第3話ミリアム
ビクビクとした様子で、部屋に入ってきた少女がいる。
可愛らしいメイド服を着こんだ、未だ幼さを残す少女だ。
その名をミリアムという。
白みがかった銀髪に赤目といった外見はウサギを思わせる。
「まだ怒っているかな?」
部屋に入って来たミリアムは、今も穏やかな表情で、健やかな寝息を立てている、眠る少年の顔を見る。
「よかった、まだ起きてない……」
ミリアムは、少し胸をなでおろす。
彼女は、レクスのお付きという事になっていた。
そそくさと彼の眠るベッドの近くに、脱ぎ散らかされた服を片付ける。
「昨日は凄かったな……鏡も割っちゃうし……」
穏やかな寝息を立てる少年は、気分屋で感情の起伏がとても激しい。
特に昨日の大荒れは酷かったものだ。
彼はある女性に敗北し、負けを認めずに喚き散らすと、挙句の果てには、鏡を叩き割り、剣を掴み何処かへ行ってしまった。
「……本当に眠っている時だけは……」
彼の寝顔を見ていると、ミリアムの口元は少しだけ綻んだ。
非常に端正顔立ちの少年の寝顔は、母性本能をくすぐられるような無防備さを感じさせる。
(本当にずっと眠っていれば、いいのになぁ……)
そんな事をミリアムは思った。
起こしたくない。
御伽話に出てくる眠り姫のように彼が眠りつづけてくれる事を願った。
「ああ、でも起こさなかったら、後で怒られるよね……」
少し迷ったがミリアムは眠るレクスの枕元にしゃがみ込む。
「レクス様……起きてください……朝です……」
ミリアムは声をかけるが起きる気配はない。
「レクス様……。起きてください……。いや……でも怒るなら起きなくても……いいですよ……?」
小声でつぶやきながら、ミリアムは恐る恐るといった様子でレクスの体を揺さぶるが、起きる気配が見えない。
「……起きてください……」
ミリアムは少し大きな声でそうレクスに声を掛ける。
「も、もういいかな。私頑張ったよね……?」
ミリアムの心が折れそうになって左右を見た、そんな瞬間――。
そこに眠る少年は眼を覚ました。
――ここは……?
目を覚ますと、そこは見知った筈の、同時に見知らぬ天井があった。
視界の端には、恐る恐ると言った様子で自分の顔を覗き込んでいる少女の姿があった。
赤い目と白い髪をした美しい少女。
彼女は少し唖然とした様子で、その口元を覆い隠している。
少し戸惑った様子だが、その白い少女は、
「あ……おはようございます……レクス様……」
と、挨拶した。
「レクス……?」
「はい?」
「俺は……レクス・サセックスか?」
「そうですけど……」
ミリアムは困惑した様子で答える。
「では? お前はミリアムか?」
「あ、はい……?」
ミリアムの困惑は深まる。
「そうか……では……あれは……夢ではないのか……?」
眉を顰めるミリアムを前に慌てた様子のレクスは、
「そうだ鏡だ……」
と、慌てて飛び起きると、姿見へと向かった。
「やはりそうだ……、これが俺……」
「はい?」
「少し待っていてくれ、ミリアムよ。俺は今、非常に非常に重要な事を確認している……」
自らの顔を確認する。
さらさらと流れる金髪に、青空のように透き通った碧眼。
様々な角度からを確認するが、その顔は異常なまでに整っていた。
(……この人、どうしちゃったの?)
