第3話 ドラゴンとの戦い
キギツ、シェーナ、ランドルフの三人は、急いで店を出て状況を確認する。
その
「ガアアアア!!」
たけり狂うようにひと声
なんという声だ。
(自分が小さいから嫉妬してるだけだろう)
キギツの声がきこえるが、なにを言う広義でいえば同じドラゴンで、私が少しばかり小さめのサイズだからって、そんな、この愛らしさを天から与えられた私がこんな
「まいったな……まだ小さいほうだが、
ランドルフが、
ぐるりとキギツに首をめぐらした。
「小僧、おめーのスキルで……いけるか?」
キギツの眼球にブンと
これもキギツのスキル<
「正直言って、わからん。アイツはあのでかいアゴの下にコアがあるようだが、そうやすやすと
と対応策を練っていると、竜からほど近い町の広場にひとりの冒険者の男が見えた。
ズルズルと、必死になってロックボアの死体を引きずりながら逃げているようだ。
見た目も若く、おそらく新米なのではないか。
さっさと置いて逃げればいいものを、
ドスンと地面をゆらしつつ、降りた
イノシシ
獣の
「よ、よ、よくもオレのはじめての獲物を……っ!」
必死にはなれていった冒険者は、よほどうらみ
「待て!」
遠くからキギツがさけぶが、もはや間に合わぬ。
槍は放物線をえがき、横から
ドラゴンが天をあおいで息を吸うと、牙周辺の空間がバチッバチッと破裂するような音を立てて光をためこむ。
「ギィヤァァァァ!!」
さらに
若き冒険者は、その光を真っ向から浴び、
おそろしいブレス攻撃だ。
周辺の
彼をとめようと途中まで走り出していたキギツは、舌打ちして足をとめる。
「……ありゃ、ちょっと、まずいな」
人の身長ほどもあろうかという大型の斧を手にもち、剃りあげたおのれの頭をなでまわしながらランドルフがつぶやく。
そうしていると、
さらなるおたけびとともに、無差別に
教会の屋根は、その鋭くもたくましい爪でにぎりつぶされる。
町の人々は
「ええい、話しててもはじまらん。小僧、オレがあいつの気を引く。腕の一本ぐらいもいじゃるから、おまえはそのあと
「は、は、はいぃぃぃぃ」
シェーナが足をふるわせながら、杖にすがって返事をする。
キギツは地面を蹴ってスッと跳びあがり、低い民家の屋上へと音もなく着地する。
「本当にあのバケモノの腕をもげるのか? あの電気にやられて死んでしまわんといいが」
「ダッハッハ、腕どころか頭から真っ二つにしちまってオレが手柄独占しちまうかもなぁ!」
軽口をたたきながら、ふたりで分散して竜のもとへむかう。
キギツは走りはじめるとともに、ひとまずこちらへ意識をむけようというのだろう、
この国には概念がないからアサシンと称しているが、キギツは極東の島国出身で、正確にはニンジャというジョブであった。棒手裏剣という鋭くとがらせた鉄の棒に、魔力をまとわせてつづけざまに投げる。
眼球・のど・
ふたたび、力の
あの巨体からすると、多少の刃物が刺さったところで、人間が木のトゲにチクリと痛みをおぼえる程度のダメージしかないのかもしれぬ。
暗器には毒もぬっているが、上位種にはそもそも耐性があることも多いのであまり効果を期待もできない。
バチッバチッという
身の毛もよだつ
攻撃の速度はすさまじいものの、放出まえの予備動作が大きいためよけられなくもないと見える。
「おい!」
キギツがその
人さまに声をかけるときは名まえぐらい呼んだらどうだ。
「は、はい!」
「おれがコアを突くときか、あのタコ
「てめーだれがタコ
民家や障害物でからだをかくしながらドタドタと走るランドルフが、よくきこえたものでさけぶ。
すると
「てめーのせいで死んだら殺してやるからな!」
「死んだら殺せん」
よくもまあそんな余裕があったもので、ふたりはなおもいつもの調子をくずさない。
あるいは、あえてそうふるまうことでおのれの実力を
いよいよ、教会の屋上に陣を占める
すでにキギツに三度もブレスをかわされ、敵は目に見えていらだっている。
キギツがふところから
ぐるぐると大きな円をえがいて鎖を回し、先端についた分銅を竜へと放つ!
