第26話
調べは思ったよりも手間取った。身元をつかむまで半日、さらに家族から話を聞くのに一日を費やしてしまった。
ここのところオックに頼りきりで、自分の足で町を歩いてないのがうまくなかった。便利に使っていたことを思い知らされる。
竜之進は、書付に目を落とす。
調べによれば、殺されたのは
年齢は二七歳。東地区のガラス工房で働いていて、毎日、ナム地区の自宅から通っていた。
人柄はよく、同僚にも慕われていた。技量も確かだったことから、独立の話も出ていた。親方も同僚も彼の死を聞いて、絶句していた。
賭け事には手を出さず、酒もたしなむ程度。女遊びもしない。
職人にしては真面目すぎるぐらいで、恨まれる筋合いはどこにもない。
「怨恨の線はなしか」
「何をむずかしい顔をしているのさ」
不意に声をかけられて振り向くと、エマがこちらを見ていた。頭巾がついた紺の外套で身をくるみ、手には籠を下げている。
「また面倒事?」
「まあな」
「だったら聞かせなよ。手助けできるかもしれないじゃん」
「盗人に手を借りるつもりはねえよ」
「ここんとこ、とんとご無沙汰だよ。ていうか、そっちのことでも、ちょっと話をしておきたいことがあってね」
意外なほど真剣なエマの表情に打たれて、竜之進は近くの食事処に入った。
日暮れ前ということもあり、客は少なかった。奥の食卓につくと、竜之進は魚料理を頼み、エマは鹿の肉と酒を注文した。
「あんた、あまり肉を食べないね」
「慣れてねえんだよ。まずいとは思わんが、望んで手を出す気にはなれんな」
「ふうん。それで、何を悩んでいるのさ」
乞われるままに、竜之進は殺しに件について語った。
話を洩らしたのは、調べがうまくいっていないことに加えて、いくつか引っかかる点があったからだ。
「あの殺しか。いやな話だね」
エマは顔をしかめた。
「タスカから聞いたよ。家が近所でね、変な顔をしているから、声をかけたら最低のものを見ちまったって言ってさ」
「あれはひどかった」
「何の罪もないのに。ひどいことをする」
エマは手を握りしめた。
「それで犯人の手がかりは?」
「今のところはねえ。怨恨、物盗りの線はなしだ。トーリは雇いの職人で、普段は金を持っていなかった。ねらわれる理由はない。となると、辻斬りか」
「ツジギリ? なんだい、それ」
「面白半分に、町を歩く者を斬って歩く奴だよ。江戸では、たまに出た。侍、いや軍人か、警邏の人間がよくやっていたな。あとは渡世人」
「この町にもいるよ。変に剣を振り回す馬鹿がさ。貴族の若い奴に多い」
「俺たちのところも同じだよ」
竜之進はふっと息をついた。
「ただ、辻斬りにしては、やり方が荒っぽすぎる。腹をかっさばいたり、胸の骨を砕いたりする理由がねえ。殺すだけなら一突きで十分だ。何か妙な感じがする」
「同感だね」
エマは視線をそらして、口をつぐむ。再び話をはじめるまでは、少し時間がかかった。
「他に何か気になったことはあったかい。何でもいいから聞かせて」
「といってもなあ……」
竜之進はおぼえていることはすべて話した。オックが気持ち悪くなって、激しく吐いたことまで語った。
「あんたねえ。食べているところで、よく言うよ」
エマは鹿の肉に食いつきながら顔をしかめた。
「仕方ねえだろう。すべて話せっていうんだから。ああ、そういえば、奴が吐いていた木、何か妙な形をしていたな」
「なんだい、それ?」
「幹にねじれがあったんだよ。強い力でねじ曲げられたかのような。あとは枝かな。ごっそりと落ちて、回りに散らばっていた」
「何だって?」
エマは再び黙り込んだが、今度は短い時間だった。
「行ってみよう。その現場へ。まだ跡が残っているかもしれない」
「跡だと?」
「あたしが考えているとおりだとしたら、ただの殺しじゃない。大変なことになるよ」
エマの声は低く、重かった。
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