第7話

 店を出ると、オックが歩み寄ってきた。


「親分、どうだった?」

「だから、親分はやめろって言っているだろ。まあ、進展はなかったが、やるべき事はわかったな。とことこまで調べあげる。それだけよ」

「邪魔する奴らも出てきても?」

「もちろんよ。邪魔するってことは、探られて困ることがあるんだ。問題はそれが何かってことだが」


 ふと、そこで視界の片隅を若い娘がかすめた。亜麻色の髪と茶の服には見覚えるがある。


「親分、あれ、あの店の娘さんじゃあ」

「そうだな。確かミルケとかいったか」

「かわいいなあ。相手してくれないかなあ」

「馬鹿。何を色気づいているんだ」


 ミルケは、供も連れず、一人で大通りを北に向かっている。


 いったい、どこへ行くつもりのか。時期が時期だけに放っておくのはうまくない。


 竜之進はオックを伴って、後をつけた。


 一人で出歩くことになれていないのか、ミルケの足取りはたどたどしかった。時折、町の者にぶつかって怒鳴られたりしている。


 ようやく足を止めたのは、東地区の大通りに入ったところだった。


「おいおい、ここは……」


 ミルケが見あげているのは、以前、竜之進も訪れた建物だった。


 石造りで、壁は白。豪奢な意匠が窓枠や扉の周囲に施されており、左右の家とは一線を画していた。


 ヒラニセの店だ。


 ミルケは入口に近づくが、扉に手をかける寸前で首を振って道に戻る。それを二度、三度と繰り返す。


 なおも彼女は店を見ていたが、ついには息を吐いて来た道を戻りはじめた。


 その表情は暗く、尋常ではない。いったい何があるのか。


 気になった竜之進は、彼女が離れた運河沿いに出たところで、声をかけた。


「なあ、ミルケさん、ちょっと話が……」

「ひっ!」


 ミルケは飛び跳ねて振り向いた。その目は大きく開かれている。

 いかん。どうも、女に声をかけるのは苦手だ。


「いや、驚かせてすまねえ。怪しい者じゃねえよ。俺のことは知っているよな」

「は、はい。水野様ですよね」

「おう。で、若いおめえさんが一人で歩いているのが気になって、後をつけさせてもらった」

「えっ」

「ヒラニセ商会の前でふらふらしていたが、何か用があったのかい」


 ミルケはしばし竜之進を見ていたが、やがてその瞳には涙が浮かびはじめた。

 驚く彼の前で、泣き声をあげて、その場にしゃがんでしまう。


「ちょっと待て。どうした。何があった?」

「親分、女を泣かせるのはよくないよ」

「うるせえぞ、餓鬼のくせに。おい、いったい、何なんだ」


 必死になだめても、ミルケは泣き止まない。


 道行く者は、竜之進と彼女を交互に見る。その目には、強い不信感がある。


「まいったな。どこか茶屋にでも行くか。そこなら落ち着いて」

「ごめんなさい。ごめんなさい」


 謝る声が聞こえて、竜之進はなおさら慌てた。


「いや、そういうことじゃなくてな、ああっと……」

「違うんです。お父さんのことです。すみません。今回の騒動、原因はあたしなんです。全部、あたしが悪いんです」

「何だって……」


 思わぬ話に、竜之進はミルケを見る。しゃがみ込む娘の肩は細かく震えていた。

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