よそ見の魔法
七谷こへ
第1話 ケルベロスとの戦い
見渡せば草木しか見えぬような奥深い森を、すさまじいスピードでかきわけ、駆けてゆく影がある。
影は、そよぐ木々の葉ずれに音をまぎれさせて進んだが、そのかすかな
見れば、人の肉などたやすく
立ち向かうはひとりの男と、ひとりの女である。
男はアサシンであり、布で顔を隠した黒ずくめの
女はいかにも魔法使いらしく、先端のとがった大きな
男のすぐそばには、男にしか知覚し得ぬ
と、
どうしたことかとその先を見やると、迷いこんできたらしい村のこども(
ケルベロスもまたそれに気づいたらしく、
まだかよわきこどもは、
炎と男とが、こどものもとへたどりついたのは同時であった。
大岩ほどに燃えさかる
「キギツさん!」
女が、悲痛にみちた
男と子とは、森の落ち葉にうずもれる
いや、見よ。
こどもを抱えて、まばたきするほどの
が、空中では身動きがとれぬ。これは悪手ではないか。
3つの頭部、6つの
「いまだ!」
落ちながら、男がさけんだ。
その言葉を受け、女が杖をかかげて
<
すばやい
天をあおいでいたはずの
急所を突かれた
「キギツさん、やりましたね!」
それを見とどけ、安堵した女――シェーナが声をかけながらキギツへと駆け寄る。
キギツは勝利のよろこびを仲間とわかちあうそぶりも見せず、
尾の炎が消えたあとにはヘビが現れ、素材回収とギルドへの
「あれ、あの、さっきのお子さんは……?」
シェーナが問うと、キギツはなにも言わずに頭上を
この男は、どうもことばが足りない。もっとコミュニケーションを積極的にとってはどうなのか。
「うわーん!」
ふたりで見あげると、背の高い木の葉にからめとられた状態で、先ほどのこども(男の子であった)が泣いていた。
シェーナからは見えていなかったようだが、キギツがジャンプした際にこどもをポイッと放り投げていたためだ。
「な、な、もうちょっとやさしく……! いま助けますからね!」
シェーナが男の子にむかってさけぶと、太い木の幹によじよじとしがみついてのぼっていこうとする。
が、
「くっ……! これしきの木、登れないわけがあるかぁっ!」
シェーナは口先だけはいさましくひとりでつぶやいているが、キギツは魔石を無事にとり出したあと、あきれたようにふぅと息を吐いた。
さっと跳びあがり、男の子の背なかを引っつかむと、ひと呼吸ほどの時間で地上へとおろして見せる。
ただ、うつぶせにもってきてそのまま手をはなすものだから、男の子は「ぶぇ」と顔を地面に打ちつけてまた泣いた。
(空中で抱えつづけていたら、自分が失敗したときにその子が巻き添えをくうから逃がしたんだろう? そういう意図をちゃんと説明しなさい。それが人とのコミュニケーションというもので――)
キギツの脳内に語りかける
これがなにあろうこの私、キギツの守護霊でもあり、誇り高き、姿も愛らしき竜の精霊でもあるドゥラミケである。サイズが少々小さく、子ネコほどしかないのはご
キギツにしか見えず、声も聞こえないものの、キギツが生まれたときから見まもっておりスペシャルかわいい私が不器用なこの男にコミュニケーションのなんたるかを教えてあげようとしたのだが――
(黙れ)
脳内で
「あ、あ、だいじょうぶですか」
とシェーナは男の子が泣くのをオロオロとなだめる。
「こ、この近くだとサーブ村の子ですかね。ととと、とりあえずそこまで送りましょうね」
「自業自得だろう。放っておけ」
「こここんな魔物が出るところに放っておくなんて……! そんな、そういうのは、よくないんじゃあ……ないですかねぇ……たぶん、ですけどぉ」
シェーナがモゴモゴと反論らしい反論もできずに不同意だけは態度で表明していると、じきに兄らしき少年があらわれた。
男の子が安心したのかまた号泣し、兄にしがみつく。
すみませんすみません、ありがとうございますと兄がペコペコと頭をさげるのをアワアワとシェーナが聞き、キギツはすでにスタスタと歩いて去りはじめている。だから人とコミュニケーションをとれと言うのに。
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