第15話
翌日、竜之進はその人物を東地区の広場に呼び出した。
先だって人間族とドワーフがもめた場所だ。今日も市場が開いていたが、取引は淡々とおこなわれているようで、大声があがることすらなかった。
中央の噴水に近いところで待っていると、背の高い貴族が姿を見せた。
「悪かったな。昼間に呼び出して」
「いえ。財務官の仕事は、午前中に仕事は片づくのですよ。何もせずにぼうっとしているよりマシです」
ベルトラン・コーズウェイは小さく笑った。
「座るか」
「ええ」
二人は、噴水の縁に腰を下ろした。
「さて、どこから話をしましょうか。呼び出したということは、おおよその事情はつかんでいるのでしょう」
「女盗賊から話を聞いた。お前さんと手を組んで、剣を盗み出したが、実は偽物だったと」
「偽物であることはすぐにわかりましたよ。私は本物を何度も見ているのですから」
「いつからすり替わっていた」
「四年前ですね。いきなり呼び出されて、偽物を見せられました。男爵様が何をしたか、すぐにわかりましたから、わざと気づかないふりをしましたよ」
ベルトランは地面を見つめる。その手は強く握られている。
「なぜ、盗んだ? 偽物と知っていて」
「男爵の罪を問うためですよ。あの男は、我が家の家宝を売り飛ばしておきながら、本物があるかのようにふるまった。偽物を見せて、平然と人に褒めてもらうとは。神経がないにも程がある」
声に熱がこもってきた。変わらぬ表情がかえって、彼の怒りを感じさせる。
「二ヶ月前、顔をあわせた時、あの男は言いましたよ。今度、ミュルグレスを献上し、帝室の宝物蔵に収めてもらうつもりだと。陛下の盾と並べれば、どれほど素晴らしいかと。ふざけるのもたいがいにしてほしい。父に罪をきせた宝物蔵に、偽物のミュルグレスを収めるなど、あってはならぬことです。陛下と父の名を穢れます。それだけは絶対に許せませんでした」
「それがきっかけか」
「前から考えてはいました。ですが、それが最後の一押しでしたね。絶対に偽物を献上させるわけにはいかなかった」
ベルトランは拳で膝を叩く。
二重の意味で、ムイロ男爵はベルトランの心を踏みにじった。
父の死にかかわった名剣を売り、その偽物を因縁のある盾と同じ場所に収めようとした。
誇りを傷つけられて、彼は行動に移った。その気持ちはよくわかる。
竜之進は大きく息を吐いて、ベルトランの肩を叩いた。
「わかった。だったら、俺も手を貸そう」
「え?」
「いっしょにあの男爵をとっちめてやろう」
ベルトランが竜之進を見た。その目は大きく開いている。
「驚きました。てっきり私を捕らえに来たのかと」
「盗みの手引きはしたのだから、その罪はきっちり償ってもらう。そこは変えるわけにはいかねえ。だが、それ以上に、男爵様のやりようは許せねえ。性根が腐っている。人を騙して、いい気になるなんざ、そこいらの盗人よりも悪いね」
「相変わらずの正義感だ。それでいいのですか」
「俺も命もねらわれている。火の粉は払いたいんだよ」
「ああ。じゃあ、さっきからこっちをにらんでいるのは、その連中ですか」
「気づいていたか」
竜之進は驚いた。殺気はさほど強くなく、しかも人混みに紛れていたので、ベルトランにはわからないだろうと思っていた。
「これでも、剣の修行はしています。そこいらの兵には負けませんよ」
「そのうち手合わせ願いたいな。こっちの剣法はおもしろい」
「喜んで」
ベルトランは一度、言葉を切った。
「それで、どうします?」
「今は放っておく。こんな所で仕掛けてはこねえ。大事なのは、男爵様の悪事をどうやって暴くかってことだ」
竜之進は立ちあがった。
顔をあげると、北斎の浮世絵を思わせる青い空が広がっている。雲はわずかに地平線に貼りついているだけだ。
「まずは剣が偽物であることを明らかにすること。その後で、男爵様がどれほどの悪事を積み重ねてきたか、世間に知らされること。できることなら、宮廷を騙したこともはっきりさせる。そうすれば逃れられまい」
「うかつに動くと危ないですね。どこかで始末されるかもしれません」
「そうなる前に、手を打っておきたい。どこかに、あいつの弱味があるといいんだが」
暴かれて困るような何かがあれば、相手を出し抜くことができる。
竜之進はエマと手を組むことを決めてから、男爵の身辺を探っていたが、弱点を見つけることはできずにいる。
「弱味ですか」
ベルトランはしばし考え込んだ。それは陽光が雲に遮られ、周囲が涼しくなってからもつづいた。
「何かあるのかい」
「思い出したのです。私と同じく、男爵に嫌っている者がいましてね。その人から聞いた話があるんですよ」
「あっちこっちで恨みを買っていると助かるねえ。で、どんな話だい」
「本当かどうかはわからないのですが……」
ベルトランの説明を聞いて、竜之進は思わず手を打った。
「そんな趣味があったのか。だったら、使わせてもらおう」
「いけますか」
「ああ。そういうことなら、ここは江戸のやり方でいく。男爵様を見事に引っ掛けてやる」
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