第4話状況確認
暫くすると、ミリアムが食事を運んできた。
レクスは朝があまり強くはなく、朝食は、いつも軽く済ませる程度であった。
前世の記憶からしたら、初めての異世界での食事。
サセックス家の料理人が作る料理は、簡単なメニューでありながら、意匠が凝られたものだった。
「美味かったぞ……。良い腕だ、作ったものにもそう言っておいてくれ」
食事を終えたレクスはミリアムにそう言った。
「……はい、分かりました。で、では……お下げしますね」
「うむ……。ご苦労」
「……ご苦労」
怪訝な顔を浮かべると、ミリアムは食器をワゴンに載せ退出していった。
【ブレイヴ・ヒストリア】の世界では、ステータスやスキルといったものが存在した。
魔物を倒したり、訓練をする事により、反復的な作業のみで、ローランやその仲間たちは強くなっていった。
ステータスの違いによっては相手を倒す事がシステム上不可能だった。
しかし、ゲームの世界が現実となった今、相手が自分より大幅に劣るような相手でも足元を掬われれば負ける事もある。
「背は少し低いようだが、違和感は感じないな……」
レクスは立ち上がると、自分の体の状態を確認する。
前世の肉体からすれば、少し小さくなった体躯だ。
しかし、他人の体を操っているような違和感はそれほど感じていなかった。
突然、自分の体が別人になっていたとしたら、その体を思った通りに操る事は難しいのではないかとも考えられるが。
今のレクスにはその問題は無いらしい。
「これは、俺の剣だな……」
壁に立てかけてあった、愛剣を手にする。
細身のレイピアに近い形状の剣だ。
「こんな感じだったか?」
居合の要領で剣抜き一振りすると、鞘に戻す。
――この感覚。
思わず自分の掌を開閉して調子を確かめる。
鈴木守として感覚にレクス・サセックスの感覚が混じり合うような感覚がした。
先ほどの動きは、この世界には無い動きだ。
鈴木守とは古武術と言われる、廃れ始めた技術を習得していた。
「では……、次は……ッ!」
レクス・サセックスとして慣れ親しんだ動きで剣を振る。
そうすると、今度はレクスとしての動きに、鈴木守の経験がフィードバックされるのを感じた。
まるで、二人の動きが掛け合わさったような感覚がした。
自分の体で様々な動きを試す。
動き一つ、一つに、二人の人間の重なりあった感覚を感じた。
ひとしきりに、自分の体で動きを試した後にレクスは剣を置いた。
「そうだな次は……魔術か…」
レクスは、自分の内側に意識を向けると、自分の体内を流れる、前世の体の中では感じなかった流れを感じ取る。
慣れ親しみながらも、同時に新鮮さも感じさせるそんな流れ。
それを指先に流し、燃えるイメージを作り上げる。
そして彼が人差し指を立てると、そこにはポォっと蝋燭大の炎が現れた。
【魔術】
それは、鈴木守の世界には存在しなかった概念だ。
この世界の人間は、その体内に宿る魔力と呼ばれるエネルギーを対価に、その身体を強化したり、水や、風、炎といった自然現象を自在に制御する事ができる。
この世界の人間なら、得意な例外を除き、誰しも多少の魔力を持ち、それを用いて魔術を使用するのが一般的だ。
魔力の量は生まれ持った才能の部分もあるが、後天的な努力によってもその量を増やすこともできる。
その努力により才能を差を覆す事もできる。
しかし、優れた血統のサセックス家の中でも稀有な才能と優れた教師からの教育を受けたレクスの魔力量は非常に多い。
主人公ローランの幼馴染のアリシアを除いて、そうそう彼の才能に匹敵する存在はいない。
「不思議な感覚ではあるな……」
そんな事を呟きながら、自分の指先の炎を、ハートやスペード、ダイヤ、星型へと変化させていく。
形だけではない、その色も、青や緑や白といった形に次々と変化していった。
魔術において重要なのは、魔力の量だけではなく、その制御能力。
高度な魔術を用いる為には、単に強大な魔力を有しているだけではなく、それを自由自在に制御する力もまた必要なのだ。
その制御を助ける為に、詠唱や薬、魔道具などがこの世界において流通している。
「温度と炎の色が連動しているのは同じのようだ……、科学の知識が応用可能ということか……」
この世界の物理法則と、鈴木守の世界における物理法則との共通性はあるようだ。
意識を集中し酸素濃度を変化させるようにイメージすると、その炎の色を精錬できるのが確認できた。
魔術を制御するのに、重要なのはイメージと臨場感だ。
自分の持つイメージにどれだけリアリティを持たせられるのかによって、魔術の操作能力は変化する。
知識はイメージの臨場感を強化する。
鈴木守として学んだ異世界の科学の知識はレクスの魔術制御能力を大きく補正しているようだ。
この世界は、魔術が発達している代わりに、科学技術の発展はあまりしていない。
「やはり、得意なのは炎か……」
集中すると純白の炎を作り出す事ができた。
見る者を魅力する一切混じり気の無い白い炎。
以前は出来なかった芸当だ。
「まぁこんなものか…」
自分の掌の中で、ひとしきり炎を弄んだ後、それを消した。
炎は煙も残さずにキラキラと空中へと解けるように消え去った。
「もう少し練習が必要ではあるが……。ぶっつけというのも悪くは無い……」
立ち上がるとレクスは再び愛剣を手にする。
ちょうどそんな時。
「只今戻りました……」
食器を片付け終わったミリアムが戻ってきた。
「では、出かけるぞ、ミリアムよ……」
レクスは微笑みかける。
「え、えーと……。ど、どちらへ?」
戸惑ったように答えるミリアム。
「……決まっているではないか、ふふ。あの女のところへだ……」
「えッ!? えーッ!?」
信じられないという表情のミリアム。
「あの女に一泡吹かせにいくとする……」
「嘘ですよねッ!?」
「嘘ではない……昨日のリベンジだ……ッ! 行くぞ、ミリアムよ。付いてくるがいい……」
「えッ ちょ、ちょっと本気ですか?」
「ああ、本気だ……大真面目だとも……ッ!」
そう言って意気揚々と部屋から出ていくレクスの後をミリアムは慌てて追いかけた。
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