そんな彼の様子を不思議そうに眺めるミリアム。
彼はとても真剣そうだ。
彼が何故、突然自分の顔を鏡で確認し始めたのか分からない。
昨日あの女性に負けた時に負った傷を確認しているのかと思ったが、
レクスは様々な角度から自らの顔を観察した後に、
うんうんと頷くと、
「……しかし、格好良いな……」
とだけ呟いた。
「え?」
「いや、格好良いと思ってな……」
「何がですか……?」
聞き返すミリアム。
「いや……しかし、俺の顔って……格好良いな……と思ってな?」
レクスは臆面もなくそう言い切った。
「え……?」
引きつった顔のミリアム。
「ものすごい美男子だと思ってしまってな……」
「えェ――ッ?!!」
ミリアムは口に手を当て思わず声をあげる。
この少年は以前から何処かおかしいと思っていたが、こんな事を口走しる事は無かったと思う。
「い、いや……まぁ……、あの……そうかもしれませんが……」
「そうかもしれません……だと?」
ミリアムを見るレクス。
「い、いえ……。なんでもないです……」
ミリアムは上手くお茶を濁す。
この少年の前で迂闊な事を言うものではない。
彼の機嫌を損ねたらその身がいくつあっても足りないだろう。
「そうか……」
そんな、ミリアムの様子を気に留めることもなく、レクスは鏡を覗き込む。
「……前より、イケメンじゃないか? いや、前から俺は格好良かったのだがな……ふふ」
「……」
意味不明な事を口走る、レクスを見るミリアムだが、
「えと……お、お着替え、準備しますね?」
「ああ、そうであったな……」
爽やかな笑顔を浮かべるレクスに、ミリアムは逃げ出すようにレクスの着替えを取りに行った。
「やはり……。ここは、あの世界という事なのだな……」
レクスは一人呟く。
今の彼は主観性と客観性というものを混同していた。
自分の事を聞いているつもりで、他人の事を聞いている感覚だった。
「俺はレクスになった……」
未だに困惑している部分ある。
だが、一夜明け、少し、スッキリとした頭で考えたが、この世界が【ブレイヴ・ヒストリア】の世界だと考えを、否定できなかった。
それが、転生というものか、憑依というものなのか、形容しがたい。
しかし、地続きの筈の人生に、突然別人の記憶が挿入された――そんな感覚。
その別人の記憶の中で、自分は【ブレイヴ・ヒストリア】というゲームののキャラクター。
それも悪役。
主人公ローランの踏み台ポジションだ。
レクス・サセックスは傲慢不遜な性格のキャラクターとして描かれていた。
初登場時には、負けイベントとして主人公の前に、圧倒的な壁として立ちふさがる。
しかし、徐々その才能を開花させていく主人公に実力を詰めていかれしまう。
そして、遂にローランに敗北し完全に追い抜かれると、公爵家からも追放されてしまう。
全てに絶望し、物語の陰で暗躍する、【教団】という組織に捕らえられ、ラスボスである、
余談だが、その傲慢で自信満々な態度、作中屈指の美形キャラということもあり、一部、女性ファンからは絶大な人気を誇ったという。
「良い仕事ぶりだぞミリアムよ」
着替えを終えたレクスはミリアムに言う。
「えッ!? はぁ、ありがとうございます?」
耳を疑うような顔のミリアム。
そして、
「そう言えば……。この鏡……」
「か……、鏡がどうかなされましたか?」
「ミリアムが取り替えてくれたのだろう?」
「そ、そうですけど……? 何か……?」
恐る恐ると言った様子で聞くミリアム。
「昨日に俺が割ってしまった……」
「え……、まぁ、えと……」
「昨日は済まなかったな、俺も醜態を晒したものだ……」
「え?! えッ!?」
困惑した様子のミリアム。
「そうだな……。俺は昨日までの俺とは違うのだぞミリアムよ」
「え?! あ、はい……? そ、そうなんですか?」
「ああ……そうだとも。これからの俺の活躍に期待しているがいい……」
レクスは輝くような笑顔を見せ、
ミリアムはその表情を見て顔を引き攣らせると、
「で、では…。お、お食事お持ちしますね……」
そう言って部屋を後にした。
慌てた様子のミリアムは廊下を歩く。
「謝ったよ……。あのレクス様が謝ったよ……」
先ほど彼の浮かべていた、彼に似つかわしくない不気味な笑顔。
そして、彼らしくない言動。
「どうしよう、どうしよう……。お礼を言ったよ……。私に……。なんか今日のレクス様……。おかしいよ……」
そんな呟きが思わずこぼれ落ちた。
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