第33話
「それで、私のところに話を持ってきたと。とんだ巻き添えですな」
「よく言う。おぬしがヒーム伯爵に俺のことを言わなければ、あそこまで腹をくくって話をしてくることはなかったであろうよ。おぬしも同罪だ」
「おっしゃるとおりで」
ベルトラン・コームヴィは笑った。顔が整っているので、普通に笑うだけでも絵になる。何とも腹立たしい。
竜之進は酒をあおった。
彼らが顔をあわせているのは、歓楽街の一角にある酒場だ。エマに連れてこられて以来、機会があると寄っている。家にも近く、酒やつまみの値段も安いので、気楽に通うことができ、大変にありがたい。
「こんな安酒場に呼び出したことはすまねえと思っているよ」
「かまいませんよ。こちらも貧乏なので。それで、用件は?」
「ちょっとラセニケ伯爵家について聞きたくてな」
竜之進は、ヒーム伯爵からの話を伝えた。
「いいのですか。そんな話、私にして」
「かまわんさ。さすがに貴族がらみとなると、一人じゃどうにもならん。手を貸してもらうならば、すべてを明かした方がいい」
「ヴァルドタントの剣鬼に信頼してもらえるとは、ありがたいかきりですね」
ベルトランは笑みを浮かべたが、それは一瞬で、たちまち口元を引き締めた。
「しかし、ラセニケ家とは。面倒なところで」
「内情を知っているのか」
「詳しくは知りません。ただ、ヒーム様も気にしておられた跡継ぎ。これが問題児であることは確かですな」
跡継ぎは、名をガレアッツオ・ミハウ・ヌーメンスといい、すでに男爵の爵位を持っている。次男坊で新たに一家を打ちたてるはずだったが、長男が早くに亡くなったため、ラセニケ伯爵家の跡を嗣ぐことが決まった。
「十六の頃ですね。以来、やんちゃしまくって、町の者には嫌われていますよ」
「堂々とヴェンタの町に入り浸っているとか」
「女遊びぐらいならかわいいもので。店の者に乱暴したり、女を無理矢理、自分の屋敷に引っ張り込んだりで、大変ですよ。おかげで、ヴェンタからは出入り禁止になりましたが、それでも遊びはやめていないようで」
ベルトランは吐息をついた。
「亜人を使って、人狩りまがいの事をしているという噂もあります。取り巻きを引き連れていい気なものですよ」
「ああいう連中は世の中が自分中心に回っていると思っている。何とも質が悪い」
「同感ですね。私も嫌な目にあいましたし」
ベルトランはそこで声をひそめた。
「ただ、適当に悪さしているぐらいなら、まだいいのですよ。あの息子には妙な噂も出ていまして」
「何だ、それは」
「北部連合とつながりがあるのではないかと」
周囲でわっと声があがる。酔っぱらいが激しく言い争っていて、回りの客がそれを煽っている。
かしましいが、おかげで彼らの話が周囲に洩れずにすむ。
「北部連合について、どのぐらい御存知ですか」
「さっぱりだ。四つぐらいの国が集まって、一つの大きな国になり、こっちに喧嘩をふっかけているってことぐらいか」
「だいたい合っていますよ。北部連合は、帝国と戦うためにできた連合国家で、三〇年ばかり我々と戦をしています。一番、大きかったのは二十年前におこなわれたタークリンの戦いですね。国境の町であるタークリンをめぐって激しい戦いになり、きわどいところで帝国が勝利しました」
「ふーん」
「以来、タークリンは帝国の支配下に入ったのですが、それを北部連合は快く思っておらず、何かとちょっかいをかけてきます。そろそろ大きな戦いが起きてもおかしくないというのが、中央の見立てです」
「そのあたりは、よくわからねえなあ」
日の本では、大坂の陣が終わって以来、大きな戦いはなかった。
最近、他国の船がさかんに姿を見せてはいたが、数千、数万の軍勢が押し寄せてくることはない。もちろん武士が刀を取って、他国の軍勢と戦うような事態は生じていない。
江戸の町にいるかぎり、戦争など考えることもなかった。
それがヴァルドタントとの大きな違いであり、いまだ竜之進はなじめない。
「で、その北部連合は、帝国の混乱を誘うために、間諜を放っているのです。それがラセニケ家に接触しているという話があります」
「出入りの商人とかかい」
「そうですね。あとは女の紹介役とか、飲み屋の店主とか、そんな感じではないですかね」
「うーん。あまりピンとこねえなあ」
竜之進は腕を組んだ。
「俺はヴァルドタントの同心だ。町の者を守るためなら何でもするが、国同士の戦いとなるとなあ。どうしていいのか、よくわからん」
「国が争うと、ヴァルドタントも危うくなりますよ」
「といっても、争いを止められるわけでもあるめえ」
「確かに」
ベルトランは一度、視線を切ったが、すぐに戻して話をつづける。
「おっしゃるとおり、戦争はどうにもできません。ですが、ラセニケ家の混乱をおさめ、北部連合の間諜を遠ざけることによって、ヴァルドタントを戦争に巻きこまれないように仕向けることはできます。それが町の民を守ることになるのではありませんか」
「それはそうだな」
町の平和を守っていれば、それがより大きな平和につながるかもしれない。まったくの無駄というわけでもなかろう。
「ここの民が泣く姿は見たくねえ。できることはやらねえとな」
「同感です。私も手を貸しますから、何でもおっしゃってください」
「すまねえな。だったら、まずは……」
竜之進は、貴族社会の内情について尋ねた。あまりにも知らないことが多すぎる。
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