第17話
竜之進が広場の噴水に近づくと、赤い髪の娘が腰に手をあて、彼をにらみつけた。
「遅かったね。何をしていたのさ」
「いや、市長との話が長引いてな。すまんことをした」
「女を待たせるなんて、最低だね」
「まあ、いいじゃないですかか。待つのもまた楽しみですよ」
さりげなく、ベルトランが割って入った。そのやわらかさは彼特有のものだ。
「ムイロ男爵の件でしょう。片づいたのですか」
「ああ、何とかな。いろいろと手間はかかったがな」
例の騒動を受けて、ムイロ男爵は貴族評議会にかけられ、その罪が問われることになった。ミュルグレスの盗難もその時に明らかになり、帝都も騙していたということで、その罪は厳しく指弾された。
ムイロは金を積んで反撃に出たが、余罪が出たこともあり、逃げ切ることはできず、全会一致で有罪となった。
「エレーネの話だと、領地の半分は没収。三年間の宮廷への出入り禁止され、ヴァルドタントからも追放になりそうだ」
「爵位は剥奪されないのですね」
「まあ、そこまではさすがにな」
「だから貴族は嫌いさ。身内に甘いんだから」
エマは頬を真っ赤にして吠えた。
気持ちはわかる。余罪が明らかになり、ムイロが多くの少女をなぶっていたことがわかった。心身共に傷ついて娼婦に身を落とした者もいる。
犠牲者の気持ちを思い、竜之進は厳罰を望んだのであるが、残念ながら貴族の壁にはばまれ、厳罰に追い込むことはできなかった。
そのあたりは、江戸にいた頃と変わらず、口惜しさは残る。
「それでも罪を問うことができたのは大きいですよ。放っておいたら、さらに犠牲者が増えたかもしれません。男爵は帝都にも影響力を持っていましたから」
「そう思いたいね」
竜之進としては、同じことが繰り返されないように手を打つだけだ。
「さて、後はお前らだ。罪は問うぞ」
「え、あんなに協力したのに」
「それで借りが返せるか。盗みはしたのだからな。罰は受けてもらう」
「ちぇっ、ケチ」
竜之進はエマを見た。
「お前は、トマス地区の養生所に行け。15日間、炊き出しの手伝いだ」
「炊き出し? あたしが? 大盗賊のエマ様が?」
「料理ぐらいはできるだろ。言うことを聞いて、きちんとやってみせろ」
ついでベルトランに視線を移す。
「あんたには、手紙の代筆を無償でやってもらう。こっちも15日だ。最近、代筆屋が足りなくて困っている。ハルド通りのハムール商会へ行け。話は通してある」
「……それでよろしいのですか。てっきり評議会にかけられるかと思っていたのですが」
「どうも勘違いしているようだな」
竜之進は頭をかいた。
「お前さんたちがやったのは、ガラクタの処分だ。名剣の偽物を引き取りに来たが、その時、手違いがあって、家臣に話を付けないままに持ち出した。どんなに役たたずの代物でも、人に断りもなく持ち出しちゃあいけねえな」
「それは……」
「いらないものを捨てたのだから、本当は喜ばれるところだが、おめえらはちゃんとやることをやらなかった。だから罰を受けてもらう。それだけよ」
ベルトランは口を半開きにしていたが、やがて苦笑いを浮かべた。
「そうでした。我々が持ち出したのは、ごみでした。いいですよ。代筆、とことんまでやりますよ」
「そうだね。仕方ないから、炊き出しをするか」
エマは髪をいじりながら応じる。
「あたし、料理は得意なんだよ」
「本当かよ。とんでもない下手物が出てきそうで、怖いんだが」
「ふざけるな。その口、引き裂いてやろうか」
三人は笑い合うと、肩を並べて、噴水から離れる。
秋の日射しが頭上から静かに降りそそぐ。やわらかい光につつまれるようにして、三人は広場を後にした。
その顔には穏やかな笑みがあった。
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