両足を縛ることができればよかったが、しかし片足に巻きつけることはでき、瞬時に反対側を民家の煙突へと巻きつけて竜を縛るや、キギツは屋根を蹴って向かいの民家に跳び、さらに跳ねて竜の死角から短剣がとどく距離にまでせまる。
空中で縦に反転し、足を空にむけながら、竜の眼球をつぶそうと短剣を流れるように突き立てた。
竜は足の鎖にとらわれ、怒りくるってキギツには気づいていなかったが、はげしく頭を動かしたせいでからくも
ガリガリと金属がけずれていくような音を立て、頭部をおおう
さすが
舌打ちをしながら敵の背後に降り立ったキギツだったが、あばれた竜の
避けたのは一瞬だったが、服の胸部がよく
相手は何度攻撃を受けても大したダメージにならぬが、こちらは一撃で死んでもおかしくない。
まばたきするほどの時間でも気を抜けば、
「こっち向けデカブツ!」
どこからか
斧を片手に、なにやらブツブツととなえると、さわやかなあわい緑の光がうすい膜のように男をつつむ。
せめて
<
ランドルフが
「ギィヤァァァァ!!」
さらに怒りが頂点に達したような声で、
「……あの見た目で、魔法もつかえたのか」
ぼそりとキギツがつぶやきつつ、
「でかした」
そうつづけて、目に見えぬほどのスピードで竜の足もとまでもぐりこむ。
瞬時に屋上を蹴り、竜のアゴの下まで短刀を突き立てようとすると――
「ゴアァァァァ!!」
いかにして気がついたのか、にわかに突風が吹き荒れたかのような速度で
「キギツさん!」
距離は置いているものの、魔法がとどく範囲にまで近づいていたシェーナが、悲痛なさけびをあげる。
が、
みごと、その超人的な反射神経と脚力とで、反撃から身をかわしたのだ。
とはいえ、至近距離からの
また、とっさにジャンプしてかわしたようで、キギツのからだが宙に浮いている。
それは、悪手ではないか――空中では身動きがとれぬ。
竜も同様の思考にいたったのか、野性の
その巨体をおどろくほどすばやくヒュッとひねると、これまで
ギィン!
が、先ほどキギツが巻きつけた鎖が、竜の動きを制限した。
牙のならんだその
そこまで計算していたのか、キギツは宙で右腕をおさえつつ、安堵の吐息をヒュッと瞬間的に押し出す――
「グルァァァァァァ!!」
すると竜は、これまででもっとも激しい、
ミシミシ、ミシミシ、と
抑えられていた竜の口が、牙が、ヘビが獲物をとらえるときのようにまだ空中に
「いまだ!」
キギツが、語気鋭くさけんだ。
その声に応ずるように、とある一点にただよう魔力が引き寄せられていく。
「<
少しはなれた位置で
ガギン、と肌の
「……でかした」
つぶやきつつ、キギツは振りかぶると、ちょうど眼前へと流れてきた竜の眼球へ、短刀を思いきりえぐるように突き立てた。
「ギィヤァァァァ!!」
こんどは怒りではなく、純粋な痛みにともなう
「よっしゃ、手柄はもらうぜ!」
地上にいるランドルフが高らかに宣言したかと思うと、斧を大きくふりかぶってひと息絶叫する。
「おうりゃああああ<
スキルの力であろう、その重装歩兵としか見えぬ
そのまま敵の頭をかち割るかと思ったが、敵もさるもの、すさまじいスピードで身をよじり頭を斬られるのは回避した。
が、完全に避けきることもまた
「ちいっ!」
ランドルフがそう惜しんだのもひと息の
「……あとたのむぞ」
あぶら汗をにじませつつ、斧を振りおえたあとであり、また落下の最中で身動きのとれぬランドルフが、キギツにつぶやいた。
先ほどの、
この至近距離で、あの攻撃を受けてはどんな
「ウスノロは引っこんでいろ」
突如、頭上からそう声がひびいたかと思うと、キギツが空に浮かびあがり、ランドルフの顔面を思いきり踏んづけていた。
ただでさえ落下の途中であったランドルフは、広場に放置されている
(……失敗したな)
そう、キギツが
あるいは、そのまま竜のコアにまで跳んでいれば、ブレスが発せられるまえに倒せたかもしれない。
が、キギツの眼前ではそれだけで一匹の
そこへ
キギツはランドルフの顔を踏み台にしつつ、反転、竜の首もとを目がけて跳ねていた。
そのキギツのすぐ鼻の先には、もはや発せられる直前の
明らかに、あちらの攻撃のほうが早い――
キギツは観念したように目を閉じた。
(ドゥラミケ、すまん……)
最後かのようなちいさな声で、私の名を呼んだ。
