形の風のやいばが何本も雷嵐龍サンダー・ドラゴンにせまる!


 竜鱗りゅうりんをけずりつつ、そのうちの一本が鱗のない胴体に剣で一文字に斬り裂いたような傷を与え、毒々しい緑青ろくしょうのごとき色の血が流れた。


「ギィヤァァァァ!!」


 さらに怒りが頂点に達したような声で、雷嵐龍サンダー・ドラゴンがランドルフへむけ咆哮ほうこうにて威圧いあつする。


「……あの見た目で、魔法もつかえたのか」


 ぼそりとキギツがつぶやきつつ、


「でかした」


 そうつづけて、目に見えぬほどのスピードで竜の足もとまでもぐりこむ。

 瞬時に屋上を蹴り、竜のアゴの下まで短刀を突き立てようとすると――


「ゴアァァァァ!!」


 いかにして気がついたのか、にわかに突風が吹き荒れたかのような速度で雷嵐龍サンダー・ドラゴンの腕が振られ、その爪でキギツが切り裂かれる――


「キギツさん!」


 距離は置いているものの、魔法がとどく範囲にまで近づいていたシェーナが、悲痛なさけびをあげる。


 が、獰悪どうあくなる竜の爪が通過したはずのそこには、キギツの残像だけが切り裂かれていた。

 みごと、その超人的な反射神経と脚力とで、反撃から身をかわしたのだ。


 とはいえ、至近距離からの斬撃ざんげきであり、想定よりも速かったのだろう、右腕から血が流れているのが見てとれた。

 また、とっさにジャンプしてかわしたようで、キギツのからだが宙に浮いている。


 それは、悪手ではないか――空中では身動きがとれぬ。


 竜も同様の思考にいたったのか、野性の直観ちょっかんのごときものが働いたのかは知れぬ。

 その巨体をおどろくほどすばやくヒュッとひねると、これまで数多あまたの人の獣の血をみこませてきたであろう口を大きくグパッとひらき、キギツのからだを無惨むざんみくだかんと太き牙がいまにもせまる――


 ギィン!


 が、先ほどキギツが巻きつけた鎖が、竜の動きを制限した。

 牙のならんだその大口おおぐちは、わずかに、キギツのからだまではとどかない。

 そこまで計算していたのか、キギツは宙で右腕をおさえつつ、安堵の吐息をヒュッと瞬間的に押し出す――


「グルァァァァァァ!!」


 すると竜は、これまででもっとも激しい、狂憤きょうふんといってよい感情をこめた絶叫を放った。

 ミシミシ、ミシミシ、と不穏ふおんな音がどこからかもれ聞こえたかと思うと、自身を引く鎖にちからのかぎりにあらがい、竜のからだを懸命けんめい抑止よくししていた煙突が土煙つちけむりをあげながら、くずれていく。


 抑えられていた竜の口が、牙が、ヘビが獲物をとらえるときのようにまだ空中に滞留たいりゅうするキギツのからだをく追いすがって――


「いまだ!」


 キギツが、語気鋭くさけんだ。

 その声に応ずるように、とある一点にただよう魔力が引き寄せられていく。


「<私のことだけを見てオート・フォーカス>」


 雷嵐龍サンダー・ドラゴンの頭部があわく発光したかと思うと、その顔はグリンッとあらぬほうへとねじ曲げられた。

 少しはなれた位置で万端ばんたん準備をととのえていたシェーナが、「よそ見の魔法」を放ったのだ。

 ガギン、と肌の粟立あわだつ音を立てて、組み合わさった牙同士はむなしくくうむ。


「……でかした」


 つぶやきつつ、キギツは振りかぶると、ちょうど眼前へと流れてきた竜の眼球へ、短刀を思いきりえぐるように突き立てた。


「ギィヤァァァァ!!」


 こんどは怒りではなく、純粋な痛みにともなう苦鳴くめいを、雷嵐龍サンダー・ドラゴンが発した。


「よっしゃ、手柄はもらうぜ!」


 地上にいるランドルフが高らかに宣言したかと思うと、斧を大きくふりかぶってひと息絶叫する。


「おうりゃああああ<跳躍する与作の躍動まきわりダイナミック>!」


 スキルの力であろう、その重装歩兵としか見えぬ体躯たいくからは想像もできぬほど天高く、竜の頭上近くにまで跳びあがり、その隆々りゅうりゅうたる筋肉によって堅強けんきょうなる大斧がふりおろされる――


