第12話

「狭いところで驚かれたでしょう。男爵の屋敷とは違いますから」

 声をかけてきたのは、茶色の髪の青年だった。


 年の頃は二五、六だろう。背が高く、手足もすらりと長い。緑の上着に白の洋袴ズボンという格好で、無駄のない服装はさながら町民のようである。

 ただ、整った顔立ちには気品が漂っており、生まれのよさを感じさせる。薄く伸びた髭もよく似合っていて、余人とは違う雰囲気を与えていた。


「貧乏貴族など、こんなものです。領地がありませんので、屋敷を建てることもできません。こうして貴族用の共同住宅に入るのが精一杯でして」

「いえ、そのようなことは」

「申し遅れました。私がベルトラン・コームヴィです。以後、お見知りおきを」


 ベルトランが丁寧にお辞儀をしたので、竜之進も立ちあがって頭を下げた。


 二人は、東門の近くにある貴族用の共同長屋で顔をあわせていた。


 この長屋には領地がなかったり、先祖の武勲が低かったりして、帝国に直に雇われた貴族がまとまって暮らしている。

 室内は十分に広く、客室のほかに寝室や納戸もあり、家臣が暮らすための一室も用意されている。石造りで作りがしっかりしていることを考えれば、竜之進の屋敷より住みやすいかもしれない。


「先祖は、茶葉の産地に領地を持っておりまして、帝都に運び込んで大儲けしていたとか。不詳の末裔としては、いささか肩身が狭いですな」


 ベルトランの仕草は優雅だった。嫌味でないぎりぎりの所であり、礼儀作法はきっちりと叩き込まれているようだ。


「では本題に入りましょうか。ムイロ男爵がらみで聞きたいことがあるとか」

「ああ、あんた、ふた月ばかり前、男爵と会って、宝物蔵に入ったな。例の何とかという剣を見たがったとか」

「ああ、ミュルグレスですね。はい。確かに見せていただきました」

「なぜ、あの刀を。何か興味があったのかい」

「はい。まあ。いろいろと。私も貴族の端くれですから、剣には興味があります」

「その時、何か変わったことはなかったかい。蔵の中とか、あるいは剣とか」

「いえ、何も。いたって普通でした」


 ベルトランはカップをテーブルに置いた。


「何かあったのですか。実は、先月にも男爵家から使いが来て、いろいろと聞かれたのですが」

「ああ、まあ、そうだな」

「何があったのですか」

「ちょっと口にはできねえな。いろいろと面倒でな」

「まさか剣が盗まれたとか」


 ベルトランの一言に、竜之進は目を細めた。


「なぜ、そう思う?」

「男爵の使いは、ミュルグレスについて根掘り葉掘り話を聞いていきました。まるで、私が罪人であるかのように。それから間を置かずに、ヴァルドタントの剣鬼が来たとなれば、よほどの大事が起きたとわかります」

「なるほど」

「当然、それほどの大事となれば、ミュルグレスがかかわっていると見るべきでしょう」


 この男、なかなか頭が回る。ごくつぶしの貴族とは違うようだ。


 竜之進は大きく息をつくと、テーブルに手をついて、頭を下げた。


「いや、すまねえ。下手人扱いするつもりはなかった。ただ、気になったら、押さえられねえ性分でな。どうしても話は聞いておきたかったんだよ」


 ベルトランは何も言わずに、竜之進を見ていた。


「俺はこそこそ動きたくないのさ。本音を隠しながら、相手の腹を探るのは性にあわねえ。やるなら、堂々とやりたい。なのに、ここへ来る前から、おぬしが盗みにかかわっていると決めて裏を探ろうとしていた。そのあたりはよくなかった」

「だから、謝ったと。やはりあなたはおもしろい方だ」

「そうかい」

「で、どうですか。私は盗みにかかわっているように見えますか」

「わかんねえな。見たまんまの奴じゃなさそうだ」


 整った顔の下には何かが隠されている。


 少しつついたぐらいでは表に出てくることはない複雑な思いがありそうだ。


 ベルトランは小さく息を吐いて語りはじめた。


「あなたが本音を語ってくれたので、正直に答えましょう。ミュルグレスの件ですが、まあ、いろいろと思うところがあります。なぜなら、私はムイロ男爵が大嫌いでしてね。明日にでも死んでほしいと思っているぐらいなんですよ」

「そいつは、おだやかじゃねえな」

「先程、話をした茶の産地、そこは私の先祖が治めていた土地だったのですよ。長い時間をかけて、土を整え、木々を植え直し、よい茶を作ることができるように手を加えてきました。それを父の代に男爵が強引に奪い取ったんです。思い出すだけで腹がたちます」


 竜之進は目を細めて、ベルトランを見る。


「それ以来、男爵とはつまらない縁で結ばれていましてね。今では家臣のように扱いを受けています。用がなくても呼び出して、延々と自慢話をしてくれます。まあ、私はこの通りの貧乏貴族ですから仕方ないんですが、父が侮蔑されるのは耐えられない。今でも尊敬していますから」

「気持ちはわかるよ」

「というわけで、私は男爵が恥をかけば、声をあげて喜びますよ。とっておきの酒を開けてもいいぐらいだ」

「剣については、どれぐらい知っている? おぬしは見たのだろう」

「見たも何も、ミュルグレスは私の先祖が皇帝陛下から賜ったのですよ」

「なんだって」


 さすがに竜之進は驚いた。そんな事情があろうとは。


「祖父も父も、ミュルグレスを守るために我が家は存在すると言っていたぐらいです。それを男爵は領地といっしょに奪い取りました。父が死んだのは、その時の衝撃に耐えられなかったからです。この間も男爵は私にミュルグレスを見せて、さんざん自慢しましたよ」

「わざわざ宝物蔵に呼び寄せてか」

「はい。もったいつけた上で、わざわざ持たせてくれました」


 彼の話が正しければ、ムイロ男爵は彼が奪った家宝を当人に見せびらかして、自慢したことになる。


 たいした品性だ。


「どうです。かなり本音を話したつもりですが」

「ああ、そうだな。いい話を聞かせてもらったよ」

「改めて聞きます。ミュルグレスを盗んだのは、私だと思いますか」


 竜之進はベルトランを見たが、青年貴族の表情に変化はなかった。瞳の光も穏やかで、その内心を感じとることはできない。


「わからねえな。お貴族様に盗みができるとは思えねえ。ただ、隠しておけば早々わからなかったことをわざわざ口に出してきたのはどうにも引っかかる。こっちを引っかき回しているようでな。さすがに、すべてを信じる気にはなれねえよ」

「わりと正直に語ったんですがね」

「その理由がわからないのが引っかかるんだよ」


 本音を語るのは、その奥に隠しておきたい真実があるからだ。事実にほんの一つだけ嘘を交えていると、まったく真実が見えない。


 竜之進は立ちあがった。


「ま、しばらくは、調べをつづけるさ。目障りと思うが、よろしくな」

「どうぞ。好きなように。そして、出てきたものをその目で見てください」


 やはり裏がある。それも面倒くさそうな何かが。


 竜之進がわずかに顔をしかめると、ベルトランは笑った。


 あいかわらずの余裕がどこか腹立たしかった。


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