まったく、この子はこういうときにしか、人の名を呼ばない……
が、その瞬間、少しだけ竜の顔が光り、かたむき、
キギツはなかば混乱しつつ、
「<
竜が二、三度あらがうように首を振ったが、そのちからは見るからに弱々しく、ドウンと音を立ててくずれおち、ついに
そのまま、教会の屋上から地上へと身じろぎもせず落下していく。
大きな衝突音とともに、
勝利の余韻にひたるまもなく、キギツは肩で息をし、おそろしいものでも見るように、ゆっくりと振りかえる。
先ほどの
この子は、キギツが敵の雷に打たれようとするその瞬間、急いで
そうして
むろん、あのすさまじいスピードのブレス攻撃をよけられるような
シェーナはうめき声ひとつさえあげることができず、倒れ、いま、地面に伏している。
――この子は、自分の命をなげうって、キギツのことを助けてくれたのだ。
「おい……おい!」
急ぎ駆けつけたキギツが、おそるおそるシェーナを抱き起こし、必死に声をかける。
目を
「シェーナ……おい、シェーナ!」
はじめて、キギツがシェーナの名を呼んだ。
シェーナを支える手が、ひどくふるえている。
おとぎ話ならば、ここで奇跡が起きてシェーナが目ざめることもあるのかもしれないが、現実では命はひとつしかなく、それが失われることがあったなら、
「なんでおれなんかをかばって……おまえ以外に、おれとパーティーを組める人間なんて……いないだろ……」
キギツが、受けいれまいとするように、目をきつく閉じる。
シェーナの肩を弱々しくにぎり、また地面にあてた自分の片膝を、ぎゅっとつぶれるほど強くにぎった。
キギツがこれほど感情をあらわす場面をはじめて見たので、私はおどろいた。
「シェーナ……」
キギツは悲嘆に沈んでいるので、見えていないが、シェーナは先ほどうっすらと目をさましたあと激しく混乱しているようだった。
あまりに強い思念なので、私の精神にまで彼女の動揺が伝わってくる。
(え、え、なにこれどういう状況? さっき、
いやさすがに告白は飛躍しすぎではないか、と思ってみたものの、私の声はきこえていないようだった。
このまえも言ったが、私は精霊でもあり守護霊でもある。
物理攻撃はムリだが、
キギツはいつも「これが最後だ」と言って私の魔法を頼りに無茶をするが、それでは危機感がうすれて成長しないので「都合のいいときばっかり私に頼るんじゃあない」と口酸っぱく言って聞かせている。
が、今回はことがことでもあるし、しかたなく使ってやったのだった。
キギツには、過度に頼りにしないようキギツの一族にしか発動しないというウソを教えていたため、今回シェーナを保護したとはゆめにも思っていないのであろう。
おもしろいのでシェーナが生きていることを私から伝えることをひかえ、黙ってことのなりゆきを見まもっていたのだった。いつも黙れって言われてるしなぁと意地わるく思う。
シェーナは、意を決したように目をかっぴらき、キギツの腕のなかで声を裏返した。
「わ、私しかいないって、ことですか」
「いないというか、そうだな……。!?」
死んだと思ったシェーナから声が発せられたことに、お手本のような二度見をして驚愕するキギツ。
しばらく石のごとく硬直したあと、ふと私の可能性に思い至ったのか、キッとものすごい
が――
「<私のことだけを見て>」
キギツの顔が光でつつまれ、グリンと首がねじれて強制的にシェーナと見つめあうこととなる。
「……よそ見するな」
顔を赤らめながら、シェーナがほおをふくらませてささやく。
キギツもまた、めずらしくほおにうすく
私は見ちゃいられないとランドルフの様子をうかがいに行くと、テントに衝撃を吸収されたものの落下時の打撲で動けないようではあったが、「……オレのこと忘れちゃいねぇか」とつぶやく程度の気力はあったようなので、まあ大丈夫だろうと判断する。町の人間も集まってきたし。
ともかく、これではじめて上位種を
「なんで言わなかった」というキギツの怒りが思念を通してビンビンに伝わってくるが、なにも知らないシェーナは、満面の笑みを浮かべてぎゅっと胸のなかの杖を抱きしめている。
さあ、次はどんな冒険をしようか。
よそ見の魔法 七谷こへ @56and16
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