 そのまま敵の頭をかち割るかと思ったが、敵もさるもの、すさまじいスピードで身をよじり頭を斬られるのは回避した。


 が、完全に避けきることもまた容易よういではなく、腕のつけ根にその斧が深く食い入る。


「ちいっ!」


 ランドルフがそう惜しんだのもひと息の雷嵐龍サンダー・ドラゴン苦鳴くめいとも咆哮ほうこうともはんぜぬ声をもらしたかと思うと、バチッバチッと聞きおぼえのある破裂音がすぐそばで高く鳴る。


「……あとたのむぞ」


 あぶら汗をにじませつつ、斧を振りおえたあとであり、また落下の最中で身動きのとれぬランドルフが、キギツにつぶやいた。

 先ほどの、雷公の息吹サンダー・ブレスを受けて痙攣けいれん絶命ぜつめいした冒険者が脳裏のうりをよぎる。

 この至近距離で、あの攻撃を受けてはどんな屈強くっきょうなからだであろうとひとたまりもない。


 雷撃らいげきを放つにじゅうぶんな光の奔流ほんりゅうが、いままさに雷嵐龍サンダー・ドラゴンの口もとに渦巻こうとしていた――


「ウスノロは引っこんでいろ」


 突如、頭上からそう声がひびいたかと思うと、キギツが空に浮かびあがり、ランドルフの顔面を思いきり踏んづけていた。

 ただでさえ落下の途中であったランドルフは、広場に放置されている露店ろてんのテント目がけて加速しながら落ちていく。


(……失敗したな)


 そう、キギツが心中しんちゅうで惜しむ声が私にだけとどいた。


 あるいは、そのまま竜のコアにまで跳んでいれば、ブレスが発せられるまえに倒せたかもしれない。

 が、キギツの眼前ではそれだけで一匹の魔獣まじゅうほどもあろうかという竜の厚い腕が苦痛にあばれており、一足飛びで首もとまで向かえる状態ではなかった。

 そこへ雷公の息吹サンダー・ブレスがランドルフに放たれようとしているのを見て、とっさにそちらへ跳んだのであろう。


 キギツはランドルフの顔を踏み台にしつつ、反転、竜の首もとを目がけて跳ねていた。


 そのキギツのすぐ鼻の先には、もはや発せられる直前の雷光らいこうがバヂヂと、血に飢えるような愉悦ゆえつのひびきで鳴く。


 明らかに、あちらの攻撃のほうが早い――


 キギツは観念したように目を閉じた。


(ドゥラミケ、すまん……)


 最後かのようなちいさな声で、私の名を呼んだ。

 まったく、この子はこういうときにしか、人の名を呼ばない……


 雷嵐龍サンダー・ドラゴンの口から、強烈な稲妻いなずまが走った。


 が、その瞬間、少しだけ竜の顔が光り、かたむき、雷公の息吹サンダー・ブレスは奇跡的にキギツのすぐ横を通過していった。


 キギツはなかば混乱しつつ、千載一遇せんざいいちぐうの好機に短刀をにぎりなおし、勢いそのまま竜のアゴの下の弱点へとその刃を突き立てた。


「<熙々寂滅ファイナル・レター>」


 竜が二、三度あらがうように首を振ったが、そのちからは見るからに弱々しく、ドウンと音を立ててくずれおち、ついに絶命ぜつめいした。

 そのまま、教会の屋上から地上へと身じろぎもせず落下していく。


 大きな衝突音とともに、雷嵐龍サンダー・ドラゴンの巨体は町の石畳いしだたみをへこませた。


 勝利の余韻にひたるまもなく、キギツは肩で息をし、おそろしいものでも見るように、ゆっくりと振りかえる。


 先ほどの稲妻いなずまが通っていったはずの道すじに視線を走らせると――シェーナがちからなく地面に横たわっていた。


 この子は、キギツが敵の雷に打たれようとするその瞬間、急いで詠唱えいしょうを重ねて二度目の<私のことだけを見てオート・フォーカス>を放っていたのだ。


 そうして雷公の息吹サンダー・ブレスはすぐ眼前にいたキギツではなく、少しずれた軸にいたシェーナへと一直線に走っていった。


 むろん、あのすさまじいスピードのブレス攻撃をよけられるようないとまはなく、その雷光らいこうはシェーナに直撃し、シェーナのうしろにあった木箱までもこなみじんに破壊していた。


