第11話

 翌日、竜之進はオックを連れて、ムイロ男爵の屋敷を訪ねた。

 石造りの建物は南地区の外れにあった。ラセニケ伯爵と同じく代官屋敷であるが、今は当主であるムイロが暮らしていた。

 豪壮な屋敷で、ラセニケ伯爵の屋敷よりも大きかった。

 竜之進が見たかったのは、屋敷の北側にある宝物蔵だった。塀の近くにあり、周囲は幹の太い樹木に囲まれていた。

 竜之進は宝物蔵に入ると、オックに尋ねた。


「どうだ? 動かされているところはあるか?」

「ちょっとおかしなところはあるけれど……どうということはないね。荒っぽい手段を使ってはいないよ」

「奥の箱はどうだ。置き方がおかしくないか」

「そんなことはない。片づいていないだけだと思う」


 オックはしきりに左右を見回した。声も小さくて、聞き取りにくい。


「どうした。おめえらしくもねえ」

「ああ、うん。なんていうか、おいら、本当にここに来てよかったのかな」

「いいに決まっているだろう。おめえは細かいところに目が利く。俺たちが見逃しているところがあるかもしれねえからな。ちゃんと調べてくれなきゃ困るぞ」

「だけど、おいら、コボルトだよ。貴族の屋敷に入るなんて……」

「まったくだ。お前のような盗人まがいの者を入れるなどと」


 声を発したのはムイロ男爵だ。宝物蔵の出入口に立って、オックをにらみつけている。


 ヴァルドタントには、人とは異なる種族が数多く暮らしている。エルフ、ドワーフ、亜人と数えあげればきりがない。


 コボルトは、その最底辺に位置し、人間はもちろん、ドワーフやエルフからも冷たい目で見られていた。盗人と罵られ、ただ町を歩いているだけで石を投げられたりする。理不尽な暴行に遭うことも多く、ひと月に一度は変死体があがっていた。


 確かに、コボルトは手癖が悪く、盗人が多いのは確かだ。


 嘘をついて、人を騙し、さっと金を巻きあげる。咎められると、騙されるのが悪いと開き直り、反省の気配すらない。善良な種族とは決して言えない。


 だが、何の罪もないのに蔑まれるいわれはない。


「気にするな、オック。これは役目だ。しっかり最後までやれ」


 竜之進はムイロ男爵をにらみつける。


「こいつは、俺の手下だ。そそっかしいところはあるが、人様の懐に手を出すような真似はしねえ」

「何を」

「言いがかりをつけるようなら、俺はこの役目から降りるぜ」


 腐れ縁とはいえ、オックとは長い付き合いで、その性根はわかっている。手も貸さずに、威張り散らしているような男爵様よりはるかにマシだ。

 視線の鋭さを感じたのか、ムイロ男爵は横を向いて宝物蔵を離れた。


 かすかに鼻をすする音がする。


 横目で見ると、オックはうつむき、手で顔を何度もこすっていた。


 こういうのは困る。どうしていいのか。わからない。


 やむなく竜之進は声を大きくして尋ねた。


「それで、どうなんだ。何かわかったのか」

「……うん。あれを見て」


 オックは顔をあげると、宝物蔵の奥にあった茶色の箱を示した。地味で、派手な箱に埋もれているように見える。


「多分、あそこに剣がしまってあったと思うんだよ。開けた気配がある」

「そうか」

「盗人はあそこの窓から蔵に入って、まっすぐ近づいて開けている。見てのとおり、あの箱は目立たないから、見つけるまでは時間がかかるはずなんだよ。なのに、迷ったような様子はちっともない」

「他の箱をいじった気配はないのか」

「うん。最初から、あの箱に剣が入っているとわかっていたんだと思う」

「となると……」


 誰か手引きしたのか。


 錠前破りを手引きした者、さらにそれを助けたであろう者たち。思ったよりも多くの者がかかわっている可能性がある。


「いそぎ働きじゃねえな。本物の盗人がかかわっている」


 痕跡を巧みに隠し、鮮やかに盗みを働く。江戸にもそんな連中はいた。


 有名なのは鼠小僧だ。


 鳶の次郎吉は武家屋敷に幾度となく忍び込んで、大量の金を盗んだ。荒らした屋敷は九五となっているが、批判を怖れて表沙汰にしていない武家も多く、真相ははっきりしない。


 最後には獄門となったが、市中引き回しの時には、その姿を見るために野次馬が大挙して押し寄せた。


 他にも闇の市郎兵衛、マタタビの彦五郎、風神の鉄と数えあげればきりがない。


 彼らは、人を殺さず、女を犯さず、金だけを鮮やかに盗んだ。その手口には、捕縛する側だった竜之進も呆れるばかりだった。


 そのあたりはヴァルドタントの盗人も同じか。


「さて、どうする?」

「手堅く調べるしかないんじゃないかな。まずは近いところから」

「そうだな」


 面倒だが、地道にやっていくしかない。探索とはそういうものだ。


 竜之進は宝物蔵を出ると、外で待っていたムイロ男爵に声をかけた。


「なあ、最近、この蔵に入った奴がいるかい?」

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