第22話
「ああ、町の歌姫。そんな仕組みがあったね」
エマは盃をあおった。あいかわらずの飲みっぷりだ。
「おう。それよ、それ。詳しく聞かせてくれ」
「細かい事は、あたしも知らないよ。確か、中央広場で歌を競い合って、その中で一番になった者がヴァルドタントの歌姫となったと思うよ。新年や町祭の宴に出てきて、町の者の前でその声を披露するんだ」
エマは一気にしゃべった。知らないというわりには詳しかった。
「しかし、よく、そんな話、知ってたね。あたしは一度も歌姫なんて見たことないよ。歌合戦もやったことないんじゃないかな」
竜之進はうなった。思ったようにはいかないか。
ヴェルデと会ったあの日、彼は彼女を生かす仕組みがあったことを思い出した。
エレーネがそのことについて語っていたし、グレタも同じようなことを言っていた。
その制度をうまく生かせば、ヴェルデをサルサレードから引き離せるし、彼女の歌を利用されることもなくなる。
気になった竜之進は、エマを前に会った酒場に呼び出した。
盗賊に頼るのは忸怩たる思いもあったが、今はエレーネとの関係がこじれている以上、仕方なかった。
「となると、二〇年はやっていないのか」
「あたしは、まだ一五だ。勝手にババアにするな」
エマの手が飛んできたので、軽く竜之進は受け止めた。
「手が早いな。そんなんじゃモテねえぞ」
「余計なお世話だ。女の年を探るなんて、そっちこそモテねえだろ」
「悪かったな。で、その歌合戦っていうのは、どうやってやるんだ?」
「知らないよ。前は何年かに一回、決まった時期に開いていたみたいだけど、戦争が激しくなってやめちまったみたい。あたしのばあちゃんが詳しいから、聞いてみようか」
「いや、いい。となると、ちと面倒か」
「そうでもないよ」
エマは、つまみの肉にかじりついた。
「これも、ばあちゃんからの受け売りなんだけれど、歌姫っていうのは、町の者が認めればそれでいいんだって。歌合戦が便利だから、それで決めていたけれど、そうなる前はなんとなくでやっていたらしいよ」
「なんとなくって、なんだよ」
「要するに、その歌がいいって思わせれば、それでいいんでしょ」
「なるほどな。そういうことか」
「なんで、そんなこと聞いてくるのさ。あ、わかった。あのエルフの歌い手の件か」
「よく知っているな」
「こう見えても、町の噂には詳しいんだよ。芸者ギルドとも付き合いがあるしね」
「余計なことはするなよ。盗みは許さねえぞ」
「わかっているよ。ここのところ、そんな気になれなくて開店休業状態さ」
エマは両手をあげた。
「何かおもしろそうだね。あたしも手伝おうか」
「誰が、盗人に頼むか」
竜之進は顔をしかめたが、頼りになる者が少ないことも確かだ。
やむなく彼の考えを話した。
「へえ。それはおもしろいね。そのサルサレードとかいう奴の鼻は明かしたいね」
「ただ手間がかかる」
「そうでもないさ。とにかく歌姫だと認めさせればいいんだろう。だったら、町の大立て者を動かせばいいさ」
「市長だったら無理だぞ。あいつとは仲が悪い」
「そんな小物じゃないよ」
エマの説明に、竜之進はうなった。
「そんな男がいるのか。確かに動いてくれればうまくいくが、伝手はないぞ」
「そこは、あたしがうまくやるよ。どうするんだい? やるなら今だよ」
時間をかければ、状況は不利になる。サルサレードは貴族との話し合いを重ねているらしく、屋敷に出入りする姿が頻繁に目撃されている。
芸者衆との対立も激しくなる一方だし、大門付近の風俗も乱れている。
いつ刃傷沙汰になってもおかしくない雰囲気で、万が一のことがあれば、グレタたちの立場は相当に悪くなる。
「よし、わかった。そこはお前にまかせるぜ」
竜之進は決断を下した。
「俺は、例の娘を連れ出す。後は流れで動くから、手筈を整えておいてくれ」
「ほいさ。まかせておきな」
「ただし、悪事には手を出すな。今度は見逃さねえぞ」
「わかっているよ。まっとうなやり方で進めるさ」
エマは手を差し出してきた。竜之進はそれをしっかり握る。
「決まりだ。さあ、忙しくなるよ」
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