 シェーナはうめき声ひとつさえあげることができず、倒れ、いま、地面に伏している。


 ――この子は、自分の命をなげうって、キギツのことを助けてくれたのだ。


「おい……おい!」


 急ぎ駆けつけたキギツが、おそるおそるシェーナを抱き起こし、必死に声をかける。

 目をみはり、凝然ぎょうぜんとその顔色を見つめるが、シェーナに反応はない。


「シェーナ……おい、シェーナ!」


 はじめて、キギツがシェーナの名を呼んだ。

 シェーナを支える手が、ひどくふるえている。

 おとぎ話ならば、ここで奇跡が起きてシェーナが目ざめることもあるのかもしれないが、現実では命はひとつしかなく、それが失われることがあったなら、ふくすることはない。


「なんでおれなんかをかばって……おまえ以外に、おれとパーティーを組める人間なんて……いないだろ……」


 キギツが、受けいれまいとするように、目をきつく閉じる。

 シェーナの肩を弱々しくにぎり、また地面にあてた自分の片膝を、ぎゅっとつぶれるほど強くにぎった。

 キギツがこれほど感情をあらわす場面をはじめて見たので、私はおどろいた。


「シェーナ……」


 キギツは悲嘆に沈んでいるので、見えていないが、シェーナは先ほどうっすらと目をさましたあと激しく混乱しているようだった。

 あまりに強い思念なので、私の精神にまで彼女の動揺が伝わってくる。


(え、え、なにこれどういう状況? さっき、雷公の息吹サンダー・ブレスが飛んできて、「ダメだこれ死んだわ」って思って意識が飛んで……それでなんでキギツさんの腕に抱かれちゃってるの私? いつも「おまえ」だったのに名まえ呼ばれちゃってるし、「おまえしかいない」みたいなこと聞こえた気がするけどいまの夢? 現実? まさかこれ告白? そんなことある?)


 いやさすがに告白は飛躍しすぎではないか、と思ってみたものの、私の声はきこえていないようだった。


 このまえも言ったが、私は精霊でもあり守護霊でもある。

 物理攻撃はムリだが、雷公の息吹サンダー・ブレスのような魔法攻撃のたぐいなら、ごく短時間ではあるが対象を保護することはできる。

 キギツはいつも「これが最後だ」と言って私の魔法を頼りに無茶をするが、それでは危機感がうすれて成長しないので「都合のいいときばっかり私に頼るんじゃあない」と口酸っぱく言って聞かせている。


 が、今回はことがことでもあるし、しかたなく使ってやったのだった。

 キギツには、過度に頼りにしないようキギツの一族にしか発動しないというウソを教えていたため、今回シェーナを保護したとはゆめにも思っていないのであろう。


 おもしろいのでシェーナが生きていることを私から伝えることをひかえ、黙ってことのなりゆきを見まもっていたのだった。いつも黙れって言われてるしなぁと意地わるく思う。


 シェーナは、意を決したように目をかっぴらき、キギツの腕のなかで声を裏返した。


「わ、私しかいないって、ことですか」


「いないというか、そうだな……。!?」


 死んだと思ったシェーナから声が発せられたことに、お手本のような二度見をして驚愕するキギツ。

 しばらく石のごとく硬直したあと、ふと私の可能性に思い至ったのか、キッとものすごい形相ぎょうそうで鼻歌まじりにすぐ近くを浮いていた私をにらむ。


 が――


「<私のことだけを見て>」


 キギツの顔が光でつつまれ、グリンと首がねじれて強制的にシェーナと見つめあうこととなる。


「……よそ見するな」


 顔を赤らめながら、シェーナがほおをふくらませてささやく。

 キギツもまた、めずらしくほおにうすくしゅがさしており、「……どうなんですか」とつづけるシェーナに、観念したようにそのひとみを見つめると、「ああ」とだけ、だれにもきこえないような声量でつぶやいた。


 私は見ちゃいられないとランドルフの様子をうかがいに行くと、テントに衝撃を吸収されたものの落下時の打撲で動けないようではあったが、「……オレのこと忘れちゃいねぇか」とつぶやく程度の気力はあったようなので、まあ大丈夫だろうと判断する。町の人間も集まってきたし。


 ともかく、これではじめて上位種を討伐とうばつできたわけで、めでたしめでたしではないか。

 「なんで言わなかった」というキギツの怒りが思念を通してビンビンに伝わってくるが、なにも知らないシェーナは、満面の笑みを浮かべてぎゅっと胸のなかの杖を抱きしめている。


 青月せいげつはきょうも青く、かがやいていて、この世界をあまねく照らしている。

 さあ、次はどんな冒険をしようか。

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よそ見の魔法 七谷こへ @56and16

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