第20話

 竜之進は稽古場を出ると、エルフ会館に足を向けた。

 幸いエレーネは滞在しており、竜之進が会いたい旨を告げると、すぐに通された。

「せめて先触れは出してくれないか。おぬしはいつでも突然だ」

 いつもの応接室で、エレーネは静かに語った。優雅なふるまいはいつもと同じだ。

「すみません。腹のたつことがあったもので。ぜひ姐さんに聞いてもらおうと思いまして」

「私は、酒場の娘じゃないんだよ。まあ、いい。話を聞こう」

 いつもの椅子に腰を下ろすと、エレーネは先をうながした。

 竜之進は、サルサレードの屋敷で起きた出来事を語った。もちろんヴェルデについても細かく説明している。

「サンナール一座か。我々も気にしてはいる」

 エレーネはため息をつくと、紙の束を手に取った。

「私の名前で、エルフを見世物にせぬように伝えているが、返答はない。むしろ貴族を巻きこんで、やりたい放題やっていようだなな。歌い手を貴族の館に送って、歌わせることもいしているようだ」

「すでに貴族を相手に、歌を教えているようです。それも一軒や二軒ではありません」

「このままにすると、口出しできなくなるかもしれないね」

「困りましたね」

 竜之進は頭をかいた。やはり面倒なことになった。

「役所を動かして追い出したいところですが、時間がかかって間に合いそうにありません」

「貴族が動いたら、それもできんよ。金持ちを助けるのが役所というものだよ」

「下手したら、こちらが悪人になりかねないと」

「きな臭い話もあるしね。面倒なことは当事者に丸投げさ」

「無理に手を突っ込むと、大やけどしそうだ」

「では、手を引くか」

 エレーネは足を組んで、竜之進を見た。

「おぬしに不都合はなかろう」

「そうしたいのは山々なんですが、人心を掻き乱していますからねえ」

 竜之進は頭をかいた

「サルサレードという男はうさんくさい。何か企んでいるように思えるんですよ。口喧嘩ですんでいるうちに片づけば、御の字だと考えています。大騒動は避けないと」

「お前さんらしいね。好きだよ、そういうの」

「ありがとうございます」

「元凶は、サルサレードとかいう男のようだね。そいつとエルフの娘をうまく引きはなればいいんだが」

「べったりくっついていて、どうにもなりませんよ。第一、娘には住むところもないんですから。歌がうまいってだけだけで、他のことはできないみたいなんで」

「歌がうまいなら、それでいいんじゃないか。歌姫になるっていう手もある」

「なんです、その歌姫って」

 竜之進の問いに、エレーネは要点を的確にまとめて応じた。

「へえ。そんな制度があるんですか。おもしろいですね」

「それで、そのエルフの娘っていうのは、どんなんだい。話に聞いただけで、詳しいことはわからないんだよね」

「そりゃあ、もうとんでもない美人でして」

 竜之進は、ヴェルデをひたすら褒め称えた。

 容姿はもちろん、声やそのふるまいまで並べて、ひたすら語りつづけた。

 エレーネは黙って話を聞いていた。その表情が険くなったことに気づいたのは、ずいぶんと経ってからだった。

「ふーん。そうかい。やっぱり男は若い娘が好きなんだねえ」

 厳しい声に、竜之進は目を細めた。

「どうしたんですか、姐さん」

「まあ、あたしなんて400歳のババアだからね。まだ150歳にもなっていないような若い娘は気になるよね。愛でたいと思うよな」

「え、いや、だから」

「お前さんの気持ちはよくわかった。その娘を何とかしたいなら止めないよ。ただし、あたしも手を貸さないけれどね」

 エレーネはさっと立ちあがって部屋を出て行き、竜之進は一人取り残された。

 何かやらかしたらしいが、いったい何をしたのか。

 彼にはまったくわからなかった。

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