第2話 無能、劣等生、役立たずの一発芸


 無能、劣等生、役立たずの一発芸――


 これらは、どうも、シェーナが成長するにつれて浴びせられてきたことばたちであるらしい。

 人はスキルを天から与えられて生まれてくるわけであるが、シェーナが唯一使える魔法が先ほどケルベロスに発した「よそ見の魔法(オート・フォーカス)」である。


 対象の視線を、一瞬だけ強制的に自分へと向けさせる魔法だ。


 シェーナはほかの魔法が一切使えず、筋力も大してないため、自分へ意識を向けさせたとしてもなにもすることができない。逃げるときの役にさえ立たない。

 つまりだれかとパーティーを組まないことには活用できないわけだが、まばたきする程度の短時間しか効果が持続しないため、よほどの達人でなければそのスキを活かすことができない。


 一度、「おれの剛腕ごうわんは世界一」を自称する戦士と組んだことがあるらしい。

 試してみようとドタドタと敵(ゴブリン)へ向かう戦士をサポートしたが、あるときはタイミングが早すぎてすぐ立ち直ったゴブリンからぶんなぐられ、あるときは遅すぎて倒したあとその戦士が自分のほうをグリンと向いたため、ヘヘッどうもッという愛想笑いでお茶を濁そうとした。


 まあそんなことで濁せるはずもなく、「役に立たねーじゃねぇか!」とどなられた結果パーティーをクビになった。

 ことが幾度いくどもあったというのがシェーナの談である。


 一方、キギツもまた、技能はあるのだが華々しい戦果せんかを挙げてきたとはとても言いがたい。


 キギツには、短刀でもって敵の急所を突けば一撃で敵をほふることができる<熙々寂滅ファイナル・レター>というスキルがある。

 とはいえ、モンスターもバカではないので急所を「さあどうぞ」と出してくれることなどない。


 スピードだけはすさまじいため、それでも一瞬のスキを突くことでそれなりの魔物を倒すことはできるのだが、多くの冒険者を葬ってきたような格の高いモンスターにはとてもそんな戦法は通じぬ。

 早々に限界がおとずれたタイミングで出会ったのがシェーナであった。


 おたがい一芸しかもたぬ者同士だったため、意気投合、はしてないか。キギツはあまりにも協調性がないためどのパーティーでもなじめたことがない。


「指示を無視して動くな。動くにしてもまわりを見ろ」

 と叱るリーダーに、


「黙れウスノロ」

 などと反論にもならぬ暴言を投げつけて放出ほうしゅつされたことも一度や二度ではない。


 自分では「オレが見切りをつけて出ていったんだ」とのたまっているが結果としては同じことである。


 ふたりのスキルの相性が合ったのは幸運といってよいが、それでもシェーナの魔法は都度つど詠唱えいしょうが必要なために連続して放つこともできず、ギルドにて募集されている多数のモンスターがいる依頼にも、ダンジョンの奥深くにもぐるような依頼にも対応することができず、目標とする「上位種じょういしゅ」と呼ばれるモンスターまでは倒すことができていないのが現状であった。


「……す、少しは私の話も聞いてくださいよぉ!」


 シェーナが酒器しゅきをぐいとあおったあと、ドゴンとテーブルにたたきつけながらくだを巻いた。殺魚さつぎょ物騒ぶっそうな名まえのわりに弱い)の皮を流用してつくったこわれにくい容器とはいえ、そのお作法さほうはよろしくないのではないか。

 向かいにいるキギツはなにも聞こえていないようなそぶりで黙々とソーセージを口にはこんでいる。


 ふたりがいるのは町の酒場である。

 ギルドで先ほどのケルベロスの魔石を換金し、分配したあとで腹を満たすためにやってきたのであった。

 18歳であるキギツは、この国ではすでにとがめられない年齢なのだが、「意識がにごる」という理由で一切の飲酒をっていた。


 その6歳上であるシェーナは、もちろん酒には問題のない年齢だが、この女は少々酒癖さけぐせがわるい。

 ふだんおとなしくて、言いたいこともなかなか口に出せない性格なだけにそうした鬱憤うっぷん噴出ふんしゅつしているのではあるまいかと邪推じゃすいする。


「ちょっと聞いてますぅ!?」


「聞いている」


 パンをムシャリとほお張りながらキギツがこたえる。


「じゃ、じゃあ私いまなんて言ってましたぁ!?」


「……?」


 首をかしげたあと、すぐ目のまえに浮かんでかわいらしくあくびしている精霊の私のことをちらと見る。


(なんて言ってたか教えろ)


 と脳内で問うてくるが、シェーナは私の存在を知らぬのだから視線を向けてくるんじゃあない。


(聞いている、とさっき自分で答えたろう)


(耳には入れた)


 ため息をしても愛らしい私ははぁぁぁぁと横からうしろから息をふきかけながらキギツの肩にのり、こんこんと言い聞かせた。


(……聞くというのはな、ただ耳に入れることをいうのではない。相手のことばを受けとって、自分のなかにとりこむ。そうしてそれに応じたことばを出す。それをおたがいにつみ重ねていくことがコミュニケーションというものなのだよ。まったくいつまでもこのありさまでは、親父殿から訓育くんいくたくされた私の面目めんもくが立たぬではないか)


(説教はいいから教えろ)


「や、やっぱ聞いてないじゃないですかぁ! く、くぅぅぅどうせ私の話なんて聞く価値がないからだ……」


 シェーナが半泣きで、ふるふると酒器しゅきをにぎる手をふるわす。

 どうもこの女も失敗体験が積もった結果ずいぶん卑屈ひくつになっているようだ。


(まわりがうるさくてちょうど聞こえなかったみたいでごめん、とか言ってフォローしておきなさい)


