第四章 魔術師
第25話
竜之進は死体の脇にかがみ込むと、十手で懐をはいだ。
「こいつはひでえな」
「はい。剣でバッサリですね。それも一度や二度じゃありません。めった突きにされて、最後に腹を切り裂かれています」
「切られ方が普通じゃねえ。端からねらっていたか」
竜之進は、傍らの男を見あげた。
「タスカって言ったな。この仏を見つけたのはいつだい」
「今朝です。いつものように散歩していたら、目に飛び込んできまして」
「何か怪しいところはなかったかい。回りに変な奴とか」
「いませんでした。あっしも商売柄、そういう奴がいたらわかります」
「確か始末屋だったな。なるほど、死体を見てもびびらないわけだ」
遊郭で金を払わずに逃げる客は多く、それを捕まえて締めあげるため、色街では屈強な男を雇っている。彼らは始末屋と呼ばれ、渡世人も怖れる強面だった。
竜之進も江戸で何度か話をしたことがあるが、腹の据わり方が尋常ではなかった。
「シマツヤっていうのがなんだかわかりませんが、女にケツを支えられて生きている情けない男ですよ」
「何を言っている。お前さんのような男がいるから、町はうまく回るんだよ」
竜之進は立ちあがった
「行っていい。詳しい話は後で聞く」
「よろしいので。警邏の連中なら、詰所まで無理矢理引っぱって行きますが」
「住み処はさっき教えてもらった。店もわかっている。ふるまいを見れば、お前さんが逃げるような男ではないとわかるよ。いいよ。行きな」
タスカは驚きつつも、頭を下げて、立ち去った。
周囲には野次馬が増えている。縄を張って立ち入らぬようにはしているが、それでものぞこうとする者は多い。
もっとも、見たら後悔するだろうが。
石畳の上に転がった男は、無惨な格好で死んでいた。
腹は大きく切り裂かれ、内臓が周囲にぶちまけられている。
胸にも傷跡があり、骨を砕いた跡が見てとれる。腕は変な形に曲がっているし、足の先も切り取られてしまって見つからない。
目は大きく開かれ、口は悲鳴をあげようとした状態のままで固まっている。
死の恐怖にさらされたまま殺されている。とうてい幸福な死に方とは言えない。
殺しがあったのは、ヴァルドタントの北西、ナム地区の外れだ。
ちょうど運河が町へ入ってくる所で、普段から人気は少ない。日が暮れると、屋台もいなくなってしまい、周囲は静寂につつまれる。
死体は運河脇の石畳で、あおむけになって倒れていた。
身なりを見るかぎり、堅気で、仕事が終わって家を戻る途中だったと思われる。
普通に考えれば、物盗りの仕業だが、ここまで無惨な殺し方をするか。
「辻斬りということもあり得るか。おい、オック、このあたりに……」
「待って、親分、おいら無理」
オックが柳の根本でうなっている。どうやら吐いているようだ。
「何だ、だらしがねえ。だから付いてこなくてもいいって言ったのに」
「死体は見たことがあるけれど、ここまでひどいのははじめて。だから……」
オックはまたも吐いて、竜之進は息をつく。
「わかった。今日は家でおとなしくしていろ。何かあったら、呼ぶから」
「え? だけど……」
「大丈夫だよ。お前を置いて、勝手はしねえから。必ず声はかける」
オックはようやく顔をあげて、竜之進を見た。
普段から肌の色は青いので、顔色の善し悪しはわからない。それでも具合が相当に悪いことは見当がつく。
「だから、心配するな」
「でも、親分、一人で、本当に平気? 心配だなあ」
「ふざけるな。子供じゃねえんだ。お前より頼りになる。さあ、さっさと戻れ」
竜之進が手を振ると、オックは立ちあがり、一礼すると現場から離れた。
「では、調べをはじめるか」
まずは身元の確認だ。手当たり次第に聞いてみるよりあるまい。
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