(うるさい? いつもにくらべたらだいぶマシだぞ)


 キギツが平然と言うのでついため息でこたえる。

 たしかに大規模クエストがあり、有力な冒険者を含めた多くの者が町を出ているのでいつもよりだいぶ人数は少ないのだが、「フォロー」と言ったではないか。

 多少理に合わなくても相手の感情に寄り添うことこそが重要なのだ。まあ、私も、ぶっちゃけ聞きのがしてたし。


「……わ、私……」


 どう言えば伝わるものかと私が思案しあんしているあいだに、シェーナがぼそりと改めてつぶやく。


「お、お役に……立ててるんですかね……」


 最後は蚊の鳴くようなかぼそい声になっている。


「おまえがいなければ、さっきおれは火だるまになっていた」


 即答し、一瞬だけチラリと私を見たあと、気が進まなそうに豆と野菜のスープをすする。

 肉とパン以外のものもいろいろ食えと私が日ごろうるさいことを意識しているのだろう。なかなかえらい。


「火だるまを防げて『役立たず』という評価には普通ならん。常識で考えろ」


 ひと言よけいなんだよなぁ、と思うと頭が痛い。あと最低限でいいから年上をうやまう態度も身につけてほしいところだ。

 が、言われたシェーナは、


「そ、そ、そうですかねデヘヘヘヘ……」


 となにがうれしかったのか顔をとろけさせて笑っている。

 自分が、「役立たずではなかった」と承認されたところだろうか。

 その反応は、これまでよっぽど人にほめられてこなかったのだろうことを、想像させた。


「おいおい、小僧はまた飲んでねェのか!」


 と、横から怒号どごうのような声がひびいたかと思ったら、スキンヘッドでヒゲをもっさりと生やした大男がヌッとあらわれ、バンバンとキギツの背をたたいた。

 油断していたキギツはゴフッとパンをのどにつまらせる。


「酒場で飲まねェなんて流儀ってモンをわきまえちゃいないね……。自分が稼いだときはなァ、まわりにも稼がせてやんなきゃカネってもんは回っていかねェのよ! ってーことで、自分で飲む必要はねェからオレに一杯おごってくれよ、な!?」


「断る」


 ゴホゴホときこんだあと、断然だんぜんとことわるキギツ。

 大男はランドルフといって、顔なじみではあり、見かけるとやたらとからんでくるのでキギツはずいぶん苦手に思っているようだった。


「姉ちゃんもこのカタブツボウズに言ってやってくれよ! なんでもケルベロス倒したんだって? やるじゃねぇかこれで小僧もようやく一人前だなァ」


 キギツはランドルフにワシャワシャと髪の毛をなでまわされ抵抗する。


「やめろ。それに、すぐには持っていけない素材をあとで回収しようと隠しておいたのに、ロックボアにあさられてしまって完全には儲けそこねた。だからキサマにおごる金はない」


「あらそりゃ残念……まあでもたおしたのはほんとなんだろ? 姉ちゃんのおかげかねェ……どうだ姉ちゃん、オレのパーティーに入らねェか?」


「ふぇ!?」


 あまり話したことがない人が乱入してきたためか、無言になり、ちぢこまってちびちびと酒を飲んでいたシェーナは、突然そんな誘いを受けてすっとんきょうな声を発した。


 ひとから誘われたことなどなかったのであろう、動揺しつつ「え、え、わたしなんかが……そんなぁ……」と口のなかでモゴモゴ言いつつまんざらでもない表情をしていると、キギツが横から断然と


「ダメだ」


 と言ってそっぽを向いた。


「やらん」


 みんなでキギツのほうを見る。


(……やらんもなにも、キギツに決める権利はないだろう)


 と私が思念で指摘すると、気がついてなかったのか突然立ちあがり、


「いや、現在のパーティーのリーダーはおれであって、そのリーダーの意向を無視するというのは、冒険者としてのモラルに欠けるというか、そういうことが言いたいのであって……」


 としどろもどろでかれてもないのに弁明をはじめる。


「ダハハハハ、冗談だよ冗談! なんだ、ずいぶん、ご執心しゅうしんなんだなァこの姉ちゃんに。ボウズがパーティー組んでしばらくもつだなんてはじめてのことだからなァ、あってなきがごとしの冒険者のモラルを、まさかこーんな小僧にかれるとはなダハハ」


 ランドルフが爆笑しながらバンバンとキギツの背をたたこうとし、キギツがてのひらで首をなでながら「うるさい」といちいちその手をはらう。

 恥ずかしがっているときのキギツのくせだ。


 シェーナはどうであろうか。

 目をやると、シェーナもまた顔をまっかに染めてぷしゅーと蒸気を発しながら、


「行っちゃダメってことは、行っちゃダメってことは私のことが必要だということで……」


 とぶつぶつとつぶやき夢の世界に没入ぼつにゅうしている。


 私は私で、「他人ウスノロのことなんて知らん」とほかの人間についぞ興味を示したことのないキギツが、これほど明確に、こどもがおもちゃを取られそうなときに抱いてその身にかくまうような動きを見せたことに少々感動さえおぼえていた。

 おそらく、おたがいのスキルの相性がいいという実利じつりにもとづくものであろうが、人間というものは変われば変わるものなのだな――


「あんたたち、すぐ逃げな!」


 そこへ、突然酒場のとびらがバタンとひらかれ絶叫とともに近くの店の女将おかみさんが闖入ちんにゅうしてきた。


雷嵐龍サンダー・ドラゴンが攻めこんできた!」


 彼女の背後からは、耳を割らんばかりの甲高い魔竜まりゅう咆哮ほうこうが、町をあっするようにせいするようにあばれくるっている。

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